[KATARIBE 30131] [HA06N] 小説『歌集の表紙』

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Date: Tue, 5 Sep 2006 23:33:58 +0900
From: "Hikaru.Y" <hukira@blue.ocn.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30131] [HA06N] 小説『歌集の表紙』
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ふきらです。
裏部シリーズ。

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小説『歌集の表紙』
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登場人物
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 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。

 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 創作部の裏部室。普通とは違う空間に存在するため、夏でも涼しいこの部屋
は9月になってもそんなに室温は変化していないが、窓から入ってくる風は少
しだけ冷たく、確かに秋の気配を有していた。
 聡は全開になっていた窓を半分ほど閉めると、向かい合わせてくっつけた二
つの机の上に新聞紙を敷いた。
 その様子をケイトが端っこで首を傾げて眺めている。
 聡は椅子に立てかけていた大きな紙袋から何枚もの紙を取り出して、その新
聞紙の上に広げた。色とりどりの、そして、模様の入った和紙を重ね合わせて
は、取り替え、また重ね合わせてを繰り返す。しばらくそうしていたが、やが
てむぅと眉をひそめた。
「……高瀬君の歌集のテーマくらい、訊いとけばよかったなあ」
「テーマ?」
 後ろから急に声を掛けられて「わ」と驚き、振り返る。そこにはいつの間に
か入ってきた夕樹が立っていた。
「や」
 片手を挙げて挨拶をする。それを見たケイトが机の上で両手を挙げた。
「やー」
 夕樹も同じように両手を挙げる。そうして、聡の方を見た。
「ああ、いや、文化祭用の製本のさ、表紙の紙のこと」
「表紙?」
「うん。歌集の……テーマみたいなものがあると、選びやすいかなって」
「テーマ、ねえ……」
 夕樹はそう言って、視線を斜め上に向けて腕組みをした。
「……あ」
 しかし、何かを思い出したのか、すぐに腕組みを解いた。
「ん?」
「そういや、題名決めてないや」
 その言葉に聡は呆れたような表情を浮かべる。
「……早く決めよう」
「と言われてもねえ……」
 夕樹は鞄からノートを取り出してパラパラと捲ってみる。そのノートには思
いついた歌がいくつも書き留められているが、構成などは全く考えていないの
でまとまりがない。
「そういえば、さ」
 聡が言う。
「昨日、文房具見に行ったついでに、面白いから色々買ってきたんだけど、使
えそうなのあるかな」
 机の上に広げてある紙を指さした。そこでやっとその存在に気がついた夕樹
は「うわぁ」と溜め息混じりの声を上げて机に近づいた。
 視線は机に釘付けで、そおっと紙を撫でては「うわぁ」と声を漏らす。その
顔は緩みっぱなしである。
「この透かし和紙なんか、表紙の裏とかに使うと綺麗じゃないかな」
 横から聡が声を掛けるが、それに気付いた様子もなく紙を見続ける夕樹。
「……おーい」
 そんな夕樹の目の前で聡が手をひらひらと振る。机の上ではケイトがそんな
聡の真似をして手を振っている。
「……え、なに?」
「いや、どれか気に入ったのあるかなって……」
「どれかって言われても……」
 夕樹の視線が机の上を彷徨う。どれか一つには決まりそうにない、と言わん
ばかりである。
「……そしたら、さ」
 聡がむぅと少し考えるような表情を浮かべる。
「展示用の本と、販売用の本を作って……色んな紙で作るとか」
「そんな贅沢な」
 そう言いつつも、それを想像している夕樹の口元は緩みっぱなしだった。
「そうでもないよ。例えば……ほら、これなんか同じ紙だけど色んな色がある
から、それで色々作って」
