[KATARIBE 30671] [HA21N] 小説『風邪引く夜のこと』

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Date: Tue, 23 Jan 2007 23:39:18 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30671] [HA21N] 小説『風邪引く夜のこと』
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2007年01月23日:23時39分18秒
Sub:[HA21N]小説『風邪引く夜のこと』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ギリちゃんと、三女の話です(違うっての)。
……何か書いてて、しみじみと、
タカって21の『雨竜』のよーな(汗)

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小説『風邪引く夜のこと』
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登場人物
--------
 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
     :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
 今宮タカ(いまみや・たか)
     :流れを見て操る少女。多少不思議系。

本文
----

 たとえばその人が、世界で二番目に大事な人で。
 世界で一番大事な人が、その人と自分とは同じで。
 その、一番大事な人が、手の中から零れ落ちて行くのを一緒に見ていて。

 その人が。

 ……そのひと が。

               **

 一度だけ。
 今宮昇は、娘に尋ねたことがある。母親が亡くなってから48時間、一体それ
はどういう世界だったのか、と。

 黒い、母にそっくりの眼を向けて、じっとこちらを見た挙句、一言だけ娘は
言った。ぐちゃぐちゃ、と。

 ぐちゃぐちゃ。
 それは恐らく、誇張でも何でもなく……そのようにしか言えないものであっ
たのだろう。
 視覚も触覚も、恐らくは聴覚も全て乗っ取られた48時間。

 狂気。

               **

「おじちゃぁん」
 35歳という年齢は微妙なもので、高校生あたりからおじさん呼ばわりされ
るのは、流石にちょっと腑に落ちない場合があると思う。しかしながら相手が
ようやく10か11歳、それも年齢よりも年下に見える小さな子供に言われて
も、流石に腹も立たなくなる頃ではある。
「おう、どうした」
 声をかけられて振り返った片桐は、しかし途端に眉をしかめた。
「おじちゃん、あたまとおなかいたいよぅ」
 黒のコートと黒のズボン、街灯の頼り無い灯りの下でも、いつもは色白の顔
が熱で真っ赤になっているのがわかる。涙目でこちらを見ていた少女は、視線
を向けられたと判った途端、その場にくてくてとしゃがみこんだ。
「おう、風邪かい」 
 慌てて近寄ると、タカはぎゅっと眉根を寄せておなかを抱え込んだ。
「…………いたいー」
「大丈夫か?」
 くてん、となった少女を腕に寄りかからせる。コート越しに不自然なほどの
熱が伝わってきた。
「肩とか、あたまとか、おなかとかいたいー」 
「しっかりせい」
 肩をさすってやると、タカは尚更にくしゃっと顔をゆがめた。
「いたいー」
 高い熱が出ると、どうしても身体のあちこち、関節が痛む。痛い、というの
はそういうことなのだろうが。
「おじちゃん、痛いよう……」
 べそべそ泣く子供を抱き上げる。小柄な見かけ以上に、頼り無いほど軽い身
体だった。
「寒くないんかい」
「……寒い……」
 じゃあなんでこの夜更けにこんなところに居るのか……と、片桐は尋ねなかっ
た。流石に数度会って、まともな返事が期待できないことはわかっている。
「痛いぃ……」
「大丈夫じゃ、ようなる」 
 ひょん、と抱き上げたまま、頭を撫でる。卵の殻のように脆い手触りの中に、
熾火のような熱が篭っていた。


 帰りがけに見つけた薬局で薬を買い、ぬるま湯で飲ませる。唯一の暖房のコ
タツに首まで入り込んで、タカはぐしゅぐしゅと泣いている。
「にがいー」
「ほれ、ちゃんとお湯を飲んだか」
「……うん」
 子供の熱は大人のそれよりかなり高い。ただ、それを差っぴいても、かなり
高い熱が出てるのだろうとはわかった。
「…………おじちゃん、おかーさんみたい」 
 空になったカップを手渡して、また横になる。そして涙目のまま、タカは片
桐のほうを見上げた。
「おかーさんかい」
 まず滅多に言われない形容に、片桐は苦笑した。
「……ま、おとーさんでもどっちゃでもかわらんが」 
 よしよし、と、黒い髪を撫でる。と、タカはしんどそうに閉じていた目をふ
わりと開いた。 
「……おとーさん言わない」 
「ん?」 
「おとーさん、タカのこと嫌いだから」 

 思わず、片桐は少女のほうを見やる。
 タカの表情はひどく乾いていた。

「おかーさんが溶けちゃって、おとーさんも半分そっちいっちゃって……半分
はタカが嫌い」 
「…………」 
 夜の10時、11時。
 普通、小学生が一人で繁華街をうろうろしている時間ではない。母親が亡く
なったらしいことは、そのとつとつとした、いまいち文脈の判らない言葉から
も何とか読み取れたのだが。

(おとーさん、タカのこと嫌いだから)
 その言葉の示す事実については……片桐は知らない。ただ、何か良くわから
ないけれど、良くないことだということだけははっきりとわかった。

 だから。

「大丈夫じゃ、おっちゃんがおるわい」 
 指の間をこぼれるような、癖の無い柔らかな髪を撫でる。少女は年よりも幼
い顔をくしゃくしゃとゆがめた。
「おっちゃんは嬢ちゃん嫌ったりせん」 
 言った途端、タカはうわあっと泣き出した。塞き止められていたものが一気
に流れるような勢いで。
 あーんあーんと……それこそ、子供にだけ許されるような勢いで。


