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Date: Sun, 21 Jan 2007 22:30:25 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30661] [HA21N] 小説『静夜』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200701211330.WAA19568@www.mahoroba.ne.jp>
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Web: http://kataribe.com/HA/21/N/
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2007年01月21日:22時30分25秒
Sub:[HA21N]小説『静夜』:
From:いー・あーる
ども、いー・あーるです。
とよりんから譲り受けました、元ろまんすぐれーの初老の男性。
己が書くとこうなっちゃうわけですが……
とりあえず、とりあえず。
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小説『静夜』
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登場人物
---------
淡蒲萄(うすえび)
:夜を跳ね回る女子高生。実は吸血鬼
薬袋光郎(みない・みつろう)
:静かなバーを営む初老の男性。心の声を耳に聴く。
本文
----
さらさらと時の流るるを観るを得て
さらさらと其の中に 留まる者を見て
それはひとつの僥倖。それだけでも僥倖。
しかして……その者を、この流れに乗りつつ最期まで観ることが出来ること。
その、僥倖。
**
路地を入って、少し歩く。儲けを気にしては選べない位置に、その店はある。
店構えからすると、少しばかり贅沢な扉の上に、刻まれた奇妙な三つの文字。
そして、その下に……これはすこしばかり崩したひらがな。
店の名は、『はいむ』。
扉を押して入ると、それなりの広さの部屋にカウンター、そして幾つか並ぶ
丸いテーブル。
そして、すう、と、透明になるような沈黙。
客は、毎度殆ど居ない。
その夜もまた、ふわり、と白い手が扉を開いた時には、中には客は一人も居
なかった。入ってきた客を迎えて、カウンターの後ろの男性は嬉しそうに笑い
……そして、ふと、表情を変えた。
どこか優しい、けれどどこか哀しげなものに。
「ああ、好きな人が出来たのかな」
穏やかな声が、そう言った。
**
聞こえない声が聞こえるのだという。
心の中にある思い。今からこう話そう、と、決めて……ゆえにきちんとした
形となった言葉も無論、しかし断片化して散らばる声も、その耳には聞こえる
のだと言う。面と向かった相手の声は、心のものもはっきり聞こえるから、時
折、相手の口が言ってるのか、心が語っているのかわからなくなることがある、
と、これは本人が笑いながら言ったことがある。
(どうやってそれ、区別するの)
(読唇術でね)
何人もの客をさばきながら、彼がこまめに相手に視線を向けているのを、淡
蒲萄は何度か見ている。まさかそれが、彼の持つ理由の故とは、思う人も居な
いだろうが。
出会った時は、彼はまだ二十歳だった。
数ヶ月前に、とうとう還暦なんてものになったよ、と、彼は笑っていた。
共に、こうやって過ごすようになって……既に四十年。
不老不死の身体を得た淡蒲萄にしても、彼と過ごした期間は無視出来ないほ
どに長い。その長い間、親しく付き合ってきた相手だからこそ、一目で(とい
うよりも一聴で)自分の心がわかったのかもしれない。
でも、まだ、という前に。
「……ああ、まだ自分でも、わからない、というところか」
苦笑を浮かべて、相手はそう言う。
正に……そのとおりである。
「……うん、まだよくわかんない」
