[KATARIBE 30502] [HA06N] 小説「翻弄」

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Date: Tue, 19 Dec 2006 17:29:25 +0900
From: Subject: [KATARIBE 30502] [HA06N] 小説「翻弄」
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[HA06N] 小説「翻弄」
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登場人物
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 品咲 渚   悩みの多い女子高生
 豊秋竜胆   悩みの少ない吸血鬼


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 開店前のGARDENに、品咲渚が訪れてきたのは、クリスマスまであと数日に迫っ
たある日のことだった。親友の蒼雅紫がバイトしている店。ほんの一週間前ま
では、その程度の認識の店だったが、つい先日、18日の早朝に、この店は、渚
の中でも特別な場所になっていた。
 店の軒先を、眠そうな顔で、店主が箒で掃いている。街路樹の銀杏が、盛大
にその葉を落としているからで、一晩経てば歩道は真っ黄色に敷き詰められて
いるのだった。その色を見るたびに、渚はとある少女の顔を思い出す。その少
女の件もあって、渚は店主に声をかけた。

「店長さん、すいません、ええですか」

 ゆっくりと振り返る店主。彼女は吸血鬼である為、まだ日が上っている間は、
どうにも動きが鈍い。しかし、焼かれることはないようで、それは渚の乏しい
知識からすると、不思議なことでもあった。
 つい先日知らされたばかりだったが、正直な話、実感が沸かない。

「あら、渚ちゃん。あ、品咲さんって呼んだ方がよかったかな」

 呼んでおいてから訂正する。同じ年の頃にしか見えない彼女は、案外抜けて
いるところがあるようだった。少なくとも、先日の早朝に感じられた鋭い印象
はまるで感じられない。

「名前で呼ばれるの好きなんで、名前でええですよ」
「じゃあ遠慮なく。今日は紫ちゃん、シフトじゃないけど、なにかご用」
「……はい、店長さんに、聞きたいことがありまして」
「もう少ししたら表(の掃除)終わるから、それまで、中で待っててくれるかな」
「手伝いましょか。開店前に無理言うてるん、うちですし」
「うちでバイトするってんならお願いするけどね」

 案外それも面白いかもしれないと思ったが、12月も下旬に入った今、それを
実現するのはあまり賢明ではない。渚は言葉に従って、店内にそっと入る。適
当にその辺の椅子に腰掛け、店内を見回す。間接照明ばかりで、なんとも薄暗
いな、と思った。準備中なので、照明を最低限しか灯していないせいかもしれ
ない。あまり自分の好みには合わない、それが渚の正直な感想だった。


 五分程して、箒を片付けた店長が店内に入ってきた。紫の話では、開店は夕
方五時だということだった。先ほど携帯を確認したときには、四時半にもなっ
ていない。彼女は、渚を奥の半個室となっているスペースに誘った。他のフロ
アとは明らかに雰囲気が違っていて、特別なスペースだというのはすぐにわか
る。

「すいません、お忙しいところお邪魔して。ホントは開店してから来たかったん
ですけど」
「ああ、それは全然。気にしてないから。珈琲でいい?」
「あ、そんな悪いですよ。ちゃんとお金払います」
「しっかりしてるね、紫ちゃんから聞いた通りだ」

 紫の名前を聞いて、一気に顔が赤くなるのを感じる。店長は小さく微笑んで、
厨房に入る。渚は落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせた。小さく息を吸って
吐く。誰かを好きでいることは、とても幸せなものだけれど、それを勝手に知
られるのは非常に困る。

「お待たせしました。お話だっけ」
「あ、は、はい、えっと……どっから聞いたらええんかな、すいませんちょっ
と待ってください、整理しますから」
「どうぞ。まだ時間大丈夫だし」

 自らも珈琲を口に含む。

「えっと、店長……ううん、豊秋さんは……うちらのこと、どこまで知っては
るんですか」
「うちらってのは、ソーニャの件で? それとも……他に何かあるのかな」
「……ソーニャさんの件です」

 この人はかなり知っている、と直感した。ソーニャのことはもちろん、紫の
恋心のことも。やぶ蛇をつつく気も趣味もないので、それとも、のあとのわず
かな間はスルーしておくことにした。

「ゆ、紫も、正樹も……なんかまだ黙ってることが……ある気がして」
「そうなの? 仲良しなのに。だったらよほど聞かせたくないんじゃないかな」

 あっさりと先回りされる。

「そうかもしれませんけど……あの子ら優しいし。うちに気ぃ使ってんのも、
わかるんです。でも……それでもうちは知りたい」
「それで私に……ふぅん、そんなに噂好きに見えるかな」
「いえ、それは全然。むしろ逆で、すごい口かたそう」
「ありがと。やだな、直球弱いんだ」

 はにかむ様はとても外観相応だった。先日は多少大人びているようにも見え
たけれど、こうしていると同年代にしか見えない。明日教室にいても違和感が
まったくないと思う。

「お世辞とかちゃいますから……うちが真剣やって、わかってもらえたらと思
います」
「渚ちゃんがそういう子だってのは、ソーニャからも聞いてる。面倒見がよく
て、優しくて、優しすぎてだから心配だって」
「……それはうちも言われました」
「だからね、言ったものかどうか……迷うんだ。言えば、渚ちゃんを潰すきっ
かけになりそうだしね」

 あっさりと恐ろしいことを言うと思った。正直、意図が読めない。怯えさせ
て、話を聞かずに済ませようと思っているのだろうか。それとも、こちらの熱
意を推し量っているのか。
 実際のところ、竜胆にそれほどの思惑があるわけではない。彼女は単純に、
思ったままを口にしただけなのだが。

「豊秋さん、コワイこと言いますね」

 こんなところで戦うつもりはないけれど、確認しておく必要はあると思った。
紫にとっても、ソーニャにとっても彼女は味方だ。しかし、渚個人の味方であ
る理由はまだない。

「うーん。そうかな、怖がらせるつもりはなかったんだけど」
「……人間やないみたいです」
「よく言われるよ。実際その通りだししょうがない」

 軽く吹き出す竜胆。言ってみてから、それもそうだと渚は軽く後悔した。な
にせ、眼前にいるのは吸血鬼なのだ。しかし竜胆は気にした風もなく、笑って
続ける。

「警戒してるでしょ。私のこと。あんまり喋ったことないし……っていうかちゃ
んとこうやって話すの初めてだし」
「……豊秋さんが無警戒すぎるんですよ」
「あ、馴れ馴れしかったかな」
「いや、そうやなくて……なんか、アレです。身構えてたうちがアホみたいに
思えて」
「こっちは紫ちゃんからもお話聞いてたからね。すごい嬉しそうに、渚ちゃん
のこと話してて、あー仲良いんだなあって」

 仲が良い。その言葉に少し痛む。確かに仲は良い。最上級と言って良いと思
う。でも。紫の悩みも、自分の悩みも、共有しているわけではない。明らかに
思い悩んでいる紫に、渚は言葉をかけづらく感じてしまっているのだった。

「豊秋さん……うちは……紫の親友です」
「うん」
「うちは……あの子が一番大事なんです」

 相づちを打たずに黙っている竜胆。

「自分より……大事なんです。あの子が困ってるとこなんて、見たくない」
「……本当に?」
「う、疑ってはるんですか?」
「そういうわけじゃないけど。……そだな、どっちかが死ねば片方は助かるっ
てとき、渚ちゃんはどうする?」
「……紫を助けます」

 何を試しているんだろう。そう思った。
 少なくとも今は。さっき言われたような状況を想像すると、紫を助けるなり
かばうなりして、自らは倒れる。そうすると思う。

「二人とも助かる道は探さないの」
「そ、そんなん、全然質問の答えに」
「それで渚ちゃんが死んで、紫ちゃんはどうするの。きっと悲しむよ。それに
……」
「……」
「いざって時、自分が犠牲に。って考えだとね。いつまで経っても、自分を捨
てちゃうものだよ。ソーニャだってそうだった」

 カップをおいて、竜胆は続ける。

「ソーニャは最期まで頑張ったけど。もっと早く気付いてもよかったと思って
るよ、私」

 先日、正樹の部屋でのソーニャの姿を思い出す。
 彼女は記憶をかなり失ってしまっていて、その言葉もあやふやになっていた。

「今の渚ちゃんはもう十分、我慢してると思うよ。だから、紫ちゃんが助かれ
ば自分は、っていう考え方はたった今捨てること。それが条件」
「い、今ってそんな、それはちょっと早くないですか」
「じゃ、明日でもいいや。とにかく捨てる」

 ころっと期限を延ばす。ただ、何年も延ばしてくれそうにはないのはわかる。
冗談めいた言葉だが、竜胆の目は笑っていない。

「アバウトですね……」
「約束できる? それが出来ないなら、私からは何も話せない。明日ってのは
冗談だけど、いつか必ずそうする、って約束」
「……約束したい、です」

 今はそう言うのが限界だと思った。正直な話、考えが全くまとまっていない。
難しいことを全く口にしていないのに、竜胆の問いかけは非常に厄介だった。
素で混乱させて、かき回すような事を言う。

「じゃあいいか。何を話せばいいかな」
「……あっさりっすね、えらく」
「よく言われるよ、照れちゃうな」

 それからしばらく。竜胆は淡々と話し続けた。
 ソーニャが初めて店を訪れたときのこと。記憶がこぼれつつある中、何度も
店に足を運んでいたこと。九折因と遭遇し、戦ったこと。そして、神端山での
戦いのこと。

「正樹君は、ソーニャに頼まれて、店で匿ってたんだよ。紫ちゃんは、きっと
ソーニャが頼んだからいたんだと思う。あの子たちが内緒で行ったわけじゃな
い。それはわかるよね」
「……でも、うちは置いて行かれたんですよね」
「やっぱりそう受け取るかぁ」

 軽く伸びをして、竜胆は続けた。

「仮にさ、渚ちゃんが凄い能力持ってたとしても、ソーニャはきっと頼まなかっ
たと思う。これはとりあえず、私が思うだけなんだけどね」
「なんでですか……うちは……うちってそんなに……ヘタレに見えるって言う
んですか?」
「違う違う、逆、っていうかなんだ、今の位置にいないと困る……っていうの
かな」
「……うち、アホやから解るように言ってほしいです」

 少しふてくされてみせる渚。

「うーん、私から言うと、なんか有り難み薄れそうだよ」
「もったいぶらんといてくださいよ」
「……あの子たちも、わかってる筈なんだよ。ただ、タイミングとか、そうい
うので言えなかったり、それが普通だって感じちゃってるだけの話なんだよね」
「ああもう!! もういいです、紫と正樹に直接聞きますから」
「それがいいよ。ゴメンね」

 にこにこしている竜胆の表情を見て、渚はすっかり手の内で踊らされた悟っ
た。

「ほんまに、どこまで知ってはるんですか……」

 軽く声を荒げては見たものの、気恥ずかしいだけ。見た目にだまされると、
なんでも聞き出されそうだと思う。

「それは今度、またお茶でもしながらお話しよう? とりあえず、今日言える
のは……渚ちゃんの敵じゃないってことだけだな、うん」
「……ありがたいお話です。お勘定してください」
「250円になります」

 小銭入れから律儀に貨幣3枚を出す渚。

「またのお越しを。当店は女の子の味方ですから、是非ごひいきに」
「しっかりしてはるわ……今度は、ちゃんと営業中にきます」


時系列と舞台
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12/19〜21の間(暫定)


解説
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竜胆さんに翻弄されるみぎーの話。
PCの立ち位置を再設定しておきたいという個人的欲求から書いたお話です。
関係者諸氏におかれましては、そのうちよろしくお願いします。
なお、時系列的におかしければ、それはそれで再設定することに。


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Toyolina
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