[KATARIBE 30468] [HA6N] 小説『半纏』

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Date: Sun, 10 Dec 2006 22:51:05 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30468] [HA6N] 小説『半纏』
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2006年12月10日:22時51分05秒
Sub:[HA6N]小説『半纏』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ぼきも半纏が欲しいです。

**********************************
小説『半纏』
===========
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ 
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。 
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く 

本文
----

 ずっと暖かかったから油断していたけど、この数日ぐっと寒くなったので。
「……きゅぅ?」
「ゆたんぽっていうの、これ」
 昔懐かしなブリキ……ではない。オレンジ色のプラスティックのゆたんぽを
専用の袋に入れて、そしてまたタオルで包んで。
「……あったかいでしょ?」
「きゅ」
 幾重にも包んだゆたんぽの上にちんまりと座って、雨竜とベタ達はご機嫌で
ある。
「これも出来たし」
 この数日掛かりきりだった作品を、もう一度広げて畳みなおす。焦げ茶に微
かに紺の色の混じる地に、襟のところだけは黒の別珍で別襟をつけた、綿入り
の半纏。

          **

 頼まれたのは、一週間ほど前だった。


「……相羽さん、それ、少し破けてる」

 義妹が初めて会った時に形容して『多分女性にもてる顔』と言ったことがあ
る。確かにおネエちゃん情報網を駆使していた人なんだから、それ相応にした
ら似合うと思うのに。
(これが楽だからねえ)
 仕事で着ていたワイシャツが古くなったのを、糊をつけずに(時折気が付く
と洗ったばかりのアイロンもかけてないのをそのまんま)着ている。同じくら
いよれっとしたスラックスに……綿入り半纏。鼠色がかった藍色の布は、相当
丁寧に着続けられたものとは思うけれども、でもそれなりに古びている。袖の
下の布が少しほつれて白い綿が出てきているのが目に付いた。

「え?これ」
 お茶をすすりながら、相羽さんは読んでいた新聞から目を上げた。 
「うん、ここんとこ」 
 指でつまんで示すと、相羽さんはああ、と頷いた。
「これも相当古いからねえ」 
 
 確かに。
 触ってみて判る。この布自体……かなり丈夫な絹だと思うけど……相当着こ
んでくたくたに腰が抜けている。

「そこだけ繕うから、ちょっとじっとしてて」 
「うん、お願い」
 針箱を引っ張り出して、灰色の絹糸を引っ張り出す。
 いつの間にか相羽さんの肩に乗っかってベタ達がじっと見ている。半纏を渡
してもらうと、それはそれで寒そうだからちょこちょこと縫って。
 相羽さんは、片袖をこちらにやったまま、後の片手で新聞を読んでいる。

 それにしても、かなり古いものだ。
 半纏を着るって、年に3ヶ月程度だろう。別に引っ張ったりもしない。でも
あちこち擦り切れたように布が弱っているし、絹の糸も何となく毛羽立って見
える。
(ってことは……もしかして、お母さんが縫ったもの、とか)
 目は綺麗に揃っているけれども、確かにこれは手縫いだ。
 
「…………これ、作ったの……相羽さんのお母さん?」 
 少し遠慮しながら訊いた問いに、相羽さんはあっさりと答えた。
「ん?ああ、もとは親父に作った奴」 
「……そなんだ」
 かなり古くなってると思ったら、そういうものなんだ。 
「受験の時とか夜借りてたんだよ、あったかいから」 
「……ほんと、そんな感じだね」

 お母さんが作って、お父さんが着てたもの。
 それは……多分、古びたとかそういうことじゃなくて、とても大切なもの、
なんだろうなって。
 綿入り半纏は、以前祖母が作ってくれたし、その後母からも作ってもらった。
作り方を訊いたら、割と単純だよ、と言ってたような記憶もある。
 作れないわけじゃない、とは思うけど。
 ど。

「どしたん?」 
「……あ、いや……ええと、縫い終わったから」
 慌てて糸の始末をして、手を離す。うん、と頷いて、相羽さんは袖を通し直
して……そしてまた、袖の端をつまんだ。 
「まあ、大分ボロいからねえこれも」 
「でも、大切なものだから」
「まあ、そだけどね、流石に年季はいりすぎてる気もするけど」 

 作ってあげたいな。
 でも、これご両親の形見みたいなものだし。
 だからこんなに大切にしてるって言えばしてるのだろうし……
 ああ、でも、これ捨てることはないから、たまにこれを干したりしてる時に
だけでも着てもらえるようなの作るとか……でもそういうのってお節介になる
のかな、とか……

「そーいえばさ」 
「へ?」 
 慌てて顔を上げると、相羽さんが少し首を傾げてこちらを見て。
「半纏とか、作れる?」
「へ?!」
 な、なんでこの人、あたしが考えてること判るんだ……
「あ、あの、つ、作れるかも、しれない……」
 作ったことは、ないけど……でも、多分。 
「そお?じゃあ作ってって言ったらできる?」 
「え、あ、うんっ」
 な、なんで判るんだ、ほんとに。
 でも……次の瞬間、なんだかふっと気になって。 
「……でも、作っていいの?」 
「ん?」
「だって、これ、母さんの大切なものだから……」 
 何となく口の中でもごもご言っていたら、相羽さんは少しだけ笑った。
「ん、これはこれで、ね」 
 大事だけどね、と、やっぱり語尾は口の中で。
「……したら、作るね」 
「うん」 
 そう言って……相羽さんは、笑った。


