[KATARIBE 30174] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (1-3)

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Date: Sun, 17 Sep 2006 20:38:19 +0900 (JST)
From: ごんべ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30174] [HA06N] 『霞の晴れるとき』 (1-3)
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年09月17日:20時38分19秒
Sub:[HA06N] 『霞の晴れるとき』 (1-3):
From:ごんべ


 ごんべです。

 季刊ペースでしか書けない上に、さらに1ヶ月延びようとしてました(汗
 内部的にペースアップはしているのですが、難産……。

 とりあえず進めます。遭遇。


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小説『霞の晴れるとき』
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登場人物
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 霞原珊瑚(かすみはら・さんご)
  :少女型アンドロイド「学天則3号」。現在は榎家に潜伏中。
 霞原陽(かすみはら・よう)
  :少年型アンドロイド「学天則4号」。同じく榎家に潜伏中。
 榎士郎(えのき・しろう)
  :吹利学校大学部工学部教授。裏の顔はアンドロイド専門家。
 榎愛子(えのき・あいこ)
  :士郎の妻。愛菜美の製作にも携わった、士郎の優秀な助手。
 榎愛菜美(えのき・まなみ)
  :士郎製作の少女型アンドロイド。珊瑚・陽の親友で、事実上の教育係。
 神之木涼(かみのぎ・りょう)
  :主人を失い流離の途にあるアンドロイド。士郎により復活し、滞在中。
 猫実美子(ねこざね・よしこ)
  :製作者不明のアンドロイド少女。榎家の居候。
 ドクター・クレイ
  :珊瑚と陽の創造主だが、ある事情により出奔されている。
 謎の女
  :珊瑚と陽の様子をうかがい、追う人物。


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将を射らんと欲せば
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 煖が珊瑚を目撃してから既にかなりの時間が経過していた頃。

 車を走らせていた士郎は、携帯電話が馴染みのある穏やかなメロディを奏で
始めるのを耳にして、我に返った。

 知らずと考え事に意識を取られながら走っていたらしい。常日頃から安全運
転に努めている士郎は、慌てて気を引き締めながらハンドルの傍のスイッチを
押す。車内のオーディオが携帯電話のマイクと音声からの回線に切り換わり、
士郎は愛子の声が聞こえるのを待った。

『もしもし』
「僕だ」
『神之木さんから話は聞きました』
「ああ、帰ったんだね。おかえり」
『二人のこと、何かわかりました?』
「いや……家にも連絡は無いかい?」
『ええ。残念ですけど……』
「そうか……」

 予想はしていたとは言え、落胆も大きい。
 士郎がつい考えにふけってしまうのも、珊瑚と陽の置かれている状況や背景、
行きそうな場所、などについての情報がろくに無いからである。

『ところで、あなた……』
「え?」
『愛菜美は、大丈夫かしら?』
「…………なぜ?」

 急に話を変えた、潜めるような愛子の声に、訝しげに士郎は問い返した。
 士郎は車を道端に寄せ、停止させる。

『うちを出ていくことを決めたのは、おそらく珊瑚さんでしょう?』
「多分ね」
『珊瑚さんと陽くんを追う連中に捕まるのを恐れたのだとしても、うちを出た
のはなぜかしら』
「それは、居場所を知られたと思ったんだろうね」
『そうですね。あと、もう一つ……うちに迷惑をかけまいとして、出ていった
のではないかしら』
「ああ……そうか」
『もしそうなら……そして相手が、珊瑚さんや陽くんの「敵」だとしたら……
相手は、珊瑚ちゃんの気遣いを、弱点として必ず利用すると思います』
「……!」

 愛子は、今でこそ良き妻であり良き母だが、昔から――そして今も――士郎
の優秀な助手でもある。母親そして女性ならではでありつつも、士郎を納得さ
せられる、論理的な思考と説明ができる人だ。

『それに、通信リンクがあったのに愛菜美が気付かなかったとすれば、愛菜美
に気付かれない状態を相手が作った、と考えるべきではないかしら?』
「……我々を知っていて、それをいつでも二人への盾に使おうとする可能性が
ある、と言うことだね」
『ええ』
「わかった。今から新本町へ、愛菜美を迎えに行ってくるよ。確かに心配だ…
…それに、あの子には教えてほしいこともある」
『と言いますと?』
「さすがに僕だけでは、二人がどこに行ったかはわからない、と気付いてね」
『わかりました。お願いしますわ』
「ああ」

 とりあえず確かな目的地が出来た。それに、愛菜美のバイトの終わり時間を
考えれば、あまり時間は無い。愛菜美が一人で帰途に着く前に、迎えに行かな
ければ。
 愛子に指摘された珊瑚の気遣い。それに後ろ髪を引かれる思いだったが、ひ
とまず士郎はスポルトプラザへと車の進路をとった。


見ていた者
----------

 愛子の推測は、珊瑚と陽の判断にほぼ一致していた。
 ただし、両者に与えられている情報と判断基準は、必ずしも同じではない。

 ここで、珊瑚の時間に話を戻す。

 榎家を飛び出した時点から、珊瑚は別の可能性……もっと戦略的な可能性か
ら整理しようと試みていた。

「相手はつまり、支援者の "技術力" を仮定しているのだわ。通常の通信リン
クなら気付いているかも知れない装備を作り上げる支援者が、いることを……」

 それはもちろんわかるかも知れない、とも珊瑚には想像できる。

 昨年の夏の盛りに彼らからの通信の一撃が届いて以来、こちらの通信リンク
は通常モードでは一切行われなくなったのだ。そしてなおも珊瑚と陽が吹利に
いる、と相手が期待するならば、その条件を満たすのは、二人が秘話モードを
使用している場合しかあり得ない。
 それだけなら、珊瑚と陽が二人でこそこそと秘話モードを使っているだけか
も知れない。しかし、珊瑚と陽がまだ吹利にいることが既に相手に知れ、ある
程度こちらの動向が観察されていたとしたら?

 珊瑚と陽が榎家で保護を受け、然るべき "支援" を受けていると相手が仮定
し、通信リンクの特性を知り尽くした上で珊瑚と陽、つまり当事者 "のみ" に
向けて通信リンクを寄越してきたのではないか?……という仮説が成り立つ。

『3号、4号。主のところに戻りなさい』

 極めて端的な通信内容。それが先程の通信内容だった。
 そして、通信者のマスターの元へ来いと言うニュアンス、そしてその通信の
背後に閃いた映像。

 あの男だ。
 二年前、一度だけ見た……そして二度と見るまいと思った顔。

 そして、あの男の部下として、アンドロイドがいると言うことだ。

 走り続けた珊瑚は、既に吹利の市街地に入っていた。
 合流地点まではまだ距離がある。しかし、西から向かっているはずの陽は、
珊瑚との間隔を詰めながら近づいてきているはずだ。ここは早めに合流した方
が良いだろうか?
 ……そう逡巡して立ち止まった、その時。

 ――しまった。

 辺りをうかがってわずかに巡らせた視線の端に、珊瑚をじっと注視する人影
が映った。
 長い黒髪。顔立ちは女に見える――だが男でも稀にしか見ないほどの長身だ。
ゆったりとした黒のコートをパンツルックの上から羽織り、悠然と近づいてく
る。年の頃は――人間だとしたら――三十台から四十台、と言ったところか。
 ぴったりと後をつけてきていたのか……? しかしそんな様子はおくびにも
出さない。

 我知らず目を奪われていた珊瑚に、女は不敵な笑顔を見せた。

「こんにちは――学天則3号」


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 第1章終了。でもまだまだ続きます。


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ごんべ
gombe at gombe.org


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