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Date: Thu, 14 Dec 2006 00:21:26 +0900
From: Subject: [KATARIBE 30483] [HA06N] ふたりは
To: kataribe-ml <kataribe-ml@trpg.net>
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[HA06N] ふたりは
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登場人物
--------
蒼雅 紫
品咲 渚
電車
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「……それは光の要塞、眩い光の中で二人を熱く燃え上がらせましょう」
扉に軽くもたれながら、読み上げる紫。渚がのぞき込んだ先には、ルミナリ
エの特集記事があり、その言葉で締められていた。余程変わった言葉が好きな
ライターが書いたのだろうか。写真を見る限り、要塞にはあまり見えない。む
しろ回廊であるとか、そういった表現がもっともに思えたけれど。
紫はというと、視線を上げて、軽く天井方向を見上げている。
ああ、なんかまた空想してるわ。
「……光の要塞」
要塞という言葉に気を取られてるあたり、紫らしいと思った。
うちやったら絶対、熱く燃え上がらせましょう、ってところで空想するのに。
渚は少しだけ内心苦笑して、紫の言葉に続ける。
「要塞やねえ、ほんま戦場よ、愛と人混みがぶつかり合う大戦(おおいくさ)」
「が、がんばります。渚さま」
先日、二人でルミナリエを見に行こうと話していた時も、こんな調子だった。
公式サイトによると、昨年の動員人数は約四百万人だという。それを知った
紫はいたく真剣な表情で、決して手を離しません、などと決意を新たにしてい
たのだった。
「いざとなったら首根っこつかんででも、はぐれんように」
「はい、絶対に離れないようにしますっ」
自らのコートの襟を軽く引っ張る渚の手を取って、ぎゅっと握る紫。
いつものように、それを握り返して、見つめ合って。それから、笑いあって。
ふと、車内に軽く目をやると、いつしか乗客がかなり増えてきていた。三ノ
宮に近づくたびに、数十人単位で、乗客が乗り込んできているのだった。
車両が少し揺れて、二人は乗客の壁に押されて、扉に押し付けられる。紫は
渚をかばうつもりで、思わず抱きついていた。
「……でも、なんだかわくわくしてきますね」
少し曇った窓越しに、飾り付けられた街並みが流れていく。
日はもう稜線に隠れて、まだ夕方だというのにすっかり暗くなってしまって
いて。普段であれば、黄色と白だけの街明かりに、赤と緑が混じって染まって
いく様は、毎年のことであっても高揚する。
「クリスマスに、遠出するなんて初めてです」
眼前の紫の表情は、本当に嬉しそうだった。たぶん、紫の心情は遠足や旅行
前夜の子供のそれに近いのだろうけれど、渚にとっては自分のことのようにも
思える。いつからかはわからないが、紫の嬉しそうな顔を見ているだけで、自
分も楽しく思えてくるようになっていた。
「うん……すごい楽しみ。うち、ほんまワクワクしてきた」
左腕は支えるように背中に回していて、右手は渚の左手を握ったまま。
紫はまたぎゅっと握り直して、少しうつむき加減な渚を見つめる。渚は視線
に気付かずに、少し照れながら続けた。
「うちもあんまりクリスマスとか……遠出してないし……うん……それに」
「それに?」
促されて、見つめられていることに気付いて。耳まで血が巡っているのを感
じて、渚は電車の揺れに紛れて紫を抱きしめる。
「渚さま?」
「う、うん……ゆかりん一緒やし……」
「……あ」
どき。
紫の心臓が、一拍。
紫の鼓動が早まっているのが、渚にも伝わってきていた。
「……はい、私も……楽しい、です」
ただ、その口ぶりは普段のようにうち解けていなくて、気安さが少し欠けて
いた。渚はそれを察知して。
「今こんだけ楽しかったら……ルミナリエ見たら死んじゃうかも」
「そんな」
わざと半音上げて、渚は普段のノリに引き戻す。紫もそれに安堵したのか、
小さく笑った。
「うん、大丈夫、ちゃんと生きて帰るよ、ゆかりん一人置いていくなんて、い
ろいろ叱られるわ」
「……はい……」
それからしばらく、身動きが取れないまま時間が過ぎる。
渚は何も言わないまま抱きついたままでいるし、自然と紫の思考は、少しず
つ奥底へと潜っていった。
私にとって渚さまはどういう人なんだろう……
神戸
----
「すごい、人、ですね」
きょろきょろと、夜の人だかりを見回す。
神戸の街は山と海が接近していて、さらにその合間にビルが立ち並んでいる。
山からの吹き下ろす風と潮の香りが入り交じる都会の街並み。ビルの合間か
らもれる光は吹利のそれより遙かに多く明るい。
「あははは、うちもキョロキョロしたいのに、ゆかりんだけずるい」
実際、渚もあまり神戸に来たことがない。難波や心斎橋、少し進んで梅田か
ら先に、遊びに行く理由がなかったのだ。
「……あ、すみません……でも、おどろいてしまって」
謝らんでもええのになあ。
まだ目をあちこちに取られている紫が本当に可愛いと思って、渚はしょうが
ないな、と軽く肩をすくめた。実際、人も全然多いし、なにより紫にとっては
初めて訪れる街なのだ。そう思えば、はしゃいで遊べる貴重な機会だと言える。
渚はそんな紫が見てみたくなっていた。
「吹利でもこんなにおらんもんねえ。ええよ、キョロキョロしてるとこもカワ
イイし、さあ、好きなだけ!」
「は、はいっ」
くるくると表情が変わって、本当に楽しそうに頷く。早速、紫は面白そうな
ものを見つけたらしく、渚の手を引いて歩き出した。
「渚さま、あっちにぬいぐるみがあるいてます!」
「え、あ、着ぐるみ?」
視線の先には、割と可愛い仕立てのうさぎの着ぐるみが、風船を配っていた。
周りには小さい子が群がっては、差し出す手にすがりついたり、ぶら下がった
り、尻尾を引っ張ったりしている。
「ウサギさまが風船をくばっていらっしゃいます」
「もらいにいく? 今ならもらえそう」
「い、いいのでしょうか」
「うん、くれるんやからもらわんと。ほら、はよせななくなりそう」」
「はいっ!」
今度は渚が手を引いて、ウサギさんの列に並ぶ。周りの子供と同じように笑っ
て楽しそうに順番を待つ紫。
大抵の人は、風船ほしがったりして子供っぽいな、と思うだけだろう。しか
し、渚にはそれは無垢の象徴であるように映るのだった。
小さい妹もいるとか言って、渚は三つほど風船をせしめる。一つは自分で、
あとの二つは紫にひとまず渡した。
「わぁ」
両手に一つずつ持って、ヒモを引いたり、風船をぶつけてみたり。見え見え
な口実に気を利かせてくれたウサギさんへの謝意も兼ねて、渚は携帯を構える。
ウサギさんと並んでご満悦な紫。隣が自分でないのは残念だけど、永久保存
しておこうとか思う。
「私もとりますっ」
使い方を覚えたばかりの、おそろいの型の携帯を構える。いや、うちは別に
ウサギさんはええんやけど、と抗議する間もなく、気付くとウサギさんの隣に
立っていた。
「とりますよ!」
両手で携帯を構えて。真剣なまなざしでシャッターを切る紫。
そんな紫の真剣さ、もしくは緊張が移ったのか、渚の表情も硬くなってしまっ
ている。隣のうさぎさんが肩を軽く抱いてきているのにも気付いていない。
一瞬、補助ライトが光って、カシャ、とシャッター音は雑踏に紛れて、あま
り聞こえなかった。ウサギさんは女の子二人とツーショット写真を撮ってもら
えたせいか、大喜びではしゃぎ回っている。
「撮れましたっ」
紫も上手に撮れたことが何より嬉しいらしく、着ぐるみと一緒になってはしゃ
ぎだす。感極まってきたのか、ウサギさんの手を取ったり、抱きついたり。
よほど不機嫌そうな顔をしていたのかもしれない。目が合うと、ウサギさん
は軽くハグして紫から離れようとする。それでも紫は満面の笑みで抱きついて
いるのだった。そんな紫の表情を見ると、なんとも暖かくなってきて。
「ウサギさんともう一枚」
携帯を構えて大はしゃぎの紫を撮る。ウサギさんは撮り終えたのを確認して、
軽く会釈して離れていった。
想い
----
休憩をかねて晩ご飯。ビルの高層にあるカフェから、二人は並んで光の輪の
列を堪能した。下から見上げていたのでは、人の頭が気になってしょうがなかっ
たけれど、運良く入れたそのカフェからは、装飾の並びも確認できる。
カフェから出ると、喧噪は少しだけ収まっているように見えた。もっとも人
通りは相変わらずだから、慣れただけなのかもしれない。
「楽しい、ですねっ」
「うん、楽しい楽しい。ゆかりん、すごく嬉しそうなんやもん、ちょっとウサ
ギさんムカってきたけど、今はすごく寛大な気持ち」
先ほど抱きついていたことを、軽く蒸し返す渚。その表情に怒りや不機嫌さ
はまったく現れていない。手にしたヒモを軽く引っ張ったりして、空中の風船
を小刻みに動かして、紫の風船に軽く当てたりして。
「今だけやないなあ……ゆかりんと一緒におると、ずっとそう」
以前から思ってはいたが、今日、再確認できたこと。紫と一緒にいることが、
何より大切で、それは今、一番欲しいものだということ。
「いつも……クリスマスはお家でお祝いしてたんです、えと、それも楽しいん
です、けど」
言葉を探しながら、紫は口を開いた。
「……いま、こうして、渚さまとご一緒してるのは」
息を継いで続ける。
「もっと、楽しい、です」
「うん、うちも。今んところ一番楽しい」
「……はい」
楽しいのは本当だ。正樹を含めて三人でいるのとはまた違う感覚。渚と二人
でいると、確かに感じられる。難しく言うと、無心でいられるといったところ
で、感覚的に言うと、ほわほわふわふわしている空気。とても大事で、きっと
他の何かとも、誰かとも代えられないものだと思う。
「……ああ、考え事してたら人に轢かれる」
「わあ」
いつしか考え込んでいたらしい。渚が慌てて手を引いて、団体さんの行進コー
スから、紫を救い出した。団体さんは横にも広く、やり過ごすしかないようだ。
ビルの壁にもたれるようにして、手を繋いだままで、二人並んで人混みをぼ
んやりと眺める。
「……渚さま」
「うん」
手を握り直すと、渚が紫を見つめる。
「……私、渚さまが」
無意識に、何度も握り直して。正面から渚を見つめる。
「渚さまが、好きです」
とくん、と一拍。
ああ。
この子を、蒼雅紫を好きになって本当によかった。そう思った。
次の言葉は、大体想像がついているけれど、それでも嬉しいと思えた。
力が入っているせいで、少し握られたままの手が痛む。
「……大切な……親友として」
ふたりは
--------
ふと、いつだったか、関口聡が渚を評した言葉を思い出した。小気味良く断
定する後輩は、にこにことこう言ったのだった。
「だから先輩が、紫先輩を傷つけることなんて有り得ない」
聡は違う意味で言ったのだと思う。しかし今は文字通りの意味で、渚は同感
だと思い当たっていた。
「……うん……嬉しい……ほんまは、そうやろなってわかっててん」
ゆっくりと紫に身を預けて、渚は応える。
「……はい、だから……」
「……渚さまの気持ちは、本当に、嬉しいんです」
そこまで言われたところで、渚はふと気づく。まだ顔を正視できないけれど、
紫はきっと、言葉に困っているのだろうな、と。
「うちは……友達失格やなあ」
「渚さま」
両腕を回して抱きつくと、紫も抱き返す。
「さっきのうさぎさんとか見ててさ……うち、笑ってるゆかりんが大好きやっ
て、わかってん。そやのに、こんな困らせたりして。うちはアホや……」
自分の思いが紫を悩ませていることにやっと気づいた。そんな自嘲を込めて。
「だから、今日でお終い。明日からは、もう……キスとかはなしにする」
「……渚さま」
抱きついて、顔を伏せたままで、渚はしばらく応えない。
「あの」
「うん」
「私、わかったんです……キスとちゅーの違い……」
「うん……」
「……気持ち、何だと思います」
「うん、そやね」
少し人の波が穏やかになって、喧噪の中に時折静寂も感じられるようになっ
てきていた。しばしの沈黙の後、紫が口を開く。
「……渚さまの気持ちに、お答えはできない、です、けど」
「うん」
「渚さまが、大切で、大好きな人なのは……変わらないんです」
人によっては、とても残酷な言葉として受け止められるかもしれない。発し
た側も、受け取る側も。しかし、渚にとっては救いの言葉にも近いし、紫が心
底そう思っていることもわかっている。
「……だから、私なりのけじめを、つけたい、って」
腕の中でもぞもぞと紫が身動きする。
「……思うんです」
「けじめ……? そんなん、ゆかりんがちゃんと言ってくれただけで……」
きちんと、隠さずに伝えてくれた。それだけで十分、そう言おうと顔を上げ
ると、紫の手が両頬を包む。
「渚さま」
「は、はい」
予想外過ぎて、思わず丁寧に返事をしてしまっていたが、二人とも気付く余
裕はないようだった。まさか両頬を包まれるとは思っていなかったし、その感
触自体、渚にとって久しぶりのものだった。思わず硬直してしまう。緊張の面
持ちのまま、おそるおそる、紫は顔を近づける。渚は自然と瞳を閉じていた。
触れていたのは、時間にして数秒もなかったかもしれない。
軽く跳ねるようにして、紫が唇を離す。
紫はええと、とか、あの、とか言葉にならないまま、もじもじしている。
もう少し余韻に浸っていたかったけれど、戸惑い困り果てている紫を見て、
渚は我に返った。
さっきの紫の行為が、紫の言うキスなのかちゅーなのかはわからないままだ
けれど。俯いたまま、あのその、と困り果てている紫に渚は顔を近づける。
「じゃあうちからも」
「……はい」
努めて明るく。
本当は恋人としてキスしたかったけれど、決心を揺らがせるわけにはいかな
かった。だから、友達として許されるギリギリのキスを。
軽く、触れるか触れないか程度に紫の頭を抱いて。
紫がしたのより短く、唇を触れさせる。これが最初で最後。
「……これで、明日からまた親友同士やね」
「……はい」
少し笑顔を作ったけれど、それには気づかれただろうか。
選んでもらえなかったことは悲しいし、それでもキスされたことはとても嬉
しい。何より、拒絶されなかったこと、親友だと言ってくれたこと、そばにい
ても許されることが。
「……大好きです、渚さま」
「うちも……ゆかりんの親友でいられて、幸せ」
「……はい、ずっと……親友です」
時系列と舞台
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12月上旬(に変えました)。
ルミナリエで。
解説
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二人の決着その一。
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Toyolina
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