 考えてみたら、この人に何か作ってあげるって……殆ど無かったと思う。そ
もそも服装にこだわる人じゃないし……だから服買いに行こうか、と言っても
あるからいいよ、それより、と、結局あたしの服見に引っ張られることのほう
が多くて。
 だから。
「……あの、石摺りって布、どんなのでしょうか」
 吹利の商店街の、かなり古い区画(というとなんか妙だけど)の反物屋さん。
そこの奥さんらしき人に尋ねると、その人はちょっと首を傾げてこちらを見た。
「石摺りですか」
「……はあ」
 幸田文の箪笥の引き出し、という本がある。その中に幸田露伴が石摺りの羽
織を好んできていた、という文章があったのだ。非常に丈夫で、かなり地味で、
でも洒落者の露伴が好んでいた布だ、と。
 でもまさか、そう言う訳にもいかないかなあ、と思っていたら。
「お客さんもしかして、幸田文さんの本を読まれましたかね」
「へっ?」
 何で判るんだろう、この人心でも読めるのだろうか、と、一瞬真剣に疑った
けれども、奥さんはすぐにころころと笑った。
「結構居るんですよ。あの人の文章読んで、反物から探しに来る人が」
 確かに出来合いの着物なら、デパートとかで見たほうがよほど早いし安いだ
ろう。
「ええ、石摺りの布ですね……羽織ですか?」
「いえ、半纏に」
「おや、贅沢ですねえ」
「……変ですか?」
「いえ、良いと思いますよ。絹だと暖かいし」

 二人で色々布を選んだ。最後に決めたのは青がかった濃い茶色。
「襟だけは別布にするか……いや、半襟にして取り外せるといいですよ」
「……別珍とかは駄目ですか?」
「別珍」
「……あ、あの、以前母が作ってた時にそうだったんで」
 あれだと襟のところが気持ちいいのだ。
「そうですねえ……まあ、汚れたら外して、思い切って捨てる、くらいならい
いかもしれませんね」
「……そうします」

 色々と教わった。縫い方、寸法の決め方、等。
 そして、夜、戻ってきた相羽さんの寸法を色々計って。
「楽しみだね」
「……う、うまくいけばね」
 責任重大。

          **

 何だか久しぶりに、頑張って縫った気がする。
 何度かは、糸を解いた。綿を出来るだけ薄くして、滑らないようにあちこち
止めて。
 そして。

「……どうかな?」
 広げてちびさん達に見せる。雨竜は小首を傾げ、赤ベタはちょん、と飛び上
がった。端っこにくっ付いていた糸くずを取り払った時に、かちゃりと鍵の開
く音がした。


「…………えっとね、出来ました」 
 脱いだコートを受け取ってハンガーにかけて。
 着替えた相羽さんに、折り畳んだ綿入り半纏を差し出す。
「ああ、ありがと」
 そう言って、嬉しそうな顔にはなって……でもそのまま手を出さずに、じっ
とこちらを見てる。
「…………えと……?」 
 何か気に食わないのかな、と思って心配になった途端、相羽さんはくるりと
後ろを向いた。
「かけてよ」
「あ……はいっ」 
 慌てて広げて、袖を直して、背中にそっとかける。相羽さんはそのまま袖に
手を通した。寸法を確かめるように二、三度、袖口を指で引っ張るようにして。

「へえ、いいね」 
「この布なら、あったかいからって」 
「うん、あったかいよ」
 嬉しそうに言いながら、相羽さんはあちこちをちょっとずつ摘むように引っ
張っている。 
「大きさ、それで……いいよね?」 
「丁度いいよ」 
「……良かった」 
 一応サイズを確認はしたものの、相当ほっとして息を吐いた、途端。
「ありがと」
 ふわり、と耳元で。 
 とてもとても……優しい声で。
「……ど、どういたしまして」 
 何か……思わずわたわたしてしまって、それだけ言うのが精一杯で。
「あー……あの、相羽さん、ご飯出来てる、けど」
「ああ、食べる」
「うん、じゃあ……って」

 あれ?
 いつも相羽さんの後ろから、尻尾のようにくっ付いてくるちびさん達が居な
い。
「あれ?」
「……ほーら、おりてこーい」
 何だか部屋の隅っこで、ぷくーっと膨れてあっちゃ向いてるベタ達と。
「ねえ、ご飯だよ?」
 ゆたんぽの上で、ぷん、とやっぱりあっちゃ向いてる雨竜と。
 ……つまりこれは。

「まさか、半纏自分も欲しいって……拗ねてるの?」
 途端にぱたぱた、と、鰭を振るベタ達と、尾っぽをぶんぶんする雨竜と。
「……って言っても、ねえ」
 まだ雨竜なら作れそうだけど、ベタに半纏。
(それって下手すると、こいのぼりになっちゃうじゃないか)

「おーい、ご飯にしよー」
 とはまさか言えない(というか言ったら尚更拗ねる)。だけど流石に、これ
は『じゃあ作ってあげる』とも言えず……
「ねえ、ご飯食べないと……二人で食べちゃうよ?」
 ぷくぱたぷくぱた。
 尻尾をぶんぶん。
「……どうしよう」
「うーん」

 そんなことを言いながら、それでも相羽さんは軽く肩を揺すって半纏の位置
を直し……そしてこちらを見て、笑った。


時系列
------
 2006年12月はじめ

解説
----
 相羽家の冬の話。真帆が相当一所懸命に縫ってそうです。
*****************************************

 てなもんです。
 ではでは。
 


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