[KATARIBE 30523] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-6)

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 21 Dec 2006 23:00:52 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30523] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-6)
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200612211400.XAA37146@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30523

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30500/30523.html

2006年12月21日:23時00分52秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-6):
From:ごんべ


 ごんべです。

 遅々として進みませんが、何とか次を投げます。
 ようやく事態が動く、かな?


 珊瑚、ついに追い詰められる、の巻。


**********************************************************************
小説『霞の晴れるとき』
======================

http://hiki.kataribe.jp/HA06/?KasumiNoHareruToki

(つづき)


乾坤一擲
--------

 28号―― "足長" は、驚きもせず……ただ、じゃり、と一歩足を進めた。

「論理的ではないな」
「そうかしら……?」

 油断せず、みたび機会を窺いつつ距離を測る珊瑚。
 彼女は――既に逃亡もしくは反攻の手段をあれこれ模索していたが、反射的
に口にしていた自分自身の言葉の検証を繰り返していた。

 あるべき論理上の帰結とは、いつの時も、前提となる命題や条件からひと連
なりの延長線上に提示されるものである。
 もちろん入力される条件の不明確さにより、いくつかの可能性から「確率の
高い」結論しか導き出せないことはある。しかし樹木が根を張り幹を伸ばし枝
葉を生じるように、それらの間には、一瞬の断絶もなく論理的なつながりが保
たれているもの。

 彼女の言葉は、その原則を一切無視したものだ。
 言わば「目的地」でもあった作り主の許に、なぜ戻らないのか……?

「……そうかもしれないわね」

 彼女は認めた。
 自分は、論理的な回答を出していない。

 ――だが彼女にとっては、“間違ってもいなかった”。

 それが彼女の結論。

「そこまで言うお前は。……お前の今の状況を、理解しているのか。お前は、
お前自身を守れるのか?」
「…………」

 珊瑚には、既に "足長" の問いが読める気がした。
 そう。間違いがあったとすれば――

 二人の脚が同時に跳ねる。

 ただ走るだけなら珊瑚は勝てない。既に珊瑚は学天則28号の動きの癖を読み
始めていたが、能力の差は歴然。
 少しでも "足長" に余裕を与えず、隙が出来た瞬間に一気に引き離すべきだ。
そのために彼をおびき寄せながら、今はまだ捕まってはいけない。

 最終的にあとわずかの間合いを得るための、賭けだ。

「――お前たちのような機能分担・特化型のペアは、観測機の膨大な観測・分
析能力で情報収集と戦況把握を行い、戦闘担当の高い戦闘力を最大限に高める
よう運用すれば、最適のコンビと言える。しかしそれが成り立つのは、サポー
ト役である観測機の安全が確保されてこそ、だ」

 隙が見せかけであろうと無かろうと、 "足長" の攻撃の手は緩まない。
 いや、より一層激しさを増している。

「たとえ役割分担型のペアであっても、それぞれが行動する際には、双方に状
況に即した最低限の問題解決能力が求められる。4号が投入されるべき主な状
況においては、それは即ち戦闘力だ」

 訥々と語り続けながら、彼は気合の声も発せずに間断なく攻撃を加えてくる。

 珊瑚は、この相手がアンドロイドであることを、改めて認識した。
 アンドロイドを相手にすることは、人間でないものを相手にする恐怖そのも
のでもある。

 "足長" のそのような姿は、珊瑚の計算にも余裕を失わせていた。

「しかしお前は戦闘においては必ずしも充分な力を持っているとは言えない。
そのお前が攻撃を受けた場合、4号は戦闘を放棄してお前を守らなければなら
ない……あるいはお前を見殺しにすることで、4号の戦闘力もペアとして発揮
するはずだった能力も、大幅に低下してしまうことになる」
「他人の分析など、聞きたくもないわね」

 想像を上回り裏をかく彼の猛攻に、ひとすじの望みをつなぐことすら危うい。
 一方 "足長" は、足技主体の攻撃を繰り出して来つつも一向に機動力を落と
さず、全く安定した態勢で珊瑚を追い詰めてくる。
 このままではじり貧に追い込まれ、いつかは――

「……っ!?」

 "足長" の攻撃を読み損ね、すんでの所でかわした珊瑚の姿勢が崩れる。

「守られても、守られなくてもマイナスしか生まないようでは、お前は問題解
決能力を持っているとは言えない。サポート役としての務めを果たせなくなっ
た時点で、お前はただの足手まといなのだ」

 一撃、二撃、と続く蹴りが、珊瑚に姿勢を整える猶予を与えない。
 さらなる彼の追撃をかわしきれず、ついに珊瑚は足取りを乱して転倒してし
まった。

「いま……さら……っ!」

 ぐいと組み伏せようとする "足長" の腕が伸びたところに、珊瑚は下から渾
身の両脚蹴りを叩きつけた。意外にも軽かった彼の身体が放物線を描くその間
に、がむしゃらに手を伸ばし地面を蹴って、珊瑚はかろうじて "足長" の攻撃
の傘の下から逃れた。

