[KATARIBE 30533] [OM04N] 小説『うぶめのはじまり』

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Date: Sat, 23 Dec 2006 00:16:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30533] [OM04N] 小説『うぶめのはじまり』
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2006年12月23日:00時16分20秒
Sub:[OM04N]小説『うぶめのはじまり』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ちょとだけ、書いてみました。
……時代考証?なにそれ?<おいまてや
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小説『うぶめのはじまり』
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登場人物
---------
  妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。鬼を祓う刺繍を綴ることが出来る。
  お兼(おかね)
   :妙延尼の乳母の子。非常にしっかり者で、ついでに怪力の持ち主。

本文
----

産の上にて身まかりたりし女、其の執心、此のものとなれり。其のかたち、腰
より下は血にそみて、其の声、「をばれう、をばれう」と鳴くと申しならはせ
り。
         ……百物語評判 うぶめ


「いやでございますよ」
 一言のもとにお兼が切り捨てると、相手はそれはそれは情けない顔になった。
「そのように、一言で……」
「お断り、致します」
「だが既に」
「もとはといえば、どこぞの若君が、噂だけでのそのそ下々のところにやって
きて、『やあこれは鄙にも稀な美女でござる』とか好き放題歌まで作って、と
どのつまり身ごもらせた挙句見捨てたのが悪いのでございましょう?」
「とは言え、今はその方も、身を慎み祈る毎日ではあるのだが」
「己が蒔いた種に、まだ足りぬというものでしょうね」
 文字通り……と口を挟みかけたが、流石にそれは止めた。種を蒔いたのは目
の前の男ではないし、ひいさまおはしたないっとお兼が騒ぐのも目に見えてい
る。
「兎に角、その女は亡くなっておるのだ」
 男が座っているのは、段の上である。こちらとあちらでは、確実に身分が違
う……と、男が言いたいのはそれはもう良く判るのだが、しかしこちらがそれ
をはいはいと聴く必要も無いし、そもそもはいと聴くお兼でも無い。男がここ
に来た理由を考えれば、はいかしこまりましたと言うわけがないと……そこで
思い至らぬあたりが高位の者の弊害やもしれない。
「以来、女の墓から都に向かう道の途中に、赤子を抱いた女が立ち、通りすが
る男に赤子を抱けと言う。抱かねばその場で食い千切られ、抱けば子供の重み
で潰される」
「それで若君もまたその道に行き、食い千切られるというのが」
 良き結末ではありませぬか、とは流石にお兼も付け加えなかったが、男のほ
うは、伏せた言葉を聞き取っているかのように仏頂面になった。
 なかなかに、手間が省けて有難いものである。

「それで」
 男は仏頂面になるし、お兼はつんと黙る。話が進まないので口を挟むことと
した。
「お兼ならば、その赤子を抱いて、潰されぬだろうと思われるのですか?」
「そういうこともあるのではないだろうか」
「で、お兼が抱いて……それでどうなさいますの」
「どう、とは……」
 はて、と、困った顔になる。そこらが無策の証拠のような気がしてくる。
「お兼が赤子を抱くとしましょう。時間は暫く稼げましょう。ただ、その間に
誰かが女をどうにかせねばならぬのでは?」
 男の目が丸くなる。途端にお兼が小さく息を吐くように笑った。
「それも考えずしてここにおいでになりましたか」
 鋭い嘲りの声で責めるが、こればかりは自分も男を助けようが無い。
「愚かな」
 ぴしゃん、と、お兼は一言で片付けた。


