[KATARIBE 30220] [HA06N] 小説『迷妄』

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Date: Tue, 3 Oct 2006 00:38:53 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30220] [HA06N] 小説『迷妄』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年10月03日:00時38分53秒
Sub:[HA06N]小説『迷妄』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
千本鳥居の話の続きです。
痛かった記憶をなぞりながら書いてます(えうー)

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小説『迷妄』
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登場人物
-------- 
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍


本文
----

 走るとか、そういう運動能力に類するものが一番鍛えられていたのは、多分
高校の頃だと思う。といっても運動部に入るじゃなし、運動音痴がサボらずに
学校の体育の授業を受けていた範囲でってことだけど。
 確かにあの頃は、一時間の授業の間、ずっと走らされるなんてこともあった。
年に一度は、マラソン大会なんてものもあったと思う(無論走るったって5キ
ロかそこらだったと思うけど)。何より学校まで走って通ってたから、言わば
毎日マラソンをしていたようなもので、早くはなくとも長く走ることには、当
時かなり慣れていたと思う。
 だけどあの当時だって、こんなに長く走ってたことは、ない。
 こんなに苦しい思いをしたことは。


 鉛のように重い。そんな表現を一歩進むごとに思い出す。
 足は上がらないし、腕ももうぶらんとぶら下がるだけ。ただ前に何とか進ん
でいるのは、これまでの惰性に過ぎない。
 足を止めたら、最後だと思う。
 だけど何だか、一歩進めるごとに身体が揺らぐ。
 
 頭は空になってゆく。
 どうして走ってるのか、どうして足を止めないのか。
 もう、そんな意地も何も無い、ただ走っている。

 と――――

「っ?!」
 でし、と、右のこめかみ辺りを何かが一撃した。そのままぶっ倒れるほどに
は強くないが、それでも足元がよろめくくらいの強さで。
 転がりそうになったのを、かろうじて踏みとどまる。剥がした爪のところが、
今更のように痛んだ。
「……なに?」
 なん、だろう。
 視野には赤い鳥居と、濃い灰色の石畳。その上に……何だろう、何かぼんや
りとしたようなものが……
「……っ!!」
 今度こそ、気のせいでもなんでもなく。
 左のこめかみを、だだだっと3度……そう、殴るというか、つつくというか、
でも結構な力で。

 足が、滑った。

 まだ痛む余地があるんだ、と、どこか妙に平静に思ったような気がする。
 右の足首がきく、と、妙な具合に折れる。そのまま……何とか手を伸ばして
石畳にそのまま激突、だけは避けたけど。
「……つっ……」

 白く、淡い雲の破片のようなものが、視野のあちこちをかすませている。
 ……一体。

「……いかなくちゃ」
 目がかすんでいるのか、それとも本当に何か霞のようなものがいるのか。ど
ちらにしろ邪魔で邪魔で、あたしは手を振り回した。それでもその何かは少し
も散るようには見えず。
「……っ」
 額の上を、やはりててて、と、鋭くノックするように。

 上半身を、起こす。
 そのまま膝を曲げ……ようとして、剥がれた足の爪のところ、巻いてあった
布がほどけているのが見えた。途端に何だかぶよぶよと気色悪くて、あたしは
慌てて衣の袖をちぎった。

 ててててて。
 額を打つ何かを、右手を振り回して追い払う。それでもどうあっても、あた
しの動きはその何かに敵うものじゃない。

「いかなく、ちゃ」
 何とか……ぎりぎりと爪の上に布を巻きつけて、縛る。立ち上がろうとして。
「……っ!」
 決して強い力じゃない。だけど、丁度立とうとして重心を移動させようとし
た処に、それと逆方向にぶつかられたのだ。
「……なんでっ!!」
 倒れたまま、手を振り回した。視野をかすませるその何かは、ひゅっと一瞬
だけ遠のいたけど、またこちらに戻ってきた。
「いかなくちゃ、間に合わないのに」
 振り返ると、捻った足首は自分でも嫌気がさすくらいに膨れていた。
 立つに、立てない。
「……それでも、いかないと」
 いかないと、相羽さんが。

 前に進まないと、相羽さんが…………っ!

「どいて!」
 でし、と、額にぶつかる何かを、必死で手で払う。
 それでもどうしても、その何かは払われてくれない。
「どうして」
 涙が、出てくる。
「……どうしてっ!!」

 百度、往復しろって言われたのに。
 まだ一度も……そう、片道を行きつきもしてないのに。
 そりゃ、あたしも、自分がどういう状態かはおぼろげに判る。ここを一度往
復することさえ、今ではかなり無茶のようだってことも。
 だけど。だけど……!!

「……言ったのは貴方でしょう、治したいなら百度参れって!」 
 右の拳で、石畳を殴る。痛いとかそういう感覚が、切れたように遠かった。
「それをどうして、邪魔して……っ!!」

 あいばさん。
 あいばさん、だけは。
 あのひとだけは、なにがあっても

「もうごめんだっ!!」

 最後に、一度その霞のきれっぱしをうち払う。そして、そのまま四つんばい
になって、掌と膝をついた。
 走れない、なら。
 それでも、前に。


 それでも……

(必ずや、御前様の旦那は助かるよ)
(御前様に出来ることなんて、他にはなかろ?)

「あい、ば、さん」

 他には何も無い。
 他には何も出来ない。
 他には、本当にもう何も…………

「…………相羽さんっ!」

 あの人のためにできることがあるのなら。
 あたしはもう、腕も身体も亡くなったっていい。

 前に。
 とにかく、前に。

 掌と、膝を使って。
 身体を引きずって。


 前に。
 とにかく……前に。 

時系列
------
 2006年8月頃

解説
----
 夢の中、足止めをされかける真帆。
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 てなもんです。
 であであ。
 


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