[KATARIBE 30292] [HA06N] 小説『悪夢後遺症』

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Date: Sun, 29 Oct 2006 23:08:21 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30292] [HA06N] 小説『悪夢後遺症』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年10月29日:23時08分20秒
Sub:[HA06N]小説『悪夢後遺症』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
停滞中の10月ですので、少し頑張るぞーというわけで。
……こー、頑張ったとこでなによって感じもしますが。
**************************
小説『悪夢後遺症』
=================
登場人物 
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。 
 相羽真帆(あいば・まほ) 
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍 
 赤ベタ・青ベタ
     :相羽家で飼われていたベタの霊。真帆の能力で実体化する。 
 雨竜  :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く。 


本文
----

 一面の暗闇の中、ぼんやりと灯はあの人だけを照らしている。
 闇の中、浮き上がるように白い顔……と見たのは、光線の具合のせいだけじゃ
ないらしい。そう、首だけが闇の中に浮き上がっている理由は。
 理由、は。

「…………ひ………っ」

 首から下、黒く染まったと思ったのは実は深い赤の色。足元に転がるのは、
ひどく安っぽく見える銀の色。ぎざぎざの歯は決して切りつけるのに相応しい
ものではなく、だから余計に……残忍にすら見えた。
 だけど何より。
 その蒼白な顔。

「……まほ……」 
 うずくまった背中の線が、がくり、と崩れる。
「…………い」 
 何時の間にか足元に作られた血の池の中に、崩れて。
「いやああああぁぁっっ!!」 

 真っ青な顔の中、かすかに動く口元。
 必死に手を伸ばして、首の傷を抑えようとした。ざっくりと深い傷は、でも
触れたら指ごと飲み込みそうな深さで。
「尚吾さ…………」 
 血を止めるために伸ばした筈の手が、だくだくと染まってゆく。
 わななくように、相羽さんの唇が震える。何かを必死で話そうとするように。
 ゆっくりと、片手が上がって。
「尚吾さんっ」
 伸ばした手の、その指の先を、すうっと血まみれの人差し指が撫でた。
 そのまま……手は、血の中に落ちた。

「…………尚…………」
 同じ顔。同じ肌。
 同じ目。同じ鼻。

 ……なのにそこからは、さっきまであった何かが、かき消されたように消え
てしまっていて。
 おなじなのに。
 全く、同じ、筈、なのに……

 相羽、さん。

 尚吾さ…………

「…………いやああああああっ」



「っ!!」
 目が、開いた。

 急激に……空気がひどく生ぬるくなる。
 せいせいと荒い息の音は、あたしの喉から洩れていた。

 ぱたぱた、ぱたぱた。
 肩の辺り、柔らかな感触を、どこか遠いもののように感じる。

 真っ暗な中……隣には

「……っ」
 慌てて手近なところにある紐を引っ張って、電気をつける。
 隣には……確かに、誰も居ない。

 相羽さんは、いない。
 ……夢。

「…………っ…………」
 息を、吐く。と同時に、涙が止まらなくなった。
 顔を、手で覆う、と。

 ぱたぱた、ぱたぱた。
 ぱたぱた、ぱたぱた。
 いつの間にか慣れた、優しい感触。

「………………あ……」 
 振り向くと、大きな目を確かに心配そうに見開いた赤と青のベタが、肩の辺
りにふわりと浮いている。
 ……大丈夫。この子達が居るなら大丈夫。

 伸ばした手の中に、ベタ達はすとんと入る。鰭を傷つけないようにそっと抱
えた腕の中で、ベタ達はくるくると何度も廻っては、こちらを見上げた。
 大丈夫。
 さっきのは、夢。
 さっきのは……
「…………良かっ……た」 
 ぱたぱた、と、涙が落ちる音がした。
「良かった……っ」