 そもそものはじまりは、既に話に出た若君である。
 どこぞの鄙に、愛らしい娘が居たのを見初め、そこに通った……まではまあ
良かったが、数度行って飽きたらしい。数ヶ月放り出して、また通った時には、
既に娘の腹は膨らんでおり、それを見た若君は。
「興醒めとか仰ったそうな?」
「……む」
「それでとっととお帰りになって、娘が子を産むと聞いても何一つなさらなかっ
たそうな?」
「…………むぅ」
「やんごとなき方々ならともかく、鄙に住むただの娘一人、どのようになろう
と構わない、と。なかなか……便利な相手を見つけたと、さぞや喜ばれたこと
でございましょうなあ」
 お兼の言葉に遠慮の欠片も無いのは、目の前の男こそがこの若君を焚きつけ
た張本人だからである。
「そして今、どうやら娘と生まれなんだ赤子が妖になったと聞くと、札を貼っ
た部屋に隠れて震えておられるとか……いや見事なことで」
「しかしの。路を通る男どもが哀れとは思わぬか」
「哀れなれば、今すぐにでも若君をその娘のところに連れてゆけば宜しい。す
りゃ、娘も赤子も喜びましょう」
 当然のこと、と、お兼は頷き、自分も一緒に頷いたが。
「莫迦なっ」
 まあ、そうくるだろうとは思っていたけれど。
「哀れと思し召すなら、そのようになされば宜しい。何も私のよううな身分卑
しき女にお頼みにならずとも」
 ふっと言葉を切ったが、そこで収まるわけは無い。
「やんごとなき血筋をお持ちのやんごとなき若君でございます。たかが妖の一
人や二人、助ける人があって当たり前でございましょう」
 言い放つとはこのことなり、と言わんばかりの口調に、男はぐうと唸った。

 それにしても、先程からどかどかとお兼がここまで遠慮なく言えるのは、既
にこの男が陰陽師寮に行き、そしてここを紹介されたからに他ならない。
 それは確かに、そこらの女を捕まえて通い、そのまま見捨てる男も居るだろ
う。それにしても身篭った女を面と向かって『興醒め』呼ばわりし、そのまま
見捨てて死に至らしめる……というのはまず尋常ではないし、ある程度の良識
のある人間には『弁護の余地無し』と映るのかもしれない。それにしても。
(それは確かに、お兼ならばそのような赤子、ちゃんと抱えてもいられるだろ
うけど)
「……しかし」
「いやでございます」
「助けてくれれば、如何様にも」
「如何様にも出来るなら、誰か他にお頼みなさいまし。何もこんな卑しい女如
きに頼む必要などありません」
 聞いていてつくづく思う。お兼のこの口調にやられては、市場の売り子もそ
れは苦労であるだろう。

「……うぬうっ」
 気が付くと、流石にこれだけ言われて堪えられなくなったのか、男が腰間の
刀に手をやるところだった。
「身分卑しき者が何をっ……!」
「おや」
 すい、と、お兼の手が伸びる。そのまま柄にかかった手に触れる、と見えた
ところで、
「ぎゃあああっ」
 魂切るような悲鳴と、同時に跳ね飛んだ刀。
「およしなさいまし」
 そしてにっこりと笑う、あどけない顔の……娘。


 うぶめの赤子を抱いても倒れぬだろうと言われる所以はここにある。
 お兼の力は……尋常ではない。米俵を手玉に取り、暴れ牛を片手で抑える。
その怪力は尋常一様のものではないのである。
 故に、陰陽寮はこの男にお兼のことを教え、男は下げるに不向きな頭を下げ
てここまで我慢をしたのであろう。

「さて、お帰りなさいまし」
 その努力が……残念ながら一つも実になっていないのは、気の毒な限りだけ
れど。



「でも、お兼」
「何でしょうか」
 結局男は、うなだれたまま帰っていった。あの男は確かに可哀想だ、大体な
んであんなのをひいさまのところによこしますか、と、お兼は見送りながらぷ
んぷんと怒り、次に護りの刺繍を頼む相手が(お兼のこの怒りを被りそうなの
で)多少気の毒になってきた、ものだけれども。
「その娘……哀れなこととは思わない?」
「それは、思います」
 存外素直に、お兼は頷いた。しかしながら、
「だから、私、そこに行ってみようと思います」
 そう言った彼女の表情は……多分先程の男なら『頼むから絶対に触れてくれ
るな手助けもするなっ』と絶叫しそうなものだった。
「ひいさま、出来ますれば」
「ええ、護りの布を作りましょう……無論二枚」
「え?」
「私も無論参りますよ?」

 尋常ではない怪力に、人並み優れた判断力と交渉力。
 それら全てを兼ね備えた……お兼が絶句するのは、こういう時で。
 その原因となることは、時に自分にとって、得意とも思えることなのだけど。

「………え?」
 ぱちくりとまばたきをするお兼を見て、思わず笑ってしまった自分は、さて
も恩知らずということには……なるまいか。


解説
----
 同情しがたき相手の生んだ、ある怪異についての前段。
********************************************

 てなもんで。
 まあ、自分でも色々突っ込めるんで、追求は……(えうえう

 ではでは。
 
 


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