[KATARIBE 30490] [HA06N] 「スワロウテイルの夜9:神端山の吸血鬼」

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Date: Sat, 16 Dec 2006 17:09:59 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30490] [HA06N] 「スワロウテイルの夜9:神端山の吸血鬼」
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2006年12月16日:17時09分59秒
Sub:[HA06N]「スワロウテイルの夜9:神端山の吸血鬼」 :
From:Saw


[HA06N]「スワロウテイルの夜9:神端山の吸血鬼」 
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登場人物
--------
 九折因 :少女。吸血鬼。罪人。
 揚羽/ソーニャ・ヴラドヴナ :少女、時々吸血鬼。歌を忘れた歌い手。
 陀絡 :奴隷遣い。吸血鬼。
 蒼雅紫 :代々の霊獣使い。揚羽の友人。


支度・一
--------
 少女が糸を紡いでいる。
 赤い唇から紡ぎ出した糸を編みこむのは蜘蛛の足。脚一本一本の太さが一尺程
もあろうか。白く月を照り返す異形の大蜘蛛だ。
 脚は規則正しく動きながら糸を巨大な巣に変えていく。その脚の付け根は少女
の背中であり、つまり少女こそ大蜘蛛だった。
 周囲の木々より一際大きい杉の枝に少女は腰掛け、巣を丹念に張り続ける。か
つては神木とされた大樹は少女によっておぞましい異形の城と変わり果てた。
 吹利県霞郡神端〈かみはた〉山──かつて神の果てる山として忌避された霊場。
少女はそこを「敵」との決戦の地として選んだ。
 じゃらん。
 少女の首にかけられた鎖が鳴る。

「準備は滞りないか紋白」

 少女の脳内に直接響くくぐもった声。鎖がかすかに振動しているのがわかる。
少女の魂を縛るその鎖は彼女の持ち主と会話する手段でもあった。

「ええ。ここいら一帯はもううちの縄張り。揚羽さんがどんな手で来てもこの巣
で必ず捕らえます」
「はん、随分とやる気やないか。どないな心境の変化や」
「人質とったりは気に食わんけど、あの人やるのは仕方ないことやと思います」
「まあなんでもええがな。お前の目的はあくまで揚羽が紋白の子について知らん
かを確認することや。あの坊主で取引するんも血吸って記憶読むんでも構わんが、
素直に吐くなどと思わないことや」。

 鎖を握る陀絡は、自室で一人くつくつと笑った。


支度・二
--------
 蒼雅紫はこの日の塾を終え、渚と別れた後に一人帰宅の途についていた。
 延々と続く漆喰の塀を右手に街灯もろくにない道を歩いていく。普通なら危険
な行動だがこの場合はそうではない。紫は代々続く霊獣使い「蒼雅」の娘であり、
このやたらに続く塀の向こうは蒼雅の敷地だからだ。
 そんな場所でソーニャは紫に声をかけることにした。

「こんばんは」
「あげは様! こんな時間にいかがなされたのですか?」
「うん、ちょっと散歩で通りがかってね。ユカリの顔が見たくなった」
「まあ、そうでしたか。よかったら上がって行かれますか?」
「冗談だ。用があって来た」
「用──ですか」?
「悪いがユカリ、手短に行くよ。今日は御厨揚羽でなく、『吸血鬼ソーニャ・ヴ
ラドヴナ』として『霊獣使い蒼雅紫』に話があって来た」
「……何を仰っているのですか?」
「わからないかな、ユカリ。私が人殺しの吸血鬼だって話さ」

 普段妹のようにかわいがってきた「揚羽」の唐突な告白を、紫は飲み込めずに
いる。
 御厨揚羽は以前より不可思議な行動の多い娘だったが、そうであっても目の前
で笑っている姿がある内は疑うことを知らない紫だった。
 その事はソーニャもまたよく理解している。きっと蒼雅紫は吸血の衝動そのま
まにソーニャが襲い掛かっても疑うことを知らないまま死ぬ娘であろう。故に、
より有効な言葉を持ち出すことにする。

「あのね、正樹がある吸血鬼に狙われている。私は彼を助けたいが一人では正直
心もとない。共に来てくれないだろうか」

 その言葉に嘘はなかった。紫のことは仲間として信用してもいるし、正樹の言
うとおりこういう場面では人は助け合うものなのだろう。
 しかし。それでもソーニャは申し訳ないと思う気持ちが先立った。紫にも、正
樹にも、渚にも、そして揚羽にも。


