[KATARIBE 30155] [HA06N] 小説『伊吹童女』その2

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Date: Tue, 12 Sep 2006 23:38:33 +0900 (JST)
From: みぶろ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30155] [HA06N] 小説『伊吹童女』その2
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2006年09月12日:23時38分33秒
Sub:[HA06N]小説『伊吹童女』その2:
From:みぶろ


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小説:『伊吹童女』その2
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登場人物 
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本宮史久(もとみや ふみひさ):実はオカルト犯の捜査を秘密裡に行う刑事
帆足陽一(ほあし よういち) :刑事企画課警部。零課の中堅的な位置
関屋樹里(せきや じゅり)  :伊吹団地に住む少女
関屋淳司(せきや あつし)  :伊吹団地に住む青年

時系列と舞台 
------------ 
 夏  

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3
--
「ホレ」
 帆足警部が缶コーヒーを放った。彼がいつも飲んでいるクリーム増量タイプ
だ。
「あ、いただきます」
 本宮は特に喉が渇いているわけではなかったが、休憩を装う必要があったの
で気にせず缶をあける。署内にある売店前の自販機は110円で、ラインナッ
プも細かく変わる、ある意味優秀な部類の自販機だ。帆足は安物の扇子を使い
ながら、自分のために緑茶のペットボトルを選んだ。
「伊吹のやつな」「はい」「うちらの分掌になりそうだわ」「そう、ですか」
 帆足が、今朝二体目が発見された殺人事件を指しているのは明白だった。そ
して、それが零課の扱いになるということは。
 吹利県警捜査零課。通常の手段や方法では解決できない犯罪を解決し、現実
世界の安定を保つ、派遣された人材と人間による、超常現象捜査組織である。
と、言えば格好いいが、現実には専門の部屋やポストがあるわけでもなく、古
代の刀だの光の魔法だので華々しくマモノと戦うわけでもない(そういう人材
もいないではないが)。むしろ配属された表向きの部署で仕事をしながら、何
かあったときに解決能力のある異能者とつなぎをとったり、表ざたにならない
ようもみ消したりする、地味な便利屋としての働きが求められる。仕事量と危
険度が増える割には見返りの少ない仕事だった。
 帆足にしても、普段は犯罪統計管理の責任者であり、本宮の目の前でお茶を
飲む、汗ばんだ半袖シャツ姿は退魔士というより税理士然としていた。
「知り合いの星見の話によると、今日、三件目の犯行があるらしい」
 帆足はマズそうにお茶をすすりながら続ける。
「敵は、吸血鬼だ」
「……!」
 厄介な敵だった。例外なく人間をはるかに凌駕する腕力や感覚を持ち、さま
ざまな特殊能力を備えている。なにより、ヒトを捕食し、死体を殖やすという
点が大事になる可能性を秘めていた。
 ただ、この人類の敵との戦いの末に、吹利では吸血鬼による自治組織との友
好関係が構築されており、このような事件を起こす吸血鬼にはむしろその組織
からの刺客すら放たれることがある。
「SRAは事実を確認中だそうだ。はぐれ者なら協力は惜しまないとのことだ
が、今夜起こる事件を無視するわけにはいかないからな」
「つまり私がとめる、と」
「そゆこと。他のやつも手一杯でな。相手のレベルがわからんだけに不安では
あるが、仕留めようと色気さえ出さなければなんとかなるだろう。最終的には
SRAとの共同戦線になるから、とりあえず弟君と二人で犠牲者を出さないよ
う頑張ってくれ」
「わかりました――すると今回の一課の捜査は」
「ダミーで続行ということになるな。情報はあって無駄にならんし、急にやめ
るわけにもいかん」
 本宮は腐れ縁となった先輩の顔を思い浮かべた。小さな唇をかみしめて本庁
と連絡を取る妻の顔も。あまり気分はよくない。
「仲間を裏切るわけじゃないぞ。解決はするんだから無駄足でもない」
「……はい」
 本宮はけして納得したわけではないが、先回りでフォローされてなおふくれ
るほど子供でもなかった。
「調整費からちったあ残業代は出るから嫁さんになんか買ってやんな」
「時給にするとどのみち吹利県の最低賃金レベルなんですよねぇ」
 そう苦笑して空になった缶をゴミ箱に捨てる。
「そういえば帆足さん」「ん?」「今日はいつものコーヒーじゃないんですね」
 開襟シャツの中に扇子で風を送り込みながら、帆足は情けなく笑った。
「糖尿で医者に止められちまったんだよ」


4
--
「樹里」「なぁに、お兄ちゃん?」
 関屋淳司は風呂から上がった妹を呼んだ。樹里は髪を拭きながら上気した顔
を寄せてくる。パイル地のホットパンツから伸びた白い足は、すでに十分な破
壊力を備えようとしていた。
「俺たちの団地のスレがオカ板に立ってる」
 どきどきしながら淳司はノートパソコンの液晶を指した。夜を背景に美少女
ゲームキャラがあられもないポーズをとる壁紙を隠すように、巨大掲示板群の
オカルトネタ専門のスレッドが表示されていた。
『伊吹団地は狩場』そう題されたスレッドは、伊吹団地で起こった連続殺人に
ついて、オカルト的見地から各自が適当な想像を書き込む場となっていた。
『吸血鬼と聞いてやってきました』『団地を造成した業者に知り合いがいるん
だけど、あそこにマジやばい古墳があるんだって』『現地調査する勇者募集』
『無理。俺近所だけど、ポリうろうろし杉w』『やりすぎたな。零課が動くぜ
これは』『それなんて月型?』『吹利板で死体写真うp祭!!』
 スラングと憶測で埋まったブラウザを見つめながら、樹里はつぶやいた。
「うーん、よくわからないな。興味ないや」
「たまーに当たりくさいレスがあっておもしろいんだけどね」
「へー、すごいねー」
「明日はどうするんだ?」
 淳司が神経質そうに樹里の顔を見上げた。「んー、おうちでゴロゴロする」
「そうか」少しほっとした声で淳司は画面に眼を戻し、ブラウザを閉じる。壁
紙に映る自分の影にギクリとし、平静を装いながらゲームを起動した。
「なぁに? またえっちなゲーム?」樹里がからかうような声を出し、肩から
離れた。「ちげーよ。これはシミュレーション」「へーん。あたし、お父さん
とお母さんに『挨拶』してくるから」「おー」
 背後で閉じるドアの音。
 最近、一日中エアコンをつけてゲームをしても、何も言われなくなったし、
妹は素直になったし、面白い事件は起こるしで、淳司は上機嫌だった。最初は
わけがわからなかったが、もう大丈夫だ。冷たい蛍光灯の下で彼は夜明けも知
らずいつまでも、マウスをクリックし続けた。どうせ昼は何も面白いことが無
いのだ。

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