[KATARIBE 30659] [OM4N] 小説『其の者、うぶめと出会いしこと』

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Date: Fri, 19 Jan 2007 23:39:09 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30659] [OM4N] 小説『其の者、うぶめと出会いしこと』
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2007年01月19日:23時39分09秒
Sub:[OM4N]小説『其の者、うぶめと出会いしこと』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ごろごろ風邪 です。
というわけで、ちょっと続きです。

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小説『其の者、うぶめと出会いしこと』
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登場人物
---------
  妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。
  お兼(おかね)
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。

本文
----
「ひいさまも、御無理を言い立てなさるのだから」
 ぶつぶつと、お兼が文句を言いながら歩いてゆく。
「無理なものですか」
 乳母の娘で、自分よりも2つほど年下のこの娘は、自分のことを見事に横に
置いてくれる。有難いとは思うが、しかし。
「確かにお前の力は知っておりますよ。でも相手は既に人ならぬものとなって
おるのですから」
 人の世にあるモノにならば、この娘一人で出すことに、さまで不安は覚えな
い。しかし、ことあやかしが相手というならば。
「私のほうが、護るちからはあるかもしれません」
 
 着物の袖と襟、そして裾。上から羽織った被布の周囲。思いつく限りの場所
に、ぎっしりと刺繍を施したから、余程のことが無ければそのあやかしも余計
な手を伸ばすことはできぬと思う、のだが。

 女が辻に立つのは夕暮れ、その時刻に行かねば、とお兼は言う。
 どうする積りかと問うと、相手に訊かねば何も判りませんよと返ってきた。
「訊く?」
「そうですとも」
 お兼の足取りは、やはり早い。
「ろくでもない若君に仕返ししたいのか、それとも、もう相手は誰でもいいか
ら殺したいのか、それとも他にやりたいことがあるのか」
「…………ふむ」
「訊かねば、わかるものではありませぬよ」
 尤もといえば尤もなのだろうけれども……普通あやかしに、ここまでまとも
に相手をしようという者もそうはおるまい。
「さて、この先でしょうかね」
 ようやっとお兼が歩を緩めた。


 この先に女の墓がある、という。
 その手前に、今日もぼんやりと女が立っている。
 腕の中の赤子は、身動きもしない。
 
「そこの人」
 放つような声に、女は弾かれたように顔を上げた。
「……ここを通られる御方ですか」
 その声はどこかしら、風を含むように頼りない。
「通る、というより、貴女に会いに来たのですよ」
 ぐい、と、両手を腰に当てて、お兼が覗き込む。ぼんやりと開いていた目を、
女はまんまるにした。
「……会い、に?」
「そうですよ」
 
 なるほど、と、横で見ていて思う。
 多分この女は、このようにこちらからどかどかと言いかける相手は初めてな
のだろう。完全にお兼の調子に乗ってしまっている。

「ちゃんとお聞きしたくてね」
 ずん、と、立ちはだかる格好で、お兼はやはりずけずけと言葉を進める。
「貴女は一体何の為にここに居るの」
 ぽっかりと、女が口を開く。
「なんで、ともうされますと」
「その子の親とやら、ここには来ないと震えているらしいじゃないですか」
 すう、と、女の顔がこわばる。修羅へと変じる一歩手前で、またお兼が言葉
を続けた。
「来ないなら自分から行くとか」
 途端。
 女の顔が変わった。眉のあたりに、わんわんと泣きそうな色が漂う。
「行こうとは、思うたのです」
 おや、と、お兼が目を見開く。
「思うて、だから、この子を抱いてくりょ、と」
「この子を?」

 子供は、黙ってこちらを見ている。
 大人しいが……しかし動きも何もしない。

「重いのです」
 ぽつり、と、女は呟く。
「重うて重うて、足も上がらぬのです」
 無念げに、足元を見ながら。
「でもこの子をここに打ち捨てるなど出来ず……だから抱いてもらおうとして」
「潰れるのね、相手が」
 やれやれ、と、お兼が肩をすくめる。
 でもそれが本当ならば……それはそれで哀れな話ではないか。

