[KATARIBE 30453] [HA06N] 小説『互いの傷痕』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 7 Dec 2006 13:12:49 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 30453] [HA06N] 小説『互いの傷痕』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200612070412.NAA25957@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30453

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30400/30453.html

2006年12月07日:13時12分49秒
Sub:[HA06N]小説『互いの傷痕』:
From:久志


 久志です。
勝負を挑まれたからには書くしか。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『互いの傷痕』
==================

登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く

強張った背中
------------

 手に触れた肩はかすかに震えていた。

 まあ、恥ずかしいんだろうけどね。
「そんなにガチガチにならなくても、さあ」
「……だって」
 これ以上言葉にしてもたぶん無理ってのはわかってるから、そのまま何も言
わずタオルを手に取った。
 軽く湯をかけて、背中に手を触れる。
 白い背中、ひとつにまとめて頭にくるりと巻いた黒い髪に少し後れ毛がうな
じに張り付いている。
「……あ」
 その首の後ろから背中にかけて、かすかに色の変わった跡がいくつも見える。
 指の先程の大きさの丸い跡。いつぞや……魚に喰いつかれたという傷痕。
 もう既に傷は癒えて、すっかりふさがっている。だが、よくよく眼を凝らす
と新しい皮膚の色とで微妙な色合いの違いが見て取れる。

 ひとつ、ひとつ。
 確かめるように指先で跡を撫でる。

「相羽さん?」
 不思議そうな真帆の声、微塵の自覚も思い当たる節もなさそうな。
 というか思いっきり忘れてるね、お前さん。
「まだ……跡、残ってるね」 
「…………あ、魚のときの……」 
 ようやく思い当たって、うつむいたまま口ごもる。
「……うん」 
「そんなに大した傷じゃなかったのにね」 
 思い出して苦笑するようにつぶやいた。

 首の後ろから背中にかけて残る跡をたどる。
 その小さな跡に顔を近づけて。

 真帆の肩がぴくりと跳ね上がるのを、触れた唇を通じて感じる。
 首の後ろに、背中の真ん中、肩甲骨の横、ひとつひとつに順に触れていく。

「……心配、したんだよ?」 
「…………ごめん、なさい……」 
 肩を跳ね上げたまま、うつむいて背中を丸めてる。その姿は消え入りそうで、
でも背筋には微かに力が入っていた。
 顔を離して、背中を撫でる。
「じゃ、背中流そっか」
 こくん、と小さく頷いた。

 力をこめすぎないように、かといって弱すぎないように。
 案外加減が難しい。
「…………あたし絶対、母親に張り倒されます……」
 泡を立てながら、背中をこする。以前、肩を揉もうとして痛がられたことも
あるので、なるべく力をかけすぎないように注意しつつ。
「なんで?いいじゃん」 
「……だって普通、逆だから」 
「いいじゃん、逆でも」 
 案外考え古いんだね。
 まあ、実家の親父さんも少し古風な印象だったからかもしれないけど。
「……普通、あたしが、洗う側だと思います」 
 縮こまったまま、もそもそとつぶやく。
「じゃあ、次やってよ?」 
 ぴく、と。真帆の動きが止まって。
「……はい」
 なんだか一大決心と言わんばかりの答えに思わずふきだしそうになった。

 まとわりつくベタ二匹を指先でつつきながら。
 絶対後ろ向かないでください、と。これ以上はないってくらい真剣な声で言
われ、苦笑しつつも後ろを向く。
 背中に当たるタオルの感触。
 自分以外の誰かに背中を洗ってもらうってのは、何年ぶりか。
 確かに気分がいいものかもしれない。

 ころころまつわりつくベタ連中を撫でながら、小さく息をつく。

 と。
 ふと、真帆の手が一旦止まった。
「ん?」
 止まった手が、背中の肩甲骨の少し下辺りに触れた。
 そのまま、そっとなぞるように指が動く感触。横に、何かをたどるように。

 ふと、思い当たる。

「……ああ」
 思い出した。
 いつだったかね、背中を斬られかけた……傷を負ったのは。
 正直、この稼業について以来、危ない橋を渡りかけたことは一度や二度じゃ
ない。怪我を負った数なんて、両手じゃとても足りない。

 そっと傷痕をなぞる手。
 ついさっきの自分がやったのと同じように。

 短い空白。
 その間に真帆が何を想っているか。その気持ちは痛いほどわかる。

「…………気をつけて……って……無理……かな」 
「……気をつけてるよ」 
「……そうだよね………………ごめんなさい」 
 気を抜いたことは無い。常に気を使っていて、それでも最善を尽くしても防
ぎきれないことは確かにあって。
「うん、絶対に怪我しないって言えないけど……ちゃんと、お前のとこに帰り
たいから、さ」 
「……知ってる」 
 ごしごしと、何かを振り払うように背中をこする手。
「…………知ってるけど」 
 そのまま、消え入るように言葉が途切れた。
 あとは、ただ、背中をこする手が動いて。

 その音に混じって、微かな息遣い。
 泣いているときの。

「真帆」
「……う、後ろ向いたら駄目」
 ぐしぐしと鼻声混じりの声。
「…………わかった」
 後で、ね。

 背中を湯で流して。
「ゆっくりつかろっか」 
「…………うん」 
 こくんと頷いた真帆の手を引いて、湯船に入り、そのまま手を引き寄せて、
背中を抱くように両手を回して力をこめる。
 腕の中で、ぴくりと真帆の肩が震えた。

「大丈夫だから、さ」
 耳元で、囁く。
「…………相羽さんがいなくなるのはやだ」
 両手で目をこすってぽつりとつぶやく。
「絶対に、やだっ」
「いなくならないよ」
 手を伸ばして、頬を撫でる。濡れた感触は、湯だけじゃない。
「俺も、お前がいなくなるのやだ」
「……はい」
 頬に触れていた手を動かして、頭を撫でながらこめかみに唇を触れる。

「必要なんだよ、俺も」


時系列 
------ 
 2006年3月半ば
解説 
----
 小説『岩風呂のひととき』の続き。背中流してもらってます。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30400/30453.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage