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Date: Fri, 22 Dec 2006 23:37:35 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30532] [HA06N] 特別企画:いろはお題『も もしもの話 ( 前) 』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年12月22日:23時37分35秒
Sub:[HA06N]特別企画:いろはお題『も もしもの話(前)』:
From:月影れあな
構想を練り始めたのは今年のゴールデンウィーク。うう、時間かけすぎ。
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特別企画:いろはお題『も もしもの話(前)』
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登場人物
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六兎結夜(りくと・ゆうや)
:国立吹利学校大学部文学部比較文化学科3回生。
:極楽トンボな大学生。ヘタレ。
十条健一郎(じゅうじょう・けんいちろう)
:国立吹利学校大学部工学部情報工学科3回生。
:関西弁ツッコミ体質。つっこまないと多分死んでしまう人。
須藤未来(すどう・みくる)
:国立吹利学校大学部文学部行動心理学科3回生。
:言語受信型テレパス。結夜の幼なじみ。
ロザリンデ・カタリーナ・フォン・ローテンフェルト
:SRA預かりの吸血姫。ドイツ貴族。
九折因(つづらおり・よすが)
:SRA預かりの吸血姫。京都人。
DJ
:店内放送のDJ。以下略。
目覚め
------
そうして、目を開いたところにあったのは、わたしにとってのいつもの光景
だった。
カチカチと耳にさわるCPUの音、そして冷却ファンの唸り。一面のガラス窓
から差し込む光と対比すると、まるで水の底に沈んだように薄暗い店の様相。
『次のハガキだ。ラジオネームグリコ森永さんからのお便り。「こんにちはDJ
平田さん――」読むのが面倒なので、以下略』
店内放送のDJが、似合わないポップな音楽をBGMに、無愛想な声ではがきを、
読みあげない。今日はアシスタントの猫耳メイド娘が有給らしく、ツッコミの
生肉を叩くような音は聞こえない。ここはインターネットカフェ水島研究所。
地球防衛組水島機関の誇る、誰もが憧れた分離合体可変型機動インターネット
カフェ。嘘だ。
わたしは適当なことを心の中でつぶやいて、ぼんやりと意識を覚醒させてい
く。
今の時刻は朝の十時過ぎ。
友人との待ち合わせの前の、時間つぶしでなんとなくダベりに来て。いつの
間にかうとうとしていたのだろう。わたしは……
わたしの思考は、踏み切りにさしかかった自動車のように、いったん停止す
る。
『――リクエスト曲は讃美歌320番。縁起の悪い曲だ』
オルガンの旋律をに乗って、物悲しくも荘厳な歌声が流れ始めた。
『わたし』は、ここでぼんやりと思考しているわたしは六兎結夜だ。
そうして突然、わたしは咽喉の奥のそのまた下あたりからキュッとこみ上げ
る、つんとしびれるようなモノに気がついたのだった。
――ああ、嗚呼。
なにかを失ったような喪失感と、なにかを取り戻した充足感とが、そこにあっ
た。その瞬間、多分わたしは泣き出してしまいたかった。
理由も分からない衝動に身をゆだねて、その場に這いつくばって、体裁なん
か気にしないで、なにも分からない赤ん坊みたいに、ただ大声を上げたかった。
そうしなかった理由はただ一つ、意地だ。そうする前に、後ろからかけられ
た声が、わたしの衝動の決壊を押しとどめた。
理性と衝動はいつだって冷戦状態だ。手に手を取り合ってタップダンスを踊
ることなんかめったなことではない。
「起きたんか、結夜」
「ん、ああ」
震えそうになる声をそれだけで抑えつけて、わたしは曖昧な返事を搾り出す。
声をかけてきた男――十条健一郎はなにも気付かない。この男はそういった
機微にはさほど聡くない。大口をあけて欠伸の振りを見せ、潤んだ目じりを誤
魔化してしまえば、健一郎にはもうわたしの心にさした暗い影のしるしに気づ
く方法はない。
「寝てたか、今何時?」
「十時半前。コンタクトしながら寝んなや。目ぇしばしばすんで」
「んん、寝るつもりなかってんけどなぁ」
わたしは、健一郎の言葉のとおりしばしばしている片目を抑えて言った。
「昨日からあんま寝てんでな、眠い」
「へぇ、何時間寝てん」
「一時から八時まで、七時間」
「そんだけ寝たら十分やんけッ!」
「わたしは一日十二時間ぴったり眠らないと眠くて仕方ない人なのだよ」
「お前はどこのパタリロや」
呆れたように、けれど小さく笑いあいながらの、そんなやり取り。わたしに
とって、あんまりにもいつもどおりで、だからきっと気が抜けて、つい油断を
した。
「そういえばずいぶん楽しそうやったけど、なんの夢見とってん」
問いかけに、思わずポロリとこぼした。いつものやり取りの延長で、けれど
いつものおちゃらけた風はない、自分でも驚くくらいに何気なく、真剣なこた
えが。
「ああ、うん。なあ、ケンチロウ。後悔したことってないか?」
「後悔? なにをや」
「いろんなこと。あらゆること。『あの時ああしていれば、今自分はこうだっ
たかもしれないのに』とか、『もし過去に戻ってやり直せるならこうしていた
のに』とか……」
言いながらわたしは、つい今しがた見ていた夢を思い出す。
そこにあった日々は穏やかに幸せで、悩みや苦しみのない理想郷では無いけ
れど、出来ることならずっと微睡んでいたかった、そんな夢だった。
健一郎は一瞬きょとんとして、首を傾げる。
わたしには、その後につづく答えが分かっていた。
彼はきっと迷わない。迷う必要さえ感じない。最初から明確な答えを抱えて
いる。そういう男だ。
そして思っていたとおり、健一郎は当然のように答えを返した。
世はことも無く
--------------
「ところでなんや、珍しく気ぃ入った格好してるやん」
揶揄するような健一郎の言葉に、オレ、六兎結夜は改めて自らの服装を見お
ろした。
淡い暖色系のシャツと、上に羽織った花柄のシャツ、そして黒地に細い縦縞
の入ったパンツ。
「そうか?」
「そうや。それ、こないだftさんの誕生日OFFで桜木さんにコーディネートさ
れた服やろ。お前やったらそれだけで十分気ぃ入った格好や」
言われてオレは、少し憮然とした。言い返せる言葉がなかったからだ。
これがほかの人間であれば、特になんでもないようなちょっとしたお洒落な
のだろう。
しかし、つい先頃まで『服を選ぶのが面倒だ』という怠惰な言葉を言い訳に、
一年中なにも考えずに黒づくめでいた自分からすれば、なかなかありえないま
ともな服装だった。
健一郎が首を傾げるのも無理のない話である。と、一瞬自分で納得してしまっ
たのだ。
「それにしても、またそのまんま着てきたなあ。ちっとは自分でもアレンジせ
えや」
「いや、それはまあおいおい。今日出てきたのもまあ服買う目的もあってだし
な」
「どっか行くんか?」
「おう、ちょっとうろうろ」とそこでオレは、その瞬間に思いついた言葉をそ
のまま口にする。「ケンチロウも一緒にどう? どうせ暇だろう、お前は」
「どうせってお前なあ。そんな言い方やったら、おれ四六時中暇してるみたい
に聞こえるやんけ」
苦々しげな口調で言うが、オレの予定は多分当たっている。忙しかったらこ
んなところで管を巻いてるわけもないのだ。花の大学生が、朝っぱらからイン
ターネットカフェにやってきたと言うことは、ようするに丸一日暇ということ
にちがいない。
案の定、健一郎は少し考えるそぶりをしてから、簡単に首を縦に振った。
「でもまあ、そうやな。丁度新しい夏服も買いたかったし、ついてくのもいい
かもな」
