[KATARIBE 30157] [HA06N] 小説『水の中の鳥の唄・其の八』

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Date: Wed, 13 Sep 2006 01:33:26 +0900 (JST)
From: いー・あーる  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30157] [HA06N] 小説『水の中の鳥の唄・其の八』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年09月13日:01時33分26秒
Sub:[HA06N]小説『水の中の鳥の唄・其の八』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
自棄です。
最後です。送ります。

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小説『水の中の鳥の唄・其の八』
=============================
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。あやかしに好かれる。
 雨竜
     :迷子の竜。まだまだ子供。きゅうきゅうと鳴く。
 相羽尚吾(あいば・しょうご) 
     :吹利県警刑事課巡査。ヘンな先輩。 

本文
---- 
 後から考えると。
 鳥もやっぱり、あたしの力をある程度読み誤っていたのだろう、と思うし。
 だからあたしの声が、散らばっている鳥の身体を引き寄せたというなら、そ
れは多分その『肉体』に宿った意識の破片ではないかと思う。だからあの時に
闇の水の結界のあちこちから炎が立ち上ったのではないか、と。
 それでも確かに、この、音と光と物質が等価だったり変換可能だったりする
らしい世界で、鳥が自分を全て灼き尽くすには、一旦鳥が元の姿を取る必要は
あったろう、とか、そのためにあたしを利用するのは確かに理に適っているな、
とか。

 けれどそんなことを考えるゆとりが出来たのは、後のこと。
 その時には、それらは全て、一瞬の出来事に他ならなかった。

 開いた嘴から溶岩のように溢れた光は、どろりとまるで溶岩のような手応え
があった。

 ぶつかってきた魚達。
 彼らを包み込んでいた闇の水から、幾筋もの火が奔り、真鍮の色の鱗にぶつ
かる。声にならない声をあげて、魚達は跳ね回った。

 それは一瞬。
 腕の中にかばいこんだ雨竜が、きゅう、と、高く鳴いた声。
 皮膚が一瞬、ぴりぴりと灼ける感覚。
 どろどろと目に流れ込む光の痛みに、思わず目をつぶる。つぶった目の向こ
うから、瞼を圧するように、まだ光が押し寄せてくる。

 押し寄せて――――


 ……そして、身体中にぶつかる熱がふっと途絶えた時には。
 もう、鳥も魚もあの闇の水も無かった。

            **

 家に帰った途端、三匹のベタ達がぶつかってきた。もう少しでこけるところ
だったけど、時刻を見るともう12時近く、確かにベタ達がおなかをすかせて
ぶつかってきても不思議じゃない。
 あわてて肉じゃがと胡瓜のおかかあえを作る。ベタ達はお皿に取り分けるの
を待ちきれないように飛びついた。

「あ、ちょっと待って」
「きゅぅっ」
 ベタ達と一緒に飛びつこうとした雨竜を捕まえて、怪我したかどうかを確か
めた。全体に身体が乾いているようだったから霧吹きで全身を濡らしてやった
けど、後は怪我らしいものはないようだった。

「……きゅう」
 ごはん食べといで、と言う前に、雨竜はするすると腕を登る。そのまま肩の
上に乗り、首の後ろをぽん、と叩いた。
「ったっ」
「きゅぅっ」
 料理を作って気が抜けて、ようやくあたしも気が付いた。
「ちょっと待って、これどうなってる」
 
 二枚の鏡を使ってみたところ、首の後ろの傷が一番大きいように見えた。た
だ、背中の真ん中あたりの傷は、鏡で見ても何だか赤く血が溜まっていて、つ
いでに鏡を使っても良く見えなくて……
「困ったね」
「きゅぅ」
 いつのまにかおなかを丸く膨らませたベタ達が寄ってきて、背中のあたりで
ふよふよと漂っている。
「……まあ、放っておけばそのうち治るか」
「きゅうっ」
 えらく不服そうな声である。
「だって仕方ないでしょう?」

