[KATARIBE 30316] [HA06N] 小説『痛みと温もり』

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Date: Thu, 2 Nov 2006 01:21:05 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30316] [HA06N] 小説『痛みと温もり』
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2006年11月02日:01時21分04秒
Sub:[HA06N]小説『痛みと温もり』:
From:久志


 久志です。
ゆかりん、ちょっぴり動いてみよう。

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小説『痛みと温もり』
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登場キャラクター 
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 蒼雅紫(そうが・ゆかり)
     :創作部副部長、戦うこと以外はテンで駄目な箱入り天然娘。
 蒼雅梓(そうが・あずさ)
     :蒼雅家長女、紫の従姉。実は姉。婚約して家を出ている。

久方ぶりに
----------

 ふわり、と。紫の目の前でふさふさの尻尾が揺れる。一見、黄金と見紛うば
かりの艶やかな毛皮を揺らして歩く一匹の狐。その太い尾は付け根から三又に
分かれ、とことこと板の間を歩くたびに尻尾がうねるように上下している。
「穂波さま」
 紫の呼びかけを受けて、小さく鳴くと駆け足で近寄ってくる。
 手を差し伸べると、大きな耳をひくひくと動かして前足をちょこんと紫の手
の平に乗せる。
 穂波。三又の尻尾と金色の毛並を持つ、代々霊獣使いとして血筋を受けつい
できた蒼雅家の中でもトップクラスの霊力を持つ霊獣でもある。
 そしてこの霊獣の持ち主は、紫にとってとても懐かしい人でもあった。
「まあ、穂波ったら。久しぶりに紫ちゃんに会えて嬉しいのねぇ」
「梓姉さまっ」
 紫にとって従姉にあたる――実質、養子に出た紫にとっては実の姉に当たる
蒼雅梓その人だった。去年に同じく術師の家である弧杖家との縁談がまとまり、
行儀見習いとして蒼雅の家を出て長らく顔をあわせていなかった。
「梓姉さま、いらしてたのですね」
 駆け寄ってきた紫の頭をそっと撫でて、ふわりと笑う。
「少々お家に御用がありまして〜お久しぶりにお父さま達にご挨拶を、と」
 ぼんやりとした口調で答えながら、何度も何度も紫の頭を撫でる。
「姉さま、今日はこちらにお泊りですか?」
「はい、今日明日は一緒ですよ〜紫ちゃん、今日は一緒に寝ましょうね?」
「嬉しいです、姉さま」
 頭を撫でてくれる手、その温かさに紫の心の奥にわだかまったものが溶けて
いくのを感じた
 去年から続いていた、寂しさと焦り。
 親しかった梓の婚約。
 長年慕っていた巧が実は双子の兄であり、ずっと一緒にいることは叶わない
と知ったこと。そして巧に恋人ができたこと。
 自分と近しいと感じていた弟・至が高校卒業と同時に東京の他家に養子縁組
で行ってしまうことが決まり。
 一人だけ置き去りにされてしまう寂しさ。

「嬉しいです……」


その傷痕に
----------

 すぐ側で聞こえる寝息、そこにいる気配、空気で感じる体温。その存在感に
紫は安堵する。いくつになっても幼い子供の感覚が抜け切っていないと。いつ
だったか父に言われたのを覚えている。

 離れていくのが寂しい。
 変わっていくのが怖い。
 変わらないままでいて欲しい。

 しかしそれは叶わない望みで。それでも、今こうして梓が一緒にいてくれる
ことで、少しだけ紫の心は安らいでいた。

 ふと、涼しさを感じて目を開く。
 すぐ隣で寝ていたはずの梓の姿が見えなかった。
「梓姉さま?」
 慌ててふとんを跳ね上げて、部屋を見回す。
「あら、起こしてしまったかしら〜?」
 間延びした梓の声。縁側に向かって分厚い綿入れを羽織った梓が、すぐ傍ら
で丸くなった穂波をそっと撫でていた。
「姉さま、お早いのですね」
「ええ、今日は朝から雨ですよ〜」
「あ」
 紫の視線が梓の手へと落ちる。
 ほっそりとした白魚のような梓の右腕、その手首の付け根から綿入れに隠れ
た肘にかけて稲妻を思わせる深い傷痕が覗いている。視線に気づいてそっと左
手で傷痕をさする。
「すこおし、痛みましたのよ」
「……姉さま」
 梓の腕の傷。
 それはまだ紫が生まれる前の事、六歳になった梓を社会に溶け込ませる為に
と学校へ通わせることになったことがきっかけで負った傷。
 蒼雅の家は代々霊獣を使役し、これを視る。
 普通は人に見えない、そこにいない何かを見て、感じて、対話する。それは
幼い同年代の子達にとってその姿はどう映ったか。どれほど霊獣のことを他言
せぬよう言い含めても、幼い梓はそれを完全に厳守できることは出来なかった。
 その結果。
「傷が、疼きますか?」
 そっと紫の手が梓の傷に触れる。
 ありもしないものが見える、いないものをいると言う、その結果。
 梓は学校で酷く苛められたという。そして苛められていた梓当人が自分は苛
められているという事に最後の最後まで気づかなかった。
 そして、悪戯心を起こした児童達が原因になり、大怪我を負ってしまった。
 どんな事象があって梓が怪我を負ったか、その詳細までは紫は知らない。
 だが、その時、梓は失血と傷口の炎症の為一週間近く生死の間を彷徨うとい
う危機状態に陥っていたことだけは何度か聞かされた。

 そっと梓の傷痕をさする。
 何度も、何度も。

 雨が降る日に、冷え込む日に、時折辛そうな顔で傷をさする梓の姿を見た。
 傷を負って長く経っていても、一見その傷は癒えていても。未だに傷の痛み
は梓を苦しめている。

「ありがとう、紫ちゃん。こうしてもらってると痛みを忘れるわ〜」
「……はい、姉さま」

 窓の向こうの雨の音。
 ふと、紫は創作部できいた品咲渚の言葉を思い出していた。

『ゆかりん、傘もっとる?雨降るで』
『え?渚さまお分かりになるのですか?』
『うん、足痛いもん』

 疼く、痛み。 
 長年立っても苦しめる痛み。

 腕をさする。
 何度も何度も。

 大切な人が苦しんでいる姿は、見たくない。
「痛みは和らぎましたか?」
「ええ、ありがとう。嬉しいわあ」
 ほわほわと笑う梓の顔、それも明日までのこと。
「……お体大事になさってくださいね」


時系列 
------ 
 2005年10月初旬。蒼雅家にて。
解説 
---- 
 ゆかりん、蒼雅家にて。久しぶりに会った姉と一緒に。
 古傷の痛みに苦しむ姿を見て、ふとみぎーを思い出すゆかりん。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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