[KATARIBE 30407] [HA06N] 小説『夜闇道』

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Date: Thu, 30 Nov 2006 22:36:04 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30407] [HA06N] 小説『夜闇道』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年11月30日:22時36分04秒
Sub:[HA06N]小説『夜闇道』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
『家族風呂』の後、夕ご飯の後だと思います。

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小説『夜闇道』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。10月に入籍。 
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く


本文
----

 山の夜は、異常なほど暗かった。

「こちら、あまり足元が明るくありませんから、お使い下さい」
 そう言って、仲居さんが渡してくれた懐中電灯。大袈裟に思えたけど、実際
一歩山のほうに入ると、明かりらしいものがもう殆ど無い。

「ここら辺、家とかも無いんだね」
「こっちには無いみたいだね」

 言いながら、でも相羽さんは迷いの無い足取りで歩いてゆく。片手をしっか
りとつないで、あたしも一緒に歩いている。
 周りの木々の枝を揺らして、渡る風は涼しい。

 夕食を終えて暫くすると、ちびさん達が退屈しだした。夜に外に遊びに行こ
うと約束したこともあったし、丁度いいから、と出てきたのだけど。、
「あんまり遠くに行ったら、探せないから気をつけてね」
 これだけ暗かったら人にも見つからないだろう。鞄に入れてきた四匹を外に
出したが、勢い良く飛び出したのはメスベタだけで、後のベタ達はあたしの首
の辺りに、雨竜は相羽さんに飛びついて、瞬く間に肩の上に乗っかった。
「なんだか、ねえ」
「……まあ、『むじな』に怖がるくらいだから」
 
 さわさわ、と、絶え間なく水が流れる音がする。
 多分、この水は冷たいのだろうけど……どこかこの夏の大気の中で、やはり
温められていて、そのせいでこの音も角を取られているような気がした。

 歩くたびに、砂利の音がする。
 虫の音は、夜を満たし切っていて……だから返って耳に残らない。

「星がすごいね」
「……ほんとに」

 夏の、やっぱりどことなく透明度の下がった夜空に、本当に満天の星。見て
いると、視野の端っこを、さあと流れる白い糸のような光があった。
「流れ星」
「ん?」
「今、多分……あっちのほうに」
 首を廻す気配。そして。
「見損なったねえ」
「……きゅぅ」
 小さく、雨竜の鳴く声がした。

 じゃくじゃく、と、足元の音。

「この道、どこに続いてるんだろう」
「山の上まで、続いてるらしいね」
「……そこまで行くの?」
 少し笑う気配。
「途中に神社があるって聞いたから、そこまで行こか」
「うん」

 神社、かあ。
 お稲荷さんのほうが似合いそうなのに。

「誰をお祀りしてるんだろう」
「あんまり有名そうには思えないね」
 くつくつ、と、笑う声。
「判らないよ。小さくて目立たなくても、結構古くて有名な神様祀ってるかも
しれないし」
 
 年に一度のお祭りの時以外は、結構有名な神社でも、そんなに人が来るわけ
でもない。ましてこんなところだと、由緒があっても人はそうそう来ないだろ
う。
 ぱたぱた、と、首筋にベタ達の鰭が当たる。

 真っ暗な道を歩いている。
 隣に居る相羽さんも、輪郭しか見えない。

「これ、参道なのかな」
「ん?」
「この道」
「……どうだろうね」

 暗い中、不意にひゅん、と白い影が戻ってくるのが見えた。

「メスベタちゃん……って行き止まり?」
「いや、神社でしょ」
 
 
 
 神社の前に行った時、あたしは……非常に迂闊ながら、一つすっかり忘れて
たことに気がついた。

「大丈夫?」
「……うん」

 神社の前には、大概、鳥居というものがあって。
 鳥居だけは正直もう当分見たく無い……って思ってたんでしたっけ。
 ……なんで神社行こうって言った時に、それを思い出さないかな自分。
 
 と。
 手に沿って、一度相羽さんの手が開く。すぐに指を絡めるようにあたしの手
を握り直して、最後にぎゅっと一度揺する。

「行こか」
「…………うん」

 大丈夫。あの夢とは違う。 
 

 小さな神社の入り口前には小さな立て札があって、由来や祭神について簡単
に書いてある。相羽さんが照らす懐中電灯の丸く区切られた光の中でそれを読
む。

「第一の祭神は……何て読むんだろう。『天…若日……子神』か?」
「どっかで聞いたことある名前なんだけど」

 というか、見たことのある名前なんだけど、誰だっけこれ。
 天若日子神。この全体に画数の少ない名前を、あたしどこで見たっけ。
 天若日子神。そして……天探女。
 どこで…………



「……あ!!」
「なに?」
「……うっわ最低……」
「え?」

 天若日子神。あめのわかひこのかみ。
 あれだ。葦原中国平定の為に使わされた、二番目の神様。だけど、地付きの
神様の娘さんと結婚して、結局使命を忘れた人だ。
 最初にこの話を(無論ダイジェスト版……というか子供版で)読んだ時は、
何て情けない神様だろうと思った。そんな、奥さん貰ったくらいで自分の目的
を忘れるんじゃないぞ、と。

 でも。
 今に、なってみたら。

 目的を忘れて欲しい、とは、思ったことは無い。どれだけ危険でも、仕事そ
れ自体を辞めて欲しいとも思わない。これだけは胸を張って言い切れる。誰が
何言おうとそれは確か。
 だけど。
 自分の目標があって、でもそれを結婚して忘れて、結局同僚が背中を蹴飛ば
しに来るまで、知らん振りしてたってのは。

(この人の奥さんは、一体それをどう思ってたんだろう)

 自分の本願を忘れて、奥さんとその安楽な生活にのんびりと暮らしている夫
を、それはそれでよしと思ったのか。
 ふがいないと思ったのか。
 ……そこらについては、神話は何も語らない。


 相羽さんは黙っている。
 ベタ達も、雨竜も黙っている。
 真っ暗な中、影の輪郭しか、あたしの目には映らない。
 相羽さんの手が、一度大きく開いた。そのままもう一度、しっかりと手を握
る感覚。
 暗闇の中、ぼんやりと輪郭だけが見える本殿。
 さわさわと、神社の森を通る風。
 夏だというのに……微かに背筋の冷えるような。


「……帰ろっか」
「うん」
 頷いて……その後で、気配を探る。
 ベタ達も、雨竜も、頷いている。そんな気配。

「帰って、お茶でも飲もうか」
「……うん」

 
 最後に一度、神社を振り返る。
 遠い過去の、その貴方は。

 一体どのように、願っておられましたか……


時系列
------
 2006年9月初め

解説
----
 夕食後、約束通り、外に行く相羽一家。
*******************************************

 てなもんです。
 ではでは。




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