落花演舞
--------
 因は闇の中じっと息を殺している。
 支度は十全。ここで揚羽を仕留め、その血から先代紋白の子──つまり因にと
っての兄だか姉に関する情報を読み取ればこのお役目は終わる。
 吹利に巣食う人食いを排除し、しかも刑期が5年も縮む約定になっていた。
 紋白の子の所在を突き止めればそれは次のお役目にもつながるとも言われてい
た。負けられない。
 因は闇の中、じっと息を殺して待ち続ける。
 ひらひらと数匹のアゲハチョウが獲物の御厨正樹まで続く細い細い蜘蛛糸を逆
に辿って飛んでくる。闇の中で其れは黄金のように輝き、蜘蛛糸の白い輝きを貧
相と嘲笑うようだった。

 幻視の蝶。揚羽の血が起こす幻影能力。ただ幻を見せるのみならず、迂闊に触
れると内側から体を裂かれることになる。

 因は拘束を解かれた左腕をくいっと引き上げた。すると蜘蛛の巣が飛んできた
アゲハチョウを全て絡め取る。まさかこれだけの眷属で攻撃のつもりということ
もあるまい。これはおそらく交渉の中継に用いるための蝶。

「来たよ、九折。随分と自由にやってくれたじゃないか」

 予想通りに絡め取られた蝶が話し出した。
 因は付近に居るはずの本体を探して眼と耳に神経を集中。何しろ山の中だ。隠
れる場所はいくらでもある。
 しかし、そう思わせて油断させるのが因の策だった。

「死に損なったみたいですね、揚羽さん。自己治癒もままならないくらい力が衰
えてるようやけど、一緒に住んでる餌、血の質が悪いんとちゃいますか?」
「挑発はいい。話を聞いてくれ、九折。私が彼の、紋白の子について知ってる情
報はたった一つ。彼が君と言う子に深い執着を持っていてそれ以外の誰をも抱擁
しなかったということだけだ。無論私に血を分けたこともない」
「……」
「陀絡といったか、京の奴隷遣いにも伝えるがいい。君たちの恐れる同族喰らい
の血は九折にしか継承されては居ない」
「知ってるわ、そんなこと」
「え?」
「そんなことは知ってると言いました。うちは紋白さんを喰った時に大体のこと
はわかってる」

 蜘蛛の巣にかかったアゲハチョウがいぶかしむ様に羽根をばたつかせる。

「せやけど揚羽さん。あの人とうちが出会う前のことならどうですか? もう十
年以上前、この吹利の地に当時のSRAをたずねた際、身重の女を抱擁した記憶が
たった一つだけあんねんけど」
「──なんだって? そんな話は聞いたことがない」
「そうですか。ほなこの件はオシマイ。和解しましょ。最後に顔見せてくれませ
んか」

 因はそう言いつつ、服の袖からぱらぱらと紙ふぶきを撒き始める。紙ふぶきは
風に舞いみるみる散乱し、あたかも雪のようだった。

「それは出来ない。君は私を恨んでいるだろう」
「恨む? もしかしてうちがこんな目にあってるのに揚羽さんがのうのうと暮ら
してるってことをですか? 馬鹿にしないで。うちは好き好んで『こんな目に』
あってるんです。けじめのために」
「耳が痛いな」
「わかってくれましたか──ほなそういうわけやから、お役目のために散ってく
ださい」

 因は拘束衣の袖を振って気流を作る。
 因の眷属、紋白蝶を操る術の根幹はこの気流操作にある。故に本来は扇を用い
るのであるが、今の因は通常より長い拘束衣の袖だけでも十分に必要なだけの気
流が起こせるまでになっていた。

「揚羽さん、あんたの幻影の有効範囲半径30m以内でしたっけ。それとも今はも
っと衰えてるのかな。まあどっちでもええですけど」

 雪のように散った紙吹雪がほんのわずかな気流で次々と蝶として甦る。
 蝶はひらりひらりと舞い、その舞った箇所の落ち葉が伝染するように次々と蝶
となっていく。末広がりに増える数多の蝶。ひとひらが十となり千となり億とな
り、ついには山頂を中心とした半径40mの範囲全てに蝶の海が伝播する。

「落花演舞《紋白蝶》死の幕、血煙地獄」

 両の袖を振り上げ、日本舞踊の足運びで弧を描く。
 蝶の海が一斉に羽ばたき、因のいる杉の木周辺以外、全てのものに自動的に襲
い掛かる。
もとより野生動物のあまり立ち寄らぬ神端山だったが、そこにあるのは死の光景
だった。
 その時、爆音が三つ鳴り響いた。
 北の方向に一つ、南と南西の方向にもう一つずつ。

「そんな芸までありますか」

 因は全神経を集中して辺りを警戒する。火は因の術にとって天敵だ。媒介とな
る紙片や落ち葉はとかく燃えやすく、熱による上昇気流は術の精度を落とす。
 400年生きた吸血鬼だ。発火能力くらい隠し持っていてもおかしくはない。
 だがそれでも余裕はある。蝶はまだいくらでも増える。山火事になるより先に
揚羽を仕留める位容易の筈。もしも無謀にも近寄ってくればそのときこそ「蜘蛛
の巣」を操作して絡めとればいい。

「しかし、三つ」

 仲間が居るのか、或いは幻影による分け身か。
 しかしどちらにしろやることに変わりはない。今の因なら接近戦においては蜘
蛛、遠距離戦においては蝶を使い分けることにより多少人数が増えても変わらず
対処する自信がある。

 全神経を研ぎ澄ます。
 北と南からそれぞれ高速で接近してくる気配。おそらく幻影。炎を纏っている
ため蝶の群れを潜り抜けたのか?
 揚羽の戦いを昔見たときはその分身に驚いたものだったが、今ではタネも割れ
ている。所詮は影分身。実体を伴ってはいても一つ一つは脆い。初撃を食らう前
に潰してしまえばいい。同時に出せるのは最大で4体。裁けない数じゃない。

 次の瞬間、炎を纏った揚羽が茂みを切り裂きながら飛び掛ってきた。右手を振
り上げ揚羽と自分の間に糸の壁を張る。糸が燃えるより早く因は蜘蛛の脚で揚羽
の頭を潰した。死体はアゲハチョウとなり霧散する。

「ひとつっ」

 ほぼ同時に後方から飛び掛ってきていた揚羽に左手を振り下ろし対処。太い束
となった糸で首を絡めとりそのまま絞めて切断。切断面から金色の燐粉を撒き散
らしながら消える死体。

「ふたつっ」

 その時地面が盛り上がり一閃。因の右足が宙に舞う。咄嗟に残った左足で大き
く後退。それを追って右腕に刃を生やした揚羽が左手を付いてとび前転。そのま
ま泥を跳ね上げ追撃。稼いだ距離は一瞬で縮められる。

(流石に速いッ)

 蜘蛛の巣で絡め取るにしても近すぎる。因は紙一重で刃を避けながら後退。同
時に紙吹雪をぱらぱらと落としていく。

「落花演舞──」
「遅いッ」

 振り上げた拘束衣の右腕、手首ごと袖を切り払われた。
 右足首と右手首をすぐさま再生しながら残った左手で「蜘蛛の巣」から縄状の
束を放出。自分ごと揚羽を巣に絡め取る。相手の動きが止まったところを勢い付
けて首筋に噛み付く。

「これでしまいや」

 が、これも黄金の燐粉と共に消滅。

「全部ダミーかいなっ」

 つまりまだ揚羽は山中にいる。
 因は自ら放った蜘蛛糸を振り払い、樹上に飛ぶ。。
 術を継続しながらどこから攻められても対処できるよう警戒。地中から襲われ
たのは予想外だったがもう油断はしない。
 出てこなければそのまま勝手に向こうは死ぬ。出てきたら全力で対処すればい
い。あれ以降爆炎があがらないのを見ると、発火もそう何度も使える術でないは
ず。仮に出来ても蝶はいくらでも増える。ならばもう、時間の問題。

(揚羽さん。どっちにしろもう積みや。情報は直接あんたの血啜って確認させて
もらいます──この町にあんたみたいな危険人物のさばらせたくないねん)

 因が勝利を確信したその時、ゴウと「蜘蛛の巣」が炎上した。


解説
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 どうにも噛ませ犬っぽく。

狭間06hiki-スワロウテイルの夜
http://hiki.kataribe.jp/HA06/?SwallowtailsNight

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