[KATARIBE 30504] [HA06P] エピソード『魔王と白鬼』

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Date: Wed, 20 Dec 2006 01:05:29 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30504] [HA06P] エピソード『魔王と白鬼』
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2006年12月20日:01時05分28秒
Sub:[HA06P]エピソード『魔王と白鬼』:
From:久志


 久志です。
いつぞやのプチ会話からネタを広げてみる。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
エピソード『魔王と白鬼』
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登場人物 
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 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮法律事務所所長。本宮兄弟の父。人呼んで黒の魔王。
 小池国生(こいけ・くにお)
     :小池葬儀社社長。尚久の親友。白髪ナイスミドル、人ではない。

打診
----

 十月前半、吹利県吹利市のとあるお店。
 ファーフエルトのソフト帽にトレンチコートを羽織った男が入っていく。

 尚久     :「やあ、遅れてすみません」 
 男      :「いえいえ、わざわざお呼びだてしてしまってすみません」 

 立ち上がって礼をしようとする男を小さく笑ってさえぎりつつ、注文をとり
にきたウェイトレスに珈琲を注文する。

 尚久     :「そんなにかしこまらないでください」
 男      :「ですが……」

 困った表情を浮かべる男に苦笑する。
 本宮家。吹利の政財界、法曹界でそこそこ名の知れた旧家。
 名目上、尚久は親族達の当主という立場ではあるが、実際のところ何の采配
を振るうでもない形だけの地位といっていい。
 関連会社の経営などは分家戸萌の長男、克五郎が手腕を振るっており、資金
関係でも、入り婿である良雄の独壇場といっていい。影響力で言えば、長年分
家本家ともに最高位に君臨してきた戸萌の女帝、加津子に軍配が上がる。

 ただ、あるのは圧倒的な存在感と、肌で感じる意思の強さ。

 尚久     :「当主を名乗っていても、所詮は身内だけの地位に過ぎま
        :せん。貴方がそんなに下手に出る必要はありませんよ」

 ですが、と緊張した風情で言いかけようとした男に。軽く手を振って。
 ちょうど運ばれてきた珈琲をひとくち飲んで口を開く。

 尚久     :「ところで、今日はどうなさいました? 貴方もお忙しい
        :身ですのに」 
 男      :「……はい、本宮さんに是非ともお願いしたいお話があり
        :まして」 
 尚久     :「どういった?」

 聞き返す尚久の目を見て、男が居住まいを正す。

 男      :「尚久さん」

 一旦言葉を切って、小さく息を吸う。

 男      :「県議会に立候補なさいませんか?」 

 さすがの尚久も一瞬手を止めてまじまじと向かいの席の男の顔を見る。
 微塵の嘘もからかいもない、真剣そのものの目。

 尚久     :「…………突然なお話ですね」 
 男      :「あちこち候補者を探して、是非ともと思いまして」 

 とん、と。尚久の指がテーブルの上を軽く叩いた。

 男      :「無論、今の事務所所長を辞めてという話ですが、尚久さ
        :んならばもっと高みを目指せると思うんです」 
 尚久     :「勿体無いお申し出ですが、お断りさせてください」 

 言葉を続けようとする男を遮るように、穏やかだが頑として揺るがない声で
きっぱりと告げる。

 尚久     :「私は高みを目指そうとは思っておりません」 
 男      :「ですが、何もかも不安定な今のような時こそ、尚久さん
        :のような乱世の雄が必要なんです」

 負けるまいと必死に追いすがる声にも全く動じず、手振りを加えて話そうと
する男に向かって軽く片手をあげる。

 尚久     :「申し訳ありません、このお話はお受けできません」

 そのまま動きを止めてたじろぐ男の目を見る。
 これ以上の会話は受け付けない、という意思。会話終了の合図。

 男      :「……わかりました、すみません、こちらの都合ばかり」 
 尚久     :「いえ、ご期待にそえず申し訳ありません」

 なおも話足りなさそうな男に一礼し、代金の札をテーブルに置いた。

葬儀社にて
----------

 小池葬儀社。事務所二階に位置する、社長室。
 ほぼ、小池国生の住居と言ってもいい古めかしいデザインの部屋。

 尚久     :「と、いうわけなんだよ」 
 小池     :「……それはまた」 

 中央に置かれた牛革のソファに座ってふてくされたように背もたれに寄りか
かった親友の姿に苦笑する。壁沿いにずらりと並んだ本棚の奥、角に置かれた
鍵つきの戸棚を開けて、尚久専用のノリタケのティーカップを取り出す。