「……あたま、いたいよう」
 しばらく泣いて泣いて……そしてゆっくりとその泣き声は小さくなっていっ
た。何度かしゃくりあげ、何度かすすりあげたあとに、ぽつり、とタカはそう
言ったものである。
「泣かんでええわ、大丈夫じゃ」 
 さらり、と頭を撫でてやる。しくしく泣いていたタカは、それでも余程に泣
き疲れたのか、そのうちゆっくりと目を閉じた。
 すぐに、寝息が規則正しいものに変わった。


 ベッドに運んで、布団でくるみこむ。部屋にベッドは無論のこと一つ。よっ
て残った選択肢として、片桐は床の上に布団を巻きつけてごろりと横になる。
 タカのつれている黒い鴉は、やはり一声たりとも鳴くことなく、枕元に羽を
ぴったりと寄せ付けて座り込んでいる。
 ゆっくりゆっくり、夜が更けて。
 ふと……。

 ぱちり、と、音がするように、タカが目を開いた。

「…………おじちゃんは?」 
 きょときょとと、左右を見る。
 枕元の鴉は、琥珀の目を光らせながらタカを見るだけである。
「……おじちゃんは……?」
 ベッドの上には、無論布団以外何も無い。
 きょろきょろと、どれだけ見ても……『おじちゃん』が居ない。
 だんだんとタカの口元が、への字に曲がってゆく。
「おじちゃんいない……」
 とうとうべそべそ泣き出した声に、ベッドの下からなにやら動く気配が答え
た。
「んー」
 タカが涙一杯の目を見張る。その視線の先で、毛布に包まれた腕が持ち上が
り、続いて身体がむくりと起き上がる。
「どないした?」 
 まだ多少眠そうな声に構うどころではない。
「…………おじちゃんだーっ」 
 ベッドからころげ落ちる勢いで飛びついてくる小さな少女を、片桐は慌てて
受け止める。頭から突っ込んできた少女は、のし、とおなかの上に乗っかって
動きを止めた。
「おっと……どうした?またどっか痛いんか?」 
「おじちゃんどっかいっちゃったと思ったぁっ」
「どこにもいったりせんわい、ほら、泣かんでええわ」
 安心したのか何なのか、わんわん泣く子の頭を苦笑しながら撫でる。手の下
の頭は、宵の口より確かに熱が下がっているようだった。

 わんわんと泣いていた時間は、流石にそうは長くない。にしてもびっしょり
と寝汗をかいた上にこれだけ泣くと、自然喉も乾こうというもので。
「……おじちゃん、のどかわいた」
 くしゃくしゃと、両手で目をこすりながら、タカが言う。
「…………おみず、ください」 
「ん?おう、ちょいまっとれ」
 おなかの上に乗っかっていたのを、ひょい、と降ろしてから立ち上がる。淡
蒲萄が置いていったペットボトルのお茶とコップを持って戻ると、タカは、やっ
ぱりまだ目をこすっていた。
「ほら」
「……ありがとう」
 コップに一杯のお茶を、少女はあっという間に飲み干した。
「落ち着いたか?」 
「…………うん、ごちそうさまです」 
 こっくりと、小さな頭が頷く。
「よし、体はもう痛くないか?」 
「……あのね、背中がちょっとだけ」 
 ちょっとだよ、ほんのちょっとだよというように、指で示してみせる。その
背中に片桐は手を伸ばした。
 肉の薄い背中を、何度も撫でる。 
「そらよかった」 
 確かに熱も、もうかなり下がっている。
「…………おじちゃん、おやすみなさい」
 撫でて貰って、なんだかくすぐったそうに笑ったタカが、ぺこり、と頭を下
げた。もそもそとベッドに登って、布団をよいしょとかき集めて頭からかぶる。
「おう、寝とけ」 
「おやすみなさい」 
 言うと同時に目を閉じる。ほんの数分、片桐が眺めているうちに、呼吸音は
すっかり熟睡した者のそれに変わった。
 汗ばんで、少し額にくっついた髪を何度か撫でて、そして片桐も毛布を身体
に巻きつけて、床に横になった。

 にしても、と、ふと思う。
 風邪を引いて熱があって、そしてどう考えても無断外泊の状態。

(おじちゃん、頭いたいよう)

 撫でてやる者は、家にはおらなんだか。


 すうすうと、間遠な寝息が聞こえる。
(おとーさん、タカのこと嫌いだから)
 子供子供した表情のまま、まるで近所のお使いで、パンを売っていなかった
というくらいに軽く言い切る声。

 尚更に。
 憐れ……と。


              **

 たとえばその人が、世界で二番目に大事な人で。
 世界で一番大事な人が、その人と自分とは同じで。
 その、一番大事な人が、手の中から零れ落ちて行くのを一緒に見ていて。

 その人が、いつの間にかやっぱり半分崩れてしまっていて。
 残りの半分が、あたしをほんとに大っ嫌いになっていたとしたら。


(おじちゃんもかなあ)
 ふわふわと、眠りの淵に漂いながら、タカは思う。
(おじちゃんも、なのかなあ)

 ふわふわと。

 崩れるほど……頼り無い意識の中で。


時系列
------
 2007年1月頃。

解説
----
 熱発しながら、ふらふらとギリちゃんところに転げ込むタカ。
***********************************

 てなもんで。
 ではでは。
 





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