 これでもう……三日目の、悪夢。
 ひどいことには慣れられない、と、誰かが言ったけど。
 悪夢にも……慣れることは出来ない。
 
            **

 相羽さんが倒れて戻ってきてから。
 翌日とその翌日、だから丸々二日と半分くらいは休みだったんだけど、本当
に相羽さんが休めたのは、倒れたその日と翌日の昼まで、だったんじゃないだ
ろうかと思う。
 夢の中に潜って、迷っていたあたしを助けてくれて。
 そしてその翌日は……流石に終日休みだったけど、なんだか相羽さんよりあ
たしのほうがゆっくりしてた気がする。
 今更ながら、申し訳ないと思う。
 
 そして翌日、相羽さんはまたいつもの顔で仕事に出かけ、またいつもの顔で
戻ってきた。
 だけどその翌日は。

「……相羽さん?」
 帰宅後、相羽さんは暫く黙っていた。
 体調がまだ余りよくないからと思って、少し柔らかめに炊いたご飯。スズキ
の塩焼きと茄子の胡麻よごしに大根のサラダ。お味噌汁。別になんてことのな
い……少なくとも相羽さんの嫌いじゃないと思う献立にも、なかなか手をつけ
なくて。

「……気分、まだ悪いですか?」
 流石に気になって尋ねたら、やっぱり数秒の間が開いて。
「明日から、出張」

 どうしてそんな、と、咄嗟に。
 どこへ行く、研修会の講師、期間は多分一週間、と、相羽さんの短い説明を
耳は聞いていたけれども。
 ただ頭の中ではそればっかりがわんわんと木霊していたように思う。

 言われてみればそういう話は以前からあったし、一週間の不在(出張という
わけでもなかったから)の少し前に、これこれの日、と、説明を受けてもいた
と思う。
 だけど、と思った。
 そりゃそういう話はあった。それは認める。だけど。
 
 だけど。
 
(どうしてそこまで、相羽さんがしないといけないんですかっ) 
 それだけの能力のある人だってのは知ってる。この人が得意とする分野だか
ら、伝える必要のある知識だからってのは判る。
 だけど。
 
 言いたいことは山ほどあった。でも相羽さんはそれ以上何も言わなかった。
 だから……何も、言えないと思った。言っちゃ駄目だと思った。
 
「…………じゃ、出張の用意、しないとね」 
「ああ……ごめん」
 溜息混じりの声は、やっぱりどこか弱くて、顔色もやっぱり悪くて。
「じゃ、相羽さんご飯食べてて。用意してくるから」

 疲れきっていて、だるそうで、仕事ったら私情を挟まず割り切るのがいつも
のこの人が。
 あたしの目にもはっきりと、行きたくないって顔してる。
 
 もし、行きたくないって言われたら、多分休んだらいいって言ってたと思う。
それでどうなってもいいじゃないか、身体のほうが大事だ、って。
 でも、この人の仕事のことに、口を出していいのか。
 口出しするなって言われても仕方が無いんじゃないか。
 
 ……だから。
「……ええと、特別、何か居るものとか、無いよね」
 押入れからかばんを出す。一週間といったら……ああ、アイロンかけないと。
「うん、ホント行って指導やって、って感じだし」
「前の一週間みたいじゃないなら……良かった」
「…………うん」

 いつもなら、この人は『ご飯先に食べたら』と言ったと思う。だけど今は、
何だかしんどそうな声で、それだけ返事がくる。
 しんどいんだ。
 疲れてるんだ。
 
 ……何でそれなのに。

「相羽さん、お風呂入ってるから、ご飯食べたらどうぞ」
 それでもあたしは笑っている。
 それでもあたしは、アイロンを引っ張り出し、ワイシャツを霧吹きで湿らせ
ている。
「……うん」
 もそもそ、と、返事をする声。食事を続ける気配。


 雨竜とベタ達はしょんぼりとしたまま眠ってしまった。
 相羽さんも、話すことは殆ど無かった。とにかく草臥れてることだけはよく
わかったから、行く用意の確認だけしてもらった後、しばらく肩だけ揉んでた
ら、そのままうとうとと眠ってしまった。
「……相羽さん、お布団で寝ないと」
「ん……」
 起こすとそのまま立ち上がって……なんか肩を抱え込まれて。
「あのっ」
「寝な」
「でも」
「まだ疲れてるでしょ」
 
 肩の手が暖かかった。
 ほっとして……でもだから余計に辛くて。
 居なくなる。一週間。
 相羽さんが居なくなる。

 歯を食いしばって泣き声を止めた。子供じゃあるまいし、一人で一週間居る
くらい、何のことはない筈。そんなのいつも当たり前だった筈。
 なのに。

「出来るだけ早く帰るから」
 何度も頭を撫でる手。
「毎日電話するから」
 世界から護ってくれる手。
 
 出張なんてやだって言いたかった。言ってみたかった。
 でも、そんな莫迦な我がまま……言うわけにはいかないから。

「……電話、待ってます」

 歯を食いしばった。
 ただでさえ疲れているこの人の足を、引っ張ることは出来ないと思ったから。
 
               **

『もしもし、真帆』
 眠る前に、今日も、電話が来たんだった。
 幾つかの短い話。教えてる相手の……ちょっとした出来事。
 研修は順調に進んでいるらしい。
 
 有難いことに、いわゆる『張り込み』だの何だのと違って研修だから、夜は
ちゃんと眠れるし、朝も無茶苦茶な時間じゃない。いつもより楽なくらいだよ、
と、電話の向こうで相羽さんは笑う。

「…………なら、よかった、よね」 
『うん、指導っていってもそんな鬼のしごきじゃないからね』
 電話の向こうの、いつもの声。
 疲れ切った声ではないってわかる。それが一番嬉しい。
『週末には帰るからさ』
「……うん」 
 何度も見た、カレンダーを見る。
 まだ今日は、水曜日。
 一瞬……泣きそうになって、慌てて飲み込む。ほんの少し、呼吸の音が大き
くなるのが自分でも判る。
『どうした?』
「あ……ううん、何でもない」 
『そう?まあ、早く帰って会いたいよ』 
「…………うんっ……」 

 ぼろぼろ、涙ばかりこぼれる。
 泣いてることが判らないように、声を抑える。

 早く帰ってきてよ。
 一度言ってみたいと思う。早く帰ってきて、一日でも早く。

 ……そこまでエゴをむき出しには、出来ない。

『じゃあ、また明日も電話するから』 
「…………うん」 
『おやすみ』 
 少し、声が遠くなる。
 もう……声が、途絶える。
「……相羽さんっ」 
『ん?』 
 不審気な声。無理も無いと思う。
 なんて情けない。
「……ううん、おやすみなさい」 
『ああ、おやすみ』 
 一瞬の間。そして。
『愛してるよ』 

 相羽さんは無事で。
 ちゃんと電話の向こうに居て。
 だけど一瞬、確かにここに居るように思える。ほんの一瞬。

「……おやすみなさい」 
 なんて返事したらいいのかなと思う。でも、何て言っても、どれだけその言
葉が嬉しいか、安心するか、伝えられないから。
『おやすみ』

 電話の向こうに相羽さんは居る。
 ちゃんと無事で、何も問題のないまま。

「……寝よう、か」
 声をかけると、ベタ達と雨竜がすっ飛んでくる。枕元というより枕のすぐ近
く、まるで護ってくれるように、すぐ傍に。

 起きないように、変な夢を見ないように。
 この前の冬に飲んだ風邪薬。そして泡盛。
 風邪薬を泡盛で飲み下す。胃に悪いのは確かだけど、気分が悪くなるのも確
かだけど、でも確実に、眠れる、から。

 夢なんか見ないように。夢なんか嘘であるように。

 ある、ように…………


 そして悪夢の底にあるのは。
 今晩も、相羽さんの……

 …………死に顔。


時系列
-----‐
 2006年8月下旬〜9月はじめ

解説
----
 千本鳥居の余波。またも出張の先輩の留守宅の風景。
****************************************

 てなもんです。
 さあ、ようやく次くらいでっ(ぐっ)

 であであ。
 


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