 どのくらいの怪我か、どうもぴんとこないけど、放っておけば治る。

「だから、変に相羽さんに心配かけないの」
「きゅぅ…………」
 
 ぶすっくれながらも何とか雨竜が頷いて。
 ベタ達もなんとか頷いて。
 気が抜けたら……急にがっくりと力が抜けた。
 背中が痛い。

「……疲れたね」
「きゅぅ」

 相羽さんからの電話は来なかった。
 思い出して留守電を調べてみたけど、何も録音されていなかった。

 安堵、と。
 …………それと。

 消えてしまった鳥と。
 消えてしまった魚達と。

 鳥の願いと。
 魚達の論理と。

 うろうろと考えながら……結局そのまま眠ってしまったように思う。

             **

 自分の破片すら残したくないくらい、相手を憎むこと。
 一度は自分の意思で、その相手の為に歌っていた筈なのに。

 相手の命を奪い、ばらばらに引き裂いてでも欲しいものを手に入れること。
 一度ならず何度も何度も、その相手が戻ってくることを願っていたのに。


 どちらも悲惨。どちらも最低。

 ただどちらになるのが恐ろしい、か。

 
             **


 相羽さんは翌日、案外早く戻ってきた。

「お疲れさま」
「ただいま」

 昨日の肉じゃがを暖めなおして。
 あとはさんまと、ピーマンのきんぴらと焼き茄子と……

「お風呂沸いてて、ごはんできてて、新聞は」
「うん」

 聴いているのかいないのか、何となく相羽さんは頷いて。
 いつものように背中に回る腕。背中から頭にかけて、包むように伸びる手。
 いつものように。それはいつものことだったけど。
「…………っ」
 手が、丁度怪我のところに当たって。
 一応、首のあたりの怪我だけには、絆創膏を貼っておいたんだけど。
「真帆?」
 怪訝そうな声が、ふと、変わった。

「…………どうしたの、これ」 
 首の後ろを、軽く突付く指。それが弾みで怪我の丁度上にあたる。
「……っ」

 どうしてこうも自分は黙っていることが出来ないか、と、我ながら情けなく
なる。黙ってしらっとしていれば、そもそもばれなかったろうに。

 背中を、手が撫でるように動く。
 Tシャツの下、見えない怪我。触れるか触れないかってところで動く手が、
その怪我を一つ一つ数えているのが、わかって。

 でも……なんてか。

 怪我しても、相羽さんは本当に心配する。
 その上、昨日のことを言ったら……多分やっぱり心配する、と思う。
 だから。

「どうしたの」
 だから、咄嗟に。
「……漫画で読んだ知識って、結構あたってるなという証明」 
「どんな?」 
「鯉って歯があるんだよね」 
 沈黙と、ただじっとこちらを見る目と。
「……いや、なんてかだから、魚には歯があるなあって……」

 返事、無し。

「……大したことないから」
「見せてみ」
「…………相羽さんは見ないほうがいいと……」
 怪我やら血やらに、この人は弱いから。
 一番の苦手、なんだろうから。
 
 ……だと、いうのに。

「…………」
 無言で、ただじっと見る。
 気が付くと、相羽さんの横で、雨竜もじいっとこちらを見ていた。
「いや、ほんと大したことない!放っておけば乾くし!」 

 何だか情けなくなる。
 心配をかけたくないのに。心配をかけるほどのことじゃないのに。
 相羽さんごはん食べてないのに。
 疲れて帰ってきてるのに……

 
 ふわり、と、背中に手が回される。
 怪我も、傷む部分も避けて。
 そのままぎゅ……っと。
 生地越しにそっと撫でる手の、熱が傷にかかって痛い。
 多分……傷自体、少し熱を持っているのかもしれない。

 
「でも、相羽さん」
 ごはん食べてください、とか、何とか言う前に。
「そちらに寝て背中みせな」
 真正面から見据えられて、そういわれたら。
「…………はい」
 そもそも理がない。故に勝てるわけが、ない。


 
 ベタ達が黙ってこちらを見ている。
 相羽さんは棚から救急箱を下ろす。

「しみるけど我慢してよ」 
「……うん」 
 怪我の一つ一つ、消毒薬をつけた綿で、相羽さんは丁寧にぬぐってゆく。血
の滲んだ脱脂綿を見ながら、ふと思い出して……慌てた。
「相羽さん、あの……大丈夫?」 
 この人、怪我に弱いのに。
 貧血とかおこさないだろうか。
「平気だよ」
 ガーゼを広げる手。テープを引っ張り出して。
「どうして早く言わないの」
「…………放っておけば治ると思ったから……」 
「背中のとこ、かなり膿んでたよ?」 
 ガーゼの上から、すうっと撫でる手。

「…………怒ってる?」
「……心配してる」
 何度も何度も、背中を撫でる手。
「いや、でも、決着ついたから……」
「それは、信用するよ」 
 あっさりと。言ったあたしが申し訳なくなるくらい、本当にあっさりと。
「でも、心配なのは変わらないよ」 

 ……余計にそれが、申し訳なくて。


 一つ、二つ。
 最後に怪我の数を数えるように、相羽さんは手を動かした。
 そして、ふと、大きく身を屈めて。
 
 一つ、二つ。
 見えないけど、背中に触れる呼気。そして。

 ……どうしようもないほど、気恥ずかしくなった。
 だから。

「どうしたん、一体」
 その問いに、何だかもう全部、あったことを話してしまっていた。

 暗い暗い水の中の、真鍮色の魚達のこと。
 白磁の羽根の、恐ろしくうつくしい声の鳥。

 そして彼らの上に起こってしまった破局のこと。

            **

「……なんだか」 

 どう、言えばいいのか、自分でもわからなかった。
 傍から見ている限り、悪いのは魚達だ。どう考えても彼らの行いには弁護の
余地がない(なんせ鳥を引き裂いちゃったくらいなんだから)。

 でも。だけど。 

「昔は水の中に留まってでも、歌を歌っていたのに……欠片も残したくないっ
て、あの鳥は言ってたけど」 
 相羽さんは黙ってあたしの話を聞いている。だから。

「そういうのって……あったり、する?」

 
 悪いのは魚達だ。どう考えても彼らが悪い。
 ……でも、どこか。

 どこか、で。

「相手のいいようにされたくない、って奴かねえ」 
「……うん、それは、わかるんだけど」 

 鳥の立場にあったら、あたしだって同じように考えるかもしれない。それは
確かに。
 だけど。

 ……だけど。

「…………なんてか、そんな風に、欠片も残したくないってくらいに思い込ん
で突き放して……」

 
 言いながら、自分でも流石に気が付いた。
 どこかであたしは、魚の行動を……否定しきれないのだ。

 お前など見たくもない。
 お前など聞きたくもない。
 そういう否定には……覚えがないわけじゃない。
 
 そういう否定をされたことも、そういう否定をしてしまったことも。

 ……だけど。


「それくらい憎むようになることって……あった?」

 ベッドにうつぶせになったまま、相羽さんを見上げた。視線の先で相羽さん
は、奇妙に静かな表情のまましばらく黙って……そしてふい、と。

「昔の俺かな、執着されたくない」 

 ……突き刺さるかと、思った。

「必要とされて、返せない。その重さに耐え切れない」 

 背中を何度も撫でる手。その手と裏腹に、言葉は一つ一つ、あまりに重くて
あまりに痛くて。
 思わず、枕に顔を埋めた。

 必要と、されること。
 その重さに、嫌気がさすこと。
 それが……相羽さんであるならば。

 魚達の論理が、どこかでわかるなんて言ってるあたしは


「……真帆」
 そっと、耳元で名前を呼ぶ声。
 枕を掴んでる手の上に、手が重なる。そのままそっと引き剥がされる、手。
「真帆」
 怪我を避けて肩を押す。あ、と思う間に仰向けにされて。
 こつん、と、額をつけて……

「…………安心、してね」 
 何とか、ぎりぎりで笑ってみた。
「あたしは魚にはならないから」 
「わかってる」 
 するっと、ほんとになんてことなげに相羽さんは笑う。
 だから余計に……辛くなった。
(本当はそんなこと誰も断言出来ないのに)
(ましてあたしが)

 5月、6月。
 この人はほんとうに忙しかった。
 一週間に一度の休みというけれど、その他の日は帰ってこなかったり、帰っ
てきても無茶苦茶な時間だったり。

 仕方ないと思う。もしあたしがこの人の立場なら、同じように仕事をし、同
じように帰ってこなかったと思う。
 ……だけど。

  (こわいんです)
  (帰ってこなかったら)
  (怪我したら)
  
 暗い水の中から、あの鳥を逃がさなかった魚達。
 鳥だって最初から帰ってこないとは言わなかったろう。最初はまた戻ってく
る、くらいの軽い言葉だったのかもしれない。
 だけど、魚はそれでも怖かったんだ。

 それだから。


「…………重荷?」 
 わけのわからないような言葉に、相羽さんはそのまま答えてくれる。
「ううん、俺が必要」 
「重荷になったら、言ってね」 
「それはないよ」 

 そう、だと思うけど。
 思いたいけど……

 中村さんの奥さんも、東さんの奥さんも。
 重荷だったかと言えば、そうじゃないと思う。だけど。

 ……だけど。

 
「ない、よ」
 
 ふ、と。
 ぐるぐると廻りだした思考を止めるような声に、目を上げた。
 苦笑まじりの笑いのまま、相羽さんはこちらを見て……


 ……すとん、と、その言葉が入った。
 そのまま、だから大丈夫だと思った。


 大丈夫、だと。
 


時系列
------
 2006年5月半ばから6月にかけて

解説
----
 そして日常に戻る話。多少異界に足を突っ込みながらの毎日に。
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 てなもんで。
 色々黙ってる部分については……突っ込むな(笑

 ではでは。
  



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