[KATARIBE 30633] [HA06N] 小説『閑有りき』

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Date: Fri, 12 Jan 2007 00:37:17 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30633] [HA06N] 小説『閑有りき』
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2007年01月12日:00時37分16秒
Sub:[HA06N]小説『閑有りき』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんかものっそ、もそもそ進んでます話です。
温泉話、二日目の断片。
……時期はずれっていまさらゆーな(もう最初からずれてます<居直り)
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小説『閑有りき』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く


本文
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 二泊三日の旅行なんて、あと五年は無理じゃないかと思う。

「ゆっくり旅行って……随分久しぶりだよ」 
 朝起きて、ご飯を食べて。
 片付けてもらってから、窓の障子を大きく開ける。
 エアコンは付いてるけど、そんなのは必要ないくらい、今の風は気持ちいい。
窓からの風に目を細めるようにして、ぽつりと相羽さんがそう言った。

 どのくらいそうやって、休むことなくただ走っていたんだろうか。
 どれほど長いこと。

 隣の座椅子にすとんと座っている、相羽さんの頭をそっと撫でてみる。
 少し目を細めるようにして、相羽さんは黙っている。

「…………相羽さん、何をして欲しい?」 
 ふと。
 まるで猛禽類か狼が、静かに座っているような空気。
 でもそれが苦にならない。
「ん?」 
「なんか、して欲しいこと」
 いつも、いつも、大変な仕事をしているから。
 いつもは……手のとどかないところに居る人だから。
「してほしいこと……ねえ」 
 む、と相羽さんは考え込む。 
 そんなに難しいことを言った覚えはないんだけど。

「どうしたら……相羽さん嬉しい?」 
「お前がいれば嬉しいよ?」 
 間髪入れず。それもほんとに真顔で言ってくるから。
「…………そ、それだけじゃなくって」

 どうしたらって思う。どうしたらこの人は喜んでくれるだろう。
 いつも忙しくて、くたくたになるまで働いている人。帰ってくると……あた
しが休むのの邪魔ばっかりしている人。
 だから……と思ったの、だけど。

「……こうして隣にいて欲しい」 

 ぽつり、と。それだけ。


 ちびさん達は、ぱたぱたと部屋中を走り回っている。
 相羽さんは、座椅子に少しもたれるようにして、窓の気色を眺めている。
 あたしはそうやって、外を見ている相羽さんを見ている。

 さらさらと、山の木の枝のこすれるような音と。
 どこか遠くから流れてくる川の水の音と。

「……あのね、相羽さん」 
「ん?」 
「あたしも、ここに居たい」 
 少し首をかしげるようにして、相羽さんがこちらを見る。
「相羽さんが居て欲しいのと同じくらい、多分あたしも、ここに居たい」 

 居て欲しい、と、何度も相羽さんは言う。
 だけど多分、あたしはそう言われなくなっても、ここに居ようとすると思う。

「うん」 
 かろく頷いて、でも言葉はそこで止まらなかった。
「だからね、ちゃんと自信もってほしい」 
「……じ…しん?」 
 思わず繰り返すと、相羽さんはちょっと笑った。
「俺の隣に居ることに」 
「…………」 

 隣に居ること。この人が半身であること。
 二人で居る限りに於いては、不安に思ったことなんてない。でも。
(人は、なんて見る)
 そこを考えると……

 手を伸ばして、腕に触れてみる。
 自信、と相羽さんは言う。なら、触れても怒られないって、思うのも自信の
一部だろうと……思う。
 伸ばした手で、腕を抱え込む。そのままもたれ掛かってみる。ごめんなさい
と、断ることなく、怒らないで、と言うことなく。

