[KATARIBE 30222] [OM04N] 小説『風のように』

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Date: Wed, 4 Oct 2006 00:56:11 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30222] [OM04N] 小説『風のように』
To: kataribe-ml@trpg.net
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ふきらです。

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小説『風のように』
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登場人物
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 興太(こうた):http://kataribe.com/OM/04/C/0006/
  陰陽寮の連絡係。

 陰陽寮の頭:
  読んで字の如く。

 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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 陰陽寮の庭の片隅に咲いている彼岸花が風に揺れている。
 この日は人が出払っていて建物に残っている人の姿はほとんど無かった。
敷の壁の向こう側はいつものように騒がしく、それ故に内側の静けさが際だっ
ている。
 興太は陰陽寮の廊下に座り、目の前に置いた紙をじっと睨んでいた。その紙
には漢字が色々と書かれている。読み書きの練習のために、と陰陽寮の人間が
一人、書いてくれたものだ。
 その男は今はある貴族の所へ出かけていて、ここにはいない。出ていくとき
に「ちゃんと読めるようになっておくように」と言われたが、見たことのない
文字が多く、一行目すらまともに読めていない。
「むー……」
 興太はうなり声を上げて見つめていたが、やがて溜め息をつくと仰向けに寝
ころんだ。
 視界の上半分は屋根で、下半分に広がっている空は透き通るほどに青い。興
太は目を細めた。
 吹いてくる風が気持ちいい。


「……うた。おい、興太」
 興太は呼ぶ声に慌てて体を起こした。どうやらいつの間にか眠っていたらし
い。
 顔を横に向けると陰陽寮の頭が呆れたような表情を浮かべて立っていた。
「いくら静かだからって寝ていてはいかんよ」
「……はい」
 しゅん、と俯く。視線が床に降りたところで、さきほどまで置いていた紙が
無くなっていることに気付いた。
「あ、あれ?」
 辺りを見回す興太の顔の前に、スルスルと紙が降りてくる。
「探しているのはこれか?」
 見上げると、頭が右手で例の紙をひらひらと揺らしていた。勢いよく頷く興
太を見て、苦笑を浮かべる。
「……ああ、忘れるところだった」
 紙を折りたたみ大事そうに懐にしまい込む興太に頭が言った。
「これを時貞のところに持っていってくれ」
 手渡されたのは何枚もの白紙の符。
「時貞様はお屋敷に?」
「いや、河原院にいるはずだ。そこでこれを渡してあいつに「東寺が例のもの
をもう少し欲しいと言っていた」と伝えてくれ」
 はいっ、と元気よく返事をして、興太は立ち上がった。
 何度か跳躍をして、走り出す。
 数歩進んだところで、不意にその姿が消えた。


 河原院では、時貞と同僚の陰陽師たちが屋敷の中を色々と調べているところ
だった。
 門のところで中の様子を伺っていた興太の姿をその内の一人が見つけ、時貞
を呼んできてくれた。
「何の用だ?」
 出てきた時貞に興太は白紙の符を渡す。
「えっと、東寺が…… 東寺が…… あ、あれ?」
 つい先ほど言われたことをもう忘れかけている。必死で思い出そうとしてい
る興太の姿を見て、時貞はニヤリと口の端を歪めた。どうやら彼はそれだけで
何のことか分かったようである。
「東寺がどうしたって?」
 しかし、敢えて尋ねる。
「えっと、あの……」
 うーん、と考え込み、そして、「あっ」と顔を上げた。
「思い出したか?」
「東寺が例のものをもう少し欲しいと言っていた、です」
「分かった。ちょっと待っていてくれ」
 時貞は身を翻し、屋敷の中へと消えていった。
 しばらくして時貞が姿を見せる。手に持っているのは先ほどの符。但し、白
紙ではなく何やら奇妙な文字のようなものが書かれている。
「これを東寺に持っていってくれ。陰陽寮から、と言えば分かる」
「はい」
 今度は忘れるなよ、と言って時貞は屋敷へと戻っていく。
 興太は先ほどと同じように走り出し、その姿を消した。


 東寺の境内を若い僧が歩いている。難しい表情で何やらぶつくさと呟いて
た。
「よっと」
 後ろから何やら声が聞こえて、彼は振り向いた。
 そこにはいつの間にやって来たのか、少年が立っていた。
「ここの人ですか?」
 少年が彼に尋ねる。
「あ、はい」
 頷く彼に少年は手に持っていた符を差しだした。
「これは?」
「陰陽寮から、です」
「陰陽寮から?…… あぁ、はいはい。それはそれは、どうもありがとう」
 符を手渡した少年は、彼に向かって一礼すると体を反転させ、走っていく。
「あ、お礼を……」
 しなければ、と言うよりも早く少年の姿がかき消えた。
「え?」
 彼は呆気に取られ、辺りを見回した。
 幻か、と思ったが手にしている符は紛れもなく現実のもの。
 訝しげな顔をして首を傾げる彼に、秋の風が吹き抜けていった。

解説
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さながら京を駆け抜ける風のように。

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