[KATARIBE 30127] [HA20N] 小説『探偵倶楽部最後の事件』(その9)

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Date: Tue, 5 Sep 2006 01:43:38 +0900 (JST)
From: みぶろ  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30127] [HA20N] 小説『探偵倶楽部最後の事件』(その9)
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2006年09月05日:01時43分38秒
Sub:[HA20N]小説『探偵倶楽部最後の事件』(その9):
From:みぶろ


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小説『探偵倶楽部最後の事件』
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Part9.嘘の価値
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 美沙希は光太郎が襲われた杉林で瞑想していた。
 現場に異能の痕跡はまったくない。これはすでにわかっている。ただ、現場
を少し離れたところから、光太郎が発見された植え込みに向かって水術が使わ
れた形跡がある。光太郎によるものだ。いわば、密室から出て行く光太郎の足
跡だけが、殺害現場にあったようなものだ。
 痕跡の除去、というのはそう簡単なことではない。少なくとも瘴気発生系の
異能者である自分には。テレパスか魔術師、そうでなければ「消す」ことに特
化した異能を持つ者がこの技術を得意としている。美沙希には現時点では、漣
以外に考えられない。
 ただ。
 吹雪いていたとはいえ、ほんの50メートル先の戦闘に自分が気づかないな
んてことがあるだろうか。当麻はそこまでの技量の持ち主だったのか。
 あいつがナイフを持つところなど今まで見たことがないが、この日のためな
のか。
 あれほど執拗に刺し、痕跡まで念入りに消した犯人が、とどめをささず、光
太郎に植え込みまで移動することを許している。何故だろうか。
 光太郎の死体は、植え込みのカナメモチの葉を握り締めていた。これはダイ
イングメッセージというやつか? だとしたら何を意味している?
「私の役目じゃないのに」 
 光太郎が死んだことで、おそらく楽鈴寺からはお払い箱となるだろう。責任
すらとらされるかもしれない。それは犯人を見つけたところで変わらないだろ
う。ただ、美沙希は犯人を知りたいと思った。
 高校入学の時からの探偵ごっこに、最後まで付き合ってやろう。

                 ※

 寝室に戻った漣は、スポーツバッグから新しい煙草を取り出した。金文字の
ロゴが入った黒い箱から一本抜き、くわえる。スキー場の雪がくもり空を照り
返し、サッシから侵入して、吐き出した煙を窓枠の形に切り取った。
「――漣さん」
 かすかな床の軋みとともに操が部屋に入ってくる。
「どうした。また誰か死んだか?」
 いつもとかわらない、揶揄するような調子に、操はつらそうに顔を横に振っ
た。
「漣さん、みんなで、したに降りませんか」
 下山道は雪で覆われている。しかし、異能者である彼らならなんとかできる
レベルでもあるのだ。
「多分、今なら間に合う気がするんです。光太郎さんを殺した犯人はわからな
くなるかもしれないけど、みんな無事でいられる」
 操はそこまで言って、少し咳き込んだ。収まるのを待ってから、漣が答える。
「合理的な提案だ」
「……でも採用はしない、ですか?」
「俺は皆の安全に責任を持つ立場ではない」
 操は漣から「愛してる」だのといった言葉は一度ももらわなかった。嘘でも
いいからかけてほしいと思う一方で、彼が一種の誠意を持って接してくれてい
ると満足もしていた。騙されているのかもしれないが。ほかにも、操はこの男
が嘘をついてくるところを幾度となく見てきた。
 今の嘘は、ぶっちぎりで最低の出来だった。

 殺されたのが、あのひとだからでしょう?

 飲み込んだ言葉をのせて、少しぬれた赤い瞳を伏せた。
「操。光太郎が握っていた葉っぱを覚えているか」
「ええ……植え込みつっこんだ時のものでしょう?」
「光太郎はわずかな力で氷の斜面をつくって、あそこに移動したんだ。ロッジ
のほうにいけたにもかかわらずな。あれはメッセージだよ」
「光太郎さんは、なんて――?」
 漣はポケットからカナメモチの赤い葉を取り出す。操の問いには答えず、漣
は続けた。
「どうして犯人はあれを取り上げなかったんだろうな」
「それは――」
「『あの』光太郎が残したダイイングメッセージだ。是が非でも取り上げたい
ところだろう。我々に気づかれず、光太郎にすら気づかれず不意打ちをし、そ
の痕跡を隠せるくらいの手練れなんだから、簡単なはずなんだ。そこだけだな。
それさえわかれば解決するんだが」
「漣さんは、あの葉っぱの意味がわかるんですか?」
「……いや、まだわからん」
 漣は煙草を「消して」立ち上がった。すれ違いざまに操の髪を撫でる。「ど
こへ――」と言おうとして喉をせり上がる生暖かい錆の味に消された。操の咳
の音だけが、漣の背中を追う。
 咳き込みながら、カナメモチの別名に思い至った。
「アカメガシ……」
 床板に咲いた血滴を見ながら呟き、操は思った。今の嘘は、かなり上等の部
類だった、と。

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