カウンターの前のスツールに体育座り。かなり行儀は悪いが、今更そういう
ことを気にする互いでもない。
「うん、私の耳にも雑音ばかりだよ」
とんとん、と、耳を叩いて見せて、相手は苦笑した。
「あ、それは……ごめん、よくわかんないままで、ずっといちゃって」
「いや、それは全く構わない。ここに来る客の音より、よほど綺麗だからね。
……ただ」
上目遣いで見上げてくる淡蒲萄に今度ははっきりと笑いかけると、相手はワ
インの瓶を引っ張り出した。大き目のグラスに注ぎながら言葉を続ける。
「その人も、長生きしそうなんだろう?」
グラスが満たされ、疑問符と同時に差し出される。
「うん、たぶん、ずっと生きてると思う」
両手で受け取って、淡蒲萄は頷く。
正確に言えば、彼が人に戻る可能性も……無いではないのだけれども。
こく、と、どこか幼い仕草でグラスを傾ける少女を見やって、男は少し笑い、
そして……ふと笑いを収めた。
「……嫌味で言っているのではない。これだけは判ってほしい」
言葉を丁寧に、一つ一つ紡ぐように選んで。
「だけど……うん、やはり少々、残念だとは思うよ」
長い間、二人で過ごしてきた。
それが、所謂ところの恋愛であるかどうかは別として、深い繋がりであるこ
とは本当であり……そしてそれは互いに否定もしようのないことでもある。
その間に誰かが入ってくる。それが残念でないと言うほど、彼も人間が出来
ているわけではないし……ある意味、それほどに冷淡でもない。
微かな迷いを、けれども次の言葉と表情は、遥かに凌駕した。
「けれども……それ以上にほっとしている」
虹彩と瞳の色が均質。それも濃い……相当黒に近い茶色なので、どこかしら
焦点が合っていないような、それでいて引き込まれるような目。どれだけ年を
経てもそこだけは変わらない目を、淡蒲萄は見上げた。
「ん……遺していくの、そんなに不安だった?」
「…………正直ね」
今では遥かに昔、一度だけ淡蒲萄は彼を誘った。共に年を取らず、共に時を
越えてゆく相手として。
彼は、老いてゆく道を選んだ。
今と同じ、穏やかな……ただ見守る目のままで。
ああ、だけどね、と、彼は少し笑って言葉を付け足した。
「一人で遺して……それで淡蒲萄が落ち込むとか、そういうことを考えたわけ
じゃないよ?」
「……そんなに危なっかしいかなあ……」
「そうじゃないさ」
それでもむーと口をとがらせた淡蒲萄の頭を、彼はそっと叩いた。
撫でるように柔らかく。
「ただ、どっかの歌にもあるだろう。一人で笑えても一人では泣けないって」
ほぼ同年代で出会って。
以来、年齢は離れるばかりだけれども、淡蒲萄は彼が怒ったところを見たこ
とが滅多に無い。怒るとすれば彼女が本当に危ないことをしでかした時くらい。
彼女がやっていることを知らないわけでは……無論にあるまいに。
「光郎のことは、全然変わってないんだよ、あたし。ちゃんと最後まで居るっ
て約束だって、忘れたりしてないし」
それは、本当。誰にどう言われても、胸を張って言い返せる本当。
……だけれども、そう言わなければならないような気持ちも、また。
「それは……知っているよ」
にっこりと、彼……薬袋光郎は笑った。
いつのまにかグラスは空になっている。
伸びた手がそれを受け取り、今度はもう一つのグラスと一緒に満たされた。
片方のグラスは、また淡蒲萄の手元に戻り、もう片方は彼が持つ。
「一人になっても、淡葡萄は平気かもしれない。やっぱりこの街の、女の子達
の守護神であり続けるかもしれない」
呟くような、声だった。静かな表情だった。
ふと引き込まれるような視線が淡蒲萄のほうを向き……そしてふっと大きく
笑みを浮かべた。
「……私が、心配に思っているだけだよ」
店の中は、やはりしんと静かで。
二人が口をつぐむと、どこか耳鳴りさえおこりそうなほど音が無い。
「……最近、おとなしくいい子にしてるんだよ? ……ちょっとは心配、軽く
なった?」
「おや、それはかえって不安だね」
薬袋の目が、くるり、と、悪戯っぽく動いた。
「反動が来たときに、あまりやり過ぎないように願ってるよ」