 言いながら、聡は夕樹の様子をじっと見る。彼の目には夕樹の周りに浮かん
でいる卵色の雲が見えている。
 もっとも、聡でなくても幸せそうな様子であることは誰でも分かってしまい
そうだが。
「ま、まあ、その前に歌集の題を決めないと」
 我に返る夕樹。
「うん。あと、どれくらいのページ数になりそうかな」
「どれくらいだろう……」
 ノートをペラペラと捲りながら、歌の数を数えてみる。大体200首程度で、
一般的な歌集だと1ページ4首程度だから、単純に計算すると50ページほどに
なる。もっとも、書き留めた歌を全部載せることはないだろうが、写真やら表
紙やらが足されるので結局そんな感じになるのだろう。
「あんまり厚いと、穴あけるのも大変だから」
 考え込んでいる夕樹の横で聡が言った。
「……僕の知り合いのねーさん、自分で本作ったんだけど、厚さが8mmくらい
あって、千枚通しが曲がっちゃったんだよね」
 そして、夕樹の方を見る。
「そんなにはないよね?」
「紙の質にも寄ると思うけど、多分大丈夫じゃないかな……」
「……ふむ」
 何か思いついたのか、聡は目を細めた。
「じゃあ、販売用のは、和綴じで、多少簡略化して…… 展示用のを凝ろう」
 ふふふ、と企むように小さく微笑む。
「ちょ、ちょっと待って」
 その様子に夕樹が慌ててストップをかける。
「へ?」
「さっきから、販売用とか言ってるけど……ひょっとして売るの?」
 は? と呆気にとられた表情を浮かべる聡。
 漫画的な表現で言うならば、二人の頭上を烏が過ぎる。
 聡は「何を今更」とでも言うように溜め息をついた。
「…………売らないつもりだった?」
「……あ、あれ、違う?」
「売るよ。そりゃ」
 きっぱりと言い切る聡。
「歌集をここで読んでもらっても、そりゃもちろんいいけど、欲しい人は買う
よ絶対」
「材料費くらいとかは多分予算が下りるから、配るもんだと思ってた……」
「無論、そんな高いものにはしないよ。だけど高瀬君の作品をただ配るのは惜
しいと思う」
 一体、その自信はどこから出てくるのか。
「むぅ……」
 夕樹にしてみれば、歌集を作ると言うのも初めてならば、それを売るという
のも当然初めてなわけで、さすがに躊躇してしまう。
「材料費の半額……くらいはいいんじゃないかな」
 夕樹はしばらく考え込んでいたが、
「……仰せのままに」
 まあいいか、と同意した。
「じゃあ、高瀬君は、題名と、あと早く原稿をあげること。コピーしないとい
けないからね」
「はーい」
「僕はその間、表紙を作っておこう」
 うんうんと頷いて、机の上の紙を片づけ始めた聡に、あ、と夕樹が声を上げ
た。
「和綴じで和紙の表紙なんだよね」
「うん。……あ、まずいかな?」
「いや、『灰色の雨の降る街』とか『記号的ノスタルジー』とかいう題を考え
てたんだけど」
 聡の手元の和紙に目をやる。
「他のを考えたほうがいいかもしれない」
「灰色の雨の降る街」とかなら、和綴じでも面白いと思うけど」
 手にしていた紙の上で、こんな風に、と手を動かしながら、
「題名を印刷して、それを一字ごとに切って、貼り付けてゆく……」
「うーん……」
「最近、色んなフォントが使えるから、そういうのを集めて、ばらばらの文字
で……」
「うーん、凝ったのも良いけど、シンプルなのも捨てがたいしなあ」
 その夕樹の言葉にじとー、と聡が睨む。
「…………今僕が、シンプルなのを例に出したら、高瀬君、『凝ったのも良い
なあ』って言ってたと思うけどな」
「う……」
 肩を落とす夕樹。
「だーから、展示用と販売用と分けようって言ってるのに」
 それを見て聡は苦笑を浮かべた。
「……分かった。それでいこう。題は『灰色の雨の降る街』で決定」
「ふむ」
「よし。じゃ、何種類か表紙作ってみるよ」
 笑顔を浮かべた聡に夕樹は頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」 
 聡がお辞儀を返す。
 その様子を見ていたケイトも同じように頭を下げた。
 文化祭はもうすぐである。

時系列と舞台
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2006年9月。裏部室にて。

解説
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着々と(?)進む文化祭の準備。

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