[KATARIBE 30456] [HA06N] 小説『互いの傷痕・ SideB 』

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Date: Fri, 8 Dec 2006 00:17:31 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30456] [HA06N] 小説『互いの傷痕・ SideB 』
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2006年12月08日:00時17分31秒
Sub:[HA06N]小説『互いの傷痕・SideB』 :
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ちょっと行き違いでしたが、何とか…………
ってか。何で打ち合わせもなしに、先輩の傷の場所が一致するんだ我々は(笑)

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小説『互いの傷痕・SideB』 
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登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ 
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。 
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く 

本文
----

 肩を軽く抑える手。
 なんかもう……申し訳ないのと恥ずかしいのと……足し算したら居たたまれ
ないになるのかなあ、なぞと。
 かなり莫迦な発想。
「そんなにガチガチにならなくても、さあ」 
「……だって」 
 相羽さんは平気なんですかー……と言いたかったけど、多分この人平気なん
だと思う。思うから。
 背中にふわりとお湯がかかる。そして……
「……あ」 
 小さな、声。
 ひょい、と、手が伸びた。首の付け根に軽く触れて……そしてゆっくりと下
に降りる。
 ぽつんぽつん、と、何かに触れている、感触。

「相羽さん?」
 なんだっけ、と思ったら、妙に静かな口調で、答えが来た。
「まだ……跡、残ってるね」 
「え……」
 それで思い出した。
「…………あ、魚のときの……」 
 闇に住まう魚達と、試算した鳥。あの時に確か背中を数箇所、魚に噛まれた
んだっけ。
「……うん」 
 ゆっくりと、傷のあったところを相羽さんの手が撫でる。何だか心配そうに、
まだ心配が続いてでもいるように……ひとつひとつ。
「そんなに大した傷じゃなかったのにね」 
 出来るだけ軽い口調で言ってみたけど、相羽さんの気配が変わらない。何度
も何度も、撫でる感触だけが続いて。
 ふと。
 肩に添えられるように置かれた手。首筋に近づく呼気。
 そして……そっと、唇の触れる感触、に。
 びくり、と肩が跳ね上がった。
 自分の顔はわからないけど、多分真っ赤になってると思う。それくらい……
恥ずかしくて。
 だけど。
 ひとつ、ひとつ。
 眠ってるベタ達をそっと撫でる時のように、そうっと触れる……
 そのことがただ……申し訳なくて。
「……心配、したんだよ?」 
 裏も表も無く、ただそれだけの。本当にそれだけの。
「…………ごめん、なさい……」 

 時折、どうしてだろうと思うことがある。どうしてここまで心配してくれる
のだろう、どうして……って。
 それでも。

 すうっと、撫でる手。
「じゃ、背中流そっか」 
 はい、と、口の中で言った積りだったけど……何だか声にはならなかった。

 
「…………あたし絶対、母親に張り倒されます……」
 母親の世代なら、ひっくり返るだろう。ご主人に背中流させる奥さんとか、
もう完全に『なんだそれは』の域に入ってる……と思う。
「なんで?いいじゃん」 
 丹念に、相羽さんが背中を擦っているのが判る。なんかもう、申し訳なくて。
「……だって普通、逆だから」 
「いいじゃん、逆でも」 
 良くない。すごく良くない。というかうちの母親だけじゃない、相羽さんの
お母さんだって、絶対『なんだそれは』と思われるんじゃないかと。
 そもそも。
「……普通、あたしが、洗う側だと思います」 
 何かもう、自然に背中が丸くなってしまう。
 と、背中のほうでくくっと笑う気配があった。これはまた、何か来るかな、
と、一瞬身構えたら。
「じゃあ、次やってよ」 
 ………………そこに来ますか。
「……はい」
 うん、と、何か妙に……吹き出しそうな気配と一緒に、相羽さんが頷いた。

 お湯を最後にかけてもらって、もう一度相羽さんが背中を撫でた。
「はい、終わり」
「……有難うございます」
 振り返ると、にっと笑った顔が見えた。
「次やって」
「……はい……あ、でも!」
 でも、こればっかりは。
「……絶対後ろ向かないで下さいっ」
「わかった」
 ……いや、滑稽なんだろうと思うけど、そこで笑わなくても……。
 

 ベタ達が相羽さんの周りで、くるくると転ぶように動いている。
 首から肩、そして背中にかけて、こすってゆく。触っただけでも相羽さんの
肩はまだかなり凝っていて、何だかそのまま揉んでおきたいくらいだった。
 ゆっくりと洗ってゆく。
 肩から肩甲骨へ。右とひだ……

 思わず、手が、止まった。

 丁度……何と言ったらいいのだろう、親指を油粘土に突き立ててぐっと引っ
張ったような大きさの凹み。その付近のひっつれた皮膚。
 肩甲骨の下の、傷。
 古いものだとわかる。少なくともあたしが会ってから、この人はこんなとこ
怪我してない。だけど。
 だけど、これは。

「……ああ」
 溜息のような声を聞いて初めて、あたしは何度も何度もこの人の傷をなぞっ
ていたことに気がついた。慌ててスポンジを持ち直す。

 一度気が付くと、この人の背中には他にも何箇所も傷が残っている。すっと
鋭利な刃物で斬られたような跡、引きつったような跡。
 幾つも、幾つも…………っ

「…………気をつけて……って……無理……かな」 
 一瞬、血の海に倒れた相羽さんの白い顔を思い出した。悲鳴を上げかけて、
かろうじて堪える。出来るだけ普通の声になるように気を使って、でもついつ
いそんな余計なことを言ってしまった、のだけど。
「……気をつけてるよ」 
 静かな声は、決して怒ってなかった。負の感情を示してもいなかった。
 だから……だからそれだけに。
「……そうだよね………………ごめんなさい」

