[KATARIBE 30193] [OM04N] 小説『笛の音を愛づ〜その三』

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Date: Fri, 22 Sep 2006 01:12:20 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30193] [OM04N] 小説『笛の音を愛づ〜その三』
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ふきらです。
[KATARIBE 30187] [OM04N] 小説『笛の音を愛づ〜その二』の続き。

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小説『笛の音を愛づ〜その三』
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登場人物
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 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

 烏守望次(からすもり・もちつぐ):http://kataribe.com/OM/04/C/0002/
  見鬼な検非違使。

本編
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 月明かりの下を三人が駆けていく。人の姿の見えない通りに足音だけが響
く。
 図書寮の頭が向かったという屋敷が見えてくると、三人の耳に笛の音が聞こ
えてきた。
 三人は近くで一度立ち止まった。
「どうするのだ?」
 望次が時貞に尋ねる。それなりの距離を走ってきたのに息を切らせている様
子はない。一方の時貞は左手で彼を制すると、息を整えてから彼の方を向い
た。
「とりあえず、中に入らないことには始まらないな」
「な、中に入るのか?」
 時貞の言葉に男がたじろいだ表情を浮かべる。陰陽師やこういうことに慣れ
ている望次ではない、普通の者としては当然の反応である。
 時貞は苦笑を浮かべた。
「後は私たちが何とかしますよ」
「そ、そうか…… では、よろしく頼む」
 そう言って男は二人に頭を下げると自分の屋敷へと戻っていった。
「さて、行くか」
「ああ」
 門を開けると荒れ果てた建物が姿を現した。
 笛の音が聞こえてくる方へ歩いていく。雑草が伸び放題になっている庭を抜
けると、縁側に赤子を抱いた女性と笛を奏でている初老の男性が並んで座って
いた。月明かりの下とはいえ、女の顔はこの世の者とは思えぬほど白い。
 望次はこめかみがきりきりと痛むのを感じていた。
 二人が近づくと、女は気がつき彼らの方を見たが、男の方は気付かない様子
で、笛を吹き続けている。
「何者です?」
 女が厳しい口調で時貞たちに尋ねた。
「そこの人を連れ戻しに来た」
 時貞が答える。
「……渡しません」
「どうして?」
「この方の奏でる笛の音が非常に素晴らしいからです」
 確かに、と二人の会話を後ろで聞いていた望次は思った。
 心に染みいるような澄んだ音色である。
「だが、毎日こう続けていたはこの方の身が持たぬであろうが」
 そう言うと女は俯いた。
「この方の笛の音でないと、この子が安らかに眠ってくれないのです」
「他の者ではいかんのか?」
 女が寂しげな表情を浮かべて首を振る。
「確かにこの方には申し訳ないことをしているとは分かっております。です
が、せめてこの子を父親に会わせてやりたいのです。そうでなければ……」
「成仏もできぬか」
 時貞の言葉に女は頷く。
「では、その男に会うことができるならこの方を解放してもらえるんだな?」
 急に割り込んできた望次に女は一瞬驚き、そして、はいと頷いた。
「その男とは誰だ?」
 時貞が尋ねる。
 女はしばらく迷ったような表情を浮かべていたが、やがて口を開いた。
 彼女の口から出てきた男の名前に
「む……」
と、望次は唸り、
「ははぁ」
と、時貞は大きく頷いた。。
「あの方か」
 望次は腕組みをしてもう一度唸った。その名前の男は女好きと噂されている
高い位の貴族であった。夜な夜な色んな女の元へと通っているという噂も聞
く。
 女性は腕の中で眠っている赤子に目を落とし、笛の音に合わせて軽く揺すっ
ている。
「どうするのだ?」
 望次が時貞の顔を見る。
「どうするもないだろう…… あの方を連れてくればいいだけの話だ」
 事も無げに時貞が答える。
「できるのか?」
「するのさ」
 そう言って、口の端をつりあげた。


 次の日。時貞は昨晩名前の挙がった貴族の屋敷にいた。目の前には当の本人
が不機嫌そうな顔をして座っている。
「……そのような女は、知らぬな」
 時貞の話を最後まで聞き終えると、その男は顔を横に向けてそう言いはなっ
た。
「左様でございますか」
「ああ」
 時貞はじっと男の顔を見るが、男は横を向いたまま時貞の方を見ようとしな
い。
「それは失礼いたしました」
「……話はそれだけか」
「はい」
 そう答えて時貞は立ち上がった。そして、部屋を出てすぐのところで立ち止
まる。
「あぁ、そう言えば」
「なんだ?」
「貴方は向こうを知らないと仰っていましたが、向こうはそうは思っていない
ようですので」
 では失礼します、と時貞は男に向かって軽く頭を下げた。
「ま、待て」
 振り返る時貞。見ると、男は苦り切った表情を浮かべている。
 しばらく黙っていたが、やがて思い切って口を開いた。
「……どうすればいい?」
 時貞は再び座ると彼に向かって頭を下げた。
「その女にお会いください。そして、赤子を抱いてやるのです」
「……それだけでよいのか?」
 男の声に少し安堵の色が混じる。
「はい。それでは、今晩お迎えに上がります」
 時貞が顔を上げる。
 男は重々しく頷いた。


 そして晩。
 空はどんよりと重い雲に覆われていて、生憎と月は見えない。
 真っ暗な通りを一台の牛車が進んでいた。前で牛を従えているのは望次であ
る。牛車の中にいるのは例の男。その後ろを時貞が歩いていた。
 牛車はやがてあの女がいる屋敷の前で止まる。
 屋敷からは笛の音は聞こえてこない。昨晩、その男を連れてくるという約束
で図書寮の頭は解放してもらっている。
「着きました」
 望次が中に声を掛けて、簾を上げる。男が緊張した面持ちで牛車から降り
た。
 辺りを見回し溜め息をつくと、時貞の顔を見る。
「ついてきてくれるのか?」
 時貞は首を横に振った。
「さすがに逢瀬の場に私がついて行くのはおかしいでしょう」
 男が明らかに不安げな表情を浮かべる。
「……姿を消してお供します」
「すまぬ」
 では、と時貞が男を屋敷の方へと押しやった。
 男は何度か時貞たちの方を振り返りながら、屋敷へと入っていく。
「大丈夫なのか?」
 望次が時貞に尋ねた。
「分からん」
「分からぬのか」
「ああ。だから、念のためにお主に来てもらったのだ」
「む?」
「何かあったと思ったら入ってきてくれ」
 うむ、と望次は頷く。
「さて、行ってくるとしよう」
 時貞がブツブツと何か呟きながら、変な歩調で屋敷へと向かう。近づくにつ
れて彼の姿は薄くなっていき、屋敷の中に入る頃にはすっかり見えなくなって
いた。

 月明かりはなく、周囲は真っ暗である。燭台が置かれているのか、屋敷の縁
側の辺りだけがほんのりと明るい。笛の音が無くなっているせいか、昨晩と比
べるとやけにもの悲しく感じる。
 男はふらふらとした足取りで明かりの方へと向かっていく。
 縁側では女が赤子を抱いていた。誰かが来たのに気がついて顔を上げる。そ
して、それが自分が愛する男だと分かると満面の笑みを浮かべた。
「あら……来てくださったのですね」
 女の言葉に男は頷くことしかできない。そんなことには構わず、女は男に向
かって抱いている赤子を見せた。
「……その子は……?」
 男が尋ねる。
「貴方と私の子じゃありませんか。ほら、貴方そっくり」
 男は赤子の顔を覗き込んだ。
「……っ!」
 赤子の顔も女と同じように真っ青である。まるで死人のようなその表情に男
は思わず後ずさった。
「どうしたのですか?」
 女が首を傾げて、男の方を見た。
「い、いや。あまりにも似ていたものでちょっと驚いただけだ」
「まあ」
 女がクスクスと笑う。
 周りが騒がしいのに気がついたのか、女の腕の中で赤子がぐずりはじめた。
「あらあら」
 よしよし、と赤子をあやす。
「……そうだわ」
 女は男の顔を見て、抱いていた赤子を男の方へ差しだした。
「せっかく、おいでになったのだから、抱いてあげてくださいな」
 男はうむ、と答えると恐る恐る女から赤子を受け取った。
 その体はこの世の者とは思えないほど冷たく男は思わず手を離しそうになっ
たが、すんでの所でとどまる。
 赤子はむずがって男の腕の中で泣きじゃくる。男は慌てて赤子をあやし始め
る。
 その様子を女は微笑みを浮かべたまま見つめている。
 やがて、赤子の動きが小さくなり再び寝息を立て始めた。
 完全に眠ってしまったのを確かめると、男はふぅと溜め息をついて、あらた
めてその寝顔を見た。
 気持ちよさそうに眠っている。男は冷たいその頬を指でつつき、小さく微笑
んだ。そして、女の方を見る。
 女も微笑み、それを見て男も微笑みを返す。
 隠形で姿を消した時貞は庭からその様子を見ている。遠くから見ていると、
仲睦まじい夫婦にしか見えない。
「……ああ、幸せね」
 女が小さく呟いた。
 男はしばらく逡巡していたが、ああと頷く。
 それを見て、女は何か呟くともう一度男に向かって微笑んだ。
「む……」
 男の目の前で女の顔が崩れていく。
「な、なんだっ?」
 男が叫ぶ。女の口が動くが、崩れかけていて声にならない。
 抱いている赤子を見ると、同じように崩れていく。男の腕の中で赤子の肉が
腐り落ちていく。
 濃い腐臭が辺りを覆う。しかし、男はそれに構うことなく赤子を抱きしめ
た。
 やがて、女も赤子も骨と化してしまう。
 男はそれらをかき集めて、覆い被さりむせび泣いた。

 時貞はそっと屋敷から出て行くと、隠形を解いた。
 その姿を見つけて望次が駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「大丈夫だ。特に何も起きなかった」
「そうか……」
 望次が安堵の溜め息をつく。そして、時貞の表情を見て眉をひそめた。
 何も起きなかった、と言う割には浮かない顔をしている。
「どうした?」
「いや……何でもない」
「……なら良いが。それにしても遅いな」
 望次の言葉に時貞は振り返り、ああと言った。
「しばらくそっとしておいた方が良い」
「何があったのだ?」
 望次が尋ねる。
「詳しくは後で話す…… どうやら戻ってきたようだ」
 屋敷の門から男が姿を見せる。赤子が纏っていた衣を大事そうに抱えてい
た。
 彼は二人の前に立つと頭を下げた。
 いえ、と時貞も頭を下げる。
「ところで、どうなさるおつもりですか?」
 男が持っている衣を指して時貞が尋ねた。
「私が寄進している寺で丁重に葬ろうと思う」
 それを聞いて、彼は微笑む。
「さあ、戻りましょう」
 男を乗せた牛車が動き出す。
 いつの間にか出ていた月が牛車の影を長く延ばした。


解説
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というわけで、この話は幕でございます。

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