「勿体つけず、素直に『僕暇人だから』って言ったらどうだね、ケン一ロ氏
(うじ)」
「暇人ちゃうわッ! っていうか勝手にハットリくん風のあだ名つけんなや」
「霞ケンチロウっていうのもいい加減マンネリやったし。ほら、最近実写でリ
メイクされたやん」
「それも微妙に古いわッ!」
ビシッとツッコミが決まる。
流石はツッコミ一筋二〇年、侮れない鋭さをもったツッコミだ。いや、そう
でもないか。
「しかし、お前もいい加減寂しいやっちゃな。この暑い中わざわざ一人でうろ
うろ買い物行くつもりやったんかい」
「ん? いや、一人ちゃうぞ」
「あん? そんなら誰と行くつもりやってん」
「それは――」「ハアイ、あたしとよ」
突然、オレと健一郎の間に割って入るように、一人の少女が身を乗りだして
きた。
「っと、未来」
「おはよう、結夜。相変わらず冴えない頭してるわね」
「ほっとけ……って待て。ちょっと待て。頭ってなんだ、見ただけでわかんの
かいおまえは」
「見ないでも分かるわよ、トウヘンボク」
きっぱりと少女は断言する。オレはその心温まる会話にちょっと泣きたくな
る。
言うまでもなく、知った顔だった。本日、自分が待ち合わせをしていた、ま
さにその相手なのだから。
この少女、名前を須藤未来という。オレとは幼稚園以来の幼なじみで、健一
郎を合わせたこの三人は、高校の三年間をずっと同じ教室で暮らしたクラスメ
イトだった。
「うわっ、須藤やん。相変わらずやな」
「うわっ? またご挨拶ね、ケン一ロ氏。久しぶり、こないだ食堂で会った時
以来かしら?」
「ああ……ってお前もケン一ロ氏とか呼ぶなやッ! 語呂悪いねんそれ!」
激昂する健一郎を、未来はアハハハと指をさして笑う。それは、三人が大学
に入学して学び舎を別にするまで、毎日のように教室で展開されていたやり取
りだった。
不意な懐かしさにとらわれて、オレは静かに眼をつむった。
同じ大学に通うことになったとは言え、勉強する分野が違えば授業で会うこ
とはまずない。オレと未来は学部が同じなので、いくつかの授業でかち合うこ
とも多かったけれど、健一郎は一人学部から違う。
同じサークルに入ってもいなければ、付き合いの範囲も異なり、必然的に会
う機会は減っていた。よくよくかんがみるに、オレ自身もここ何週間かIRCの
チャット意外で会話したおぼえがない。
だからなのだろうか、このささやかな時間がなによりも懐かしく、愛おしく
思えるのは。
「結夜?」
黙りこくっていた結夜を不審に思ったのか、未来が怪訝そうに振り返る。
「どうしたのよ、そんな真剣な顔して。おまえはもっと体張って笑い取るキャ
ラでしょ、芸能人にたとえるなら濱口みたいな」
「黙れ毒舌一代女、あんな野生動物みたいな芸人と一緒にしないで下さい。オ
レはこれでもインテリメガネ属性を自認しているんです」
「それは誤認ね」と、未来。
「勘違いはなはだしいっちゅうやっちゃな」
健一郎にまでバッサリと切り捨てられ、オレはがっくりと肩を落とした。
「ハハァン」
そこで未来が、いつも変わらない人を食ったようなニヤニヤ笑いを浮かべて、
ズパリ言い切る。
「嫉妬ね」
「なッ――」
思わぬ口撃に、オレは一瞬言葉をつまらせた。未来はその隙を逃すほど甘い
女ではない。たちまちその口から、散弾のような言葉が雨あられと、マシンガ
ンのごとき勢いで飛び出してくる。
「嫉妬してるのね、あたしに。まあ、気持ちは分からなくないけどね、今ちょ
こっと仲良さ気だったし。でもいじけて黙っちゃうのは減点よね、うじうじう
じうじと、ウジ虫野郎が。言葉にしなくちゃ思いは伝わらないのよ? 大丈夫、
ちょっと健康的じゃないと思うけど、あたしそういうのだって面白いと思うわ。
世間は認めなくても愛さえあれば、十条くんだってきっと応えてくれ……」
「って、そりゃ逆やろボケーッ!!」
「ふぅん、逆?」
未来が、心底から嬉しそうな、それでいて口が裂けても無邪気とは言えない
ような、満面の笑みを浮かべる。
「……ハッ!?」
「へぇ、フーン。つまりゆうちゃんは十条くんに嫉妬してくれたわけだ。あら
やだあたしってば罪作りなオンナ」
「は、はめられたァッ!? あと、ゆうちゃんとか言うなッ!!」
「やぁん、照れなくてもいいのに。イ・ケ・ズ」
こういう時の未来は本当に楽しそうだ。笑いながらばんばんとオレの背中を
叩く。
ふと気づくと、健一郎があきれたようにこちらを見ていた。
「そこのバカップル、ええかげんにせえよ」
「ば、バカップルとはなんじゃいッ!」
「あら、結夜はあたしとバカップルなのがお嫌?」
未来はそう言って、いたずらっぽく笑う。
この時の自分の考えを、整然と一文にまとめて記すことは難しい。端的に言
えばどこか気恥ずかしくもあったし、喜んでいるような部分もあった。それ以
上詳しくとなると、オレ自身も正確に分析しきれないので、客観的な事実だけ
示す。
オレは酸素の欠乏した金魚みたいに間抜け面をさらして、ぱくぱく口を開け
閉めした。何かを言おうとして、けれど適切な言葉が見つからない。思考をフ
ルスピードで空回りさせて、堂々と同じことを数度繰り返す。
未来はそんなオレをみて、これ異常ないさわやかな笑みでこうのたまった。
「煮え切らない反応ね、この半熟温泉卵」
「それってほぼ生だろ……」
思わず口をついた一言は、思った以上にいじけた感でいっぱいだった。
意地悪げに笑う二人の友人に、フンと鼻をならしてみせて――それすらも負
け惜しみっぽかったことには気付かないふりをする。――オレは多少語尾も荒
げに言葉を吐き出す。
「それより、そろそろ出よ。さあ、出よう。時間は有限なのだから、こんなと
こでくっちゃべってる暇はねえ」
「あー、それな。やっぱおれパス」
「へ、なして? 暇人だろ、ケン一ロ氏」
「あのなあ……いや、まあ暇人やとしてもや。おれまだ馬に蹴られて死にとな
いからな。出かけるて、つまり二人でデートやんけ」
「ちがッ! あのな、みくとオレはそういうんじゃなくて……」
「ただの幼なじみ? そりゃお前、ちょっと須藤がかわいそうと違うか」
さらりと投げかけられた真剣な言葉に、オレは言いづまった。
未来とオレは、正式にお付き合いをしているわけじゃない。告白をしたこと
もなければ、された憶えもない。高校ぐらいのころから、ただの友達と言って
しまうには微妙な関係を続けている。
世間的に見れば、友達以上恋人未満というものだろうか。以前、それについ
てと未来に言ってみたことがある。
――つまるところ、それって親友というもののことなんじゃないか。
すると未来は、いつもどおりの皮肉っぽい笑みを浮かべて答えたものだ。
――親友がレベルアップして恋人になるのなら、そりゃあ聖闘士星矢だって
やおい漫画になるわよね。結夜と十条くんも、いつかきっと結婚するんじゃな
い?
健一郎と結婚する未来予想図は、流石に想像に耐えなかったので、オレはそ
こで話を打ち切ったのだった。
「十条くんはやさしいのね。けど、あたしは別に平気よ」
突如振って沸いた奇妙な沈黙を割って、未来が楽しそうに笑いながら口を開
く。
「だって、こいつツンデレだもん。『べ、べつにあんたの事なんか好きじゃな
いんだからね』なんて言われたらむしろ萌えるわ。それに、シメるとこはキッ
チリとシメさすし」
「……まあ、別にええけどな」
そう言って健一郎は話を締めくくる。
この少女はいつだっておちゃらけていて、オレに本音というものを悟らせな
い。そのくせオレのことについては、なにもかもを知っている風な顔で、いつ
も不敵に笑っている。
けれど、何故だか知らない。いつだって、オレにとってそれは不快なことで
はなかった。
不意に、心の奥のどこか深い部分が、ズキリと疼いた。
まるで冷や水を浴びせるように、警鐘を鳴らすように、スゥッと世界が遠く
なるようなそんな痛みだった。
残滓
----
「ほら、いつまで呆けてんの。そろそろいこ」
「え、ああ」
腕を引かれて、オレは立ち上がる。
シュワシュワシュワ、ジージー、と、ガラスの向こうの光の世界では、シャ
ワーみたいな蝉時雨が、うるさいぐらい無遠慮に降り注いでいる。
夏だ。突然、痛いくらいに実感した。
カランと、コップの中で解けた氷が音立てて崩れる。
いつの間にか、つい今しがた感じた疼きのようなものは、陽光の前の薄氷の
ように、きれいさっぱりと消えていた。
「それじゃ健一郎、またな」
「おう、また今度一緒に飲みにでも行こうや」
「オレはジュースしか飲めんけどな」
「大丈夫、あたしが一服盛ったげるから」
「盛るな」
オレの言葉に、未来はけらけら笑って答えない。こいつは盛る、絶対盛る。
今度一緒になにか飲みに行くときは絶対気をつけよう。そう心に固く誓う。
「と、いけない。予想外に時間食っちゃったなあ。映画の上映、間に合わなかっ
たらどうしよ」
「映画ぁ? なにか見にいくのか、今から? 聞いてないぞ」
「言ってないもん」
「ははは」
オレはついおかしくて笑ってしまう。なるほど、道理だ。あんまりにもまっ
とうに道理すぎたから、思わず未来の頭に手刀を振り落としていた。
「いたッ」
「別にいいけどな」
「いいならチョップしないでよ」
「衝動と理性はいつだってケンカしてんだよ。理性が良いって判断しても、反
射的にチョップしてしまうのは止められない」
「要するに我慢が足りないのね、早漏野郎」
「関係ねぇッ! ていうか早漏じゃねぇッ! それ以前に女の子がそんなこと
言うんじゃねぇーッ!!」
「なにその三段ツッコミ? ツッコミの原則は短く簡潔によ。三段に分けたっ
て、そんなの冗長なだけだわ」
「ツッコミどころ多すぎんじゃお前はッ! で、どこでなに見んの?」
「メディアスクエアでゲド戦記と、時かけのはしご」
「マジで? あれ評判悪いやん、全然ゲド戦記じゃねえって」
「知らないの? いい映画っていうのは見終わった後にぶちぶち好き勝手文句
言える駄作のことを言うのよ」
「おまえは絶対映画の楽しみ方を間違ってる」
「どうでもいいけどな」と、健一郎。
「なんだ、ケン一ロ氏。まだおったんかい」
「アホか、そりゃおれのセリフや。おまえら映画見るのに急ぐんと違ったんか
い。いつまでここで漫才しとんねん」
言われて、オレと未来は顔を見合わせる。
未来の視線がそのまま腕時計に落ち、バッとレジ後ろに設置された時計に飛
び、最後に短く叫んだ。
「ダッシュ!」
「ヤバイかッ!?」
「別にッ!!」
今度こそオレはこけた。
「おお〜、吉本コケ」
「走り出そうとしたところ水差されたら誰でもこけるわッ!」
「ま、本当のところ、ぎりぎりってとこかな。まあ、折角整理券貰ってきたの
に、遅れたら無駄じゃない? そろそろ行こうか。ほら結夜、さっさとお勘定
済まして」
「へいよ。水澄さん、いくら?」
「一時間半のご利用と、試験ドリンクB32号一本のご注文で、小計700円です
ね」
と、それまで黙ってカウンターに座っていたアルバイト嬢の顔が、どことな
く苦笑しているように見えたのはオレの被害妄想だろうか。
そんなことを考えながら歩き出したせいか、店を出たところで、丁度やって
きた小さな人影と衝突してしまった。
「うわッ」
「きゃあッ」
ぶつかったのは、大きな黒い日傘を抱えたオレよりずいぶん小さな少女で、
あっさりと跳ね飛ばされる。
しりもちをついた少女は、「あわあわ」と日常稀に見ない慌てた声をあげ、
取り落とした日傘を拾い上げた。
「大丈夫、怪我は……」
日傘の下から、キッと釣りあがったまなじりが覗く。オレはなぜか言葉を失っ
た。整った顔立ちの、日本人形のような黒髪の美しい少女だった。
別に美しさに見とれたわけじゃない。なのになぜかその瞬間、なにを言った
らいいのか分からなくなって、黙り込んでしまった。
こちらが黙ったのを、視線にひるんだからと解釈したのか、少女は強い勢い
でまくし立てる。
「どこ見て歩いてはるんですかッ! びっくりしたわぁ、ほんま。死んだらど
うしてくれますのん」
「もうしわけな……いや、流石に死にはしないんじゃないかと」
「そんなんわからへんやないですか。なんであんたに断言できるん? うちが
