[KATARIBE 30185] [HA06N] 小説『千本鳥居のお百度参り』

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Date: Wed, 20 Sep 2006 01:18:12 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30185] [HA06N] 小説『千本鳥居のお百度参り』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年09月20日:01時18分10秒
Sub:[HA06N]小説『千本鳥居のお百度参り』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ばたばた です。
なんだかんだゆーて、話です。
あとはまかせた(ぽん)>ひさにゃ

***********************
小説『千本鳥居のお百度参り』
===========================
登場人物
-------- 
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。去年十月に入籍


本文
----

 心配だとは、思っていた。
 疲れてませんかって尋ねて、うん疲れてるって返る。都合が悪かったり言え
ないことを、黙っていることはあっても嘘をつくことが出来ない人だから。
 でも、それ以上は言えなかった。仕事に熱中して日を越すなんてことは、か
つてあたしだってやってる。それは普通といえば普通。
 
 でも。

『大丈夫?』
「それはこちらの台詞だよ……大丈夫?」
『大丈夫』

 夏の終わりの一週間だけは、本当に異常だったと思う。
 最初から、かなり長いことかかりそうだとは聴いた。帰って来なくても心配
しないで、出来るだけ電話するから、とも言われたし、本当に電話してきてく
れた。
 だけど。

『ちゃんと寝てなよ』
 そうやってかかってくる電話の時間は、宵の口だったり深夜だったり、時に
は朝だったりした。そうやってかかってくるのは相羽さんの仕事が一区切りつ
いた証拠だったから……だから。
 受話器を置く。とベタ達がとんでくる。
「……まだ帰ってこないって」
 とたんにしおしおとするベタ達を、最初はあたしも元気付けてたけど。
「心配……だよね」
 だんだん、そんな風に呟くようになって……だからベタ達もだんだんしょん
ぼりしだして。
 何とか元気になって欲しいってお菓子を買いに行っては、ああこれ相羽さん
今日も食べないんだ……なんて連想して、全員でまた落ち込んだり。
 何度か夜中に電話の音を聴く夢を見て、飛び起きたり。

 そんな風に一週間が過ぎた、その夕方。

          **

「はい、相羽ですけれども」
 玄関の呼び鈴は、あまり鳴ることがない。相羽さんは自分で鍵持ってるから
開けるし、そもそもこの家、以前相羽さんが一人で住んでた……つまり、昼間
にあまり人が居ないと思われている……家のせいか、勧誘なんかもあまり来な
い。
 夕刻。多分明日は帰れるよ、と相羽さんから電話があったのは昨日というか
今日というか……まあ微妙な時間帯だったから、その時には、正直拍子抜けし
たおぼえがある。

 だけど。

『本宮です』

 聴きなれた声が、聴きなれた名前を告げる。ベタ達と雨竜を奥の部屋に追い
やってから玄関をあける。

 と。

「こんにちは、真帆さん」
 ほんとうにいつもの通り、穏やかな声と表情のままそう言った本宮さんと。
「……ただいま」
 その背中に、半ば背負われた格好の……相羽さん、と。


 目の前が真っ白になるって、ほんとにあるんだな、と、ぼんやり思った。
 力なく投げ出される手。かなり草臥れた上着の線。
 怪我は……一見、無い。包帯とかも無い。どこか一箇所が痛む、というより
もう疲れ切ったとでも言うような……

「…………おかえり、なさい」 

 ゆっくりと、本宮さんが相羽さんを抱えるようにして中に入る。凭れている
のとは反対の腕を取って、肩を貸す。
 ずし、と、重みがかかった。

「……有難うございました、本宮さん」

 重みは、逃げない。
 逃がすほどの余裕が、多分相羽さんに無いのだ。

「お大事に」

 憎たらしいほど穏やかな声に、扉の閉まる音が続いた。


 靴を脱ぐまでに、時間がかかった。
 とにかくベッドまで連れてって、上着を取る。この暑い中、この人は癖なの
か、家に戻るまで上着を脱がない。今の状態で、体調に良いわけが無い。
 受け取って、ハンガーにかけて。
 はじめて……自分が泣いてることに気が付いた。
「寝て、下さい」
 とにかく横になってもらう。しんどそうにネクタイやらなにやら外すのを手
伝って。
 出来るだけ楽なように、早く眠れるように。
「……真帆」
 困ったようにこちらを見る目。それが……尚更辛くて。
 辛くて。
「…………幾らなんでも、無茶しすぎ!」 
「……悪かった」 
 きまり悪そうに、視線をそらす。
 でも、この人は「もうやらない」とは言わない。
 絶対に……同じことをやる。

「あのね、相羽さん」
 ん、と、うん、の間の声と一緒に、相羽さんがこちらを見る。
「仕事が……その時に必要なのはわかる。やらないといけないって思ったのも
わかる」 
 徹夜して仕事するくらいは、あたしもやったことがある。必要なことだから
この人が徹夜したのもわかる。
 だけど。
「でもそれで、相羽さんが倒れたら」
 あたしは、と、言いかけて……それは言えないと思った。
 だから。
 泣くまいと思った。
「……他の、相羽さんを必要とする人達は見捨てるの?!」
 
「…………見捨てたくないよ」 
「じゃあ、倒れるまで無茶しないでっ」
「だから、史に頼んで帰ってきた」

 それ、全然『だから』で繋がらないと思う。
 思った、けど。

「……病院、行ったの?」
「行った」
 もそもそと、居心地のいい場所を探すように動きながら。
「点滴一本打って貰った」
「……どうして」
「帰りたかった」

 ほんとうに、単純な、一言と一緒に。
 相羽さんは少しだけ、笑った。

 どうして、って思った。
 病院ならゆっくり眠れるのに、ちゃんと看護もして貰えるのに……って。

 だけど帰ってきて欲しかった。
 この人に一番良いこととは思えないのに、でも帰ってきてくれて嬉しかった。
 ものすごくほっとした。
 ……ほっとした自分が情けなかった。

 辛くて情けなくて、無茶苦茶に心配で、もう何をどう言っていいか判らなく
て。
「…………莫迦っ!!」 
「……悪かった」 

 手が、伸ばされる。
 いつの間にか握り締めていたあたしの手を、そっと撫でるように。

 ぼろぼろになるまで無茶をして働いて。
 どうしてもやらなければならないことだから、って。
 泣くまいと思ってた。泣けばこの人は心配する。くたくたになってるのに、
それはもう仕方がないことなのに、でもこの人は心配して。

「……寝てくださいっ」
 声が途切れるのがいまいましかった。語尾が裏返るのが情けなかった。
「ごめん」
 伸びた手が、一度しっかりとあたしの手を握る。痛いくらいの力を込めて。
 でもその手は、すぐに開いた。
「……ごめん」
 
 そのまま、相羽さんはすとん、と……眠った。

           **

 冬瓜と鶏肉団子の煮物。
 茄子の煮びたし。
 おかゆ用の鮭を軽く焼いて、そしておかゆをゆっくりと炊く。
 お風呂を洗って、何時でもお湯を張れるようにして。

 冬瓜の緑の皮を剥きながら。
 茄子を水に浸けてあくをとりながら。
 おかゆの水を計りながら。
 湯船をもう一度洗いなおしながら。

 どう言えばいいのかわからない。どうすればよかったのかわからない。 
 畢竟何一つあたしには出来なかったし、どれだけ考えても他に出来ることが
無いから。
 ただいつものようにこうやって芸もなくごはんを作ってお風呂を用意して。
 ……他にどうしていいかわからない。

(O型は気が利かない以前に気が付かない)
(真帆はいいなあ。出来ない人が一所懸命やると、それだけで褒められるけど、
 ある程度出来ちゃうと、一所懸命だけじゃ褒めてもらえないんだよね)
(しっかりしてよ、先輩)

 相羽さんの服を、もう一度ちゃんとハンガーにかけて。
 絶対に邪魔しない、絶対に余計なことをしない、と、何度も唱えてから相羽
さんの様子を見る。

 相羽さんは、眠っている。

 そういえば、この人が以前倒れた時も、あたしは最初に「この莫迦」と怒鳴っ
たっけ。
 そういうところは……変わらない。あたしも、多分この人も。

 上からなつがけを掛け直したら、小さく寝返りを打った。
 眉根に少ししわを寄せて眠っているのが……ああ、邪魔だったかもしれない。

 汗ばんだ髪を撫でてみる。
 いつもより、少しだけ頭が発熱しているようで。

 ふと、手を軽く突付かれて我に返った。
 振り返ると、ベタ達が、困ったように身体を少し傾けてこちらを見ていた。
「……あ、ごめん、ごはんだね」
 その後ろで、やっぱりおずおずと近づいてくる雨竜を抱き上げて。
「冬瓜、いっぱい創ったから一杯食べてね」
 ぱたぱた、と、ベタ達が青と赤の鰭を揺らす。
 腕の中の雨竜がこくりと頷く。
 ……この子達を、これ以上落ち込ませたら駄目だ。


 鶏のひき肉に山芋をすりおろして混ぜて。
 それだけをつなぎにして作った団子は、かなり柔らかい。
 べた達は団子が、雨竜は冬瓜が気に入ったらしく、もくもくと食べている。

「ねえ」
 ん?と、皆が顔を上げる。口の周りやら手やら、果てはどうやったのか耳の
ほうにまで食べかすをくっつけて。
「今日は、あたしの部屋のほうで寝てて」
 一同、えー、と言いたげな顔になるのは承知の上で、言葉を継ぐ。
「相羽さん今日はくたくただから、静かに寝せてあげたいから……ね?」
 一人一人の顔を見ると、流石にそれは納得がいくと見えて、不承不承の顔で
頷いた。
「ごはん食べたら、身体洗って……寝ようね?」
 うんうん、と、皆が頷いた。

            **

 ベッドの上に、ベタが三匹、雨竜が一匹。
 それぞれは相当小さいのに、何だか4匹でベッドを占領していて……それが
何だか微笑ましくておかしい。

 相羽さんは眠っている。
 何をどうしても邪魔になりそうだから、ベッドにもたれて。
 この人が起きたら即起きるように。出来るだけ眠らせるように。

 ごはんを済ませた後に、奈々さんから電話があった。
 ごめんなさい、と、まず最初に、あの凛とした声で。
 ごめんなさい、こきつかってしまって、ごめんなさい、と。

『そんなことは……だって、相羽さ……相羽は多分自分からやってますから』
『それでも』

 きちんと回復するまで休んでください、無理だけは絶対しないように、と、
何度も繰り返してから電話は切れた。

 正直、見当はついていた。無論奈々さんからの命令(というか指示)はあっ
たろう、でもそれをぎりぎりまで拡大解釈なり無茶解釈なりして実行したのは
この人自身だ、と。
 休んで下さい、と、奈々さんなら言ったろう。
 多分それを無視して、動き回ってたのが……この人だ。

「……ばか」
 そういう人だと知っている。判っている。だけど。
「……尚吾さんの、ばか」
 相羽さんは眠っている。だからいえること。
 判っている。正しいのは相羽さんだ。ぎりぎりまで働いて、ところん職務を
全うする。それが正しい。
 ……だけど。

 …………だけど。

          **

 翌朝、身動きする気配と同時に目が覚めた。
 寝起きのいい人だけど、流石に今日はそうも行かないのだろう。何度か目を
こするっている間に、こちらも飛び起きる。
「おはようございます」
「……おはよ」
「今日は休みだって奈々さんから。回復するまで休んで下さいって。起きたな
ら、丁度いいから、ごはん食べてお風呂入って……もう一度寝てください」
 相羽さんの、髪の毛のあたりを見ながら一息に言う。ああ、と、うんの間の
答えを半分聞き流して、そのまま台所に行く。

 ……目なんか、あわせられるはずが無い。

 おかゆを温めて、鮭をほぐしてその上に乗せて。
 冬瓜の煮物と、お味噌汁。

「……どうぞ」
 いただきます、と、どこかもそもそした声。

 お箸の音。茶碗を下ろす時のこつりと小さな音。
 食卓を睨む。
 何だかもう……涙ばっかり出る。

「……真帆」
 少しだけ語尾の上がった声。疑問符になりきらない疑問文。
 何だか……その一瞬、すごくそれが癪に障った。
 いや、相羽さんを怒ったわけじゃない。ただ。

 真正面からこの人を今見れない自分の、情けなさや悔しさが、まるで雪崩れ
のように落ちかかってくるようで。

「……どうして怒ってるか、判ってますかっ」
「…………判ってる」 
 味噌汁のお碗を片手に、相羽さんは困ったような顔になった。
 無論……あたしが怒ることが正しいかどうかって言われたら困る。だけど。
「相羽さん、もしあたしが誰かに手ひどく扱われてたら、怒らないですか?」 
「怒るよ」
 即答する目を、あたしも見据えた。 
「……あたしも、怒るんです」 

 どうして無茶をするの。
 そう、怒られることがある。どうしてもっと自分を大切にしないかって良く
言われる。
 だけど。

「あたしの一番大切な人を、相羽さんはちっとも大切にしてくれないじゃない
か!」

 見据えた先で、相羽さんは黙って……こちらを見ていた。
「悪かった」 
 八つ当たりのような言葉に、生真面目に。
 そういうお前はどうなんだって……怒ってもいい筈、なのに。

「……ご飯ちゃんと食べて下さい。その間にお風呂わかしとくから」 
 八つ当たりして、それを素直に聞いてもらっては自己嫌悪になる。
 最悪だってのは……流石に自分でよくわかる。
 だからどうしても……まともに顔を見られない。
 怒って、自分を主張する時だけ……真っ直ぐに相手を見ることが出来るって。

 最悪だ。ほんとに。


 ごちそうさま、と、呟くように相羽さんが言う。
「お風呂……沸かしましたから、入ってきて」
 出来るだけ目を合わさないように、お皿を集めながら言う。うん、と、頷く
声と気配。
「あ、熱いかもしれな」
 ふっと。
 背中から廻された手。
 思わず……声が止まった。

「……悪かった」 
 背中から伸びた手。
 ぎゅっと抱え込むように抱き締められる。
「…………悪くない」 
 絶対もう泣くか、と思ったのに、わっと泣きそうになった。
 だって。
「だって、相羽さんは、また同じことをする」 
 この人の仕事だ。それが仕事なんだ。
 無論、警察にもピンからキリまでいるだろう。だけどこの人は、そこまでし
ないと絶対満足しないだろう。
 それは正しい。あたしなんか吹っ飛ばされるくらい正しい。
 
「……相羽さんが悪いなら、もうとうにあたしは止めてるよ!」 

 一瞬の沈黙。そして大きく息を吐く気配。

「……でも、それでお前が辛いのは……俺も辛いからさあ」 
「だけど!」

 ……だけど。

 何が何だかわからなくなって、ただ泣いていたと思う。
 何度も何度も、相羽さんは宥めるように、あたしを揺すってくれた。

「……おふろ。入ってきてください」
「うん」

 迷惑しか、かけてない。
 わがまましか、きかせていない。
 気を使わせることしか、出来ていない…………


           

 お風呂に入った相羽さんを、そのまままたベッドに押し込んだ。
 時刻を見ると、それだけやってまだ7時台。いつもの癖で結構早く起きてし
まったらしい。
 相羽さんもそのまま、すとんとまた眠ってしまった。
 ベタ達も雨竜も、まだ眠っている。

 ベッドの横に座って、相羽さんの寝顔を見ていた。
 ただもう、それだけしか出来ることがなくて。
 
 ご飯作って、お風呂入れて。誰でも出来るようなこと。

 ……なんだか、疲れた、な…………



           

 それは丹塗りの大鳥居。
 その向こうには幾つもの鳥居。
 ひんやりと足に、少し濡れた土が冷たい。

(なあ)
 ふ、と。
 耳元に、声。

(御前様の旦那……)
 ふっと、間があく。背筋の寒くなるような一瞬の後。
(長く、ないよ?)

 どういうこと、と、言おうとしていえなかった。
 声が、出ない。

(助けたいかい?)
 無論、と言いたかったけど声が出ない。必死で頭を頷かせると、声は少しく
満足げになった。
(ならね、ここをお行き)

 鳥居の向こうにまた鳥居。
 丹塗りの色は一つ一つ異なる。
 けれども朱の色、そして紅の色。
 何十、何百、いや何千も連なった…………

(ここをね、百度参るのだよ)
 柔らかな、声。
(そして、願ってごらん。必ずや)
 必死で頭をめぐらす。でもやっぱり相手は見えない。
(必ずや、御前様の旦那は助かるよ)

 すう、と、掴まえていた力が消えた。
 突き放されるように前に倒れた。
 そこではじめて、あたしは自分の格好に気が付いた。

 白の、晒の布で縫った……そう、禊用の浴衣、みたいなもの。
 足は裸足。道理で土が冷たいわけだ。

(ほら、おいき)
(言っておくがね、時間は無限ではないよ?)
 釘を刺すような、一言。
(旦那はだんだん弱るだろう)
(だんだん助かることは難しくなるだろう)
(だから)

 だから……!

 丹塗りの鳥居を一つ潜る。
 次から次へと潜ってゆく。
 ごつごつした石畳は、時折途絶えている。

(ほら、急ぎな)
(はやくはやく)

 からかうような……声。
 目に焼きつく朱の色、紅の色。
 それは異様に……闇に似て。

(御前様に出来ることなんて、他にはなかろ?)

 突き刺すようなその言葉に背中を押されて。
 あたしは走り出した…………


時系列
------
 2006年8月頃

解説
----
 夏の忙しい時期の総決算。
**************************************

 てなもんです。
 あとはまかせたぜ>先輩とひさにゃ

 であであ。
 
 



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