笑いながら、彼はまた手を伸ばす。ぽん、と、頭の上に手が載った。
「見抜かれてる……」
ちょっと唇をとがらせて……でも嬉しそうに言う淡蒲萄に、彼もまたにこに
こと笑う。
「そりゃあ、付き合いは長いもの。それくらいは判るよ」
「そうやって、ずっと見てくれてるところ、大好き」
あどけないような言葉に、彼は一つ頷いた。
掛け値なしにその言葉の意味を、わかっているのだとでも言うように。
「……なんていうかな。人間、必要なもの以外にも、欲しがっていいと思うん
だよ」
不思議そうに見上げる淡蒲萄に、つまりね、と、言葉を足して。
「見ている人間は……その人以外にもいたっていいわけだからね」
好きなのかどうなのか、まだ判らない。
いや、好きは好きだけれども……いわゆるところの恋愛なんだかどうだか、
今ひとつも二つもまだはっきりしない。
だけれども。
(その人以外に、見守る人間がいたっていい)
「光郎……ありがとう、お店、これからも来ていいよね? ……ほかにお客さ
ん居ないし……」
後半は多少なりと遠慮がちな声ではあったのだが……紛れも無い事実である。
「来てくれなかったら、こちらがへこむよ……それと」
そして、彼の表情も苦笑に変わる。
「一応は、他の客も居る……こともあるんだけどね」
光郎は心の声を聴くという。
口から発せられる声と同様、その声ははっきりと耳に届くのだという。
目を閉じることは出来ても、耳をふさぐことは出来ない。だからここに来れ
ば自分の心も透き通しに相手に判ってしまう……と。
けれども。
丁度、互いに離れそうになった手を、一度離してもう一度繋いだように。
「じゃあ、これからも週3で来る。今まで通り。 んで……トモダチも連れて
くる……かもしんない」
「来てくれるかね」
嬉しそうに言った淡蒲萄に、相手も本当に嬉しそうに返す。
「友達でも彼氏でも、連れてきてくれたらいいよ。酒でも珈琲でも食事でも作
るから」
言葉を重ねる、その勢いとその本当と。
彼女の不安と同様に、彼もまた不安だったのだろう。
人の手は、互いに……本当に儚く離れてしまうこともあるのだから。
「ホント? じゃあホントに連れてくるからね? 最近急に、トモダチ出来て、
うん、紹介したかったの」
ぽん、と、不安や気詰まりが取れたように、言葉を重ねた淡蒲萄の頭に、ぽ
ん、とまた手が伸びた。
「ありがとう」
ぽんぽん、と、少し弾むように。
「……ありがとう」
とても静かに、その言葉の語尾は消えてゆく。
この部屋の中に積み重なる、沈黙の中に。
互いに沈黙に慣れている。
互いにそれを……心地良いと思うほどに。
「うん、でも未成年多いけど……大目に見てね?」
「無論。……あ、ただ、うちではアルコールは未成年には出さないよ?」
「うん、それはわかってるから。紅茶入りブランデーくらいでガマンする」
妙に殊勝な口ぶりが可笑しかったのか、彼は笑った。
「……注文では、ブランデー入り紅茶って言うようにね」
「はぁーい。そうやって言うように、ちゃんと伝えておきまーす」
「ってこら」
ひょい、と伸びた手が、今度はこつーんと淡蒲萄の頭を小突いた。
「他の未成年には、普通の紅茶だよ?淡蒲萄が特別ってことだからね?」
「えへへ、わかってるって」
小突かれた頭に手をやりながら、淡蒲萄がちょっと舌を出して笑う。
それを見ながら、彼がくつくつと笑う。
沈黙の重なった部屋に、二色の笑いが満ちてゆく。
静かな、夜である。
時系列
------
2007年1月〜2月頃。
解説
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長く続いた友との関係。どこに向かうかはまだ不明。
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てなわけで。
うん、ぼきにはろまんすぐれーなんて書くのは無理だ(えう)
そして、薬袋さんです。
そういう人です。
であであ。
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