[KATARIBE 30165] [HA06N] 小説『掛け軸』

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Date: Thu, 14 Sep 2006 23:05:47 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30165] [HA06N] 小説『掛け軸』
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ふきらです。
[KATARIBE 30156] [HA06N] 小説『裏部室でお茶を』を受けて。

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小説『掛け軸』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 夕樹の祖父:どうやら書の腕前はなかなからしい。

本編
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「掛け軸?」
 うずたかく積まれた本の山に囲まれて、夕樹は祖父の前に座っている。
「うん」
 そう言って、夕樹は祖父に裏部室に掛け軸を書けることになるまでの話をし
た。祖父はその話を書き物用の机に肘を突いて聞いている。
 その机の上には硯と筆があり、周りには草書が書いてある半紙が何枚か落ち
ていた。そして、彼の後ろには床の間があり、掛け軸が飾ってある。
「それでお前が掛け軸を持ってくることになったのか」
「何か、そんな雰囲気だって言われた」
 それを聞いて祖父は笑った。
「まあ、そう言われても仕方ないわな」
 夕樹は彼の言葉にむぅと眉をひそめる。
「何じゃ、不満か?」
「いや…… そんなに分かりやすいかなあと思って」
「お前はあまり喋らないからな。歌を詠む、という印象から単純にそう繋がる
んだろうよ」
 祖父は、よいこらせ、と緩慢な動作で立ち上がると、棚の中からいくつか掛
け軸を取り出した。
「別に良い奴でなくても構わんな?」
「あ、うん」
 祖父は夕樹の前に掛け軸を置いた。
「この中からどれでも好きなものを持っていけばいい」
 夕樹は頷くと、とりあえず一つ手に取りスルスルと広げてみた。
 草書で書かれていて、一見、何て書いてあるか分かりそうもない。しかし、
夕樹は長い間一緒にいる祖父の書く文字くらいはさすがに理解できる。
「床前……月光を看る?」
 たどたどしく夕樹が読むと、祖父は笑った。
「正解。李白の漢詩だな」
 そう言って、祖父は息を吸って書いてある詩を吟じる。
「床前月光を看る
 疑うらくは是れ地上の霜
 頭(こうべ)を上げて山月を望み
 頭を低(たれ)て故郷を思う」
 夕樹は聞き終えると、ほぅと溜め息をついた。
「良い詩だねぇ」
 率直な感想に祖父は苦笑を浮かべる。
「お前、李白に対してそれはないだろうよ……」
 まあ良いがな、と祖父は呟いた。
 夕樹はしばらく床に広げてあるその掛け軸を見つめていたが、やがて何かを
思い出したのか、祖父の顔を見た。
「これって爺ちゃんが書いたんだよね?」
「おう」
「ってことはさ……」
 そう言って、夕樹はそっと掛け軸の文字を撫でた。
 周囲の景色が一瞬にして変わる。
 山に囲まれた小さな家の縁側。
 地面が淡く白い。
 夕樹は上を向いた。
 部屋の中にいたはずなのに夜空が広がり、白く月が輝いている。
 顔を横に向けると、祖父がニヤニヤと笑っている。
「やっぱり、そういうわけ」
 夕樹は苦笑を浮かべた。
 夕樹が口に出して読むことで、歌に織り込まれた情景を周囲に展開できるよ
うに、祖父も同じく情景を現実化することができる。但し、彼の場合はこのよ
うに文字として書き、誰かがそれを撫でるのが条件となっている。
「不満か?」
「そうじゃないけどさ……」
「なら良いではないか。で、これにするか?」
「うーん…… 一応、他のも見てみる」
 広げていた掛け軸を一旦巻いておき、他のを広げる。
 書かれてある漢詩を見ては、「いいなぁ」と呟く夕樹。そんな彼を祖父は目
を細めてみている。
 全てを一通り見てしまい、夕樹は掛け軸を前にして腕組みをした。
「どれにしようかなあ……」
「別に一つに決める必要はないんだろう? 飽きたら替えれば良いだけだし
な」
「あ、そうか」
 じゃあ、と夕樹は一つを手に取った。
「蛾眉山月の歌、か」
 祖父の言葉に彼は頷く。
「蛾眉山月 半輪の秋」
 夕樹が最初の一行を口にした。
 いつの間にか元の状態に戻っていた部屋が、再び暗転する。
 目の前に高い山がそびえ、その横に月が出ている。
「この規模は日本じゃ出せないよなあ」
 山を見上げて祖父が笑った。

時系列と舞台
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2006年9月。高瀬家にて。

解説
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どうやら高瀬家は一族して、歌よみのご様子。
そして、裏部室に怪しげな掛け軸がやってきます。

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