[KATARIBE 30252] [OM04N] 小説『祈祷』

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Date: Fri, 20 Oct 2006 00:52:25 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30252] [OM04N] 小説『祈祷』
To: kataribe-ml@trpg.net
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ふきらです。
……何か変な文になった。

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小説『祈祷』
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登場人物
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泰典(たいてん):http://kataribe.com/OM/04/C/0005/
 僧侶。その声は力を持つ。

本編
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「ここか」
 泰典はある屋敷の門の前で足を止めた。立派な構えをしたその門は、この屋
敷が位の高い貴族の物であることを示していた。しかし、門の向こう側からは
何の物音も聞こえてこず、ひっそりと静まりかえっている。
 屋敷に面した大通りは道行く人で賑わっており、それ故に屋敷の静けさが際
だっていた。
「まるで喪に服しているようだな」
 泰典は門を見上げて呟いた。
「……まあ、似たようなものか」
 この屋敷の娘が四、五日ほど前に病で倒れてから全く起きてこないのだとい
う。それで困った父親が泰典のいる寺に祈祷を頼みに現れ、丁度その場にいた
彼に祈祷の役目が回ってきたのであった。
 泰典は門を二度ほど叩いた。
 しばらく待ってみたが門が開く気配はない。仕方なく、もう一度、今度は強
めに叩こうとしたところで門が開き、初老の男性が顔を出した。
「っと……」
 上げていた手を慌てて引っ込める。
「どなたでしょうか?」
 男性は怪訝そうな表情を浮かべた。
「泰典といいます。ここの主に呼ばれたのですが」
「ああ、あなた様が」
 そう言うと、その男性は「どうぞ」と泰典を招き入れた。
 屋敷の中は更に陰気な空気が漂っている。先を行く男性の後ろを泰典はその
雰囲気に苦笑しながらついていった。
「こちらです」
 泰典が案内されたのは娘の部屋であった。その入り口では娘の父親が腕組み
をして座っていたが、泰典の姿を見ると立ち上がって近づいてきた。
「よく来てくれました」
 そう言って笑みを浮かべる彼の顔は頬がこけ、目の下には隈ができている。
娘のことが心配で満足に眠ることができていないのだろう。
 彼に泰典に向かって頭を下げた。
「できる限りのことは致しましょう」
 そう答えると、泰典は部屋の中央にある帳台の簾を上げて中に入った。
 中ではその貴族の娘が静かに眠っていた。化粧はしていないが、顔はまるで
血が通ってないかのように白く、寝息も聞こえないほどに微かである。
 ふむ、と泰典は目を細めた。一見したところ変わった様子はない。だが、全
く目を覚まさないということは何かに憑かれているということも考えられた。
 何にせよ彼にできることはお経を唱えるくらいである。
 娘の側に座り両手で印を組むと、彼は大きく息を吸った。
「のうまく さんまんだ ばさらだ せんだんまかろしゃだや そはたや う
んたらた かんまん」
 低く静かに不動明王の真言を唱える。
 すると、今まで動きの無かった娘に変化が生じた。
 眉を微かにひそめ、息が荒くなっている。少し開いた口からは白い煙のよう
なものが出たり入ったりしている。
 彼は構わずに真言を唱え続ける。
 繰り返す毎に娘の表情は険しくなり、息はますます荒くなっていく。
 読経の声が一際大きくなったところで、娘は急に上半身を起こした。
 顔が真上を向き、口が大きく開いた。そして、そこから女のものとは思えな
いほどの低い呻きとともに白い煙が出てきた。
 煙は娘の上空にとどまり、段々大きくなっていく。やがて、娘の口から煙が
出なくなると、彼女の体は糸が切れたように再び仰向けに倒れた。
 泰典は読経をやめ、じっと浮かんでいる煙を見つめた。
 煙の中に人の顔らしきものが浮かび上がってくる。
 憤怒の表情を浮かべたその顔が泰典を睨んだ。
 何かしら叫んでいるようだが、声は聞こえてこない。
 泰典は再び印を組んで「うんたらたかんまん」と、唱えた。
 その声に煙の中の顔が苦悶の表情を浮かべ、空中の一点に吸い込まれるよう
に渦を巻きながら小さくなっていく。
 完全に煙が消えてしまうのを見届けてから、泰典はふぅと溜め息をついた。
 倒れている娘を見ると、先ほどに比べて顔に赤みがさし、寝息も彼の位置か
ら聞こえる程度になっている。
 とりあえずこれで大丈夫だろう、と泰典は一つ頷いて帳台を出た。
 側では娘の父親が心配そうな表情を浮かべていた。
 泰典は彼に言った。
「どうやら鬼が憑いていたようです。祓ったのでしばらくすれば自然と目を覚
ますでしょう」
 彼は「あぁ」と呟くと、全身から力が抜けたようにその場に座り込んだ。そ
して、はっと我に返ると泰典に向かって両手をあわせ深々と頭を下げた。
「いえ。これも不動明王の御力です」
 泰典のその言葉に、彼は再び「あぁ」と呟いて、今度は「南無大師遍上金
剛」と繰り返し唱える。
「私はこれで」
 振り返った泰典の背中に「今度、寺に寄進に参ります」という声がかかる。
彼は再び娘の父親の方を向くと、手を合わせてお辞儀をした。
 先ほどの初老の男性に再び案内されて、門へと向かう。
「どうもありがとうございました」
 門の外へ出たところで、彼も泰典に向かって深々と頭を下げた。
「いえ。それでは」
 そう言って泰典は屋敷の壁に沿って歩き出した。
 やがて曲がり角に差し掛かったところで、塀の向こう側から歓声が聞こえて
きて足を止める。
 どうやら娘が目を覚ましたらしい。
「とりあえず、よかった」
 泰典は顔を少し上げると、目を細めて微笑んだ。

解説
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お祓いの風景。

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