[KATARIBE 30628] [HA06N] 小説『裏創作部のクリスマス』

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Date: Tue, 9 Jan 2007 23:08:17 +0900
From: Subject: [KATARIBE 30628] [HA06N] 小説『裏創作部のクリスマス』
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ふきら@時季はずれ です。

修正、削除、追加などよろしくお願いします。>いー・あーるさん

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小説『裏創作部のクリスマス』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。


ケーキを食べよう
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 12月25日。学校は冬休みに入っているが、創作部の裏部室では夕樹が一人本
を読んでいた。
 ガラリと戸が開き、聡が顔を覗かせる。彼は「いた、いた」と言いながら中
に入ると、真ん中にある机に大きな箱を置いた。
「これ、美味しいケーキ屋ってとこで買ってきたんだ」
 夕樹はそれをじっと見つめた後、聡の顔を見た。
「……美味しいケーキ屋ってのが店の名前?」
 聡が置いた箱には店の名前らしきものはプリントされていない。ただの真っ
白な箱である。
「あ、いや、うちの大家さん…… 親戚のお姉さんの推薦のケーキ屋なんだけ
ど」
 聡の視線が少し上に向く。
「……名前、なんだっけな」
 そう言われても夕樹には分かるわけもなく、二人とも黙ってしまう。
「で、なんか面白いもんだから、色々買ってきた……んだけど」
 箱を開けて中をのぞき込み、動きを止める。そして、箱の中身を数えると顔
を上げた。
 少し困った顔をしている。
「……ええと、無理して食べなくていいから」
「何個買ってきたの?」
 夕樹の問いに聡は少し照れ笑いを浮かべて、小さい声で「ろっこ」と答え
た。彼にしてみれば、それは多いことになるのだろう。
「六個かあ」
 夕樹はロッカーの戸を少し開けて、その向こうにある表部室を覗き見た。
 明かりはついておらず、薄暗い。
「……買いすぎた、かな」
 しょんぼりとした口調で聡が言った。夕樹が振り返ると、彼は肩を落として
いた。その側で机の上に立っていたケイトが慰めるように聡の右腕をぽんぽん
と叩いている。
 夕樹はきょとんとした顔をした。
「あれ? これくらい普通じゃない?」
 その言葉に「へ?」と聡は少し間の抜けた表情を浮かべる。そして、左目に
意識を集中させて目の前にいる夕樹の感情を見……ようとして、やめた。
 わざわざ感情を読むまでもなく、夕樹はにこにこと嬉しそうな顔をしてい
る。
「……喜んでくれて、よかった」
 聡は安堵の溜息をつくと、ケーキの箱を夕樹の方へと差し出した。
「じゃあ、その前に珈琲を入れよう」
 夕樹はロッカーの前から離れて、コーヒーメーカのある棚へと向かう。
 聡はその背中に声をかけた。
「……あのさ、高瀬君って……」
 振り返った夕樹に、意を決して尋ねる。
「もしかして甘党?」
 それが意を決してまで聞く内容かはともかくとして、その問いに夕樹はきょ
とんとした。
「そうだけど…… 言ったことなかったっけ?」
 彼の返答に聡は思い切り首を横に振った。その側にいるケイトも同じように
左右に頭(?)を振っている。
 夕樹は苦笑いを浮かべた。
「二人してそんなに首振らなくても」
 そして、ふとまじめな表情になる。
「というか、意外だった?」
「……いや、なんか、高瀬君だと、徳利に酒のほうが似合いそうで」
 さながら、貧乏浪人の如く。
「徳利に酒って……」
 呆れた顔を浮かべる夕樹に構わず、聡は先を続ける。
「こう……ちょっとでかい徳利を縄で縛って、ぶらさげて」
「一体どういう想像を」
「そこで脇に、直しの唐傘を数本」
 夕樹は言われた内容を想像し、それから溜め息をついた。
「いや、似合いそうだなあと……」
「そう言われたのは初めてだよ……」
 顔に笑みを浮かべながらも、肩を落としている夕樹の姿を見て、聡は慌て
た。
「え、ええと……」
 何とか話題を変えようと、頭をフル回転させる。目の前にあるのはケーキの
箱。
「ええと、そしたら高瀬君、ケーキ4つは任せるから」
 その言葉に夕樹の表情がパッと変わる。
「え、四つも貰っていいの?」
 うん、と聡は頷いた。
「食べてくれると、僕のほうがそれは嬉しい」
「じゃあ、いただきます」
 夕樹は聡に頭を下げると、嬉しそうに箱の中からケーキを選び始める。
 その箱の横ではケイトが出されてくるケーキを眺めては、嬉しそうにぴょこ
ぴょこ左右に揺れていた。


本を交換しよう
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 ケーキを食べ終わったところで、聡が「それじゃあ、本の交換をしようか」
と言った。
 それを聞いた夕樹が少し苦笑いを浮かべる。
「どうしたの?」
「いや、驚かせる自信がなくて」
 夕樹がそう言うと、聡は少し笑った。
「じゃあ、僕から」
 聡は鞄の中から一冊の本を取り出した。それは新書のようで、表紙が少し褪
せている。
「はい」
 差し出された本を「ありがとう」と言って受け取った夕樹はその表紙に目を
やった。
「『ルワンダ銀行総裁日記』?」
 夕樹は首をひねった。
「どんな本なの?」
「まあ、読んだら分かると思うけど…… 日本人が、ルワンダの国立銀行を立
て直すドキュメンタリー」
 それを聞いた夕樹は一瞬動きを止めると、うわぁと小さく声を上げ、まさに
「やられた」という顔をした。
「どう?」
 聡が少し得意そうに尋ねる。その脇でケイトが胸を反らせて、聡の真似をし
ていた。
「……完璧に予想外だよ」
「いやだってさ、ミステリって言っても僕より知ってそうだし、あれは結構狭
い範囲でまとまってるから好き嫌い多いし」
 それを聞きながら本を後ろから開いて奥付を見る。1972年の発行とあった。
「これって古本屋で見つけた?」
 聡が頷く。
「見つけるの大変だったんじゃない?」
「まあ、ね」
 聡はそう言って、少し目を細めた。
「で、高瀬君は?」
 聡が夕樹に尋ねる。
「いや、持ってきたことは持ってきたんだけど……これを出されたらなあ」
「いいじゃん。出してみないと分からないよ」
 夕樹はそれじゃあ、と言いながら鞄の中から本を取り出して聡に手渡した。
 聡が受け取ったのは一冊の文庫本と……
「扇子?」
 その上に置いてある細長いものを見て彼が言った。
 それは縦21.5cm、幅2cmほどの細長い長方形の箱であった。
「扇子を持ってきてどうするのさ」
 夕樹はそう言うとその細長い箱を開けて、中から2つの本、というよりは縦
に長い一筆箋のようなものを取り出した。
「『Fが通過します』?」
「うん。佐藤雅彦さんって知ってる?」
「ああ、あの…… 早稲田大学の教授の先生だっけ?」
「そう。その人が書いた雑誌の連載をまとめたものなんだけど…… 雑誌の各
ページの端に余白があるよね。そこに連載していたものなんだ」
「だからこんなに細長いんだ」
 夕樹が納得したように頷いた。
「へえ…… 面白いねえ」
「そう言ってもらえると何より」
 パラパラと捲っていた聡は、手を止めると一緒に手渡された文庫の方に目を
やった。
「これは?」
 表紙には『クラウド・コレクター』とある。
「驚かせるとかそんなのはさておきとして、面白いから一緒にしただけなんだ
けどね」
「へえ、どんな本なの?」
「クラフト・エヴィング商會っていう商店の先代が冒険してきた不思議な世界
の旅行記。まあ、ジャンルで言うとファンタジーかな」
「ミステリじゃないのも読むんだ」
 聡のその言葉に夕樹は苦笑した。
「まあ、ね」
 『Fが通過します』を机の上に置いて、聡は文庫の方をパラパラと捲ってみ
る。
 そして、パタンと閉じる。
「ありがとう」
「いや、こちらこそ…… あまり驚かせられるようなものじゃなくてごめん」
「そんなことないよ」
 そう言って聡はほほえんだ。
 そして、窓の外を見る。太陽は既に沈み、空も夜に近くなっている。
 聡はちらりと窓の外を見た。


雪を降らそう
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「雪、降らないかな」
「この冬は暖冬だっていう……」
 夕樹は聡が自分の方を見て言っているのに気づいて、最後まで言うのをやめ
た。その代わりに溜息をつく。
「……ひょっとして、期待してる?」
 聡はその言葉ににっこりと笑って頷いた。机の上にいるケイトもじっと夕樹
の方を見ている。
「ま、そうくるとは思っていたんだけどね」
 そう言うと、夕樹は軽く息を吸って、今から詠む歌の情景を思い浮かべた。

「雪ふればふゆごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞ咲きける」

 雪に覆われた木々。空からも、そしてその木から、まるで桜の花びらが落ち
るようにひらひらと舞っている。
 床はいつの間にか雪に覆われ、落ちていく雪もあっという間にその一部と化
していく。
「メリークリスマス」
 吸い込まれてしまいそうな雪の白さの中で、聡は微笑んで言った。

時系列と舞台
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2006年12月25日。裏部室にて。

解説
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あまりクリスマスっぽくないと言われればそれまで。

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