「その子を、落とさねば良いのですね?」
 ふっと、お兼が真顔になった。
「……え」
「その子を落とさずに、貴女が戻るまで抱いておればよいのでしょう?」
「はい……はいっ!」
「では、私が先に、こう座っていても良いのだろうか」

 目でこちらに確認をしてから、お兼は渡していた布を大きく開き、路の真ん
中に広げた。

「こうやって、私はここに座っております。その上で抱っこしても」
「はい、宜しいのです、宜しいのです!」
 女は小躍りせんばかりに見えた。
「この子を落とすと、この子は輪廻に戻ってしまいます」
「それはそれでよいのではないの」
「よい、などと…………っ」
 わざとらしいほどにのんびりとした口調に、女は噛み付くように言い返して
きた。
「輪廻に戻れば、この子のあの方に良く似た顔も消えてしまう。私はその前に、
どうしてもあの御方にこの子を見せたいのです」

 広げた布の四方の縫い取りに、女は気がついているのかどうか、全く構わな
い顔で子供を差し出した。
「では預かろう……ただ、もし、あまり遅いと、私もそうは抱きかかえておれ
ないよ」
「それは……はい、判っております」
「それに、貴女は判っているだろうか、この布」
 え、と、女は足元を見……そしてひいっと小さく悲鳴をあげた。
「もしも戻るのが遅いようなら、私はこの子を落とすだろう。この子がこの布
に触れてしもうたら」
「……あ」
 女は二度三度と視線を動かしたが、ふ、と、そこで落ち着いた顔になった。
「大丈夫で、ございます」
「ほう?」
「この子はうつしよより消えるでしょうが……でも、それだけでございます」
「そうなの?」
「この子には……業はございません」
 
 生まれたばかりに見える赤子は、それでも不思議なほど落ち着いた目で、そ
う話す女の顔を見ている。
 業がどのようなものかは知らないが、この子もまたあやかしであり、この布
で傷つくことはありえる……けれども。

「判った。では預かりましょう」
 布の上に座り、何度か身体を動かして、一番楽な座り方になる。その腕の中
に、女はそっと赤子を落としこんだ。
「では」
「速く」
 はい、と、頷く声は、もう遠くから響いてきた。


 お兼は口元をへの字にまげて、赤ん坊を抱いている。
「お兼」
「まだ大丈夫でございますよ」
 赤ん坊は見たところ、何の変化もない。けれども抱き上げているお兼の腕は、
もう膝の上に乗っかっている。
 腕は、膝の上でゆっくりと沈み込むように見えた。

「ひいさまは、少し遠くに」
「そんな」
「あの莫迦者が来た時のことをお考え下さいませ」
 少し厳しい目をして、お兼が言う。
「逃げようとして……で、私に勝てますか?」
「それは無理でしょう」
「無論、あの女にも勝てない。この子を抱きかかえていられるだけでたいした
ものですよ」
 ……そういう考え方もあるか。
「であるならば、一番危ないのはひいさまです。どうか、十分に離れていて下
さいませ」
 そう言われると弱いので、数歩下がる。
 子供はその大きな目を、ゆっくりとこちらに向ける。
「見せたかった。それは判るのですけどね」
 お兼の表情は、それでもあまり変わらない。
「あの調子なら、それこそ小脇に抱えてでも連れてくるでしょうけれど」
「……どうなるかしらねえ」
「下手なことを言わないように、願うしか」
「……うーん」

 言いながら判る。お兼は……気持ちはわかるものの……そのようなこと、全
く『願って』ない。
 ……ちょっと頭が痛い。

「早く帰ってくると良いねえ」
 腕を揺するようにして、お兼が赤子に囁いた。

解説
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 怪異にも望み有り。さて賽の目はどのように出るか。
********************************************

 てなわけで。
 ……終わると思ったんだけどなあ(むぅ)

 ではでは。
 


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