[KATARIBE 30276] [HA06N] 小説『Recollection2』

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Date: Wed, 25 Oct 2006 17:39:08 +0900
From: "Toyolina and or Toyolili" <toyolina@gmail.com>
Subject: [KATARIBE 30276] [HA06N] 小説『Recollection2』
To: kataribe-ml <kataribe-ml@trpg.net>
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[HA06N] 小説『Recollection2』
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登場人物
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 蒼雅紫 http://kataribe.com/HA/06/C/0573/
 品咲渚 http://kataribe.com/HA/06/C/0636/
 呉羽


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 六限目が終わって、塾に行くまで、一時間とちょっと空いている。
 その空白の一時間をこうして過ごし始めて一週間。
 紫の霊獣、呉羽の手伝いもあって、作業はとても順調だった。当初、針に糸
を通すのにも悪戦苦闘していたが、今はすんなりと通せるくらいにはなった。

 今日明日で、おそらくぬいぐるみは完成するだろう。あらかた形は出来上がっ
ていて、あとは細かい飾りを縫いつけるだけだ。そうすれば、後は文化祭当日
まで隠し通すだけだから、材料状態でかさばっていた以前と比べたら、とても
簡単なことに思える。

「だいぶできたー。呉羽さんのおかげや、ほんまに」
「ピィ」
 とんでもない、という風に首を振る。

 こうして形が出来上がってくると、半年ほど前の記憶が蘇ってくる。
 人生最大の失敗と後悔と楽しさが入り交じる記憶。
 ぬいぐるみを眼前に掲げるようにして、思い出に浸り始めた直後。

 べしっ。
 廊下を少し進んだ先あたりで、聞き慣れた音がする。
 その音とほぼ同時に、呉羽が跳ね起きるように頭を上げた。
「あいたたた」
 少しよろめきながら、紫が部室の扉を開ける。
 ぬいぐるみを咄嗟に机に置いて、渚は慌てて駆け寄った。

「ゆ、ゆかりん、コケた? コケたん? ケガとか大丈夫?」
 慣れてはいるけれど、また、とは言わない。
 机の上はそのままで、完全に意識は入ってきた紫を向いている。感覚を共有
している呉羽も同様で、紫の肩に止まって心配そうにしていた。

「は、はい、大丈夫です……」
 立ったまま膝をさすろうとする紫を座らせて、怪我の様子を確かめる。
「すりむいたりしてないし、見た感じ、打ち身くらいやなあ。ちょっと待っとっ
て、湿布あるし」

 軽く指先を押し付けたりして、痛む箇所を確認しながら、渚は鞄から救急セッ
トを取り出した。携帯用とはいえ、子供用のお弁当箱くらいはあるものだ。
 以前は、自分の膝用のテープや温湿布しか入っていなかったが、今はそれに
加えて冷湿布や絆創膏、消毒薬も入っている。

 冷湿布を手早く紫の膝に貼り付けて、もう一つ椅子を用意して、紫の脚をそ
こに乗せる。
「すみません……」
「ええってええって。キレイな脚は大事にせんとなあ」

 打ち身の周りを軽くマッサージする渚。紫はしばらくその手つきを安堵した
ように見つめていたが、ふと顔を上げた。
 呉羽もそれに気づいて、紫と視線を同じくする。その先には。

 渚がつい先ほどまで作業していた机がある。
「渚さま、それは……?」
 小さく首をかしげる。小さい子供のような仕草。
「ん? 何? ……あ」
「ピィ」

 あ、という言葉と、ピィ、という鳴き声がほぼ同時に。
 あらかた出来上がって、あとは仕上げるだけの人形。先ほど、紫が入ってき
た時に、咄嗟に置いたままだった。

「あ、う、うん。それはやね、うん。その……文化祭? 出してみようかなっ
て思って……えへへ」
 頬をほんのりと薄紅に染めて、渚がはにかむ。
「つ、作りかけでさ、もうすぐ出来るとこなんやけど……あ、か、隠してたと
かそんなんちゃってな」

 じいっと人形を見つめたままの紫に、渚は勘違いをして弁解めいたことを言
う。もしかしてコソコソ作っていたことを怒っているのかと思ったのだ。
 しかし。
 紫は両手を合わせて、小気味良い音を立てる。
「わあ、渚さまも出品なさるんですね!」
 にこにこ、と本当に嬉しそうに笑う。

「う、うん、やっぱ何もないのは……って、みんな驚かしたろとか思ってたん
やけど」
「いいえ、素晴らしいじゃないですか」
 まさに、自分の事のように喜んでいる。
「う、うん、そうかな、すばらしいかな……いやでも恥ずかしいなあ、うちの
キャラとちゃうし、材料とかお店の人に任せっきりやし……」

 紫の無邪気さ、というよりは無垢さに、少しだけ気後れしながら、渚は口ご
もる。
「はい、素晴らしいです! それに、創作をすることに意義があるんですから。
私も応援します!」
 渚の手を取りながら、断言する。にこにこ笑いながら、何度か頷いて。
「う、うん……ありがとう、ごめんな、内緒にしとって……うち、がんばる」

 軽く紫の手を握ると、ぎゅっと握り返してきた。
 その手は柔らかく、暖かい。
「ちゃんと出来たら、ゆかりんに最初に見せるわ。……うん、見てほしい」

「……こ、光栄です……! 心して」
 渚の手を握ったまま、さらに手にぎゅっと力を込める紫。
 その真剣な表情を見て、渚はつっこむのをやめ、手の痛みを我慢することに
した。紫に悪意は全くないのだから。
 無垢で、まっすぐで、それが時に眩しい。
 むしろ、今は手がとても痛いけれど、それも紫の素直さの現れだ。

 呉羽が小さく鳴いて、紫の肩の上から机に飛び移る。時計の針は、残り十分
ほどしか猶予がないと示している。
「っ……う、うん、そやな、今日はもう時間やし、塾行こか」
「はいっ」
 赤くなっている手。その痺れを気取られないように、誤魔化しながら、渚は
机を片付けた。

「お待たせでした。行こっか」
「はい、参りましょう」
 紫が、まだずきずきしている渚の手を包むように取った。
 先ほどの「ぎゅっ」とは正反対に優しい、素直な仕草。いつもの、自然な動
作。引かれるでもなく、促すでもなく、二人はほぼ同時に歩き出す。

「今晩は何を作りましょうか、お夕食に」
「秋刀魚食べたいなあ、旬やし」
「では、七輪を用意しなくては」
「やっぱ炭火やんな」

 ぴしゃり。がちゃり。
 創作部室の扉は閉じられて、二人の声と足音は遠ざかっていく。
 やがて、西日も落ち、部室は薄暗がりに染まっていった。


時系列と舞台
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文化祭間近な創作部の部室で。


解説
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秘密を共有しちゃってさらに親密に。←このあたり見え見えの支援
今日の晩ご飯は秋刀魚よ。っていうか勉強の話もしなさいね。


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Toyolina
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