[KATARIBE 30609] [HA21N] 小説『断罪』

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Date: Sun, 7 Jan 2007 00:51:33 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30609] [HA21N] 小説『断罪』
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2007年01月07日:00時51分32秒
Sub:[HA21N]小説『断罪』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
ログを切って頂いたので、その狭間というかその前というか。
今宮タカの……その過去の話です。

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小説『断罪』
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登場人物
--------
  今宮昇(いまみや・のぼる)
   :今宮タカの父親。
  薬袋隆(みない・たかし)
   :今宮昇の妻の弟。
  今宮紗弓(いまみや・さゆみ)
   :今宮タカの母。タカが10才の時に死亡。

本文
----

 未だに忘れられない声が、今宮にはある。
 一年前。半年ほど前から病魔に冒され、とうとう最後の日を迎えた妻の横で、
ずっと黙って妻を見ていた娘の。
「……おとうさんっ」
 かすれたような、震えるような。
「お母さんが流れていっちゃうよ。お母さんがっ!」
 母親似の大きな、虹彩と瞳が同じ色の目がこちらを向き……そして今度は、
確かに悲鳴の声が。

「……お父さんも……お父さんも消えちゃうのっ?!」

 悲鳴と一緒に伸びた、
 手。

              **

 今の時代に、珍しいほどの封建的な家だ、と、思ったことを憶えている。
 優しい、どちらかというと世間知らずでおっとりとした妻。結婚する時もか
なり反対があったが、娘が産まれた時の義母の反応は異様ですらあった。

「その子は、薬袋の家で育てます」
 何のことだか判らなかった。妻が亡くなっているならともかく、『初産でこ
れだけ軽かったらよかったですよ』と言われたくらいなのだ。無論自分もちゃ
んと勤めており、子供一人と妻一人、一緒に養うくらいの給料も未来もある。
「……どういうことですか」
「その子のことです。薬袋の家で育てると申しております」
「莫迦な!」

 無論断った。そのように決まっているのです、と、義母はかなり粘ったが、
いざとなったら法律に訴えても、と言うと流石に折れた。
 しかし。

「それでは、その子を最後まで育てて頂けますね」
「……無論です」
「宜しいですね?」
「ですから、無論、と」

 あの時の、なんとも言えぬ厭な目を、今宮は忘れたことがない。

              **

「昇兄さん」
 妻の葬儀に、彼女の親戚は殆どその姿を見せなかった。特に義母は顔すら見
せず、幾ら結婚に反対したからといって、と、今宮の親戚は憤激したものだ。
その中で、一番近しい親族といえば彼、妻の弟で、一番彼女に懐いており、結
婚後も何度か家に来た薬袋隆だった。
「隆」
「すみません、今日は」
 妻に良く似た……そして今は、タカに良く似た顔が、沈痛な表情を浮かべて
いる。
「タカは、今日は?」
 言われて、今宮は一瞬言葉に詰まった。

『おかあさんが、消えちゃうよっ』
 そう叫んでからこちら、あの子は自分の部屋で呆然として座り込んでいる。
心配した今宮の祖母がご飯を運ぶと、幾らかは食べているらしいが。
『でも、どうしたのかねえタカちゃんは』
 心配そうな母の声がよみがえる。
『お味噌汁とか、半分はお盆の上にこぼしているんだよ。お箸も使ってない、
多分手掴みで食べていると思う』
 それが一体どういうことなのか。

 妻の骨を焼く。
 そういうことを見せたくない、と、思ったのも事実だ。
 だが同時に。


(……ごめんなさい)
 おっとりした妻は、亡くなる3ヶ月ほど前から、何度もそう繰り返した。
(ごめんなさい、あなた)
 結婚して13年。娘はまだ10歳。その若さで先立ってゆくことへの彼女なりの
謝罪と思い、だから何度も謝るなと言ったものだ。
 だが、亡くなる3日前。
「……タカちゃん」
 痩せ衰えた母親の顔を、娘は蒼白になりながらもじっと見ていた。
「ごめんね。お母さんは頑張ったけど……ここまでかもしれない」
 おかあさん、と、小さな声で娘が呼ぶ。ごめんねごめんね、許してね、と、
何度も妻は泣きながら謝った。
「だけど、タカちゃん。貴方を一人にはしない。ひとつだけ、おかあさんがで
きることがあるから……それだけは」
 青ざめ、透き通るような顔に、その時だけは血の色をのぼせて、妻は言った。
「必ず残してあげる」


「……姉さんは、何か言い置いて行きましたか?」
 ちょっと外に出ましょう。少し呑んだって姉さんは怒りゃしませんよ、と、
隆はことさらのように明るい声で言い、今宮もそれに従った。
 娘は、母が見ていてくれるという。
「言い置いて?」
「タカのことも、薬袋の家のことも」
「……いや」
「タカが生まれたときに、うちの母が行きましたよね……あの時も?」
「何も」

 ああやっぱり、と、義弟は冷酒のグラスを前に溜息をついた。

「母はかんかんに怒って戻ってきましたよ。あんなむごい父親は居ない、なん
てことだってね……あ、いや」
 頑固と言われるのはそのとおりだから構わない。しかしむごいとはどういう
ことだ。言いかけた言葉を遮るように、隆は手を上げた。
「僕は言ったんですよ。多分昇兄さんは何も姉さんから聞かされていない、知
らないならそういう反応になるよって。母はそんなことはないってしばらく言っ
てましたけど……案外姉さんも小心者だったんだなあ」
 今宮は戸惑う。駆け落ち同然で家を飛び出し、彼の元にやってきた妻との仲
は、すこぶるつきで良かったと言える。今宮の親族でも友人の間でも、彼と妻
の仲のよさは有名だったくらいなのだ。
 その妻が、何を隠していたというのだ。
「……どういうことだ?」
 思わず知らず、口調がきつくなる。まあまあ、というように隆はまた片手を
上げた。
「姉さん一人を責めるわけにはいかない。仕方ないんです。だけど確かに、姉
さんも少しは説明しておくべきだったと僕は思う」
「だから、何を……」
「薬袋の家のことです」

 透明な冷酒のグラスは、もうびっしりと露がついている。それを指先でつつ
きながら、隆は軽い口調で言った。

「僕らの家は……見鬼の家と言われています」


 それは、何も厳密な『鬼』のことではないという。
 鬼、つまり隠れたもの、人には見えない筈のもの。それが見える家系なのだ、
と。
「それぞれですよ。母は人の一日後の未来が見えるそうです。僕は人の過去が
見える。姉さんは昔は……あの人はちょっと変わってて、動くものが見える人
でしたよ」
「……動く、もの?」
「うん、それだけが飛びぬけて見えてくる。たとえばほら、血管の中で血が流
れてるとすると、その血の流れが見えるんだそうですよ」
 彼一流の軽やかな口調のためか、たいしたことではないように聞こえるが、
しかしこれはとんでもない話である。今宮は呆然として話を聞いた。
「……だから、反対を?」
「ええ……そりゃね、姉だって昇兄さんの何もかもを見てるわけじゃない。仮
に兄さんが浮気したって、その心が読めるわけじゃない」
 無論そういうことが無かったからのたとえですよ、と、彼は苦笑した。
「だけど、やっぱり僕らは普通の人と異なるものを見ます。だから僕らは、子
供の頃から訓練を受けるんです」
 今宮の口が、ぽっかりと開いた。
「……じゃ、じゃあ!」
「そうです……ねえ、母にしてみたら当然だと思ったんですよ。姉だけでは子
供の能力を鍛え、訓練することは難しい。子供のことを考えたら訓練させるべ
きなのに、と……」
「……だ、だが」
 汗をかいたグラスを手から離して、今宮は一度額をぬぐった。気味の悪い汗
が手にべたりとついた。
「タカにはそんな力はない。あの子は本当に普通の子だ。それは君だって」
「ええ、僕もそう思いました」
 実際、妻の生前、何度か来てはタカと遊んでいったのがこの義弟なのだ。
「だからね。余計に思ったし……姉はやっぱり何も言ってないんだなって思っ
たんですよ」
 そこで、彼は、らしくもなく躊躇した。
「……多分、姉さんが、タカの能力を……封じてたんだと思います」

 どういうことか、と、問おうとした。
 けれども問う前に……なぜか判った。
 彼の言うことが正しいということが。

 ごめんね、と、何度も謝っていた妻。
 お母さんは頑張ったけど、と、言ったその言葉。
 
 ……そして、稲妻のようにひらめく……本当に厭な、こと。

「……まさか、隆君」
「何でしょうか」
 この一族特有なのかもしれない。虹彩と瞳の色がほぼ同じ、そのせいで吸い
込まれるような目を、彼はこちらに向けた。
「まさか、だから」
 言葉を選ぶ。言いたくない。知りたくない。
 ……けれども。
「だから、紗弓は」
 
 透き通るような目が、こちらをじっと見ている。

「だから」

 優しげな笑みをいつも浮かべている口元が、今は笑いの影も無く。
 ただ、ゆっくりと、開いて。

「……そうです」
 肯う。
「兄さんの考える、とおりですよ」
 肯い……そして同時に、断罪する。
「タカの能力を抑えることで、姉は寿命を……すり減らしたんだと思います」


 初めて会った時、彼女は笑っていた。
 まるで雲の狭間から差し込む、光のような笑顔だと思った。
 何度も人にからかわれた。出会ってから結婚するまでのほぼ4年間、互いに
喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。かといって互いに何か遠慮していたわけじゃ
ない。互いに……相手を責める必要が無いほど、相手の自然体が自分の心に沿っ
ただけの話。
 だから、薬袋の親族にどれだけ反対されても構わなかった。

 優しい、優しい笑み。
 おっとりとした……けれどどこか芯のしっかりした、そして正義感の強い。

 ……紗弓。

「姉さんが亡くなる時、タカちゃんは何か言いませんでしたか」
「……言った」

(お母さんが消えちゃう!)
(お父さんも消えちゃうのっ?!)

「ああ……」
 義弟は頭を垂れる。
「……それは、姉の能力だ……いや」
 少し青ざめた顔を、彼は上げた。
「姉の能力の……より強力になったものだ」

 動くものを、動かぬものの中より見取る、紗弓の能力を超えて。

 薬袋の家と、そうではない……そのような異能を持たぬ家の者の間に生まれ
る子は、時に本家の能力を超すのだという。
「ハイブリッド、というんですかね。新しい血が足されるとそうなるらしい」
 無論、この能力は……時には有益だが、しかし体外の場合無益である。特に
普通の人々の間では、このような視覚に直結する異能は不便極まりない。
「それもあって……うちは反対したんですよ。でも姉さんが死ぬほうがましだっ
て頑張るし……それならもう仕方ない、と思ったんですけど」

 淡々と、彼は語る。
 でもそれなら、タカは。
 本人の全く与り知らぬことで、断罪されてしまった……タカは。

「多分ね……タカちゃんは見たんですよ。姉さんの命が流れてゆくのを。そし
て貴方の心が、半分がた流れそうになっているのを……いや」
 ながれて、しまったのかな。
 小さく呟く声が、ひどく……鋭く痛い。

「……どう、すれば」
「どう、とは」
「どうしてやれば……そうだ、薬袋の家が、あの子を」
「無理ですよ」
 鋭いような声が、彼の言葉を遮った。
「何で母が、生まれたばかりの孫を引き取ると言ったと思います。それが今の
時代、非常識くらいは母だって知ってる。あれは、本当に小さい頃から鍛える
必要があるからですよ」
 どこか必死な顔で、隆は言う。
「ましてハイブリッド、それも今まで能力を使ったことも無い子だ。盲人が突
然視力2.0の目を得たようなものですよ。戸惑うし、わけが判らないだろう」

 お盆の上にひっくり返ったお椀。
 閉じこもり、電気すらつけずに、ただ座っている娘。

「……じゃあ」
「どうしようも、無いんです」

 義弟の拳が、握り締められた。

「……昇兄さん。貴方のことは僕は怒ってない。というか正直、ちょっと愚痴
言いたかったけど言えない。これじゃあ貴方にそんなことは言えない……でも」
 でも、と、彼は繰り返す。
「僕は……申し訳ないけど、今だけは姉に猛烈に腹が立ってますよ」


 タカの能力を抑える為に、紗弓はその寿命を縮めた。
 自分との間に生まれたからこそ、タカは、紗弓の寿命を縮めるような……そ
んな異形の子となった。

 事実は断罪する。

 だが……結局誰を?


「……さようなら、です」
 店から出たところで、隆は手を差し出した。
「ああ……」
「薬袋の家は……これで消えます。正直、姉のお骨をどうしようと思ったけど、
ここまであの人がこちらの人になろうとしてたなら、僕らが持ち帰るわけにも
いきませんしね」
 彼の声が、かすかにゆがむように聞こえる。
 彼の、声が。


「……昇兄さん」
 最後に、彼は振り返った。
「タカちゃんを……よろしく」

 その言葉が。
 ひどく。

 …………ひどく……むごいものに。

 今宮の耳には、響いた。



解説と時系列
------------
 霞が池の闇の、その一年ほど前。不思議少女今宮タカの、過去の話。

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 てなわけ、なんですが。
 いやー、実は、ここんちの奥さんの苗字、すんげーてけとに決めたんです。
ところが、今登場人物のとこを見てびっくり。

 なんてことだ!見鬼の家の……隠し名としての「みない」なのかっ!
 (ぜんぜんかんがえてませんでした。ほんとびっくりです)

 てなわけで。
 ではでは。

 
 


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