 尚久     :「ああ、少しブランデーを入れて欲しいな」
 小池     :「はいはい」

 ポットに湯を注ぎ、蓋が暖まるのを確かめてからティースプーンで葉を入れ、
軽く揺する。慣れた手つきでカップに紅茶を注いで、戸棚の中から飛び出した
小瓶からブランデーを一筋落とす。

 小池     :「お待たせ、しかし……少しは形だけでも、考える様子を
        :見せれば良かったのに」
 尚久     :「だって、嫌だよ。そんなのに立候補したら麻須美さんや
        :子供達や君と会う時間が減ってしまうじゃないか」 
 小池     :「……あなたは」 

 思わず、頭痛のする頭を押さえてガラステーブルの向かいの席に座る。
 カップを手に取って口を尖らせて拗ねる姿は、魔王と呼ばれる威風堂々とし
た普段の尚久の姿からは想像もつかない。
 
 尚久     :「事務所もようやっと後継に任せられるようになってきた
        :んだ、晩年は孫をあやして、妻と息子達と君と……静かに
        :暮らしたいだけさ」 
 小池     :「それは、理解しますよ」 

 カップを手にとって。

 小池     :(しかし、どうしてこうも子供みたいな発言をするかな、
        :この人は) 

 その言葉を紅茶とともに喉の奥に押し込む。

 尚久     :「それに……ね」
 小池     :「はい?」

 ふと、尚久の声の調子が変わる。
 どこか子供じみたやんちゃ坊主の声から、普段の毅然とした通る声に。

 小池     :「尚久くん?」

 カップを持つ手をとめて、尚久の目を見る。
 真っ直ぐに射抜くような、黒い瞳。

 尚久     :「君は、わかってるんじゃないかな?」

 迷いの無い、断定的な尚久の言葉。
 決して問い詰めるわけでもなく、追い詰めるでもない、だがはっきりとした
確信を感じる。
 一瞬たじろいだ小池の顔を見て、尚久は小さく眉を寄せた。まるで何かに耐
えるような悲しい目で。

 尚久     :「一人で抱え込まないでくれ」
 小池     :「……尚久くん」

 カップを持つ手が、小さく振るえた。

 尚久     :「あの人は……長くないんだろう?」

 くしゃっと、尚久の顔が歪む。組んだ手が微かに震えて、小池を見つめる瞳
はまるで今でも泣き出しそうな程に潤んでいる。
 黒の魔王、と呼ばれた男。この男にそんな表情をさせることができる相手を
小池はただ一人だけ知っている。
 そして、過去に白郎鬼と呼ばれた人喰い鬼――小池国生という男にとっても
その人はかけがえの無い人物であり、何を犠牲にしても失いたくない存在。
 小池は、声も出せずただ俯いた。
 
 尚久     :「……君は、わかっているんだろう?」

 低い、消え入るような優しい声。
 問い詰めるでもない、ただ、苦しい心を抑えての言葉。

 小池     :「早くて……三年……それ以降……この先十年を越すこと
        :は、おそらく……無理です」

 深紫の魔眼。命の流れを視る、白鬼の目。
 その目には、最愛の人の死の予兆を……正確に、残酷に……映していた。

 尚久     :「……そうか」
 小池     :「尚久くん」

 膝に両肘をついたまま、手で顔を覆う。

 尚久     :「いや、君の咎じゃないんだ、君を責めているんじゃない
        :んだ。これまで彼女が命を留めていてくれたのは……君の
        :お陰だということも」
 小池     :「……尚久くん」

 それ以上、言葉を続けることができない。

 尚久     :「……すまない、取り乱したね」
 小池     :「いいんだよ、尚久くん」

 押し殺したような、声。
 両手で顔を覆ったまま、微かに肩を震わせる尚久の姿を見つめたまま。

 小池     :「……すまない、尚久くん」

 天命に抗えない、どうにもできない無力さを感じていた。

時系列 
------ 
 2006年10月前半
解説 
----
 黒の魔王本宮尚久、白郎鬼小池国生。二人が想う人は。
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以上。

 さあ、とんでもない方向にネタが広がった。


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