[KATARIBE 30487] [HA06N] 小説『破砕』

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Date: Fri, 15 Dec 2006 00:32:25 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30487] [HA06N] 小説『破砕』
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2006年12月15日:00時32分25秒
Sub:[HA06N]小説『破砕』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
へろりながら書いてます。
というわけで続きです。

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小説『破砕』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く

本文
----

 とくとくと、硝子の徳利からぐい飲みに酒が注がれる。揃いの、これも硝子
のぐい飲みは、丁度グラスと言ってもよいくらいの大きさはある。大きめの、
そのぐい飲みに注がれた酒を、くっと飲み干した……途端。
「……わ」
「どした?」
「ううん……」
 いつもだと、ぐい飲みどころか湯呑み一杯をぐっと呑んでも酔いなんて訪れ
ない。なのに今日は、大きめとは言えぐい飲み一杯で、何となくくらっと目が
廻ったのだ。
 黒胡麻であえた茄子の、つやつやとした濃い紫。寒天で寄せた魚の白身と、
そこに乗せた生姜の明るい黄色。
 それら全てが……何だか目にまぶしくて。
「真帆?」
「うん、大丈夫」
 ベタ達は、ひらひらぱたぱたと座卓の周りを飛び回っている。
「……ねえ、こちら食べて」
 おいでおいで、と手招きすると、雨竜がぱたぱたとやってきた。
「どれ食べる?」
「きゅぅっ」
 ……皮をむいた茄子と海老の含め煮とは、やっぱりこの子舌が肥えている。

 ぱくぱくと食べるちびさん達にご飯をわけながら、こちらはこちらでお酒を
呑んでたりする。
 ゆっくり、ゆっくり。
 綺麗な菜の花色の玉子焼き。あざやかな色の海老。ころんと転がってる蚕豆。
 塩焼きの鮎の身をほぐす。雨竜とメスベタがぱくぱく食べる、その合間につ
まんで口に入れる。
 白い身。それに付いたはじかみの紅の色。

 ほんとうに、綺麗で。
 見惚れるくらいに、綺麗で。

 ……なんだか涙が出た。

「……真帆?」
「あ、うん……何でもないです」
 
 なんかほんとに、脈絡が無いくらいにほろほろ泣けて泣けて、自分でもわけ
が判らなくなった。

「ほんとに……ほんとに何でもないから」
「なんでもないように見えないよ」
「……でも、ほんとに」

 野菜の色、器の色。
 その間をちょろちょろと動き回るベタの真紅と青。雨竜の淡い水色。メスベ
タの白。
 全部鮮やかで。

 相羽さんが腰を浮かした。こちらに来る、と、咄嗟に判って。
「……ご飯中ですから!」
「…………わかった」

 グラスをあおり……かけて、もう一度元に戻す。ゆっくりと少しずつ舐める
ように呑んでみる。
 何だろう。どうしてだろうって……

「……あ」
 
 ふっと……思う。ご飯がとてもおいしそうなんだって。
 うん、それは無論、この旅館のお料理は美味しそうだと思う。だけどそうい
うことじゃなくて。
 
 相羽さんが居ないと、毎度ご飯は手抜きになった。
 日頃あの人が食べない、カップラーメンとか冷凍のピザとか。それか面倒だ
から白菜と肉の蒸し煮とか、お味噌汁だけ適当に、とか。
 作らないと、雨竜もベタ達も困る。だから何とか食べる用意はするけど。

 お豆腐の白。上に載ったなめこのつやつやとした茶色。全部綺麗で、ほんと
に綺麗で。

「…………だって」
 ぽろぽろと、泣きながら、でもご飯は美味しくて。
 手酌で注ぐ酒も、美味しくて。
「……相羽さん、ずっと居なかったもの」
 ふと、思う。
 そういえばあの間ずっと。
 あたしは、泣くこともなかったな……って。

 ほろほろと、涙ばかり流れる。
 じゅんさいの奇妙な形。和紙に包まれた蓮根の蒸し団子。
 相羽さんが居ない間、ご飯って味気なかった。
 ずっと心配だった。ずっと夢が実現したらどうしようって思っていた。
 ずっと…………

「……あたしは、相羽さんが戻るまで、甘えなかったのに」
 何だかもう、手元のお手拭では間に合わなくなって、タオルを手に取る。 
「俺にだけ甘えてよ」
 タオル越しに、座卓の向こうから声がする。
 ……だけど。 
「……相羽さんは本宮さんに甘えてるじゃないですかーっ」
 無茶苦茶を言っている、と、頭のどこかで思っている。酷いことを言ってい
るとも。
 でも。

「……自覚してないって怖いね」 
 いつの間にか、相羽さんが隣に居た。
 ふわり、と、伸びた手が頭を撫でた。
「……自覚しないで甘えてる?」
 見上げても、相羽さんの顔は奇妙に揺れて見えた。 
「お前さんが……いつぞやいってた留学してた友人くらいには」 
「あ……」
 誰のことかは、判る。判るけど。
「……あ、あたし花澄には膝枕とかしてもらってないっ」 
 そんなこと、互いに頼んだことなんて無い。肩もみくらいはやったけど、そ
れくらいのことで。
「眠れないからって、膝枕とか頼んでないっ」
 何か悔しくて、今度は悔しくて涙が出て……
「俺がしてあげるから、さあ」
 だからおいで、と……手を伸ばされるのが、何か悔しくて、動かなかったら。
 そのまんま……すとん、と、腕の中に囲い込まれるように。

「…………枕くらい幾らでもなるのに」 
「枕だけじゃないしね」 
「……でも、お仕事には、立ち入れないからっ……」 
 どれだけ思っても、どれだけ心配しても、あたしにはそれしか出来ない。
 実際に有効なことなんて、何一つ出来てやしない。
 だから、本宮さんが膝枕してくれて、この人はだから安心になって……
「…………相羽さんの、莫迦ぁっ」

 ずっと怖かった。
 何度も夢を見た。
 どれだけ腕を伸ばしても、どれだけ必死に止めようとしても、夢の中で相羽
さんは何度も。

「…………ずっとね、夢見てた」 
 言わない積りの言葉が、口からぽろりとこぼれた。
「夢?」
「相羽さんが居ない間……毎日毎日」 
 肩から廻された腕。何度も撫でる手。それが一瞬、血塗れになる幻視。
「相羽さんが…………」 

(死んでしまう夢)

 口に出すのも、怖くて。
 まるでそれが即座にほんとになりそうで。

「……怖かっ……」
 
 ふわ、と。
 そこで言葉を……塞がれた。


 わがままばかり言った。
 心配させることばかり言った。
 ろくでもないことしか言ってない。

 ……だけど。

「大丈夫だよ」 
 唇を離して、こつんと額を額につけて。
「大丈夫」 
「…………うん」 

 ずっと怖かった。
 ずっと泣きたかった。
 ずっと…………


 莫迦みたいに泣いている間、それこそずっと、相羽さんは頭を撫でていてく
れた。
 一言も責めることなく。
 一言も……止めることもなく。

 少しざらざらとした浴衣の手触り。
 泣きやむようにとも言わず。ただずっと。

 だから、そのまま。
 一週間分を、泣いてしまったような気が、する。


時系列 
------ 
 2006年9月はじめ
解説 
----
『夕餉時』の続き。疲れのせいか、すぐに酔った真帆の視点で。
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 てなもんです。
 であであ(穴に潜るの図)



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