死にそうやった言うたらそうなんです。」
「そのくらいにしておきなさい、あなたも不注意でしたわ、ヨスガ」
かみつかれて、放り出すわけにもいかず、困り果てていたところに、横から
鈴を転がしたような声が割ってはいる。
見ると、そこには銀髪のフランス人形がいた。腰まで届く、軽くロールした
シルバーブロンドをひるがえし、日本人形の方の少女と同じ日傘をさした、異
国人の少女だ。
フランス人形? 否と、頭の奥のなにかが言う。これはフランスじゃない、
ドイツの人形だ。
「真昼の街がものめずらしいのも分かりますけれど、キョロキョロと、あなた
ぜんぜん前が見えてませんでしたわ。ミス・レイヴンの日傘がどれほど濃い影
を作り出してくれても、取り落としてしまっては意味がありませんのよ」
「ローザちゃんッ!」
ヨスガと呼ばれた黒髪の少女が、苛立たしげな視線を、ローザと呼ぶ銀髪の
少女の方に移して声をあげる。
「うちはちゃんと前見て歩いてました! キョロキョロやなんて、そんな田舎
モンみたいに言わんといてほしいわ!」
「あら、見ていたのに避けれませんでしたの? それでは、わたくし不本意で
すけど、同属としてのあなたの評価を改めなければならないかしら?」
「うぐ……」
会話の意味は、オレにはよく分からなかったが、ヨスガさんはそれで黙り込
んだ。その結果に満足してか、ローザさんは一瞬満面の笑みを浮かべるも、す
ぐに神妙な表情を作ってこちらに向き直り、深々とお辞儀をする。
「失礼をいたしました。友人に代わって謝罪いたしますわ」
「いや、オレが不注意だったのも事実である以上、文句言われてもしかたない
ですよ」
「そうだとしてもお互いさまです。一方的に責任をなすりつけようとしたヨス
ガの態度は謝罪にあたいするものですわ」
「謝罪にあたいするのはあなたにとって。じゃなくて、そのヨスガちゃんにとっ
て。じゃない?」
意地悪く未来が微笑む。こういう時の未来は、まるでミンチン先生のように
底意地が悪い。ローザさんはバツが悪そうに眉をしかめる。
「そういわれれば返す言葉もありません。ヨスガ、お謝りなさい」
「はいはい、えろうすいませんでした」
「ヨスガッ!」
いかめしい面持ちで叱りつけるローザさんに、いかにも不満だというように
ふんと鼻を鳴らす。
「そんな偉そうに言うて。ぶつかったんが自分やったら謝らへんくせに」
「あら。その時はヨスガが諌めてくれるのではなくて?」
さらりとローザさんは言う。今度こそヨスガさんは黙りこんだ。
「立派なレディーなら、謝るべき局面ではきちんと謝りましょう。ね、ヨス
ガ?」
「……すいませんでした。うちもちょっと動転して、感情的になってしもうた
みたいです」
「いや、こちらこそ前見てなかったわけだから。お互い様だって。悪かった
ね」
お互い向かい合って、頭を下げる。これ以上なにか言うべきだろうかと、言
葉を捜すオレの背中に、突然、未来が思いっきり手を叩きつける。
「はい、じゃあ気持ちよく謝ったところで、気持ちよく別れる! ほら、結夜
急いで。さもないと整理券云々どころか、着く前に映画が始まってしまうわ」
「あら、お急ぎでしたの? お引止めして申し訳ございませんでした」
「お気になさらず。それじゃあね、お二人さん!」
言うが早いか走り出したこの女は、元陸上部のエース。対するオレは校内体
力テスト下から二番。ちなみに、二人の腕は硬く組まれたままである。
「うおっ、まッ……引っ張るな! こける、こけるから!」
「こけたら? 引きずってってあげるよ」
「擦り切れるわ、アホッ!」
力いっぱいの突っ込みにもかかわらず。数分後、オレのズボンが擦り切れそ
うになっていたことはもはや言うまでも無い。
時系列と舞台
------------
2006年夏、IC水島にて。
解説
----
それはありえたかも知れない情景で……
$$
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