[KATARIBE 30503] [KMN] 小説『泣き女の夜』

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Date: Tue, 19 Dec 2006 23:07:30 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30503] [KMN] 小説『泣き女の夜』
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2006年12月19日:23時07分30秒
Sub:[KMN]小説『泣き女の夜』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
以前の以前、どうやって妖怪たちがこの夜に潜んでいたか、を
ちょっと考えたことがありまして。
ひょいっと形になったので書いてみました。

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小説『泣き女の夜』
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登場人物
--------
 斧淵雨海(おのぶち・あまみ)
  :妖怪橋姫。正体を隠しつつ、現在事務員として働いている。
 諸橋直(もろはし・すなお)
  :雨海の同僚。何くれとなく、彼女に気を使っている。

本文
----

 別に年が変わるといっても、何か特別なものがあるわけではないのに、と、
師走の街を歩くたびに雨海は思う。
「斧淵さーん、置いてかれるよ」
「あ、すみません」
 いわゆる二次会。そもそも忘年会自体、なかなか出ない雨海が、その二次会
にまでゆくことは、それこそ滅多に無い。
「斧淵さん、大丈夫?」
 原因は、そこで手招いている同僚の女性にある。
「ええ、大丈夫です」
 諸橋直というこの女性は妙に同僚に受けが良い。その彼女が不思議なほど雨
海に気を使い、結果として周囲も何となく雨海を受け入れている。
 だから。
「ここ繁華街だからね、斧淵さんなんか一人だと危ないよ」
 そう言いながら、それでも自分は他から遅れて待っていてくれる彼女の誘い
に、今日は雨海も乗ったのだ。
「無理に誘っちゃったから、しんどいんじゃない?」
「いえ、そんなことは」
 ありません、を略して、代わりに微笑む。その雨海の視野を、ふと人影がよ
ぎった。

 ふわふわとした灰銀のボアのコート。その下に光沢のある緑のドレス。少し
こけた頬の線は鋭く、肌の色はぞっとするほど白い。美人かどうかという点で
は満場一致で美人に割り振られそうな彼女は、でも人好きという点ではかなり
点数を割り引かれそうな印象がある。
 見事なほど黒い真っ直ぐな髪をさらりとコートの上に流した彼女は、隣を歩
く男と何やら話しているところのようだった。紅色の唇がうっすらと開き、微
かな笑みをこぼす。まるで恩恵か何かのように、ほんのちょっと。
(あれは)
 微かに、後頭部が痛む。微かに。
(彼女は……では)
 この街に。
 

 数年ほど前、と、雨海は記憶している。
 
 妖として生きることで、恐らく最も困難な問題の一つに、年齢の問題があげ
られるのでは、と、雨海は思う。どれだけ頑張って誤魔化しても、自分の顔は
思い切り大人びた十代最後から、かなり若く見える三十代半ばの間にしか見え
ない。『隣は何をする人ぞ』との言葉が既に陳腐化した今でも、やはり同じ職
場に十年一日、変わり映えのしない顔を並べていては、人は異常に気が付くと
いうものである。そしてそれより厄介なのは。
(寿命自体を、誤魔化すこと)
 震災。大戦。
 そういう隙間を縫って、何とか雨海は自分の『存在』を新しくしてきた。十
年に一度は職を変え、居場所を変え、そして暫くの間潜む。けれどやはり……
年齢不詳とは言え例えば戸籍の年齢が80歳になってしまうと、これはやはり
他の『人間』に移る必要が出てきてしまう。
(次はほんとに……どうしよう)
 丁度そういう時期だったと覚えている。苛々していた雨海は、どうせなら大
地震か大噴火あたりが起こってくれないものか、と、不謹慎にも願ったもので
ある。
 そんな、時に。
 彼女は、現れた。
 
 
「……ちょっと貴女」
 一ヶ月に一度、給料日の夜に雨海が通っていた小さなカクテルバー。当時の
同僚に連れて行かれた時に呑んだキールの味が気に入って、以来一度に一つず
つカクテルを味わっている。
 店の中は静かで、大概の場合古典音楽がかかっている。連れ立ってくる客も
互いに囁くように話している店。
 その日の音楽は、ヘンデルのオラトリオ。片隅のテーブルに座って、ゆっく
りとグラスを傾けていた雨海は目を上げた。
「貴女は」
 つり上がり気味の目が印象的だった。そのあまりの血色の悪さを誤魔化すた
めか多少の紅を乗せてはいたが、日本人には珍しい静脈が浮き出るような白い
肌、すっと鼻筋の通った顔。恐らく極上の美人と称されるだろう彼女は、雨海
の目前で微かに笑んだ。
「橋姫、ね」
 かすれるような微かな声に、雨海は目を細めた。
「……バンシー?」
「まあそんなものかしらね」
 コントラルトの声にまぎれるように、彼女は頷いた。
 
 バンシー、泣き女。
 死を悟り、死を知らせる女の妖怪。
 
 灰色の薄い上着を光沢のある緑のスリップドレスの上に羽織る。蠱惑的、と
文字で知っていた表現を体現したような姿。静かな……互いのプライバシーを
尊重し合うのが標準のこの店の中ですら、数人の視線が追うような女。
「……迷惑って顔してる」
「そんなことは」
 言いかけた雨海の声を、指をひょいと立てて女は止めた。
「でも、いいこと教えてあげようと思ってね」
 反対の手で、上着の胸ポケットから薄いカード入れを取り出す。中から名刺
大の紙を取り出すと、雨海の前に放ってよこした。
「これは?」
 雨海の言葉に女は直接には答えず、ただ、見てみろというような仕草をする。
その様子に促されて、雨海はカードを手に取った。
 どうやら女性の名前。そしてこの近くらしい住所。そして小さな写真。
「明日の午後、この子は死ぬわ」
 さらり、と、女は言った。
 
 身内も無く、都会のアパートの一室で暮らす女性達が居る。不意に亡くなっ
たとしても、発見まで下手すると数日はかかりそうな……もし仕事場に、縁者
が亡くなりましたので、程度の一報を入れれば、その発見すらおぼつかなくな
るような、そういう女性達。
 そのような女性の一人が不意に亡くなったとする。その際に彼女と年の近い
誰かが入れ替わったとしたら。

「まだ22歳。大丈夫、単に病気で亡くなるだけだから」
 手を汚すわけじゃないわ、と、女は笑う。
 多分手を汚すことも……彼女自身は厭わないのかもしれない。
「でも、どうして……」
「知っているからよ」
 女は目を細め……その答えで雨海の問いを先回りするように封じた。

 バンシーは人の死を知る。
「ついでにね、その寿命もわかるわけ」
 そうやって見てゆく中に、ぽつり、ぽつり、と、異様に寿命の長い連中が居
るのだという。
「それが、多分お仲間」
 大概の場合、そういった『仲間』達は、己が身を如何に隠すかに腐心してい
ることが多い。だからこそ。
「こうやって偶然出会った仲間に、伝えることにしたの」
 どう?と彼女が尋ねる。
 雨海は……黙って、深く頭を下げた。

 暫くの間話をした。
「その顔で男嫌いはきついわね」
 鋭いような美貌とは裏腹に、気を許した……少なくとも同類と確信した……
女の表情はどこかあどけない。
「貴方はどうやって」
「男を捕まえて」
 軽く片目をつぶる。雨海の目の前で、その顔はほんのりと輪郭を和らげた。
同時に指先でちょっと摘んだ髪が、するり、と額へと引き込まれる。
「……ああ、そういう」
 恐らく、彼女はその顔立ちを、ほんの少し変えることが出来るのだろう。ほ
んの少し年をとり、時には姉妹や従姉妹のように似た顔に。
 そして、その度に、男を変える。
「適当に……居場所を変えられるように?」
「そゆこと」
 灰色の薄い上着を軽く揺らして、彼女は笑った。


 そして、別れて。
 また会おうとは互いに言わなかった。また会えるだろうとも思わなかった。
 けれども、また会い見て、驚きはしたものの……どこかで不思議とは思って
いない自分が居る。

 灰色の上着に、緑のドレス。
 長い黒髪をさらさらと流した艶やかな姿。

 あの時から今に至るまで、自分の存在が人目を引いたことは無い。
 人の中に隠れる、その隠れ蓑を彼女には分け与えられた。
 
 漂うように。
 この人波の中に隠れながら、自分達は静かに時を渡るのだろうか。
 渡って、ゆけるのだろうか……



「おーのーぶーち、さんっ」
 言葉と同時に、ぽん、と背中をはたかれる。目をぱちくりさせた雨海の顔を
覗き込むように、諸橋直がこちらを見ている。
「斧淵の、雨海さん、どっかお留守のまま歩いてると危ないですよー」
「あ、あ……すみません」
 ぺこり、と頭を下げると、彼女は少し笑って、雨海の肘の辺りを抱え込むよ
うにして歩き出した。
「あの……」
「だあめ。もうかなり遅れてるんだからあたし達」
「す、すみません」
「すみませんはいいの。追いつくまで引っ張るからねっ」
「あーあのー」

 えいえい、と、早足で歩く直の横顔から、雨海は視線をずらす。
 その向こうに立つ緑のドレスの女は、わずかに目を瞠り……そして。

 目を細めるようにして、笑った。


時系列
------
 12月。

解説
----
 橋姫と、バンシーの関係。
 こういう風にして、何とか隠れていた……ことにしておきます。
*****************************************

 てなもんです。
 ではでは。
 


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