[KATARIBE 30355] [HA06N] 小説『線路の鳴る音』

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Date: Mon, 20 Nov 2006 01:00:32 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30355] [HA06N] 小説『線路の鳴る音』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年11月20日:01時00分32秒
Sub:[HA06N]小説『線路の鳴る音』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
続き書いてみました。

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小説『線路の鳴る音』
===================
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍 

本文
----

 がたんごとん。
 がたんごとん。

 大きな籐の籠を抱えて、かなりがらがらの列車の座席に並んで座る。
 膝の上の籠の中から、時折かさかさと音がする。電車の揺れる音に紛れると
思うものの、ちょっと心配になって、籠の隙間から間を覗いてみた。
 大きな目の雨竜が、ちょんとこちらを見て、小首を傾げてみせた。

           **

 土曜、日曜。
 ゆっくり休んでから行こうと相羽さんは言った。
「あ……って、休みの日程、大丈夫ですか?」
「しっかり休むように、警部殿に言われてるからね」

 でも相羽さんは、買い物についてくる。家に居る間は、ずっと横になってる
くらいだから、疲れていると思うのに。

(真帆……真帆!)
 
 ほんの数分、買い物忘れを取りに行ってる間に、何度この人はあたしの名前
を呼んだことか。

(……名前を連呼しないで下さい恥ずかしいっ)
(どこいったかと思った)
 こちらの言葉を、聴いたのか聴いてないのか、きゅっと指を絡めて、そのま
ま手を握り締める。
 
(……相羽、さん?)
 ちらちらとこちらを見る人の、視線がやはり痛い。
(ほら、人前だなあ、とか…………)
(別に?平気だけど)
(人前では、こういうことしないって!) 
(いやなの?)

 ぎゅっと、また力を込めて握る手。指先が少しだけ冷たくて。
 (…………恥ずかしいです)
 そう、言ったあたしのほうを、相羽さんはじっと見る。

 自分の見続けた夢のことしか、あたしは思っていなかったけど。
 でももしかしたら、この人も……夢か何か見たんだろうか。あたしが死んで
ゆく夢、消えてゆく夢。
 それが不安だったんだろうか。

           **
 がたんごとん。
 がたんごとん。

 電車の中の音は、眠ったり本を読んだりするには別に邪魔にならないのに、
いざ何か細かいことを話すには多少邪魔な大きさで。
 膝の上の籠の上に手を伸ばして、顎を乗せる。丁度居眠りをするのに適した
そんな高さ。
「眠い?」
 声に目を上げると、相羽さんは少し笑ってこちらを見ている。
「……少し」
「いいよ、寝ても」
 言われて……ああそうかって思って、目を閉じようとしたら。
 ひょいっと籠が相羽さんの膝の上に移る。そのまま頭を抑えるようにして、
相羽さんの肩にもたせかけられて。
「……って」
「寝ていいよ」
 気が付いたら、相羽さんの持ってた荷物は網棚の上にあって……そうか、膝
完全に空いてたんだ。
「おやすみ」
 途切れることなく単調に続く、この列車の走る音と。
 かさかさと、籠から聴こえる小さな音と。
 耳元の優しい声。

           **

 良く眠れたか、と、尋ねた。
 まあ、史の字がいたから、と、返事があった。

「へ?」
「背中借りたりね」

 さらっと相羽さんは言う。
 言う、んだけど。

「えっとそれって、つまり……本宮さんの背中にもたれて寝てたってこと?」
「うん」
 いやうんってああた。

 すぐ傍にいるこの人を眺めてみる。
 人に簡単に慣れない狼みたいな人なのに、でも一度近づくと、人に触れるこ
ととか、ごく自然にやってのける人で。

「……相羽さん、さ」 
 だから……なんとなく、座り込んだまま訊いてみる。
「本質的に……かなりさびしがり?」
「かもね」 
 ちょっと笑って、相羽さんはこちらを見る。
「だから寂しいって自覚したくないから突っ走ってた」 
「……やっぱり疲れが溜まってた?」 
「だいぶ、ね」 

 多分くたくたで、だから誰かに触れてたかったから、だから本宮さんの背中
にもたれてた、んだな、って……
 だから……だから、こうやって少しでも、元気になって戻ってきた、んだろ
うけど。
 ……なんか、奈々さんがこの人にきっちり休めって言う気持ち、わかる気が
する。

「…………あのね、相羽さん」 
 言葉を選ぶ。相羽さんも多分自覚して無い。本宮さんもごく自然なことと思っ
てる。だけど。
「あたしは、本宮さんが一緒に出張って聞いて、すごく安心したけど」 
 次の言葉を選んで……自分で自分がずるいって思う。でも。
「……奈々さんは、複雑じゃない、かな」 
「ああ、警部殿は参加してなかったからねえ」 
「あたしは……最初からついていけないから、もうどうしようもないけど、で
も奈々さんは……同じ仕事してるだけに……って」 
「そだね」
 言葉を選び選び、必死で言ったことに、相羽さんはあっさりと頷く。とても
よく判ってるようで……肝心なことは判ってない顔で。

「…………それに」 
 言いかけて……やっぱりやめる。奈々さんを持ち出したことは確かにずるい
けど、言ってしまうのは……もっとみっともない。
「ん?」 
 と、思ってるのに。
 覗き込むように、相羽さんが頭を傾げてこちらを見てる。
 
 言ってしまおうか、と思うそばから、でも嫌だと思う。
 あまりに勝手だから。あまりにわがままだから。
 
「……なんでもないです」 
「どしたん?言ってみな」 
 すっと手が伸びる。
 指先が、あたしの顎の縁を、するすると撫でる。どうしても下を向いてしま
うこちらの視線を、少し上げるように。
「…………わがままだし、勝手だから、いいです」 

 眠れない相羽さんは、本宮さんを枕にしたら眠れるんだな、とか。
 当たり前のことなんだ。向こうの付き合いはもう10年じゃきかない。そりゃ
一緒に居たら眠れるだろうし、だから相羽さん今まで無事だったんだろうし。

 って……判ってるんだ。よく。
 だのに。

「ねえ、わがまま言ってよ」 
 ふわりと身体を曲げて、耳元に。
 囁くような声で、どこかねだるように。

 いつもいつも、この人はこうやってあたしのわがままを肯定して飲み込んで
しまう。まるで自分の願いのように。

「…………っ」 

 どうして、と思う。
 どうしてこの人は、こうやってあたしのわがままを、まるで自分が聴きたい
ことみたいに言うんだろう。どうして。

「……あのね、判ってるの。相羽さん倒れた後でしんどくて辛くて、それで出
張だったから無茶を重ねてたって」 
「うん」 
「ほんとそれ、全部わかってて、だからあたしが言うのは……絶対すごくわが
ままで」 
「うん」
 頬を撫でる指。手。暖かいから……尚更に自分の我侭が、歯が浮くほど辛く
て。

「多分奈々さんも同じこと思ってると思うけど、あの人のはすごく当然で、だ
からその虎の威を借りてる狐みたいでっ……だけど」 

 だけど。
 だけど……。

 膝の上の手を握る。握って並べた手を見据える。
 情けない、ほんとに情けない一言を、言うために。

「………………少しだけ、妬けます」 

 数秒の沈黙。
 いや、数秒だったんだろうけど、でも、いたたまれなくなるには十分な長さ
であって。
 やっぱり言うんじゃなかった、もうどっか行ったほうが、と、思った時に、
くすっと笑った気配があった。

「わかった」 

 ふわり、と手が頬を覆う。それだけで何だか泣けてきて。

「ごめん」 
 こつんと軽く、額をあわせて。
「……ごめんなさいっ」 
 そんな風に……相羽さんが謝ることじゃないのに。

「理不尽なこと言ってます。本宮さんにすごく感謝してるんです。だから相羽
さん元気で戻ってきたって」 
 それはほんとにそう思ってる。仕事で踏み込めない時に、どれだけ本宮さん
がこの人を助けてくれているのか。それはほんとに感謝してる。
「ちゃんと判ってるし、感謝してるし、だから……」 
 判っている。一緒に居られないところだって判ってる。
 だけど、この人がしんどいなら、一緒に居たいって思う。助けたいって思う。

 ……莫迦みたい。

「……ごめんなさいっ」 
「わかってる」 
 下を向いたまま、顔が上げられなかった。でも。
 なんかそんなこと、微塵も関係ない、ように。

 ふわり、と。

           **

 がたん、と、電車が動き出す気配で目が覚めた。

「……あれ」
「起きたん?」
「うん……あと、どれくらい?」
「まだもう少しかね」

 がたんごとん。
 列車の走る音は、いつも行く先を告げている、と、書いたエッセイは、あれ
はどこで読んだろう。
 そう思うと、がたんごとんという音が、のーうぇあ、のーうぇあ、と聴こえ
る、と。

 ……Nowhere Nowhere。

 Nowhere。半分に分ければ……Now here。
 そんなことまで、思い出して。

 がたんごとん。
 ……Nowhere (どこにもいかない)

 がたんごとん。
 ……Now here  (今、ここに)

 もたれた頭の下の、ほんのりとした温かみ。
 昔は完全に前者だったのに、今は後者になってて。
 そのことが、どこか嬉しいこと。

「大丈夫。起こしたげるから、ね」
 ふわりと小さな声に誘われるように、あたしはまた目を閉じた。

時系列
------
 2006年9月はじめ 

解説 
---- 
 温泉に行く、車中の風景。またもや寝てます。
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 てなもんで。
 ではでは。
 


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