[KATARIBE 30151] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜四章』

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Date: Mon, 11 Sep 2006 00:12:18 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30151] [HA06N] 小説『白郎鬼 〜四章』
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2006年09月11日:00時12分18秒
Sub:[HA06N]小説『白郎鬼 〜四章』:
From:久志


 久志です。
目標へ向かってなんとか進める所存。

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小説『白郎鬼 〜四章』
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登場キャラクター 
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 白郎鬼(はくろうき)
     :白髪の鬼。その血肉を喰らうと不老長寿を与えるという。
 黒須(くろす)
     :自称拝み屋。国定をたきつけ、白郎鬼を討った。
 国定(くにさだ)
     :白郎鬼に命を救われた男。黒須に唆され、白郎鬼を手にかける。
 小池国生(こいけ・くにお)
     :小池葬儀社社長。国定の子孫、白郎鬼の転生した半人半鬼。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
     :本宮法律事務所所長。小池とは大学時代からの親友。

血臭
----

 むせかえるような血の匂いが溢れていた。
 薄暗い部屋、板張りの間。中央にはぐったりと白い髪の男が体を横たえてい
た。半開きの目は虚ろで、顔は血の気が失せ、手足はだらり伸び、既に事切れ
ていた。傍らには男が着ていた血だらけの着物が無造作に投げ捨てられている。
男の額の中央には皮膚とは明らかに違う硬質な丸い跡があり、へし折られた角
の痕跡を残していた。
 白髪の男の傍ら、かがみ込んで男の腹に顔を埋める一人の男。薄暗い部屋の
中に響く粘りつくような咀嚼音と荒い息。

「黒須……」
 背後で聞こえた呻くような声に黒須と呼ばれた男が顔をあげた。つりあがっ
た目を細めて笑う。その口元から顎、胸にかけてどす黒い血の色で染まり、口
の端から粘り気のある赤いものが糸を引くようにゆっくり落ちていく。

 黒須は、鬼を喰らっていた。

「どうした、国定」
 ぬらりと光る舌が口元を這い、こびりついた血を舐め取って満足げに飲み下
した。
「不老長寿を与える白鬼の肉ぞ?」
 血に染まった歯をむき出しにして笑う黒須の姿から目を逸らす。とても直視
できなかった。
 人喰い鬼だと、殺して何が悪いと。黒須は言った。だが。
 今ここで口から血を滴らせて鬼を喰らっているこの男は何なのか? 
 腹の底からこみあげる吐き気と不快感に、国定は歯を食いしばった。
「国定、喰え」
 喉の奥からくつくつとこみあげるようないやらしい笑いを浮かべて、黒須が
ゆっくりと立ち上がる。その手の上には赤黒い肉塊が血を滴らせている。
「いやだ……」
「何を言う、お前が受け取るべき正当な分け前だろう?」
「いやだ!」
「今更、言っても始まるまい。最初に鬼を欺き陥れたのはぬしぞ?」
 胸の奥底、ずしりと響く言葉。
「喰らえ、国定。我らは既に同じ穴のムジナぞ?」
 爪先まで朱に染まった手に握られた赤黒い塊。
「喰え」
「いや……だ」
「もうお前は鬼の血を飲んだだろう?今更何をためらう」
 地獄の淵へと囁きいざなうような黒須の声。聞いているだけで心を惑わされ
そうな外道の誘い。
「い、やだ……」
 震える手を握りしめる。
「喰え、国定」
 熱に浮かされたような声が、染み込むように国定を蝕んでいく。
 取り憑かれたように震える手が伸びる、手にした肉はまだ温かかった。
「美味いぞ」
 口の端をつり上げて笑う黒須の顔。
 手の中の赤黒い肉塊にそろりと顔を近づけ、歯を立てる。噛みしめた口の中
一杯に広がる血の味とずくりとした感触。噛み砕くこともできず口いっぱいに
含んだ肉を飲み下した。
「……おぉ」
 全身から火が燃え上がったかのように。
 足の爪先から指の先まで、全身を駆け巡る血が滾る。全身の毛が逆立つよう
な高揚感に体が震えた。体を襲う震えがおさまらぬまま、残りの肉にかぶりつ
き、たちまちのうちに残さず喰いつくし、その手についた血まで舌で舐めとっ
ていた。
「そうだ、国定。美味いだろう」
 地獄の底から響くような、声。
「もっと喰うか?」
 うなずくな。
 国定の中でわずかに残った正気が叫ぶ。
 堕ちる。
 自分が人ではない何かに堕ちていく。もはや引き返しようも無い外道へと。
「……喰わせてくれ」
 己の口からでた言葉に国定自身が驚愕していた。
「いいぞ」
 黒須のこみあげるような笑い声が響く。国定はもはや戻れぬ闇の中に囚われ
たのを感じた。


悪夢
----

 闇の中で手を伸ばす。
 その手に掴むものはなにもなく、ただ虚しく空を切る。

 喰われる、貪られる喪失感。
 喰らう、堕ちていく背徳感。
 入り混じった相反する感覚。

 切り刻まれ、臓物を引きずり出され、貪り喰われる白郎鬼の記憶。
 恩人を陥れ、罪悪感に苛まれ、鬼喰いに堕ちた国定の記憶。

 渇いていた。渇ききった喉を潤したかった。
「喰らえ、国定」
 血塗れた手で差し出された肉。自らの――鬼の――肉。
「……忘れぬぞ……」
 抜け出せない罪。白郎鬼であり、国定であり、罪を背負い人とも鬼ともつか
ぬ曖昧な存在。
 闇の中で手を伸ばす。
 抜け出せぬ闇の中、伸ばした手がつかめるものは何もなく。
 崩れ落ちるその瞬間、何者かが手を掴む。闇に堕ちた身を引き上げる、暖か
で力強い手の感触が。

 小池は目を覚ました。
 事務所の二階にある自室の中、部屋の片隅に置かれた休息用の棺の中で身を
横たえたまま、伸ばした手を掴んだ相手を見上げる。手を掴んだまま、かがみ
込んで棺に身を横たえた小池をじっと見下ろしている黒髪の男、本宮尚久。
 幸久の父親であり、大学時代からの無二の親友でもある、かつての恋敵。

「尚久くん……来てたのか」
「ああ、幸久に聞いたよ」
 仕事帰りなのだろう。きっちりと着込んだダークブラウンのスーツ姿で静か
に頷いた。
「仕事は、どうしたんだい?」
「早めに切り上げたよ。今はさほど切羽詰っていないし、育成も力を入れてる
から大分仕事も任せられるようになってきたことだし」
 ゆっくりと掴んだ手を小池の胸に下ろす。
「そうか……心配かけてすまなかった」
「随分、うなされていたみたいだが」
「平気だよ。すまない、君も忙しいのに」
「そんなに恐縮しなくていい。私が心配だから来たんだよ」
 起き上がろうとした小池の額に手を当てて、そっと押さえる。
「まだ横になっていたほうがいい、水でも持ってくるよ」
「……ありがとう」
 小さく笑って歩いていく尚久の姿を見送りながら、小池は目を細めた。
 日の当たる道を歩み、闇さえ跳ね除ける凛とした力強さを持つ親友の姿が、
小池の目にはひどく眩しく映った。
 息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。乱れた息が少しづつ落ち着いて
いくのを確かめながら、胸に手を当て激しい鼓動が治まるのを待つ。しかし、
最初に倒れた時に感じた額の疼きは未だに消えなかった。
 胸に置いた手を握り、ゆっくりと開く。激しい鼓動が治まり安定してくるに
つれ、湧き上がってくる耐え難い喉の渇き。
 喉を潤したい、まるで全身が焼けた砂になってしまったかのような飢餓感。
 若々しい、溢れるような活力が欲しい。その手で触れて吸い上げたい。
「……っ」
 きつく握り締める手、掌に食い込んだ爪の痛みすらも忘れるほどに。そのま
ま両手で顔を覆い、小池は自らに命じた。
 呑まれるな。この渇きに呑まれてはいけない。
 人でもなく鬼にもなれず、その狭間で苦しみ続けること。これがかつて犯し
た罪の報い。

「大丈夫か?」
 肩に手を置き、覗きこむ顔。とうに盛りも過ぎたはずの歳だというのに、
全身から溢れんばかりの生命力に満ちた親友の姿。小池の胸にこみあげてくる、
相反する感覚。心落ち着ける安堵と耐えがたい渇き。
 できるならば、その首筋に触れたい、生き生きとした活力を得たい。
 それだけはできない、触れてはいけない、親友を傷つけたくない。
「これを飲んで落ち着くといい」
 思わず目を閉じた小池の手に水の入ったグラスを握らせる。
「ありがとう」
 ひと口、水を口に含んでゆっくりの飲み下す。冷えた水が焼けつくように乾
いた喉を湿らせ、ほんの少しの安息を感じる。
「落ち着いたら、また横になっていたほうがいい」
「そうするよ、ありがとう」
「そうだ、あとこれを」
 湧き上がるような甘い香りが鼻をかすめる。目に飛び込んできたのは、大輪
の白いバラと青々と茂った葉で彩を加えた両手で抱えるほどの量の花束。包ん
でいた飾りは全て取り払われ、むき出しのままの小池の手に渡される。
「これで……少し、落ち着けるといい」
「ありがとう……」
 受け取った花束を抱え、目の前の白い花をそっと指先で撫でる。
「じゃあ、私は席をはずすよ。ちゃんと身体を休めるようにね」
「……ああ、ありがとう……尚久くん」

 ドアの閉じる重い音が響く。
 棺から身体を起こし、両手に花を抱えたまま小池は細く息を吐いた。
 瑞々しい白いバラの花、手の平を通じて感じるその生命力。

 息を吸う。
 同時に、咲き誇ったバラの花が高速再生の映像のようにみるみる艶を失い、
じわじわと縮みながら干からびていく。厚みのある白い花弁は薄茶色に変色し、
彩りに添えられた流線型の青い葉は細く細くしぼみ、のけぞるようにしおれ黒
ずんでいく。
 乾いた音をたてて、抱きしめた腕からひび割れた葉と紙くずのようにしおれ
た花弁が零れ落ちる。大輪の白いバラの花束はものの十秒も立たぬうちに見る
も無残に枯れ果てていた。
 息を止め、細く息を吐く。
 先程まで小池を苛んでいた渇きはすっかり消え、息苦しさもなくなり、体に
力が戻るのを感じた。残ったのは元の四分の一にしおれ果てた花束の残骸。
「反動か……」
 昨夜、感じた眩暈。
 長らく本性を眠らせ続けてきた小池を揺り動かしたもの。
「……白麗」
 手の平に残った枯れた花弁を見て顔を覆う、額の疼きはいまだ消えない。
「すまぬ、白麗……私は……」

 かつて白郎鬼と呼ばれた者。
 かつて国定と呼ばれた者。
 どちらともつかない、曖昧で不安定な存在。

 それ以上言葉を続けることができず。ただ顔を覆ったまま俯くだけだった。

時系列 
------ 
 2006年08月らしい
解説 
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 色々悩ましい生まれらしいです、小池社長。
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以上。

 小池社長と尚父、友達だけどおいしそう。




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