 怒らないで下さい。
 見捨てないで下さい。
 思い上がってるって思わないで下さい。
 慣れ切ってるって言わないで下さい。

 ……もし、そうであったとしても、今だけは。

 抱え込んだ腕がくるりと曲がって、背中に回る。それが何度も、背中を撫で
るのが判る。
 何度も、何度も。

 
 知る、という単語。
 以前留学していた国では、対象が人間の場合、『知る』に二通りあった。
 ひとつは……いわゆる人間を『知っている』という意味の単語。モノではな
く人間。相手は色々、知り合いだったり、友人だったり……つまり「ああ、私
あの人を知ってる」という意味合いの言葉。結構親しい友人でも、この単語で
まかなえる……早い話、殆どの人間関係がこちらの単語に対応している。
 ところがもうひとつは……実は、モノを『知る』と同じ単語になる。つまり、
手に取り、触れて、相手の裏も表も知る知り方。
 実はこの用法、聖書に時折使われている。それも、早い話ここまで知り合う
のは『夫婦』にほぼ限定されるのだけど。

 額を押し付けると、確かにそこに相羽さんが居る。
 背中に回る手の持つ温度。触れている腕や額越しに伝わる鼓動。ほんの少し
笑っているような……微かな息の音と、やっぱりわずかな振動。するりと窓か
ら入る風にかき回される……そういう微かな流れに乗る、この人の肌の匂い。
 五感全てで、相羽さんが居ることを知る。

 あたしは、この人を、知っている。
 

 相羽さんは黙っている。
 あたしも黙っている。
 さらさらと、窓の外、深い緑をかきわけるように風が吹く。
 きゅうきゅう、と、雨竜の声。はたはたと、淡く空を叩く、ベタ達の鰭。


 握り締めていた腕をそっと離して、ただもたれかかる。
 離しても……大丈夫、と、思えるくらいに、この人は今近くに居る。
 居て、くれる。

「……尚吾さん」 
「なに?」 
 ぽん、と、頭の上に手が乗っかった。 
「……呼んでみたかったの」
 五感の全部を使って、この人が居ることを確認したかった。
 そんな……ちょっと莫迦な動機。  
「………………ごめんなさい」 
「いいよ」
 ぽふぽふ、と頭に触れる手。 
 
 この人が居るから大丈夫。
 この人が居るなら大丈夫。

 出張の時、仕事で忙しい時。絶対に相羽さんは電話をかけてくれる。
 だけどそれは、聴覚だけの、感覚で。

 どうしても、時折、この人に触れてみたくなる。
 触れて……ここに居るんだって、ちゃんと判りたくなる。

「…………帰りたくないなあ」 
「……そだね」 

 声と一緒に、微かに笑う気配。
 何度も頭を撫でる手。
 
 相羽さんはここに居る。
 その……安心感。


 川の流れる音。
 微かに湿った風は、濃い、重いような緑の匂いを同時に吹き渡らせる。
 吹利のほうとは温度が全く違うけれど、でもやっぱり、少しずつ気温が上がっ
てきてる。
 おふろ、行きたいな。
 でも、ここから離れるのは厭だな。

「…………あの」
「ん?」
 
 どうなのかな。今、相羽さんのんびりしてるし、だからお風呂とか行きたく
ないかもしれない、かな。
 邪魔……かな。

「お風呂……行きませんか?」
 一瞬の沈黙。
 そして。
「いくいく」 
 ……今の今まで、眠ってるんじゃないかってくらいにじっとしてた人が……
「いやあの、もし、のんびりしてたかったら、そのままで」 
 いいですから、と言い終わる前に。 
「一緒にはいろ」 
 ひょい、と、背中に回された手ごと、相羽さんが立ち上がる。当然というか
あたしも一緒に立ち上がってしまって。

 ……いやその。
 言うのを間違えたとかは、思わないけど。
 けど……

「はい、タオル」
 ぽん、と、目の前にタオルが出現した。


時系列
------
 2006年9月初め

解説
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 温泉の二日目。ぼけーっとして過ごす二名。

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 てなもんです。
 あーりはびりりはびり(えうえう)

 ではでは。 
 
 


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