[KATARIBE 30375] [HA06N] 小説『深緑の宿』

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Date: Thu, 23 Nov 2006 23:51:22 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30375] [HA06N] 小説『深緑の宿』
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2006年11月23日:23時51分22秒
Sub:[HA06N]小説『深緑の宿』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
温泉話、続きです。
ようやく……ようやく到着だーー(号泣)

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小説『深緑の宿』
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登場人物
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 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍
 赤ベタ・青ベタ・メスベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く。


本文
----

 駅からしばらく山の方に入ったところに、その旅館はあった。
「いらっしゃいませ……お預かりしましょうか」
「あ、いえ」
 かさばりはするものの、軽い籐の籠。これを人に任せるわけにはいかない。
「そんなに重くないので」
「さようでございますか……ではこちらに」
 磨き上げられた飴色の廊下を、仲居さん(着物をぴしっと着てるあたり、そ
ういう感じがするのだ)が先に歩いてゆく。鞄を肩にかけた相羽さんが、のん
びりとあとに続いてゆく。

(史の親戚のコネでね)
 古いけれど、古びていない。時間がそのまま格式や高級感に変わったような
旅館。
(もしかして、相当高級な旅館だったりするのかな)
 外の暑さとは逆に、中はさらりとした風が通っている。暑いっていうけど、
だいたい外も、吹利のほうとは大分温度が違う。

「こちらに」
 言われた部屋は、丁度渡り廊下の向こう、離れになった建物の2階だった。
二方向は襖と障子、外からの風が一杯に入る部屋の襖を、さらさらと仲居さん
は開けて。
「どうぞこちらに」
 中は……正直、やたらに広い。そこに置かれた黒塗りの机を、仲居さんはえ
い、と持ち上げて据え直した。
「今、お茶をお持ちしますから」

 どうぞ、との声を後に、襖が閉まった。

「……うわー」
 風を通すためか、開いていた障子の向こうは、青々と目に鮮やかな濃い緑の
山である。
「いいとこだねえ」
 鞄を下ろしながら、相羽さんが言うのと同時に、先刻の仲居さんが、ポット
と急須、湯呑みとお茶菓子をまとめて持ってきてくれた。


 お風呂は温泉、いつでも入れます、夕ご飯は七時から、との言葉を残して仲
居さんは出て行った。足音が十分遠ざかったのを確認してから、籐の籠の蓋を
開ける。
 途端に、四つの小さな影が、ぱたぱたと籠から飛び出した。

「いい景色だねえ」
 さらさらこぽこぽと、川の流れる音が間近に聴こえる。緑の濃い匂いが風に
乗って部屋一面に満ちる。
「うん……」
 窓の近くに座って、相羽さんは外を見ている。その横に赤と青のベタが並ん
で、ふわふわと鰭を動かしながら、やっぱり外を見ている。
 籠から一番に出てきたメスベタは、部屋の中を勢い良くぐるぐると廻ってい
る。一番苦労して出てきた雨竜は、出るついでに倒してしまった籠を一度えい、
と押しやってから、相羽さんの横にとことこと近づいて、座り込んだ。

 そういえば、初めてだ。
 この人とこうやって、家じゃないところで過ごすのは。
 そういえばほんとに初めて、一緒に旅行してるんだ。

 ここならすぐには帰れない。呼び出しを受けても戻るにはほぼ半日、それだ
けの距離のあるところに本宮さんの紹介で来たってことは、ちゃんと奈々さん
も了解の上のことで。

 ……うわあっ

「どした?」 
「……ここからだと、急に呼び出されたりしないなって」 
 休み、というけど本当は『待機』。いつ呼び出されても仕方の無い仕事をこ
の人はしているのだ。
 そんなことは、もうとっくに覚悟の上だったけど。
 だけど、そうじゃないことがあるなんて、ほんとうに嬉しすぎるくらいで。
「そだね……」
 切れ長の目が、少し細くなる。ふんわりと、目元にも口元にも笑いの色を刷
いて。
「まあ、たまにはわがままいってもいいかな、なんてね」 
「うん」

 そりゃ、天下の公僕だ。そういう職業といえばそれまでだ。だけどたまには
こうやってのんびりしたって贅沢でもなんでもない。
 ……なんて考えてたら、ふわっと背中から肩に手が回された。

「のんびりしよか」 
「…………うん」 
 思いっきり伸びをして、誰にも手がぶつからないような。
 どこまでも気を抜いて、ほっとしていていいんだな、と、どこかで。


「きゅーきゅーっ」
 雨竜の言葉は、無論あたしにはわからない。でも、こういう場合、言葉が判
る判らない以前の問題である。こっちの服を引っ張って、窓に向かって指差し
て、ついでにちたぱたやってれば、そりゃあ言いたい(やりたい)ことくらい
判らないほうが不思議だ。

「だあめっ」 
「きゅぅー」
 それでもちたぱた、と、雨竜は地団太を踏んでいたけど。
「ほら、だめだって」 
「……きゅいー」
 相羽さんに言われると、もう覿面にしょんぼりとしてしまった。
「だって仕方ないじゃない……」
 それでもしょんぼりと、赤と青のベタ達まで巻き込んで、うな垂れてしまっ
た雨竜を見て、相羽さんが苦笑してこちらを見た。
「夜にちょっと出歩く時にでもこっそりつれてく?」 
「きゅうっ!」 
 こちらが答える前に、ぱっと顔をあげて万歳をするのを見ると、反対なんて
それこそ出来やしないもので。
「……それなら、まあ……」 
 言い終わる前に、わーいわーいと雨竜が跳ねている。何ともその様が可笑し
くて。
「……お茶でも淹れるから、相羽さん着替えたら?」
「うん」


