[KATARIBE 30108] [HA06N] 小説『淡緑の影』その9

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Date: Wed, 30 Aug 2006 00:10:45 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30108] [HA06N] 小説『淡緑の影』その9
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月30日:00時10分45秒
Sub:[HA06N]小説『淡緑の影』その9:
From:久志


 久志です。 
やっとこ一歩踏み出す二人です。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
小説『淡緑の影』その9
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登場キャラクター 
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 坂口かほる(さかぐち・かほる) 
     :吹利に引っ越してきたイラストレーターのお姉さん。 
 東治安(あずま・はるやす) 
     :吹利県警警備部、公安の人。2000年当時巡査。二十半ば程。 

目の前で 〜坂口かほる
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 白いカップにのびる指先、軽く俯いて湯気の立つコーヒーの香りを嗅ぐ姿、
伏せた目は少し下向きの睫毛が伸びて、閉じた薄い唇と細い顎は彫刻のように
すっきりした線。これでメガネでもかけて白衣を着ていたら学者かお医者さん
という印象。
 でも、一見線が細そうに見えるけど決して華奢なわけじゃあないのね。本の
頁をめくる手は細くなくて、かといってごつごつとした印象もない、バランス
の取れた彫刻のような感じ。腕から肩にかけても無駄な肉のついていない奇麗
なライン、首筋にかけても奇麗に筋肉のついた均整のとれたプロポーション。
まるであれね、デッサンの石膏像みたい。できることなら一度彼の絵を描いて
見たい。
 これって、私、変よね。あきらかに。
 わざわざ出入りを待ち伏せしたり、後をこっそりつけまわしたり、あちこち
観察したり。一歩間違えば危ない人よね。
 でも、不思議。
 あの人がこうして目の前に座って本を読んでいるだけでなんだかふわふわと
した気分になる。私はまだあの人の名前もどこに住んでいるかも何をしてる人
なのかも知らないのに。次もまた確実に会えるわからなくて、せめて名前だけ
でも聞き出せないかしら?

 読み終えた本を閉じて、傍らに積んであった新書本を手にとって。
 思わず目を見開いた。
 あの人が手に取っている本の表紙、淡いグレー地におどろおどろしい黒と白
の色づかいで描かれた異形な神の姿。
 心臓が跳ね上がるのがわかる。
 見覚えがあるどころじゃない、見間違えるはずもない……私のイラスト。
 あの人が私が挿絵を描いた本を手にとってる。

 どうしよう。
 あの本、私がイラストレーターとしてやっと認められた頃からお世話になっ
ている現代怪奇小説作家さんの代表作。
 ああ、どうしよう。すごく嬉しい。
 ええと、でも、内容に惹かれたのよね。そこそこ名の知られた作家さんだし、
あの人が手に取る本の傾向としてはおかしくないし。でも、少しでも、ひょっ
としたら私の絵も気に入ってくれたかしら? どうしよう、でもこんなことで
話しかけるなんて自意識過剰かしら。
 思わず我を忘れて見入ってしまった私に気づいたのか、あの人が軽く顔をあ
げて少し不思議そうな顔でこっちを見た。
「どうかしましたか?」
「あ」
 どうしよう、ついじろじろと見てしまって。どうしよう、聞いてみてもいい
かしら。
「いえ、あのその本」
「これですか?」
「はい、私も好きなので……」
 ええと、違う。そんなことが言いたいんじゃなくて。
「ええ、私も気に入っています」
 どきりとする。ああ、嬉しい。
「よかった、私もその作家さんの作品が好きで、よく読んでいて」
「そうでしたか」
 ああ、会話が終わってしまいそう。聞きたいことはそうじゃないのに。
「私も、特にこの本はイラストが内容の雰囲気によくあっていて一番好きなシ
リーズです」
「あ」

 一瞬、回りの時間が止まってしまったかのように。
 今、なんて。

「ありがとう……ござます」

 気に入ってくれている。
 あの人が、私の絵を。

 顔が熱くなるのがわかる。
 ああ、どうしよう、嬉しい。

「……どうかしましたか?」
 少し怪訝そうな声、突然固まってしまった私の顔を見てあの人が瞬きする。
 無理もないわよね、知らないんですもの。でも、本当に嬉しい。ああ、でも
気に入っているからってわざわざ名乗るなんて図々しいかしら?
「あの、嬉しいんです」
「はい?」
 ひとつ、深呼吸して姿勢を正す。

「そのイラスト、描いてるの。私なんです」

 あの人がわずかに目を見開くのが見えた。

時系列 
------ 
 2000年3月下旬 
解説 
---- 
 カフェにて、向かい合わせのかほると東。東が手にした本のイラストは。
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以上。 



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