[KATARIBE 30493] [HA06N] 小説『夕刻・転職前』

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Date: Sun, 17 Dec 2006 00:03:05 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30493] [HA06N] 小説『夕刻・転職前』
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2006年12月17日:00時03分05秒
Sub:[HA06N]小説『夕刻・転職前』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
古書店蜜柑堂。
頭の中の構想を動かす為に、少しずつ。

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小説『夕刻・転職前』
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登場人物
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 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。現在佐上雑貨店にてバイト中。転職希望。

本文
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 電信柱の張り紙を確かめながら、六華は歩いている。
 このところ、いよいよ佐上雑貨店の店長(本人曰く代理だそうだが、そこら
は六華にはよくわからない)と眞由美は親密である。
(そろそろ、陥ちるかなー)
 となると、本格的に次のバイトを探す必要があるというものだ。


 現在、眞由美は自作のパンやクッキーを、雑貨店で売っている。
 パン自体は、最近流行の『自然食』という面もあってか、とてもよく売れる。
六華も何度か食べているが、ハーブの入っているもの、全粒粉のもの、と、ど
れも結構美味しくて、確かに売れる筈だと納得できる。とは言え、眞由美一人
で作り、焼いているパンだ。そんなに量は多くない。雑貨店の開店時間が10時、
その時にパンが並べられ、お昼には売り切れる。その程度の量である。お昼に
多少は混むが、一人で捌けない人数でもない。そしてお昼の時間に雑貨を買い
に来る人間は非常に少ない。というか、そもそも流行っていない店なのである。

『雑貨店というところに意味がある』
 どうせならパン屋にしたらどうだろう。一度そう言ったところ、店長はそう
答えた。
 その気持ちは判らないでもない。実際、彼の扱っている『器物百年、自ずか
ら意思を持つ』と言いたくなる奥の倉庫のモノの、言わば予備軍が時折雑貨店
にも混ざるのだ。
 そういう意味では、言いたいことはわかる。よくわかる。
 ……しかし。
(それなら、眞由美さん一人で充分やってゆけるわけだし)
 どう考えてもあの店は、店長の『奥の倉庫』関係の仕事からの持ち出しで何
とかやっているのである。少なくとも六華の給料が、売り上げ分だけあるかと
言えば……かなり怪しいだろう。


 電信柱の張り紙、これは家庭教師募集のもの。
(三味線教えるわけにもいかないしなあ)
 長く長く、冬だけの生が続いた。流石に文字くらいは読めるようになったし、
計算程度も出来る。ただ、基本として学問などを学べる環境には居なかった。


 眞由美とは、別に仲が悪いわけではない。
 というか、ごく普通に、彼女のパンが売り切れるまでは、同じ店の売り子さ
ん同士の関係である。お昼のえらく混むときには、六華もパンの袋詰めを手伝
うし、六華がちょっとレジ前を離れる時は、眞由美が見ていてくれる。無論、
パンが売れてしまえば眞由美は奥に戻り、氷我利の面倒を見ているらしい。
(それって、その眞由美さんって人を、自分の周りの面倒を見ることに専念さ
せておきたいってことじゃないのかな)
 一度だけ、真帆に話した時、そう尋ねられた。そう尋ねるまで、その可能性
に思い当たっていなかったあたり、六華も……なんというか有る意味氷我利を
舐めてかかっているのかもしれない。
(そういう……『俺の彼女』みたいなのを出さないというか、出せって言われ
てもおたおたしそうだものねえ)
 元妓楼一の花魁、そこらの見極めは難しいものでもない。
 ただ、彼女に対する遠慮はあると思う。ここにずっと居つくだろうかという
心配もあるのだと思う。けれども。
(そりゃ、眞由美さんが振るならともかく、振らないならそのうち彼女、奥さ
んになるのが目に見えてるものね)
 ある意味……遠慮なしの感想では、ある。
 どちらにしろ眞由美という個人については、六華も何の負の感情は無い。し
かしながら、彼女を見ていると、時に苛々とするのも事実である。
 但し、苛々する対象は。
(……店長さん、なんだよねえ)

 店、である。
 店であるからには何かを売る、というのが建前であり一応基本なのである。
 しかしながら、本当に『売っている』眞由美を見ると、自分の役目が店員と
言うのも憚られる気分になる。そしてそこに居る自分の役目とは。
(もしかして、生簀の管理人じゃないのかなあこれ)
 ゆっくりと怪異と化しつつあるモノが、確かに集まりやすい場所なのだろう
と思う。そうなってしまったら売り物にはならないし、実際、そこまで変じて
しまうと店長が奥に持ってゆくことになる。これまでそれが普通だったし、そ
れで別に違和感もなかったのだけど。


 電信柱の広告は、しかし大概ピンクビラだったり、選挙運動の成れの果てだっ
たりする。そういうのは画像が含まれているから、遠くからもわかるのだけど。
(なんだか、なあ)
 そういうビラだけに、引きちぎるように作られた電話番号の部分(それも殆
ど穴あき状態)を見ると、溜息が出た。


 眞由美が忙しくパンを売っているのを見ていると……何となく、自分は生簀
の番人であるのに、横で『実はこの生簀の魚は売れるんだよ』と、次々に魚を
売られている気分になる。
 それがどう、ということではない。しかし。
(魚を売ってる人が居るなら、その人は生簀の番人も出来るはずだもの)
 今までが役立たずだったとは、自分でも思わない。けれども今からこの店に
は、自分は不要であると思う。
(それが良く判るってのに、あの店長さんは)

 理由無しに辞めさせられるほどに不真面目だった覚えはない。
 でも、これだけの理由があって、こちらから声をかけて、まだ辞めさせよう
としない感覚は……理解できない。

 だから。

 電信柱を数えるともなく数えて。
 張り紙を、いちいち覗き込んで。
(こちらからちゃんと辞めないと、辞めさせようという踏ん切りは出来ないお
方と見えるもの)
 こつん、と、足元の石を蹴って。
 その小さな音に、六華はふと思い出す。

『なりませぬよ。じきに主様は御嫁様を貰うのでございましょう』
 妓楼の御職。意気地と張りと、いざとなれば客にも物申すだけの気風と。
『奥様は、言わば敵陣に身一つ空手で乗り込んで来られるようなもの。主様が
庇わずに何方が庇います』
 若旦那と呼ばれる人々もよく訪れた。彼らがのめり込み過ぎず、あくまで遊
びとして通うように、長く良き『客』であるように。
『言うてお分かりにならずば、雪野にも考えがございます……如何に』
 時にはその客を振り、そ知らぬ顔もした。
 客に惚れて、惚れさせるが身の習い。されど囚われるは御法度。
 それを貫いての、雪野であったその昔。
 ……何で思い出すかな、と、六華は苦笑した。

 周囲はもうすっかり暮れて。
 街灯の灯で六華は張り紙を読む。
 もう、何度も繰り返した、その末に。

「……あ」

 まだ新しい張り紙には、どうやら手書きらしい多少ぶっきらぼうな文字で、
店の名前とバイト募集、との言葉が書かれている。
 店の名前は。

「古書店……蜜柑堂?」


時系列
------
 2006年12月はじめ

解説
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 形埜智明のバイトする古書店、蜜柑堂のバイト募集の紙を読む六華。
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 てなもんです。
 ではでは。
 


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