 ガサガサッ

 彼の姿が、背の高い草むらの中に落ちる。

「――それ故ドクターは、生残性を高めるためとして、高度高機能な専門化を
放棄し、必要十分な情報収集能力・分析能力・戦闘能力をバランスよく備えた
機体であることが望ましいと言う思想の元に、新たなペアを開発した……それ
が私たちだ」

 いつしか二人は、霞川の川原にまで出ていた。
 親水公園として整備された現代の霞川には、再び自然の川原がよみがえろう
としていた。足首を隠す下草、ところどころに見える葦の群生、その向こうで
月の光をきらきらと反射する水の流れ。

 その間から、 "足長" の声は途切れなく聞こえてくる。

「一方に問題が起きても他方の助けを必要としない、自己解決能力を高めた個
体によるツーマンセルとして作られたのだ。変形合体機能は、より総合力と選
択肢を増すための、余技に過ぎない」

 "足長" は、少しも堪えていない風情で立ち上がった。
 確かに、珊瑚の蹴りがダメージを与えられる可能性は、残念ながら低い。

 しかし。――望んでいた距離を、今こそ得ることができた。

「……少々、甘く見ていた」

 "足長" は、前髪に付いた枯れ草をおもむろに払いのける。

 左手のハンドポーチの存在を、手の中の感触に確かめる珊瑚。

「伝えるべき事は伝えたぞ。――改めて訊こう」

 珊瑚は右腕の手首に着けた時計を見た。……問題は、無い。

 時間を見たのではない。

 この1年、珊瑚が前野から学んできた術式がある。その名を、影術と呼んで
いる。空間操作を目的とする、理論魔術の一種である。
 術が発動すれば、周囲の物体の表面はあまねく珊瑚の影術のテリトリーとな
る。そこに落ちたものの処遇は、珊瑚の思うままとなる。追い払うことも足止
めすることも、術の効果が続く限り自由にできるようになる。

 その発動呪式がこの腕時計に刻まれ、術の本体となる魔術紋と組み合わせて
発動する仕掛けになっているのだ。あとは、その魔術紋を、いつ「描く」こと
ができるか。
 いや――珊瑚が予め図形に描いてポーチの中に隠し持っている中に、最適な
魔術紋が一つある。それを取り出し、発動させる、それだけで良い。

 それができるチャンスは、今をおいて無い。

「どうしてもこちらの要望は飲まないと言うのか?」

 運動能力で差を付けられない今、この術の成否が珊瑚の運命を左右する。

「いやよ」

 みたび。心からの拒絶。
 拠り所を守ろうとする、自分の。

 彼女の左手の親指が、ポーチのファスナーをそっと押し下げ始める。

「ならば仕方がない」

 不意を打ち、大技で一息に決めるしかない。

「手加減はせぬ」
「…………」

 ――――来る!

 これまでをすら上回る爆発力で、珊瑚めがけ "足長" が突進する。
 昂然と立ち向かう珊瑚は、刹那も遅れず電撃のように行動を開始した。

 右手の二指がハンドポーチのファスナーを割き開け、所期の位置に収められ
ていた紙切れを一挙動でつまみ出す。珊瑚は "足長" から一時も目を離さない
まま、魔術紋の描かれた紙を思惑と寸分の狂いもなく足下の地面へ静置した。
 瞬間、彼女の腕時計の裏蓋が光る。

 パシッ

 静電気のような光が辺り一円に閃き、珊瑚を中心に半径10メートル以上の地
面が夜目にも判るほどの漆黒に切り取られた。
 大きく口を開いた闇は、疾駆する "足長" を既にその顎の只中に捉えていた。

「――ムウッ!?」
「呑み込め!!」

 "足長" が進むには、大地を蹴るしかない。
 "足長" の足が地面につき、その靴が影術の闇に絡め取られる。

 だが。

「……ッ!」

 "足長" はとっさに両腕で不可解な動きを取り、最後に左右に突き出した。
 同時に、空中に留まろうかとするかのように身を縮め、地面に着いたばかり
の靴から足を引き抜こうとまでした。

 いや。
 ――抜けたのである。

 左右に伸ばした "足長" の両腕が燐光を発し、靴を脱ぎ捨てた彼の身体はあ
ろうことか空中に浮いたまま、突進の勢いを残して珊瑚へ目がけまっすぐに宙
を滑った。

「な……っ!?」
「捉えたぞ」

  "足長" の両腕がついに珊瑚の両肩を掴んだ。


**********************************************************************


 次回は陽vs"手長"。


================
ごんべ
gombe at gombe.org



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30500/30523.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage