[KATARIBE 30192] [HA06N] 小説『倒』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu, 21 Sep 2006 23:26:36 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30192] [HA06N] 小説『倒』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200609211426.XAA02266@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30192

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30100/30192.html

2006年09月21日:23時26分35秒
Sub:[HA06N]小説『倒』:
From:久志


 久志です。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『倒』
==============

登場キャラクター 
---------------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事部巡査。ヘンな先輩。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :吹利県警刑事部巡査。人間戦車。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍

スローモーション
----------------

 体の中、血の変わりに湿った砂が詰まっているような、そんな感覚。
 まるでコマ送りの映像を眺めているように、周りの風景がゆるゆると流れて
いく。自分の状態と状況を理解していても、それを回避する行動が取れない。
膝が崩れ、コンクリートの地面がだんだん近づいてくるのをまるで他人事のよ
うに眺めるだけで。
「先輩っ!」
 奴の声が水の中で響くように揺れて。
 引っ掴まれた腕の感触を最後に、意識が落ちた。

 瞼が重い。
 全身がずしりと沈み込むような感覚。冷たい床の上、頭の下に感じる感触だ
けが少し違う。どこか懐かしさのある、だがいつも感じている柔らかなものと
はまた違う。
 目を開けて、視界に映る白のワイシャツ。その更に上に見える奴の神妙
な顔。
「げー」
「……それはこっちの台詞ですよ」
 頭の上から響く呆れ声。
 奴の膝の上に頭を乗せたまま、グレースーツの上着をかけられてコンクリー
トの床に転がってる。
「どんくらい落ちてた?」
「大体20分くらいですね」
 腕時計を確認しながらちらりと視線が動く。
「今、石垣さんが車をこっちに持ってきてくれてますから。まずは病院行って
ください」
「ああ」
 起き上がろう体を起こし、ぐらりと眩暈を感じて、また崩れ落ちる。
「楽しくないね、嫁の膝ならともかく」
「こっちだって何が悲しくて男に膝枕しなきゃいけないんですか。コンクリに
直に寝たいっていうなら僕も構いませんけど」
「はいはい、助かるよ。スマンね、か弱い相棒で」
「か弱い自覚があるならこんなになる前にちゃんとセーブしてくださいよ」
「悪かった」
「それは奥さんに言うべきでしょう」
「……そだね」
 真帆の顔が浮かぶ。また泣かせるいないうことだけは確実で。
「ともかく、事件はひと段落ついてますし、先輩は病院で点滴うってしばらく
安静にしててください」
「やだ」
「先輩」
「休むよ、家で。入院やだ」
「……わかりました、ちゃんと休んでくれればいいんです」
 目を閉じる。
 病院へ行って、点滴うって。
 早く帰りたい。
 多分、いや、確実に怒鳴られるだろうけど。早く帰って会いたい。
「真帆……」
 そのまま再び意識が沈んでいく。
 天井のライトの名残がまだ目の中に残ってる。
 赤く、縁取るように。

出迎え
------

 予想通りに事が運んでも嬉しくもなんともない。

「……悪かった」
 心からそう思っていても、事実が帳消しになるわけでもなく。
 肩を支える腕の震えと、頬を伝う涙。
 泣かせたくないと心から思ってるはずなのに、思い返してみるといつもいつ
も泣かせているような気がする。
「寝て、下さい」
 もたつく手でネクタイを外すのを手伝いながら、搾り出すような声で話す真
帆の顔を見る。
「…………幾らなんでも、無茶しすぎ!」 
「……悪かった」 
 それ以上かけられる言葉もなく。
「あのね、相羽さん」
 ぎゅっと握り締めた手をベッドの端に置いて。
「仕事が……その時に必要なのはわかる。やらないといけないって思ったのも
わかる」 
 無茶をしなければどうにもならない、無茶をすればどうにかなるかもしれな
い選択肢があった場合、自分はどうするか。
 どんなに反省していても、自分は無茶をするほうを選ぶだろうと思う。
「でもそれで、相羽さんが倒れたら」
 言いかけた言葉が詰まる。あたしは……と。
 続く言葉を理解してるし、それはこっちにだって同じことで。
「……他の、相羽さんを必要とする人達は見捨てるの?!」
「…………見捨てたくないよ」 
「じゃあ、倒れるまで無茶しないでっ」
「だから、史に頼んで帰ってきた」
 息を飲む音。
「……病院、行ったの?」
「行った。点滴一本打って貰った」
「……どうして」
「帰りたかった」
 ベッドの端で真帆の握り締めた手が震える。
 どれほどしんどくても、ここに帰ってくれば、真帆がいる家に帰ってくれば
楽になれる。それだけは変わらなくて。
「…………莫迦っ!!」 
「……悪かった」 
 きつく握り締めた手をそっと撫でる。その手の上にぽつりと滴が落ちた。
「……寝てくださいっ」
 こみあげるものを押さえるような真帆の声が微かに裏返る。
「ごめん」
 手を握る。他に何ができるのか、どうすれば安心させることができるのか、
泣かせない為にどうすべきなのか。どれも精確な答えが出せず、ただ手を握る
のが精一杯で。

「……ごめん」
 謝ってばかりだね、しかも全く役に立ってないときてる。
 目を覚ましたら、もっかいちゃんと謝ろう。
 これ以上泣かせない為に。


二度目の起床から
----------------

 目を覚ましたら謝ろう、泣かせないようにしよう、そう思いつつも。

「あたしの一番大切な人を、相羽さんはちっとも大切にしてくれないじゃない
か!」

 真帆の言葉が少し胸に刺さる。
『俺が大切にしてるお前のことを大事にしてよ』
 以前自分が言った言葉と全く同じ意味の言葉を叩き返された。前からお互い
どこか似てるところがあるという自覚はあったものの、ここまで似なくても良
いんじゃないかねとも思う。

 言葉が足りない?
 触れることが足りない?
 自分自身の自覚が足りない?

 背中から抱き寄せた体、肩を震わせて泣く真帆をどうやって慰められるのか、
抱きしめて宥める以前に、泣かせない為にどうすればいいか。
「……おふろ。入ってきてください」
「うん」
 答えはいまだ出てこない。

 朝食を食べて、風呂につかって。ようやく人心地ついた眠りに落ちた。

 ***

 じわじわと浮き上がってくる意識の中で、つくつくと響く音。
 音? いや、振動? 

 つくつく

 定期的に続く衝撃。
 何度も何度も、頭に響く音。

 つくつく
 つくつく
 つくつく

 目を開いた先、ひらりとよぎる白い影。同時に額にぶちあたる振動。
 白い体にえらぶたを精一杯膨らませ、尾ビレをばたつかせる姿。
 
 ひらりと再び身を翻し、真っ直ぐに。

「こら」
 額めがけて飛び込んでくる白い影を手の平で受け止める。しばらくじたばた
と手の中でもがいた後、するりと指の間をすり抜けて目の前に下りてくる姿。
「お前か」
 昔、一匹だけ買っていたメスのベタの成れの果て。手っ取り早く言うとメス
ベタの霊が実体化した姿らしい。同じく実体化した赤と青のオスベタ二匹より
も好戦的で我が強く、やたらと真帆やベタ連中に突っかかっている奴。夢うつ
つの中でずっと感じていたのはこいつの体当たりであることは理解できた。
「悪いね、今は遊んでやれる気力ないんだよ」
 こちらの声を聞いているのかいないのか、再度目の前でぷくりとえらぶたを
膨らませ尾ビレをばたつかせる。
 何度も。
 何度も。

「……どうした?」
 ふと感じる、妙な直感。普段からこいつは気性が荒いのは知っている。だが、
ここまで何かを主張するような荒れ方はしていなかったように思う。普段と明
らかに違う動きのメスベタの姿。
「何かあったのか?」
 体を起こし、ふと傍らを見る。
 ベッドの脇、寄りかかるように寝ている――真帆の姿。

「真帆?」


時系列 
------ 
 2006年8月頃
解説 
---- 
 夏の激務の中、相羽が倒れる。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
以上。 



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30100/30192.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage