[KATARIBE 30167] [HA06N] 小説『後日談』

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Date: Fri, 15 Sep 2006 01:12:48 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30167] [HA06N] 小説『後日談』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200609141612.BAA54135@www.mahoroba.ne.jp>
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2006年09月15日:01時12分46秒
Sub:[HA06N]小説『後日談』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーる@ねむねむ です。
何とか昨日のログをまとめてみました。
あちこち足したり引いたりしてます。
訂正よろしゅーですー>ひさしゃ

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小説『後日談』
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登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。あやかしに好かれる。
 雨竜
     :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く。
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 

本文
---- 


 真鍮色の魚達と、白磁の鳥と。
 出会って……見喪ってから、何時の間にか一週間が過ぎた。

           **

 机に向かって、ノートを広げる。
 横では黒いチャイナ服を着込んだ相羽さんが、湯呑みを片手に新聞を広げて
いる。
 雨竜はノートの向こうで、座り込んでこちらを見ている。

 闇の水に取り込まれた日からこちら、また相羽さんは毎日のように遅くまで
仕事だった。ようやく昨日から今日にかけて、待機状態。
 なんかほんとに……ようやくだね、と言ったら、相羽さんは苦笑してた。

 削った鉛筆を握りなおす。
 
 闇の中から細く漂うように聴こえた音。
 真鍮色の鱗の上に、セピアの影を落として泳ぐ魚の群。
 丸い目にどこか皮肉な色を漂わせた、白磁の色合いと艶の鳥の身体。

 火を放つ闇の水が通り過ぎていった時に判った。彼らとは多分二度と会わな
いだろう。あの白い鳥の透き通るような声を二度と聴くことはないだろう、と。
 だから彼らのことを、少しでも書き留めたいと思った。

 
 それにしても、と思う。
 光魚。桜の樹の周りを漂っていたマンボウ。そしてあの魚達。

『すべからく怪異と呼べるものは、どうも魚の姿をとる場合が多い』

 何となく、それまで書いた文とは別に、ふいと思いついて書いてみて。
 これは一体どこにはめ込めば良い文章だろう……と思っていたら。

「?」
 横からうんと頭を伸ばしてこちらを見ていた雨竜が、いつの間にかぶすっと
した顔になっている。思わず自分の書いた文を読み返したけど、別に雨竜に悪
いことは書いてない……筈。
 多分……

「何書いてんの」
 濃く淹れたお茶をすすりながら、相羽さんがひょいとこちらを見た。
「……あ、いや、何となく」 
 反射的に隠しかけて……いや、隠す必要はないのか、と思いなおした。

「この前遭った魚と鳥のこと……書いておこうかなと思って」 
「……ああ」
 あのことね、と、呟きながら、相羽さんは微妙な表情になった。
 魚に噛み付かれた傷は、まだ少し残っている。

「……って」
 ノートの向こうにてんと座った雨竜は、まだぶっすーとふくれている。
「で、どしたの」
 ぽわぽわと頭に生えている柔らかな毛を指先で撫でる。指先にそれはほんわ
りと暖かった。
「拗ねてんじゃないの?」 
 ぷん、と横を向いたままの雨竜の代わりに、口を開いたのは相羽さんのほう
だった。ちょいちょい、と、やっぱり指先で雨竜を撫でる。雨竜は、うん、と
大きく頷いた。
「……きゅぅっ!」
 と、言われても。
「あたし、なんか悪いことした?」
「きゅぅっ!」
 ここぞとばかりにふんぞり返ってうんうん頷いてるし。
「ったって……」
「ほら、こいつはれっきとした竜でしょ」 
 膝の上に、ちょん、と雨竜を乗っけて、両手を持つ。その手をひょい、と持
ち上げて、『ばんざーい』のポーズ。
「…………あ」 
「きゅうっ」 
 何とも愛らしい格好をしながら、雨竜はこくこく頷いた。
「……そっか、そうだよね」

 考えてみれば、家に帰っても相当不思議なのかもしれない。家にはベタ達が
宙を泳いでいて、雨竜が横からノートを覗きこんでいて。
 ってでも、考えてみたら、ベタ達も魚だし、ねえ。
「でも、結構、魚が多いのは確かなんだよ」
 両手で相羽さんに捉まったままの雨竜の頭を撫でる。きゅぅ、と、小さく鳴
いて、でも雨竜はこちらを見ている。 
「ああ、あの魚、ね」 
 頷く相羽さんも、一緒に魚を見ている。

 流れるようにやってくる光の魚の群。
 満開の夜桜の周りを、のこのこと浮かぶ小さなマンボウ。

「今回のは、光魚とは違って、もっと大きくて頑丈だったけど」 
 無意識に、後頭部を撫でる。
 噛み千切られたのは無論なんだけど、最後に思いっきりぶつかられたのも、
結構あれは痛かった。

 大きな目で、雨竜がこちらを見ている。
 両手を相羽さんの左右の手の人差し指にからめたまま。
「……あの時は、何度も助けてくれたよね」
 真っ暗な中、何度この子の声で我に返ったかわからない。
 この子を守ろうと思わなければ、あたしはここに戻れたか……
「……きゅぅ」
 照れたように、雨竜は大きな目を伏せた。

 あの日、へとへとになって帰った時。
 そういえば雨竜もへとへとになって、胡瓜を齧りながら眠ってたっけ。

「……あ、お茶とお菓子、お代わり要る人」
「欲しいね」
「きゅうっ」
 わーい、と手を上げた雨竜の横で、赤と青とピンクの三匹のベタが、思いっ
きり鰭をばたばたと動かした。
「じゃ、ちょっと待ってて」

            **

 水羊羹をお皿に盛って戻ると、何をどう気に入ったのか、雨竜がばんざーい
を繰り返していた。
 よいしょーと手を振り上げるのだけど、身体に対して手は短くて、頭の途中
くらいまでしかこない。それでもえいえい、と、手を持ち上げる様が、どこか
で見たようだ、と思って……思い出した。
(あーごんと同じだわ)
 弟夫婦のところの二番目。お母さん命名、お兄ちゃん固定の「怪獣あーごん」
の呼び名(?)も高い姪っ子は、この前ようやく3歳になった。とにかく何で
も真似したい年頃で、お兄ちゃんが何かの時に「ばんざーい」とやっていたの
を真似して「ばんじゃーいっ」とやりだしたそうなのだが。
 手がやっぱり短くて、頭が大きい。それでなくても不安定なのに、お兄ちゃ
んに負けじとやるものだから、「ばんじゃーいっ」とやって後ろにすっころび
かけたこと数度、それでも全く懲りるように見えない。

「きゅうっ」
 ばんざーい、というより……これはまだ『ばんじゃーい』の範疇だ、みたい
な格好で、雨竜はばんざいをする。
「……万歳なんだか降参なんだか、微妙だなー」

 お茶と水羊羹を、机の上に並べる。
 雨竜とメスベタが、さっさと水羊羹の傍にかけてくる。相羽さんも羊羹に手
を伸ばしかけて、おやおやという顔でこちらを……いや、あたしの傍に転がっ
てる二匹のベタを見た。

「どしたの」
 右の手に、青ベタ。
 左の手に、赤ベタ。
 乗っけてそっと揺すってやると、二匹はころころ転げながら、でもどこか不
機嫌そうに鰭をぱたぱた動かしてる。
「……ん?」
 ぱたぱた。鰭をあたしの掌に軽く打ちつけながら、ぢーっと二匹が見ている
先には。
(あ、なるほど)

 何時の間にか雨竜は、相羽さんの頭の上に乗っかってる。口は水羊羹でぱん
ぱんになっているし、片手はまだ水羊羹でぺたぺたしていそうだ。

「はい、貴方はそやってぺたぺたの手をして、人の頭の上に乗らないの」
「きゅうっ」

 一旦ベタ達を膝の上に乗せて、濡れ布巾で雨竜の手を拭いてやる。相羽さん
の神にもべたべたがついてるかと思ったけど、流石に気を使ったらしく、髪の
毛は汚れていないようだった。
 とりあえず、くわんくわんの手を拭いてやって、また元通り相羽さんの頭の
上に戻してやる。きゅぅ、と上機嫌な顔になって、雨竜は頭にぺったりとくっ
ついた。その背中を相羽さんが撫でてやる。
 途端に、爆撃の勢いですっとんでくるメスベタ。
 そして膝の上で、ぷくぱたぷくぱた繰り返すベタ達。

「……要するに、やきもち?」
 膝の上のベタ達を手に受けて、そっと相羽さんの膝の上に映す。
「ん?」
「お父さんと遊びたいって」
 わーい、と、膝の上で跳ねだした青と赤のベタは、急にお菓子に興味が湧い
たようだった。
 流石に、『甘いもの<相羽さん』なんだなあ……と思ったところが。

「あーほらもう、元気になった途端散らかさないっ!」
 でし、と、メスベタが肩のあたりにぶつかってきた。

            **

 水羊羹でべたべたになったベタ達を拭いて、それを見ていて『自分もー』状
態になった雨竜の顔も拭いてやって。
 お皿を片付けて、またノートを開く。

「……ん?」
 とてとて、と、今までくっついていた相羽さんから離れて、雨竜がこちらに
駆け寄ってくる。その後を青と赤のベタが続いて、そして三匹揃って膝の上に
飛び乗った。
「なに、どしたの」
 尋ねても反応がない。ただ、三匹揃って人の膝の上でころころ身体をくねら
せたり、でんぐりがえしをしたりしてる。
「眠くなった?」
 その様子が、丁度小さな子供が昼寝の前にころころ転がっているのに似てい
て。
 何か微笑ましくて、おかしくて。
「いいよ、落ちないようにね」
 声をかけた……ところで。

「??」
 のし、と、背中にのっかる人がいるし。
「……相羽さんはあっちで新聞読んでるとか……」 
「やだ」 
 説得不能、な声で言うと、そのまま顎を肩に乗せる。丁度おんぶしてるよう
な格好で、相羽さんはぺったりと背中にくっついてる。

「……きゅぅ……」
 眠いくせにじっとしていない。手に登りかけたところで止まった雨竜は、膝
に戻るとちょん、と座り込んだ。そのまま大きな目でじいっと……相羽さんを
見てるんだな、これは。
 くす、と、笑う気配。そして伸びる手。
 指先で頭を撫でて、そのまま小さな手と握手。
「……きゅ」
 撫でてもらった頭に手を置いて、何だか嬉しそうに雨竜が目を細めた。
 そしてそのまま、またころんと横になった。
 やっぱり疲れていたのだろう。

 ……に、しても。

「…………重い……」
 力はあるんだけど、それにしてもやっぱり相羽さんが重い。それもこの人、
丁度掛け布団状態で、ほんとにのしっと乗っかってるから。
 よいしょ、と、一度背負いなおそうとした、ところで。

「よっと」
「へ?」 

 ふわ、と、膝の子供達ごと身体が浮く。そしてとん、と……
「……って、相羽さん、そうやってあの……っ」
 聴こえているのかいないのか、相羽さんはそのまま膝の上にあたしを抱き
かかえた。
「重いから降りますってっ」 
「平気だよ」 
「そういう問題じゃなくって……」 

 待機の日。
 最近相羽さんはよく、こうやってあたしを抱え込むようにしている。
 それってでも……何ていうか。

「居心地悪い?」 
「…………そういう、わけ、じゃ」 

 くるり、と、まわされる手。じたばたしているのを抑えるように。
 ぎゅ……、と。


 相羽さんはやっぱりずっと忙しくて。
 怪我をして帰った日も、翌日はまた仕事で遅くなって、でもガーゼの取替え
と消毒はしてくれて。
 待機の日に、相羽さんはよく眠っている。疲れてるんだなと思う。
 でも……疲れている相羽さんを見るのも辛いけど、でもそれ以上に、相羽さ
んが家に居るだけで、いつの間にか安心しているのが判る、から。

 相羽さんは無事にここに居る。
 それだけで……安心できる。何も問題がないって思う。
 居心地が悪いどこじゃない。こうやっているだけで、あたしは本当に安心し
ていられる。それは本当に。

 ……だけど。
 
「……相羽、さん?」 
「ん?」 
 返事と一緒に、頬を撫でる手。 
 ……気恥ずかしいんですけど、ほんとに。
「ええっとあのね」 
「なに?」
 耳元の声。
 ほんとにこの人が、近くに居る。
 何だか浮き足立ちそうになったのを……なんとかこらえて。
「……あの……どうして……」 
「ん?」 
「……くっついてて……あの」
 あたしは安心です。
 でも相羽さんは?
 
「……うっとうしくない?」 
「むしろくっついていたいけど」 
 恐る恐る尋ねた言葉に、速攻で返事がくる。

「……仕事、忙しい?」 
「忙しいね、それなりに」 
「…………疲れ、取れる?」
 こうやって、寝るでもなく……あたしがちゃんと背負わないまま、あたしの
ほうが抱え込まれてて。
 なんか余計に……疲れたり、してないかな。
「お前さんがいるならね」 
 ぎゅ、と。
 いつも思う。
 それが正しいかどうかは知らない。でも、あたしに一番高い値をつけるのが
この人で、その値は当人のあたしですら『それは過大評価だ』って思うような
ものなんだ……って。

「……疲れを吸い取れたらいいな」 
 ふっと、眠気が差す。
 あたしが今、安心しているくらい……この人の疲れを取れたらいいのに。
 スポンジじゃないけど。この人がぎゅっと抱え込むなら、その時に。
 
「充分、とれてるよ」 
 ぼんやりと聴こえる声。
 頭を撫でる、手。


 真鍮色の魚達と、白磁の鳥と。
 あれからずっと、心に引っかかっていた記憶や痛みが溶けてゆく。
 後悔や至らなさ、そういうものと一緒に……


 何度も頭を撫でる手。
 そのままあたしはぐっすりと眠った。


時系列
------
 2006年6月

解説
----
 水の中の鳥の唄、後日談。
 もしくは相羽家のお休みの日のこと。
***************************************************

 てなもんです。
 であであー(だっと)
 
 




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