[KATARIBE 30184] [OM04N] 小説『笛の音を愛づ』

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Date: Wed, 20 Sep 2006 00:29:55 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30184] [OM04N] 小説『笛の音を愛づ』
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ふきらです。
リハビリのおにばな。

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小説『笛の音を愛づ』
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登場人物
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 秦時貞(はた・ときさだ):http://kataribe.com/OM/04/C/0001/
  鬼に懐疑的な陰陽師。

本編
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「ああ、時貞殿」
 勤めを終え陰陽寮から出てきたところで、時貞は声をかけられた。
 呼び止めたのは図書寮に勤めている知り合いである。彼は人の目を気にする
ように辺りを見回すと、
「少々聞いてもらいたい話があるのだが」
と幾分小さめの声で言った。
「聞いてもらいたい話?」
 時貞はそれを聞いて、ほんのわずかながら眉をひそめた。陰陽師に持ちかけ
られる相談事で、人前では言いにくいものと言えば、おおよそ鬼のことであ
る。
 彼はそういった相談事が苦手であった。
「それは他の者では駄目な話なのですか?」
 時貞が尋ねると、男は「そうではないが」と前置きをして、
「知り合いの陰陽寮の者といえば、時貞殿しかおらぬから」
 と照れ笑いを浮かべた。そして、時貞が乗り気でないのに気づいたのか、慌
てて顔の前で手を左右に振った。
「いや、なに、そんなに深刻なことではないのだ」
 時貞は彼に分からぬように小さく溜息をつくと、「何でしょう?」と話を促
した。
「鬼も人と同じように笛や歌の良さが分かるものなのか?」
「は?」
 男の問いに時貞は呆気にとられたような表情を浮かべた。目の前にいる男
は、彼の知る限りではそのようなことにあまり興味を持たない人間である。そ
れがどういった風の吹き回しでそのようなことを問うてきたのか、時貞は疑問
に思ったのである。
「だから、鬼も我々と同じように笛の音色に酔いしれたりすることがあるの
か、と聞いているのだ」
 男の再度の問いに時貞は答える。
「昔、琵琶の玄象を鬼が取ったという話を聞いたことがありますし、人と漢詩
を読みあったという話も耳にしたことがありますから、まあ鬼といえども歌や
笛の良さは分かるものなのでしょう」
 その答えに男はふむ、と腕組みをして深く頷いた。
「いや、実はな」
 男のその言葉を聞いて、時貞は心の中で舌打ちをした。それが何か厄介な相
談を持ちかけられる前兆であることはよく分かっている。
 しかし、今更彼の話を断るわけにもいかない。紛いなりにも彼は時貞より高
い位にある。
 そんな彼の心中を知ることもなく、男は続ける。
「俺の仕えている方の様子がここ最近変でな」
 図書寮の助であるその男が仕えている者といえば、寮を掌る頭(かみ)のこ
とである。
「はあ」
「普段は勤めも真面目にこなすしっかりとした方なのだが、ここ最近は遅刻し
てくる、勤めをしている間も呆けていることが多いのだ」
「……それは単なる寝不足なのではないのですか?」
 男は腕組みをといて、頭を掻いた。
「単にそれだけだったら、まだ良いのだがな。急にそうなるとはおかしいと思
うだろう?」
「それは、まあ」
「それで俺はあの方の家の者に家での様子を尋ねてみたのだ」
「どうだったのです?」
 男は急に辺りを見回すと、時貞の方に顔を近づけた。
「夜中にふらふらと出かけているらしいのだ」
「はあ」
 と、時貞は曖昧な返事を返した。夜に人に隠れて出歩くことはおかしいと言
えばおかしいが、そんなに珍しいことではない。例えば、誰にも知られたくな
い女の元に出かけるといったこともあるだろう。
「で、その家の者も怪しがって、夜中出ていったあの方の後をつけていったら
しいのだ。かなり長い間歩いて辿り着いたところは古びた屋敷でな、そこであ
の方は一晩中笛を吹いていらしたらしい」
「ははぁ。その後をつけた者は屋敷の中も見たのですか?」
「うむ。丁度、壁が欠けているところがあったらしくてな、そこから覗き込ん
だところ笛を吹いているあの方とその横で赤子を抱いている女の姿を見たとい
うのだ」
「……別にそんなにおかしいという感じはしませんが」
 時貞は首を傾げた。
「まだ話は終わっておらぬ」
「あ、そうですか」
 男は咳払いを一つした。
「まあ確かにそれだけだとそんなに奇妙ではないかもしれない。あの方は夜が
明ける前にその屋敷を出て、自分の屋敷に戻りそのまま床につかれた。そし
て、しばらくして起きてこられてな、その後をつけていった者がそれとなく尋
ねてみたのだが、覚えてないとおっしゃったらしいのだ」
「その方が嘘をついているということはないのですか?」
「俺もそう考えた。だが、そういうことが毎日続いておるのだぞ。それにあの
方も段々と弱ってきているのだ。そんな状況で嘘などつくはずがあるまい。知
らないと言っているのだから、本当に知らないのだろう」
 時貞はなるほど、と頷いてみせる。
 男は俯いてしばらく黙っていたが、やがて顔を上げると時貞の顔をじっと見
た。
「なあ時貞殿よ。俺が頼むのも変な話なのだが、どうにかならぬか」
「どうにかならぬか、と言われましても……」
 首の後ろに手をやって空を仰ぐ。どうやって断ろうかと思案していた時貞だ
が、やがてあることに気がついた。
「ところで、夜更けに出ていくその方を止めてみたりしたことはあるのです
か?」
「いや…… そうしてみたという話は聞いてないな」
 じゃあ、と微笑む。
「そうしてみてはいかがでしょう」
 時貞の言葉に男はふむと一つ頷いた。
「そうだな。さっそく今宵にでもやってみよう」
 そう言うと、男は時貞に礼を述べた。
「いえ、一応お気をつけて」
「ああ」
 時貞はその場で男を見送り、その姿が建物の陰に隠れたところで大きく溜め
息をついた。
「おおかた、周りに内緒で作った女とその子供なんだろうよ……」
 そして、数歩進んだところで立ち止まって、もう一度あの男が行った方向を
見る。
「いや…… うん、思い過ごしだ」
 思いついた内容を忘れようとするかのように時貞は頭を軽く左右に振ると、
自分の屋敷へと向かっていった。

解説
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続くかもしれないし、続かないかもしれない。

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