[KATARIBE 30345] [OM04N] 小説『背護りの衣』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Fri, 17 Nov 2006 00:16:34 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30345] [OM04N] 小説『背護りの衣』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200611161516.AAA14048@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30345

Web:	http://kataribe.com/OM/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30300/30345.html

2006年11月17日:00時16分34秒
Sub:[OM04N]小説『背護りの衣』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@半分寝てます です。
ねぼけまなこでがしがしと、反省もなく書いてます。
……こういう話しか書けないんじゃよっ(えうえう)

****************************
小説『背護りの衣』
=================
登場人物
--------
  妙延尼(みょうえんに)
   :綴る手の持ち主。布に手ずから施した刺繍が、魔を祓う力を持つ。
  お兼(おかね)
   :妙延尼の乳兄弟。しっかりものの力持ち(後者が異能)

本文
----

 縫い取りした文様が擦れてしまうと、袖を護るちからが減るように見えると
かで、時折以前の縫い取りの直しを頼まれることがある。
「だからって血をつけたまま持ってくるものですかね」
 ほどいた衣をごしごしと洗いながら、お兼はぶつぶつ言う。
「あの人たちに洗わせたら、染みになるばかりではない?」
「それはそうですが」

 血痕で色の変わった部分にも縫い取りを入れて、何とか誤魔化して……とま
ではっきりと言われたわけではないが、どうやらそういう風に言い付かってき
たらしい。
「でも誤魔化そうとしても、鬼に血の臭いは誤魔化せないわねえ」
「でしょうねえ……まったく軽く言ってくれること」
 ごしごし、と、ふくれっつらでお兼が返す。
「……やれやれ」
 不満は言っても手は休めない。お兼がごしごしとやった結果、布の染みはか
なり目立たなくなった。
「でも、まだ干しておかなきゃいけませんね」
「丁度良いかもしれないわ」
「え?」
 怪訝そうな顔が、何とも愛らしい。
「月光で清める。そのほうが良いかもしれないと思ったの」

 淀んだ闇を伝って、鬼達はやってくるという。
 陽光は無論のこと、それらの鬼は、白々と柔らかな月光も苦手とすることが
ある。今日は折り良く満月。ならばこの光で晒すのも良かろう。

「それで、これはいつまでに?」
「また、はやくはやくと急かされました」
「何か……また鬼でも」
「さあ」
 たすきがけのままの肩を、お兼はふんと怒らせる。
「夜に護り無しで歩くのは怖い、なぞと言いそうですからね」
「知っているから、怖いのではないの?」
「知っていても、あれは情けのうございますよ」
 相変わらず、お兼の口には容赦が無い。

           **
 
 夜半。
 後はひいさまお願いします、と、お兼は夕刻、帰っていった。
 帰る前にお兼が板張りしてくれた布。半乾きになったそれを板から外して、
月の良く当たる裏庭に宵の口の前に張っておいた綱にかける。
「飛ばないと良いけれど」
 一応、針で軽くしつけをかけて、綱から落ちないようにする。一通り終わっ
て部屋に戻ろうとして……

 足が、止まる。

 ひらひらと、淡い色の布が夜の中に柔らかく動く。
 風は決して強くないが、少しずつ濃くなる秋の冷たさを伴いつつある。
 ざわざわと揺れる薄の穂。月光にそれは淡い銀に染まり、ゆらゆらと布が揺
れるに合わせて柔らかにしなる。
 淡い浅黄の色に染められた布の、色さえほんのりと浮き上がるような、そん
な豊かな月の夜。
 ……さても良い月、良い夜の闇。

 と。

(……ん?)

 ざわざわと鳴る草の向こうに、何やら気配がある。
 妖しいものとは思われぬ、しかし人ならぬモノの気配。
 はてはてと見やるうちに、小さな影がつつと滑るように布を掛けた綱に近づ
き、ひょと手を伸ばし……

「ぎゃっ」
 思ったとおり、跳ね飛ばされたように後ろにひっくり返った。

「ああ、危ない」
 縫い目をほどき、洗い張りをしたとはいえ、袖口一面に施した刺繍はそのま
ま、布のぐるりに残っている。明確なる悪意を持つ鬼ですら祓う、と、試した
人は言う……そのような刺繍の布に、触れてこのモノが平気である筈が無い。
「わひゃっ」
 とは言え相手はむしろこちらの発した声に驚いたらしく、飛び上がるように
身体を起こし、逃げようとして、そこでまたふらりとよろめいた。
「待ちや」
 丸く大きな頭に、棒のように細い体と手足。こちらからは輪郭しか見えない。
けれども目だけは金の色に見えるあたり、確かにこれは人ならぬモノなのだろ
うが、しかしそれにしては妙に……怖くない。
「一体どうして、こんなところに?」
 声をかけると、そのモノはすてんと座り込んだ。
 満月の、夜に慣れた目でも、その表情まではわからない。
「……さむうて、の」
「寒い?」
「としをとるごとに、くびのうしろが、さむうてさむうて」
 
 声と一緒に、棒のような手が曲がって、首の後ろをさする。
 子供のような体格の割に、声はかさかさと、すっかり水気の抜けた枯葉を思
わせる声だった。

「ぬのがかかっておったから、これがあったらぬくいかとおもうて、とろうと
思うたらはねとばされてもうた」
「……そりゃあ、そうかもしれない」
「おとろしいぬのじゃの」
「鬼を狩るひとの衣だから」
 護りをほどこしてある……と言う前に、
「ひええっ」
 一応、もののけという意味では、同類かと思ったのだが。
「おにのころもか、おにがくうたか」
「……鬼の衣でも、食われたわけでもないよ。食われないように文様を入れて
あるのだし」
 ひええ、と、今度は割合小さな声で、そのモノは呟いた。
「おとろしいぬのじゃの」
「かもしれない、ね」

 確かに鬼を祓う為の文様を、袖口や裾にぎっしりと入れた布だ。如何に擦り
切れているとはいえ、怖いものかもしれない。

 しかし……

「首の後ろが寒いのに、この布を取って何とする?」
「ほれ、おなごがときおりやっておろ」
 こう取って、こうかぶって、こう巻く、と、身振り手振りは結構大きい。
「くびのうしろにかぜがわたるたび、ふるふるとさむいのじゃ」
「……なるほど」

 まずそのモノの背の高さを目で計る。
 このくらいなら……

「半刻ほど待てるかね」
 へ、と、そのモノはこちらを見上げた。
「こわくないのがあるかもしれない……ちょっとお待ち」


 文様を縫い取った布は、子供の護りに孫の護りに、と、欲しがる人が多いと
いう。それで何時でも縫い取りが出来るよう、手元に布はあるのだ。
 巻いた布を取り、切る……前に、縁側にそれを持って出る。
 黒い棒のようにやせこけたそのモノは、跳ね上がるように後退った。

「これならば、触れるだろうかね」
 くるり、と、まいた布をすこうしだけほぐし、縁側から下へと流す。
 恐る恐る、ちょんと指先で触れて、モノノケは飛び下がりかけ、しかしまた
二歩三歩と近づいた。
「……こおうないぞ」
「では、これで頭巾をつくってあげよう。半刻ほどお待ち」



 行灯を持って、縁側に座る。
 長細い布を、上を輪になるようにして折る。その布を被ったときに、後ろに
あたるところを縫えば、おそろしく簡単な頭巾になると思ったのだが。

「……そういえば、お前さま名前は?」
「な、まえ?そりゃ」

 きょとんとして言いかけたところで、相手ははたと口をつぐんでしまった。
 名を知れば呪うことも出来ると聞く。だから、呪うことなぞ微塵も出来ない
私にすら、用心をせねばならぬのだ。

「……………すすき」
 なぞと考えながら、後ろ側を出来るだけ細かい目で縫う。縫い終わろうとし
た頃に、細い声がそう言った。
「すすき……薄?」
「……そうじゃ、すすきじゃ。しろくわたわたになったあと、ぜんぶ風に吹き
飛ばされたすすきじゃ」
「……なるほど」

 裏庭の周りには一面の薄。
 空には満月。

 縫い終わった頭巾に、顎の下で結ぶ為の紐をつける。その背中、月をすが縫
いにした上から揺れる薄を縫い取って。

(寒くないように)
(怖くもないように)
(護るように、その背中を護るように)

 願いつつ、針を運ぶ。
 行灯と月の間で、何故か縫い目は良く見えた。


「……ほら、ごらん」
 半刻とはゆかなかった。しかし一刻にはまだ間のある頃に、縫い取りも全て
終わった。
「こ、こわくは……ないのだろうな」
「無いとも」

 それでもおそるおそる、細い腕を伸ばして受け取る。

「それをね、こう……被って、そう、紐で顎の下で結ぶ」
「ほう」

 肩の輪郭が微妙に動く。よほど力を入れて結んでいるらしい。

「どうだろう、怖いだろうか?」
「こおうないっ」
 結び目から手を離して、そのだれかはほこほこと高い声で返事をした。
「それにぬくいぞ。せながぬくいぞ」
「……それは良かった」
 こちらの声が聞こえたのか、ぬくいぞぬくいぞ、もうさむうないぞ、と、黒
い影がしばらくの間ぴょこたこ跳ねていたが、
「ありがとうな、ありがとうな」
 ぴょこたこ跳ねながら頭を下げる。かなり器用な格好を、やはり月に照らさ
れて輪郭しか見えないまま、その誰かはやってのけて。
「ありがとうな、ほんにありがとうな」
「気をつけて」
 最後に、薄の原に埋もれるように頭を下げる。そしてそのまま、黒い影は月
の影の中に溶けるように掻き消えた。


            **

 それから一月ほど後に、お兼が首をかしげながら話してくれたことがある。
 何でもこの近くの畑に、残しておいた青菜を盗むモノが居るそうな。ある晩
畑の主人が見張っていたところ、出てきたのは何やら白いものを被った大狸、
ひええと逃げかけて、それではならじと手元の石を投げたところ、ぶつかった
まま相手は微動だにしなかったという。

「狸とは言え年を重ねれば、石も怖うなくなるものでしょうか」
「……さて……」

 言いながら、少しだけ可笑しい。
 寒い寒いと言っていた背中が少しでも温かいように、と護りを縫い取ったが、
どうやらそれで、怪我もせずに無事であるらしい。

「それで、大狸はどうしたの?」
「石を投げた相手をじっとみて、そのまま逃げたそうですよ」

 ほんの少しほっとする。
 そしてなるほどと思う。寒い寒いと繰り返していたところを見ると。
(首の後ろの毛が抜けたのだね)

 それは流石に寒かろう。

「……ひいさま……ひいさま!」
「あ、はい?」
「ですからね、干し柿を持って参りましたと。母が是非ひいさまにと申してお
りましたので」
「まあ、それは……申し訳ない」

 さあどうぞ、と、お兼の手に押し付ける柿を取り、少し口に含む。
 あの棒のように細かった……実は狸のあのモノは、今頃このようなものでも
食べていることだろうか。
 
 噛み切った柿をかざして、空の青と比べてみる。
 風邪など引かぬように、無事であるように。

 そんなことを、ふと思った。


解説
----
 のんきもののひいさま、大狸に出会う。

*******************************************

 てなわけで。
 ではでは。
 



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30300/30345.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage