[KATARIBE 30573] [HA21N] 小説『霞ヶ池の闇断片〜転がり落ちた男』

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Date: Wed, 3 Jan 2007 00:25:40 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30573] [HA21N] 小説『霞ヶ池の闇断片〜転がり落ちた男』
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2007年01月03日:00時25分40秒
Sub:[HA21N]小説『霞ヶ池の闇断片〜転がり落ちた男』:
From:久志


 久志です。
 断片から正史へと残そう運動。
ギリちゃんこと片桐巡査が日常から転がり落ちるのこと。

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小説『霞ヶ池の闇断片〜転がり落ちた男』
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登場人物
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 片桐壮平(かたぎり・そうへい)
     :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。

発端
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 灰色に淀んだ空。
 肌に感じる、まるで氷の混じったやすりのような風が吹き付ける。
 端が擦り切れ表面の毛羽立った年季の入ったトレンチコートの襟を寄せて、
コンクリ片やむき出しの鉄骨の覗く建物の前で足を止めた。

 数年前に閉鎖された廃工場前。
 無人になった事務所入り口の前に佇む二人の男。

「ホンマに、こんなとこにあの男が潜んどるんか?」
「……それを確かめるのが俺らの役目だろう」
 訝しげに建物を見上げる、鳥の巣を思わせるくしゃくしゃとまとまりの無い
パーマ頭に年季の入ったトレンチコートを羽織った長身の男。その傍らで淡々
とした口調で答える相棒らしいぴっちりしたロングコート姿の男。
「おう、わかっとるがな」
 答えつつ、胸ポケットの拳銃を確かめて。注意深く建物に近寄っていく。
「……しかし、あれじゃのう。大学教授の職を捨てて、何でまたこんな道に踏
み外すもんかのう」
「どうだろうな……話によると一人娘が植物状態になってから、豹変したとい
う話だが」 
 割れた窓から工場の様子を伺う。高い天井と、かつて重機械が置かれていた
と思われる打ちっ放しのコンクリに残された跡。
 その奥、の部屋からかすかな水音が聞こえてくるのがわかる。廃棄された工
場には、ふさわしからぬ音が。

 割れた硝子の破片、降り積もった埃、鉄粉で薄汚れた床を踏みしめて。
「いくか?」
「ああ」
 勢いよく、半分外れかけたドアを蹴りつける。

 抵抗無くあいたドアの向こう。
 広いスペースの半分ほどを占める巨大な硝子ケースが置かれ、中には濁った
水がうねるように渦巻いている。
 その前に立つ一人の男。灰色に薄汚れた白衣を身にまとい、櫛も通してない
ボサボサの頭、なにをするでなくただ立ち尽くす姿。

「……そこまでじゃ」
 真っ直ぐに男に突きつけられる銃口。
「吹利県警の者だ、稲船……観念しろ」 
 隣に立つ相棒の淡々とした声が響く。
 男がゆらりと振り向く、その目は濁った虚ろな光を湛えていた。
「稲船。あほうなことせんと、おとなしくせえ」
 ぴたりと拳銃を構えたまま、片桐の野太い声が響く。
 稲船と呼ばれた男は、突きつけられた銃口にも警察と告げる男の声にもまる
で動じることなくにやりとゆがんだ笑みを浮かべた。
 その時。

 ごぼっ

 男の笑みに答えるように、目の前の巨大な硝子ケースにたたえられた濁った
水がひとりでに泡立った。
「……なんじゃ?」 
 訝しげに眉を寄せる片桐の目の前で渦巻くように水が不自然に小波を作る。
「な、なんじゃ?!」
「なんだっ、これはっ!」

 目の前で、立ち上がるように噴出するように水柱。
 相棒のうわずった声を聞いたのを最後に、片桐は渦巻く水に飲み込まれた。


病室
----

「…………あ」 
 うっすらと目を覚ました片桐の視界に飛び込んできたのは、薄汚れた天井。
「……え?」
 反射的に身体を起こして辺りを見回す。
 白を基調とした殺風景な病院の個室、中には片桐の寝ていたベッドと脇に置
かれた椅子が一つ。
「…………あれは」 
 手の平を眺め、両手で頭を押さえる。
 顔、両腕、胸、腹、足。
 淡いブルーの窮屈な寝巻きの下の体は傷一つない。

 両手で頭を押さえたまま、目を閉じる。

 思い出す、記憶の中。
 口から鼻から入り込み、肺に溢れる水、水、水。
 ひたすらもがき、空気を求める手、手、手。
 そして……同様にもがき苦しむ相棒の姿と、水の中だというのにまるで意に
も介さず薄笑いを浮かべていた男。

「……あいつは!」 
 見渡す。病室には片桐一人。
 どうしてここにいるのか。
 相棒はどうなった?
 稲船は?

「……どうなっとるんじゃ」

 頭を抱えたまま、髪をかきむしる。


弔い
----

 吹利県警。
 癖だらけの髪に精一杯櫛をかけた、いかにも制服慣れしていない片桐の姿。
 目の前、無言で見つめる先には黒いリボンがかけられた相棒の写真と周りに
飾られた花。
「…………やり切れんな」
 目を伏せて溜息をつく生活安全部部長が目をやった先。
 ひっそりと置かれた棺桶に取り縋って泣いているのは、結婚前から片桐もよ
く見知った相棒の妻と小学校にあがって間もないという、子供。
「……なんで、助かったのが……ワシなんじゃろな」
 何度も名を呼んで無き縋る相棒の妻と、膝をついて泣いている……幼い少女。

 一人身で護るべき者もいない自分がどうして変わりになれなかったのか。
 

「……片桐、後でお前と話したい連中がいるらしい」 
「ワシに?」
「心しておけ」
「はい?」
 片桐を見る部長の目は、まるで死んだ相棒に向けたものと同じような、深い
同情と哀れみを含んでいた。


スカウト
--------

 吹利県警、捜査零課。
 どこか不審げにあちこちきょろきょろ見回しながら入っていく片桐をデスク
の前で一人の男が出迎えた。
「えー、片桐壮平巡査であります」
 着慣れない制服姿のまま、どこかぎこちない敬礼する片桐を見て男が小さく
頷いた。
「ああ、片桐君だね、まあ座ってくれ」 
「……ワシに、なんぞ用ですかいの」 
 十秒と堅苦しさが持たない片桐に椅子をすすめて口を開く。
「先日、君が遭遇したものに、ついてだ」
 男の言葉に、片桐の目が険しくなった。

 窮屈そうにソファにどっかり腰を下ろした片桐の前を歩きつつ説明する男。

「あれは……なんだったんじゃ?」
「正体がなにか、までは、こちらでもつかめていないのが現状なんだ」
「なら」
「君を呼んだ理由……助かった理由、これが非常に重要なんだ」
「なんでっしゃろ」 
 ぶっきらぼうな片桐の問いに一瞬男が言いよどむ。
 数秒、押し黙った後、口を開く。

「……少し、言い難いことなのだが……君には、魂がない」
「はい?」 
 思わず目をむく片桐の顔をみて、ゆっくりと言葉を続ける。
「その原因は……今回のことではなく、君の過去の出来事で、君は一度、なん
らかの要因で魂を抜かれた、そちらに関しては調査中だ」
「ワシ、ここにおるじゃろ」
 憮然として答える片桐の言葉に深く頷く。
「ああ、それは確かなんだ。だが肉体に魂が無い」
「……そら、そんな……」 
 ぽかんと口を開けたまま、それ以上言葉を続けられない。
「だから、今回の件で君は命を失わずにすんだ」 
「……死ぬほど苦しかったんは確かやぞ」
「ああ、苦しくても死なない。そも魂が無いから死ねない」 
「そら、なんちゅう……」
 言葉を失ってしまった片桐の前で男が足を止める。

「実はね、要因は置いておいて君のその『死なない』という能力を見込んで、
君をスカウトしたい」 
「スカウト?」
「今回の件の解決……いやこの『水』が原因で起こる全ての事象を追う為に君
の能力を生かして欲しい」

 脳裏のよぎる映像。
 死んだ相棒の顔。
 縋ってなく妻の涙、歯を食いしばってなく子供の姿。
 ぎり、と。歯をかみ締める。

「……やったるわい。ああ、やらいでか」


時系列と舞台
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 2006年12月頃。吹利県吹利県警。
解説 
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 不死身の男、片桐。『霞ヶ池』を追う事になった事情。
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以上。



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