 余計なことを言った。
 この人は、充分気をつけていて、充分生きて帰ろうとしているのに、それで
も負った怪我なのに。
 気をつけて。
 そんな……薄っぺらい言葉しか、あたしの口からは出てこない。

 情けなくて情けなくて。
 
 一度スポンジを洗って、もう一度石鹸を手に取る。
 ばしゃばしゃと、木桶の中の水の音にかぶさるように、呟くように。
「うん、絶対に怪我しないって言えないけど……ちゃんと」 
 ふっと、声の調子が……はっきりしたものに変わって。
「お前のとこに帰りたいから、さ」 
 その言葉に、嘘の欠片もない。そんなことは知っている。
 ほんとうに良く……
「……知ってる」 

 仕事が遅くなりそうな時、必ず相羽さんは電話してきてくれる。ちょっと遅
くなる、多分戻るのは10時くらい。
 相羽さんは本当にその積りなのだと思う。10時に帰ろうとして、きっとす
ごく一所懸命仕事をしているのだと思う。
 でも大概、帰るのはそれから一時間くらい後になる。

 仕事が予定よりも遅れるのは、これはまあ普通のことで、だからそれをどう
こうとは思わない。まして遅くなったら、帰る間際に必ず電話を入れてくれる
から、困ることは全然無い。
 だけど。
「…………知ってるけど」 

 無事に帰ってこようとしてくれてる。それは無論知っている。判っている。
 だけど。
(それでも……怖い)

 無闇に泡を立てて、背中をこする。幾つも幾つも、残っている傷を覆ってし
まうように。

 相羽さんは首から血を流していて。
 相羽さんはがっくりと倒れていて。
 相羽さんは土の中に蒼褪めて埋まっていて…………

 悪夢だ。判っている。
 だけど、手の中のこの傷と、悪夢までの距離は哀しいくらい短くて。

(……怖い…………っ)

 悲鳴を、噛み殺す。
 泣いたら駄目だ。この人には気配で判ってしまう。そしてまた心配する。
 取り越し苦労で泣いているだけのあたしを、この人は、本当に心配して……

「…………っ」
 考えたら尚更情けなくて、でも悲しくて。
(相羽さんが居なくなったら)
(居なくなってしまったら)
 ぱたぱた、涙がこぼれた。
「真帆」
「……う、後ろ向いたら駄目」 

 情け無いと思う。たかが夢。
 なのにあたしは、この人に心配をまたかけてしまう。

「…………わかった」 

 相羽さんはあたしより、それこそ何倍も危ない仕事をしていて。
 だから当然、怪我の数もあたしより多くて。
 ……そんなことは、出会った時から判ってる。

 背中を洗って、木桶にお湯を汲んで流す。
 相羽さんは黙っていた。
 首筋に残っていた泡を、最後まで洗い流して。
「ゆっくりつかろっか」 
「…………うん」 
 ひっつれた傷。見るだけで辛くて……うつむいていたら、手を取られた。
 そのまま、手を引かれて湯船に入る。

(……莫迦、だ)
 頑張ってない人に頑張れって言うのは判る。まだ頑張れる人に言うならそれ
は応援にもなる。
 でも、もう頑張って頑張って……充分頑張ってる人にそんなことを言うのは。
(…………なんて…………っ)

 首の辺りまで来るお湯。
 もう大丈夫だから、ごめんなさい。そう言おうとして……

 
 なんでだろう、と思う。
 何でこんな風に、この人は。

「大丈夫だから、さ」 
 両腕の中に、あやすように包み込んで、耳元で。
 その声に……あたしの中の歯止めのようなものが、ぷつりと切れた。
「…………相羽さんがいなくなるのはやだ」
  
 真夜中、幾度も飛び起きた。
 起き上がって、夢だと判って……でも相羽さんは居なかった。
 その日の夜、電話があるまで、夢だと思いながら、でもどこかで怖くて……

「絶対に、やだっ」 
 
 幾度も繰り返す夢。
 無残に傾いた身体。苦しげに痙攣を繰り返しながら、でもどこか冷たいほど
に無表情な顔。
(何も出来ない)
(あたしには何も出来ない)

「いなくならないよ」
 耳元の声。宥めるように頬を撫でる手。
 
 この人は、今までに何度あたしを助けてくれたろうと思う。
 そして、助けられる……ちからを持っているのだと思う。もし仮に、あたし
が本当に切羽詰ってこの人に電話をしたら、飛んできてくれる。助けてくれる。
 だけど。
(何も出来ない)
(電話のこちらで待つだけで)
(何も…………っ)

「俺も、お前がいなくなるのやだ」
「……はい」 
「必要なんだよ、俺も」 

 頭を撫でる手。
 優しくて、本当に優しくて。
 尚更に…………哀しかった。


時系列 
------ 
 2006年9月はじめ
解説 
---- 
 小説『互いの傷痕』の真帆視点。なんか色々ぐずぐずしてます。
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 てなもんです。
 ではでは。
 


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