 お茶を配って、お茶菓子を分けて。
 相羽さんは備え付けの浴衣をくるくると着て。
 そうしてほけーっとしている間に……ふと気が付いた。
 
 白い尾鰭と背鰭が、背景の白い障子の前では目立たないからちょっと気が付
かなかったけど、メスベタが雨竜の近くでなにやらふよふよしている。
「きゅぅー」
 何を言われたのか(というかちゃんとあの二匹言葉が通じているのか、と、
あたしにはそれも面白かったんだけど)、雨竜はしょんぼりと首を垂れる。そ
の背中のほうに廻って、てしてし、と、何度か突付いたメスベタは、そのまま
また雨竜の前に廻って。
「きゅ?」
「…………ってこらっ」
 放っておくと襖を開けて、そのまま外に行きそうだった二名をとっ捕まえる。
押さえつけた手の中で、メスベタがじたばたする。
「だから!見つかったら困るでしょうっ」 
「こら」
 その背鰭を相羽さんがちょんとつまむ。途端にメスベタはしょぼんと尾鰭を
垂れた。
「ちゃんと夜に、みんなで外に行くから」
「きゅぅ……」
 しょんぼりと頭を垂れた雨竜の横で、やっぱりしょんぼりとメスベタも頭を
垂れていた……が。
(こーのおっ)
 うなだれたままずるずると、後ろに向かって進んでいるあたり……
「……だから、今はだめっ!」
 こういう手は、前は甥っ子が、今は姪っ子がよく使う手だ。反省してる顔し
て、でも懲りずに同じことをやる。
 とっ掴まえた手の中で、メスベタは跳ね回ってる。
「…………ふすまは閉めとこうね」 
 なんかもう、溜息が出る。
「しっかし、よくまあはしゃぐもんだ、疲れもせずに、、」 
「電車に揺られて疲れたかと思ったら、全然だね」
 溜息交じりに手を離した……途端メスベタはさっきの方向ではなく、別の方
向の襖に向かって突進した。
「もうっ!」

 ……で、結論。

 かたかた。かたかた。
「……きゅぅ」
「いいの」
 重石代わりに本を2冊ほど載せた籠が、微妙に揺れている。
「……で、あなたたちも、駄目だからね?」
 籠の周りに集まっている三匹をじっと見やる。とそれぞれに、何だか後ろめ
たそうな顔になった。
「今は駄目。夜まで待てないなら、外に連れてかないよ?」
 言うと、籠の外の三匹は、それぞれ左右に散ってゆく。 
 反対に籠のほうは、かたかたと、今までに増して左右に動き出した。
 
 かたかた。
 かたかたかたかた。

「ちゃんと部屋の中に居るって約束してくれないと、出せません」
 言い切った途端、籠はしーんと静かになった。

 …………疲れた。なんか。すごく。

「……やっぱ相羽さんの子だから、言うこと聞いてくれないのかなあ」 
「俺の子かね?」 
 そりゃ、相羽さんが産んだわけじゃないけど。
「相羽さんの言うことならメスベタちゃん聞くもの」 
「ガキなんてそうじゃない?」 
「……あたしの言うことは、かなり聞いてくれないから」
 今だってそうだ。相羽さんがこら、と言うだけで、とりあえずはしょんぼり
と反省を示したものだ。その後どれだけこちらが言っても、素直には聞いてく
れない。
 ここは家じゃないのに。ここで他の人に見つかったら、大変なのに。
「俺だって昔は親父のいうことだけは素直に聞いてたらしいよ?」 
「でも多分、もともと飼い主は相羽さんだから……」 
「でも、今は一番懐いてるのお前だと思うよ?」 
「……そんなことないもん」 
 それは幾ら何でも、相羽さんの贔屓目の行きすぎです。
「だって今、外に出たら駄目って、それだけなのに……」
 何だか目頭が熱くなる。
 莫迦みたい、と思うけど……何だか今、これまで気が付かなかった疲れとか
が上に浮かんできてるようで、妙に涙もろくなってるのかもしれない。
 せっかくこうやって、旅行に来たのに。泣いてたら駄目なのに。

「おいで」
 言葉と一緒に、両手でふわりと抱きかかえられる。
「……あの」
「いいから」
 
 少しぱりぱりとした、浴衣の感触。いつもと違う洗濯の後の匂い。
 それでもいつもと同じ、相羽さんの腕。

 一杯に開いた窓から押し寄せる、緑の匂い。

 なんだかふうっと眠くなる。
 ずっと染み付いていた疲れが、どんどん今抜けていってる途中のような。

「…………おふろいきたい、なあ」
「そだね」

 くすり、と、笑う気配だけがした。


時系列
------
 2006年9月

解説
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 相羽家版『温泉に行こう!』な話。到着の風景。
***********************************
 てなもんで。
 ではでは。

 


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