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Date: Tue, 9 Jan 2007 01:58:30 +0900
From: Subject: [KATARIBE 30623] [OM04N] 小説『ある夜の出来事』
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ふきらです。
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小説『ある夜の出来事』
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登場人物
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賀茂保重(かも・やすしげ):
陰陽寮の頭。
本編
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月は雲の中に姿を隠し、辺りは墨で染めたような闇に包まれていた。
風が吹いて、葉がカサコソと鳴りあう。それに混じって微かに聞こえる複数
の息遣い。
暗闇の中で赤い小さな光が左右に揺れた。
ジャリ、と土を踏む音がする。
風が止んだ。
周囲を覆っていた葉擦れの音が小さくなり、やがて聞こえなくなる。
沈黙が闇の中に広がった。
赤い光は相変わらず左右に揺れている。
風が強く吹いた。
それは空の雲を動かし、隠れていた月の姿をあらわにする。
大地に白い月明かりが届く。
竹林の中で対峙する者が二人。
いや、一人と一匹と記した方が正しいか。
先ほどから宙に漂っている赤い光はその一匹の方の眼であった。
着ている装束はかなりぼろぼろになっている者の一般的な貴族のそれであ
る。しかし、その下に見えている肌は褐色で、髪は緑色をしていた。
左目は赤い光を放ち、右目は刀傷で閉じられている。
右手に紫色の包みを持っていた。
明らかに人ではない。
いわゆる、鬼と呼ばれる類のものであった。
それに相対するのは陰陽寮の頭、賀茂保重である。腕組みをして鬼を見てい
る。
「その右手の包みを渡してくれぬかなぁ」
その口調に緊張感はない。普通に頼み事をするような口調である。
鬼は返事もせず、じっと保重を睨んでいる。
保重も鬼の赤い瞳をじっと見る。
しばらくの間、睨み合いが続いていたが、ふ、と保重は溜息をついた。
「とりあえず、何か返事をしてくれよ。じっと睨んでばかりいてはどうしよう
もないだろうが」
ならば、と言ったわけではないが、鬼はその返答の代わりに一歩後ろに身を
引いた。
「逃げるつもりか」
保重がそう言うと同時に、鬼は身を翻して逃げようとする。
「逃がさぬよ」
保重は腕組みを解くと、呪文を唱えながら何かを投げるふりをした。
何も持っていなかったはずのその手からするすると白い糸が伸び、放射状に
広がっていく。そして、鬼に向かって一直線に飛んでいき、その頭上に来る頃
には大きな網となっていた。
鬼がそれに気づいて、振り返ったと同時に網が鬼に向かって落ちる。
ふわり、と軽く落ちていった網は鬼に触れた瞬間に鉛の重さを持ち、鬼はそ
の重みに耐えきれず膝をつく。
網の一端を持った保重がゆるりと鬼に向かっていく。鬼は網の重みに耐えな
がら彼の姿を睨みつけた。
「鬼とはいえ無闇な殺生はしたくない。素直に渡してくれれば俺もそれ以上は
何もせぬよ」
そう言いながら、鬼の側で膝をつく。
鬼は目を見開くと、口を大きく開けた。
「む」
眉をひそめる保重。
次の瞬間、鬼の口からゴウッ、と声のような、風のうねりのような音が響い
て保重に衝撃が襲ってきた。
「うおっ」
思わず体勢を崩されて、地面に手を付ける。その拍子に握っていた網の端を
手放してしまう。
「しまった」
彼の手から離れた網が、すぅとその姿を消す。
束縛から解放された鬼は立ち上がると、今度こそ逃走に入った。
木々の間を恐ろしい速度で抜けていく。その姿があっという間に小さくなっ
た。
「仕方ない」
保重は立ち上がると。踊るような変な足取りで前に進む。
数歩進んでところで、その姿が地面に吸い込まれるように消えた。
縮地である。
駆けている鬼は一度後ろを振り向いた。誰もついてこないのを確認すると速
度を緩めた。
そして、前を向いた瞬間に、驚愕の表情を浮かべた。
保重の姿が、そこにあったのである。
立ち止まった鬼に向かって保重がゆっくりと近づく。
その右手には小刀が握られている。
鬼が後ろに跳躍する。
同時に保重も前に飛ぶ。
保重と鬼の体が接触し、互いに動きを止める。
保重が後ろに下がる。鬼はゆっくりと前のめりに倒れ込む。その腹には小刀
が刺さっている。
鬼がコオォと呻いた。
そして、崩れ落ちると同時にその姿がかき消え、その場には鬼が握りしめて
いた包みと、小刀が残っている。
保重は何も言わず、それらを拾い上げると、鬼が倒れた場所を一瞥し、姿を
消した。
月はまだ空の上にある。
風が吹いた。
葉擦れの音に混じって、鬼の鳴き声が微かに響いた。
解説
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たまには真面目な陰陽頭の一幕。
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