[KATARIBE 30514] HA06N] 「 Crimson Double 0 :血色の影」

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Date: Wed, 20 Dec 2006 17:54:55 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30514] HA06N] 「 Crimson Double 0 :血色の影」
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2006年12月20日:17時54分55秒
Sub:HA06N]「Crimson Double 0:血色の影」:
From:Saw


[HA06N]「Crimson Double 0:血色の影」
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登場人物
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 豊秋竜胆 :喫茶店の女。
 ソーニャ・ヴラドヴナ :吸血鬼の少女。

 波佐間壬郭 :少年。

本文
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 間もなく朝を迎えようという時間。
 ひと気のない喫茶店で二人の吸血鬼がカウンター席に座っている。

 それはまだ12月。吸血鬼たちが同時多発的に己の存在を、望みを、自由を賭し
て血色の日々を過ごした季節のことだった。
 一人はこの喫茶店のオーナーでもある女。もう一人はかつて黄金と呼ばれた少女。
 見た目には大人と子供の差のある二人だったが、吸血鬼にとってそれは大きな
意味をなさない。二人は対等の立場で並んでいた。
 しばらくはただ静かにコーヒーを飲み体を温める。
 少女は間もなく終わりを迎えようとしていて、女はそれをただ見守ることに決
めた。故に交わすべき言葉はもうあまりない。

「店主……いや、リンドウ。一つ頼みがある。紋白の『子供』の件なんだが」
「心当たりが?」
「ああ」

 それはこの少し前に少女が対峙していたある吸血鬼の話題。
 少女にとって紋白は敵であり、それ以上に親友だった。
 だから彼女がその紋白の吸血鬼としての血を分けた子供について知っているだ
ろうことはリンドウと呼ばれた女にとっても予想の範疇。

「以前、彼が言っていたんだ。十年以上前にこの地で人間の妊婦を助けた事があ
る、と。ただの気まぐれでね」
「妊婦、ですか」
「うん。どういうわけか吸血鬼化はしなかったと言っていたが……」 

 吸血鬼が人を助ける。それは抱擁、つまり自分の血を飲ませて死に行くものに
生を分け与えるということ。
 妊婦に血を与えた場合の反応は様々で、母子共に吸血鬼化することもあればし
ないこともある。
 だが一番多いのは母か子のどちらかが吸血鬼化する例だ。

「それは妊婦が、しなかったということですか」 
「ああ」
「では、その子供が……ということ」 
「そこまではわからない。だが紋白とは『同族喰らい』の血統。騒動の種には事
欠かない。一応警戒しておいて欲しい」 

 同族喰らい。吸血鬼を喰う吸血鬼を意味し、忌避すべき存在。紋白とはそうい
う吸血鬼だった。
 同族喰らいは仲間を殺す事に躊躇がない。同族喰らいは仲間を喰う事を恐れな
い。そして同族喰らいは食った仲間の血の力を自分のものとして容易に取り込ん
でいく。
 味方にして厄介。
 敵にしても厄介。
 だがうまく使えればその特性は血族間の争いにおいて大きな優位点になる。そ
ういう存在だ。
 自分の住む地でそんなものが野放しになっている。それは女にとって頭の痛い
事実。そしてその問題を少女から半ば強引に託されたことになる。
 だがそれが少女の最後の頼みなのならと引き受けることにした。
 だから女は首をゆっくり縦に振ってみせる。

「ありがとう、竜胆。確かその妊婦、姓はハザマと言う──」 

 そして12月は終わりを告げた。吸血鬼たちの狂乱は幕を閉じ、少女もまたこの
世を去った。
 年が開け、残された女──竜胆はいつものように自分の店を開けてやはり日常
に埋没していく。
 十年以上表沙汰にならなかったのだ。もしかしたら幸運にも母子共に吸血鬼化
しなかっただけと言う可能性も高い。そうでなくとも下手に自分が調べまわるの
は却って危険と判断していた。
 だからハザマという姓をただ心の隅にそっと留めて置く。
 それ以上はしない。
 時が来れば自然とこの店は情報を受け止めるだろう。
 それだけの客幅はある店だ。
 それが今の自分に出来る最良の手だと思った。

                 *                  

 雑踏の中、少年が胸を押さえてうずくまる。
 周囲の大人たちは急ぎ早に家路へ、或いは遊びに向かい、誰も助けてくれない。
 だが仮に少年に気を払ったものがいたとしても彼はきっと跳ね除けただろう。
 少年はそういう気質を持っていた。
 信号が赤に変わり、少年は横断歩道の真ん中にある安全地帯に一人取り残され
る。

「畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生……」

 呪文のように世界を呪う言葉を吐き続ける。そうすることが決定的に敗北した
自分にはいくらかの救いになると少年は信じていた。
 今年に入ってから幾度となく襲ってくる胸の痛み。
 そしてその後にやってくるあてのない渇望。
 ただ渇きだけがやってきてそれを埋める手段は自分自身でもわからない。
 この発作のせいで少年は膨大な時間をかけて望んだ受験に敗北し、将来への計
画を根底から崩された。

 新年度が始まればまた呑気なクラスメイト達と三年を過ごすことになる。それ
は焦りを抱えて生きる彼にとって恐怖だ。
 医者は精神的な問題だといいカウンセリングを薦めたが、三度目で行かなくなった。
 少年にはただ話を聞いているだけの大人は無能に見えたし、何より治療なんて
今更に過ぎた。

「畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生……」

 信号が青に変わり、自分のことを奇異の目で見る連中を掻き分けながら少年は
ただ歩く。胸の痛みは治まるどころか動悸を伴って激しくなるばかり。
 早く人混みから離れないといけない。
 少年が発作に襲われるのは決まって人の多い場所だったから。

 何で自分はこんなことになってしまったのだろう。
 心当たりはあった。12月の馬鹿げた夜。OLが妙な男に襲われていてそれを助け
ようとした夜だ。

「畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生。畜生……」

 結局少年は誰をも助けることは出来ず、ただ闇の中で怯えているだけの子供だった。
 あの時以来闇が怖い。人混みも怖い。
 あの闇の中で何があったのか、それは少年にもわからない。
 だがいま自分を襲っているこの確かな渇望。
 それに目覚めたのは間違いなくあの時だという確信はあった。

 ようやく人混みを抜けて吐瀉物の匂いが立ち込める路地に逃げ込む。
 胸の痛みは静まっていくが、それでも渇きは少年の脳を支配している。

「畜生。畜生。畜生! 畜生ッ! 助けろよミリア! 助けてくれ……っ」

 少年の名は波佐間壬郭。
 何もかも灰色になった彼の世界で、浮かび上がった影だけが薄く赤く染まっていた。

解説
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2007年2月以降。予告編的なアレ。

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