[KATARIBE 30145] [HA06N] 小説『伊吹童女』その1

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Date: Sat, 9 Sep 2006 23:41:15 +0900 (JST)
From: みぶろ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30145] [HA06N] 小説『伊吹童女』その1
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2006年09月09日:23時41分15秒
Sub:[HA06N]小説『伊吹童女』その1:
From:みぶろ


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小説:『伊吹童女』その1
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登場人物
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八塚不人(やつづか ふひと) :史学研究助手
末次明 (すえつぐ あきら) :パトロール中の巡査
相羽尚吾(あいば しょうご) :連続殺人事件の捜査に当たる刑事
本宮史久(もとみや ふみひさ):実はオカルト犯の捜査を秘密裡に行う刑事

時系列と舞台
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 夏 

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本文
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1
--
 既に雨は上がっていたが、濡れたアスファルトの匂いがあたりを満たしたま
ま夜になった。日が落ちてずいぶんになるのに、気温が下がらない。伊吹団地
には、換気扇をつけずにパスタを茹でたキッチンのような暑気が横たわって、
パトロールする巡査をへきえきさせていた。
 たいていの団地がそうであるように、伊吹団地も夜に街路をうろついている
人影などなかった。殺人事件のおきた場所だから巡回する理由はわからなくも
ないが、犯人だってこんなところをうろうろして、わざわざ目立つようなまね
はしないのではないか、そう巡査はぼやく。いつもより余分に犬に吠えかけら
れながら、ブレーキのうるさい自転車を30分ほど押し、そろそろ交番に帰ろ
うかという彼の前に、団地にはそぐわない風体の男が現れた。
「あ、ちょっとそこの人」
「はい?」
 誰何に立ち止まった男は、20代後半か30がらみか。しかし、会社帰りの
サラリーマンには見えなかった。小さめのアタッシュケースと麻のジャケット
はいいとして、膝の破れたジーンズはさすがにクールビズとは言えないだろう。
なにより頬のこけた底光りのする目はとうてい堅気には見えない。
「ちょっと前に新聞にも載ってたと思うけど、そこの公園で事件があったから、
いろいろ聞かせてもらってるんです」
「ああなるほど、不審尋問ってやつですね」
「いや、そこまで大げさじゃないけどね――えと、まず名前と住所を」
「八塚不人。住所は吹利市富田……」
 すらすらと答える青年に、メモを取る巡査は少し安堵した。
「この団地の人じゃないんだね」
「ええ。この辺で仕事して、今帰るところです」
「お仕事は何を」
「紅雀院大学の助手ですね。ああ、史跡学みたいなことをしています。あの路
地を入っていくと、造成されてない場所に出るんですが、そこに古墳があるん
ですよ」
「こんな時間じゃ見えないでしょう」しかも一人でか? 巡査の声が少し声が
硬くなる。しかし青年は気にした風もなく、濡れた門灯の光を指して言った。
「そうでもないですよ。古代にはこれほど光が溢れてませんでしたし、人々の
目もよかった。夜にしか見えない何か、というのはよくあるんです。もちろん
研究室としての調査は昼間に行うわけですが、こうして違う時間帯に見ると、
稀に新しい発見があるんです」
「そ、そうですか」
 巡査は迷った。合理的には聞こえる。だが、やはりおかしい。うまくつくろ
った言い訳ではないのだろうか。迷った末、やや冒険だが、鞄の中身を見せて
もらえないかと切り出した。
「断ってもいいんですよね?」「や、その、あくまで任意ということで」
「……」
 少し嫌そうな顔をして青年はアタッシュケースをサドルの上で開く。細かい
字がたくさん書かれた大きな方位磁針、皮綴じでボタンのかかった厚手の本、
ビニールに入ったなにかよくわからない土器のようなもの、小さな金槌、メジ
ャ、黒い皮手袋、クリアファイルと覚書、ゴムひもと孫の手のようなもの、ペ
ンライト、携帯電話、土で汚れた布、ボールペンよりちょっと大きめの木杭が
数本。
 はっきり言ってよく分からなかった。ライトで照らしても血がついていたり
することもない。巡査は相手が友好的なうちに会話を打ち切ることにした。何
かあっても住所氏名を控えていることだし、と。
「ご協力ありがとうございました。調査中に何か不審な人影を見かけましたら
ご連絡下さい」「ええ」
 にこやかに笑う青年の口元の、大きく尖った八重歯が印象的だった。ただし
目は笑っていなかった。まあかなり露骨に不審者扱いをしたのだから当然では
あるが。
「その本は……聖書、なんですか」
 表紙にBIBLE、と引っかき傷のようなタイトルが見えたので、つい巡査
は口を挟んだ。
「ええ。私はクリスチャンでしたから」
「……ははあ」
「それでも救いはこの中に」
 青年は本を巡査の前で振り、アタッシュケースにしまいこんだ。
「すみませんね長時間」「いえいえ。怪しいのは確かですからね。それじゃ頑
張ってください」「どうも」
 社交辞令をかわす二人の横を、空色のミニバンが通り過ぎてゆく。結局巡査
はこの青年以外の歩行者に出会わず、交番に帰った。

 伊吹公園で、二つ目の死体が発見されたと吹利県警に連絡が入ったのは、翌
朝のことだった。


2
--
 相羽刑事は眉をしかめて雲を仰いだ。この稼業について長いはずなのだが、
いまだに死体を見ると吐き気がこみ上げる。口を押さえた右袖の、セブンスタ
ァの臭いが彼を落ち着かせた。
 腹部は丸ごと無かった。
 見るものにとって幸運なことに、臓器の類は残っていない。
 四肢は千切れ放題で、持ち去られた部分もある。
 頭部は残っていたが、鈍器のようなもので目鼻の辺りを潰され、ところどこ
ろ皮がはがされており、頚部も残っていない。
 さらにおぞましいことに、発見された時、野犬が遺体をむさぼっていた。ど
こまでが人間の仕業でどこまでが獣の仕業かは、検死でわかるだろうが、その
一頭以外にも明らかに複数の野犬が関わったという事実は異常なものである。
昨日から続く暑気で、あたりには既に異臭が漂い始めていた。
「まさかわざわざ集めてきて放したりはしないよねぇ」
「は」
 遺留品を採集していた鑑識員の一人が相羽の独り言に反応した。
「あ、いやこっちの話」
「これ、こないだのと同じ犯人ですかね」
「さあねぇ」
 乗ってきた覆面パトの中には、3日前発見された同様の遺体写真が入ってい
る。意図としては、おそらく身元の確認を妨害して捜査を撹乱することにある
のだろう。現に一つ目の遺体はどこの誰のものかまだ確定していない。遺留品
には直接身元の分かるものは無く、行方不明の申し出があった家族に写真を見
せても「こんなにやつれていない」と否定した。現在行っている、歯の治療痕
の照合がだめならかなり厳しくなる。
 しかし手段が不自然すぎた。普通に埋めればよいものを、わざわざ犬を使う
意味が分からない。なんらかの主義や誇示にあたるのだろうか。なにより、野
犬をどこから集めてきたのか。
「先輩、照合結果でました」「おう」
 後輩で同僚の本宮刑事がメモ書きを持って横に立つ。
「竜野良二、29歳会社員です」
「竜野、ってことは昨日の」
「はい。奥さんは否定しましたが、科学的所見ではそうなります」
「ふうん」相羽は鼻を鳴らして、ちらと本宮を見た。これはヤツ向けの事件で
はないのか、と。
「先輩?」本宮刑事が首をかしげる。偉丈夫、という言葉がぴったり来る後輩
は、ときどき可愛いしぐさをするから油断を出来ない。「いや。ぼちぼち本部
に戻るとしますか。部長さんのお偉い演説が聞けるねぇ」
 相羽の意地の悪い笑みに、やわらかく本宮が答えた。
「部長の唯一の仕事ですしねぇ」





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