[KATARIBE 30210] [OM04N] 小説『逃げる男』

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Date: Thu, 28 Sep 2006 00:28:42 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30210] [OM04N] 小説『逃げる男』
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ふきらです。
おにばな。名前を持ったキャラクターが出てないとか、何のために書いたのか
分からなくなってますが、とりあえず、流す。

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小説『逃げる男』
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本編
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「おいこらっ。待てっ!」
 人通りの少なくなった大路に怒号が響く。
 数人の検非違使たちが一人の男を追いかけている。逃げている男の足は存外
速く、検非違使たちとの距離はなかなか縮まらない。
 日は既に西の山に消え、辺りはじわじわと闇に包まれていく。
 男は走りながら後ろの様子を見る。検非違使たちの姿は影となり、その表情
を見ることはできない。
 小さく舌打ちをして、男は再び前を向いた。
 目の前に白い壁が見える。
「うおっ」
 男は慌てて速度を落とした。
 もっとも、そこは袋小路ではなく左右には道が続いている。壁と道の間には
他の所と同じように溝が掘られている。
 振り返ると検非違使たちがかなり近づいていた。道一杯に広がって、左右ど
ちらに逃げてもすぐに捕まえられるようにしている。
 男は壁を背にして溜め息をついた。壁の向こうには大きな木がある。どうや
ら、向こう側は貴族の屋敷のようであった。
「さあ、もう諦めるんだな」
 検非違使の一人が言った。どういう表情をしているか分からないが、肩が上
下しているのは分かる。
 無論、それは男の方もそうであった。しかし、彼は懐に手をやるとニヤリと
笑みを浮かべた。
「諦める、ねえ……」
 クックック、と低い笑い声を上げる。
 様子が変わったのに気付いたのか、検非違使たちが身構える。
「はっ」
 男は膝をかがめると、大きく跳躍した。
「なにっ」
 検非違使たちがつられて顔を上げる。
 いつの間にか、男の姿は壁の向こうの樹の上にあった。枝の上に立ち、検非
違使たちを見下ろしている。
 枝と地面との距離は人の背丈の倍ほどもある。おおよそ人間業とは思われな
い。
「おのれっ」
 弓を手にしていた検非違使が矢を番えて男に狙いを定めた。
「降りてこないと、矢を射るぞ」
 矢の先を向けられても、男は枝の上から動かないでいる。
「……せいっ」
 かけ声と供に弦を引いていた手を離す。
 矢は一直線に男へと向かっていき、胸の辺りに突き刺さった。
 男は声を上げることなく、木から落ちた。
「やったか?」
 検非違使たちが安堵のため息を漏らした。
「……おかしくないか?」
 矢を放った男が言う。
「何がだ?」
「あの位置から落ちたのに、音がしなかったような気がするのだが」
 その言葉に他の検非違使が沈黙する。
「とにかく行ってみよう」
 一人がそう言い、他の者たちが頷いた。
 既に空は真っ暗になっている。
 空に浮かんでいる月のおかげでかろうじて辺りを見ることはできるが、かな
り心許ないことには変わりない。
 壁沿いに進むと、小さな門が見えた。叩くと、しばらくして門が開き雑色ら
しき男が顔を出した。
 検非違使が事情を説明すると、目を丸くして慌てて彼らを中へと入れる。
「そんなことがあったなんて全く存じ上げておりませんでした」
「物音も聞こえなかったのか?」
 検非違使が尋ねる。
「はい」
 その答えに彼は難しい顔をして腕組みをした。
「とにかく、その木のところへ行かせてもらおう」
「はあ…… ですが、あまり物音を立てぬようお願いします」
「む、分かった」
 雑色の男から松明を借り受けると、検非違使たちは庭へと向かった。
 庭には目立った木はその大きな一本しかなく、他に目立つような木々はな
い。言い換えれば、隠れられるような場所はほとんどないということである。
 検非違使たちは慎重に辺りを警戒しながら、その木へと近づいていく。
「……なんだこれは?」
 木の根元に矢が刺さった人型の紙が落ちていた。
 刺さっている矢は確かにさきほど放ったのと同じもの。
「どういうことだ?」
 検非違使たちはその紙を囲んで、互いに顔を見合わせた。
「式神か?」
 一人が呟いた。
「だが、式神にしては動きがあまりにも人らしくないか?」
「どういうことだ?」
「こいつの行動を思い返してみよ。盗みから出てきたところに、俺たちが偶然
出くわしてそれから先ほどまでずっと走って逃げていたであろう?」
「ああ」
「だが、これくらいの跳躍ができるのならいつでも逃げられたのではない
か?」
「……む、そう言われるとそうだな」
 検非違使の一人が溜め息をついた。そして、その矢が刺さった紙を手にす
る。
「とりあえず、どうする?」
「これを陰陽寮の連中に見せてみよう。何か分かるかもしれない」
 その言葉に他の検非違使は頷いた。
 風が吹いて、庭の草がサワサワと鳴る。一緒に矢の先の紙も音を立てて揺れ
た。

 一方、先ほど男が立ち止まった場所の溝では、闇に紛れて動くものがあっ
た。
 先ほどまで逃げていた男である。
 男は顔だけを溝から出すと辺りを見回した。
「全く……」
 誰もいないことを確認して溝から這い上がると、盛大に溜め息をついた。盗
みの成果は何もなく、ただ検非違使に追われただけである。全く何も良いこと
がない。
 男はもう一度溜め息をつくと、重い足取りで自分の寝床へと向かっていっ
た。


解説
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ちょっとした日常(?)の一コマ。続きません。

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