[KATARIBE 30175] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-1)

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sun, 17 Sep 2006 20:40:57 +0900 (JST)
From: ごんべ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30175] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-1)
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200609171140.UAA89829@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 30175

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30100/30175.html

2006年09月17日:20時40分57秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』 (2-1):
From:ごんべ


 ごんべです。

 第2章に移って、もう少し進めます。


**********************************************************************
小説『霞の晴れるとき』
======================
登場人物
--------
 霞原珊瑚(かすみはら・さんご)
  :少女型アンドロイド「学天則3号」。現在は榎家に潜伏中。
 霞原陽(かすみはら・よう)
  :少年型アンドロイド「学天則4号」。同じく榎家に潜伏中。
 榎士郎(えのき・しろう)
  :吹利学校大学部工学部教授。裏の顔はアンドロイド専門家。
 榎愛子(えのき・あいこ)
  :士郎の妻。愛菜美の製作にも携わった、士郎の優秀な助手。
 榎愛菜美(えのき・まなみ)
  :士郎製作の少女型アンドロイド。珊瑚・陽の親友で、事実上の教育係。
 神之木涼(かみのぎ・りょう)
  :主人を失い流離の途にあるアンドロイド。士郎により復活し、滞在中。
 猫実美子(ねこざね・よしこ)
  :製作者不明のアンドロイド少女。榎家の居候。
 ドクター・クレイ
  :珊瑚と陽の創造主だが、ある事情により出奔されている。
 謎の女
  :珊瑚と陽の様子をうかがい、追う人物。


**********************************************************************

拒絶
----

 女を目の当たりにして、珊瑚は「表情が良く出来ている」と思った。

 ゆっくりと近づいてくる足取りは、計ったように均等かつ正確で。自重と重
心とのバランス、関節角度のコントロールと負荷、ジャイロの出力値に対する
随時補正、それらを姿勢制御パターンによってさらに調整する。珊瑚にはそれ
らの処理の全てが手に取るように想像でき、女の動きと一致した。

 間違いない。 "彼女" は、アンドロイドだ。

 ――私も、あのように見えているのかしら?

 不意に浮かんだ疑問を、一旦珊瑚は短期記憶野から追い出した。

「どこへ行くの、3号」

 女は珊瑚に声をかけてきた。……珊瑚は応えない。
 女は周りを一瞥して、珊瑚に視線を戻す。産業道路だけが通る一角にいる彼
女らを目にするような通行人は、辺りには見当たらない。

「迎えに来たのよ、3号」
「お断りよ」

 一言で切って捨てる珊瑚。

 意外にも、女は心底驚いた表情を見せた。

「どうして。創り主のところに戻りたくはないの?」

 ふっ、と珊瑚は顔をしかめた。
 不意に通信リンクが舞い込んできたのだ。
 送り主は――おそらくはこの女。
 送られてきたデータは、先程と同じ……

「お前達のところになど "戻る" ものですか!」

 それは、女だけに向けた言葉ではなかった。
 その叫びは、彼ら、珊瑚と陽を追う者達へ向けての宣告。

 言うが早いか、珊瑚は数歩で傍らの塀に駆け上がり、さらにそこらの工場の
屋根に飛び移って速度を上げた。
 陽から渡されていた吹利市一円の膨大な地形データを元にすれば、どんなあ
り得ないルートも自分の庭のようにたどることができる。地形を解析し補正を
かけながら、珊瑚は、女との距離を引き離しにかかった。

「待ちなさい!」

 長身からは信じられない身軽さで――アンドロイドならば不思議ではない―
―珊瑚を追って女が塀へ屋根へ、と上がってくるのを感知しつつ、珊瑚は進路
をわずかに西へとずらした。


吹かない嵐
----------

「愛菜美!」
「パパ!?」
「……よかった」

 愛菜美は、既にバイトを終えたのか私服でスポルトプラザの店の前に出てい
た。携帯電話をしていたのは、様子からすると多分愛子と話していたのだろう。
士郎の顔を見ると、電話を切るのも早々に切羽詰まったような顔で車に飛びつ
いてきた。

「珊瑚ちゃんと陽くんがいなくなったって……」
「ああ。まず、乗りなさい」

 バイトから上がったときに愛子からメールが入っているのに気付き、慌てて
愛子に連絡を取り、そのまま待っていたのだと言う。士郎としては、そうして
くれたおかげで愛菜美とすれ違わずに済み、どれだけ安心したか知れない。

「出ていったらしい、って、どういうこと?」
「部屋にいなかったんだが、どうも身辺整理をした様子があってね。神之木さ
んも、どうも様子がおかしかった、と言ってる」
「様子が……」

 愛菜美は、何やら思い当たる節がある様子で目を伏せる。

 その一方で士郎は、コンソールのモードを切り替えて各種のセンサーを起動
した。
 珊瑚が日常的に行っているという感覚器官の使い方を聴く機会があり、それ
を参考に防犯目的で作った環境解析プログラムである。サーモグラフィと三次
元電波測定装置を組み合わせ、周囲に怪しい存在がないかを調べるものだ。
 ざっと見る限りこちらを監視するような人物や装置がないことを確認し、士
郎は車をスタートさせた。

「おそらくは、彼らが姿を隠していた相手と関係があるんだろうね」
「……パパ」
「ん?」
「その人たちと、話し合うことってできないのかな?」
「え?」

 思わず士郎は真顔で問い返していた。

「1年半も前から珊瑚ちゃんと陽くんを捜してるんだよ? でも何か攻撃とか
してくるわけでもないみたいだし、……悪い人じゃないんじゃないかなあ?」
「それは……何とも言えないね。今まで接触する糸口を見つけられなかっただ
けかも知れないし、何より珊瑚くんと陽くんの創り主であるドクター・クレイ
を取り巻く勢力関係や陰謀があったとしても、さっぱり見当も付かないな」
「でも、きっと何か話し合う余地があるよ。それなら、私たちにだって二人の
ために何かしてあげられるかも知れないじゃない?」
「そう……だね」

 相手が何かしてこなかったと言っても、何かしら相手にも都合があるのかも
知れない。その辺りがわからないとなると、迂闊に動くことはできない。まし
て、動き出したかも知れない今となっては。

 そこまで考えて、ふと士郎は、妙な違和感を感じた。

 珊瑚と陽を追ってきているという相手が、実際に大っぴらに接触を試みてき
たのは、昨年の7月の話だ。
 珊瑚と陽が逃げ出したと言った時点から、実に10ヶ月が経過している。
 なおかつ、今に到るまでもさらに16ヶ月以上が経過していることになる。

 この間、彼らは何もしなかったのか?
 よしんば何かしていたとしても、それだけの期間を「待てる」相手だった、
あるいは成果を出せなかった、と言うことになる。
 珊瑚や陽を発見して回収もしくは攻撃をしようとしてくる相手としては、い
ささか緊急性も危険性も低い相手であると言うしかない。

 ここしばらく平和に時が過ぎていたために、珊瑚と陽を取り巻く事情を思い
起こすこともなかった。事が起こった今でも、以前と同じ理解で現状を捉えよ
うとしていた。
 しかし実際には、それだけの年月が経っている。物事の評価も変わって然る
べきなのだ。

『――相手が、珊瑚さんや陽くんの「敵」だとしたら――』

 愛子が口にした心配。

 しかしそれは、裏を返せば、仮定だ。
 そして、仮定を支える前提が成り立ってこそ、行動の理由も結果も成り立つ。

 ……もし、仮定が成り立たない場合にも、何ら矛盾が起きないとしたら?

 現に、先程からこちらをうかがう影は一向に見当たらない。

「……前提となる条件設定が、異なっていた……」
「パパ?」
「愛菜美」
「?」
「僕たちは、……どうも重大なことを見落としていたかも知れない」
「……え?」

 その時、ピピピ、と電子音が車内に響いた。
 士郎は反射的に手元のコンソールを覗き込む。探知機に、特定周波数の波形
がキャッチされていた。

「通信リンクだ!」
「えっ!?」
「遠いな。それとも出力が低いのか……。とにかく、二人をさがそう。愛菜美、
あの子たちの行きそうな場所は、わかるかい?」
「そうだね……ちょっと待って」

 ――ついに手がかりを捉えた。

 しかし士郎には、それは良くないことに近づいていくばかりの道標のように
思えて、仕方がなかった。


ある男の判断
------------

 幡多町の森の中にそびえる洋館、無道邸。

 夕食時を迎えたその屋敷では、留守居役を主人から仰せつかっている前野が、
かかってきた電話を取って話し込んでいた。
 食堂の団欒の聞こえる中、給仕に歩いていたメイドの煖は、その前野に気付
いて足を止めた。

「……ふうむ。わかった。心当たりを捜してみるよ。この番号にかければ良い
かな? ……うむ、わかった。ではまた」

 チン、とアンティークな受話器を置いた前野は、ふう、と一つ息をついた。

「どうかしまして? マスター」

 前野の様子を傍でうかがっていた煖が声をかける。

「いや、愛菜美ちゃん……というか榎さんからの電話でな。珊瑚と陽がいなく
なったらしい。どこへ行ったか判るかと訊かれたよ」
「あら……」

 煖が意外そうに言う。

「珊瑚さんなら、先ほど用事の帰りに見かけましたが」
「……ふむ?」

 今度は前野の方が、意外そうな顔をする番だった。
 煖は、自分の見た顛末を事細かに報告した。

 その様子を聴くほどに、前野の目が真剣味を帯びてくる。

「……陽の杖を持っていただと?」
「はい」
「珊瑚が……それは珍しい」

 破魔の力を与えられた六尺杖。
 前野から陽への贈り物であり、陽は愛用しているようだが、珊瑚は素直には
喜んでいない。実用的で有用なアイテムだと理解はしていても、元々オカルト
的なことも派手な立ち回りも避けて通りたがっている彼女にしてみれば目の上
のたんこぶのようなものだとか、実験兵器を与えて楽しんでいる前野の思惑が
透けて見えるとか、いろいろ珊瑚としては複雑な代物だ。

 その彼女があえてそんな物を持ち運んでいる、そして榎家に断りもなく、
しかも急いでいるとなれば。

 想定は、より具体的となる。

「榎家から撤収、目前の戦闘を想定……と言ったところか」
「……そうですね」

 本来彼らがどうなろうと、彼らの問題だとして、あえて踏み込まないという
選択も採りうる。しかし、さすがに前野にとっても彼らは知らない仲ではない。
事情も、およそ想像は付く。

「……さて、どうするか」


**********************************************************************

 次はアクション篇です。たぶん。(ぉ


================
ごんべ
gombe at gombe.org


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/30100/30175.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage