[KATARIBE 30300] [HA06N] 小説『雨センサー 4』

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Date: Mon, 30 Oct 2006 16:59:47 +0900
From: "Toyolina and or Toyolili" <toyolina@gmail.com>
Subject: [KATARIBE 30300] [HA06N] 小説『雨センサー 4』
To: kataribe-ml <kataribe-ml@trpg.net>
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[HA06N] 小説『雨センサー 4』
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登場人物
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 品咲渚   http://kataribe.com/HA/06/C/0636/
 蒼雅紫   http://kataribe.com/HA/06/C/0573/
 橋本芳弘  http://kataribe.com/HA/06/C/0469/
 黒澤栄   http://kataribe.com/HA/06/C/0668/


黒い澱
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 自分の中に、悲劇好きな自分がいると思う。
 彼女はお世辞にも清廉とは言えなくて、長く積もった澱のようにどす黒い。
 そして時折、お節介にも夢を見せてくれる。
 膝を壊された日の夢を。そして、壊した栄の姿を。
 彼女が見せる栄の姿は、容赦ない。
 最初から最後まで、嬉しそうに笑っているのだ。



 今日はいつになく、膝の違和感がひどいように思えた。
 膝掛けもしているし、サポーターもしている。体が冷えているから、という
わけではない。

 この痛みの理由は、紫にもまだ話していない。
 まだ話せないと思う。

 自分でも気づいていない、本音を話してしまうかもしれない。
 それがもし暗いものだったら。悪意に満ちたものだったら。
 そんなものを、紫に聞かせるわけにには行かない。

 いい加減集中できず、ノートを閉じて、ベッドにもたれかかる。
 日中、後輩たちに偶然会ったのがきっかけだろうか、そう思いたくはない
けれど。ほんの少し、思い当たっただけで、痛みが増したように思えた。

 思い出したくなかった。
 あの痛みを。
 あの瞬間の暗さを。

 ずっと忘れていたかった。
 膝の痛みは、ただ痛いという現象としてだけ、認識していたかった。

 最初の痛みの後の記憶は、病院のベッドの上から始まっている。
 多忙の為、家を空けがちだった両親が、揃って傍にいた。
 時間は何時頃になっていたのかは覚えていないけれど、しばらくうとうとと
して、また目が覚めたときには、担任の先生やら、道場の師範やらが見舞いに
来ていた。芳弘と栄も揃って見舞いに来ていたように思う。

 ひどく泣いていたのはどっちだったろうか。
 まだ麻酔が効いていて、感覚がとても鈍くかったけれど。

 あれは事故なんや、やから、誰も悪ぅないから。
 気にせんと、空手続けて。

 あれから道場には顔を出さないままでいたけれど、二人は空手を続けている
のだろうか。芳弘は。栄は。
 芳弘はずっと続けているようだし、すぐ逃げ去ってしまったからわからない
けれど、栄も鍛錬を続けていたようだ。

 なのに。

 ぎゅ、と膝を抱える。

 なにも解決していないのだ、と改めて思い知る。うやむやなまま、ただ時の
流れに甘えて、風化を期待していただけだったと。
 事故なのだ、そう思っていれば、自分が痛いだけで済む、年少の二人を、徒に
傷つけずに済むと思っていたけれど。

 あれから道場に顔も出さず、また、辞めるわけでもなく、だらだらと籍を残
したままでいるのは。かえって二人を傷つけることになっていたのかもしれない。
 気を遣って、姿を見せないようにしていたつもりだったけれど、実際のところ。
 残される形になった二人を、全く気にかけない、冷たい行動を取っていたの
だろうか。

「芳くん、なんか言ってたな……今の栄くんは、栄くん違うって……」

 あのときの栄は、時折見る夢の中の栄によく似ていた。
 傷つけ、壊すことを、とても楽しそうに行う栄に。

 まったくまとまらない思考に嫌気がさして、頭を振ってみる。
 栄に対する感情、膝の痛み、これまでの自分の行動。
 とりとめのないまま、とても結びつきそうにないけれど。

 これまでのように、立ち止まったままでは、ずっともやもやしたまま、時が
続くように思えた。
 あの時、栄と芳弘に遭遇したのは、兆しというものなのだろう。
 例えそうでなくても、そう思うことで、行動出来るかもしれない。

「全部知ったら……この痛いの、消えるかな。そやったらええな……」
「それに、栄くん、わざとやないって……信じたい」

 通りがからなければ、遭遇しなければ。
 うやむやのまま、ずっと通せたかもしれないけれど。

「サボったらあかんって、きっと神様が言うてるんやわ。うん……」

 手を伸ばして、床に転がったままの携帯を取ろうとする。
 いくつか未読のメールがたまっているが、それを無視して、メモリーを検索
しようとして。携帯を閉じた。

「……電話で……聞いてええ話ちゃう。顔ださなあかん」

 明日はちょうど、道場の練習がある日だ。塾の帰りに寄れば、まだ後片付け
の時間に間に合うだろう。

 携帯をまた開いて、時間を見る。日付が変わって一時間ほど立っていた。
 ノートと問題集を閉じて、ベッドに潜り込む。
 仰向けになって、ひざ掛けを、布団の上から膝のあたりに掛け直す。

 この膝掛けは、紫が編んだものだ。彼女の編み物にしては珍しく、好き勝手
にうごめいたりはしない。また特別な加護が施されていたりするわけではない
けれど、これが一番暖かくしてくれると思う。

 枕元のリモコンで、照明を常夜灯にして。

「おやすみ」

 ひざ掛けにそっと触れて、渚は眠ることにした。


時系列と舞台
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10月下旬、渚の自室。

解説
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http://kataribe.com/IRC/KA-03/2006/10/20061006.html#010000

このログの日の夜。止めていた時計を動かそうと思った。


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Toyolina
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