[KATARIBE 30105] [LA02N] 小説『戦士の休息』

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Date: Sun, 27 Aug 2006 20:51:47 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 30105] [LA02N] 小説『戦士の休息』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2006年08月27日:20時51分46秒
Sub:[LA02N]小説『戦士の休息』:
From:久志


 久志です。
 何となく気に入ってるゼルっち軍人時代のお話。
パイパー隊の皆さんと一緒、この頃はまだステラと出会っていないようです。

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『戦士の休息』
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登場キャラクター 
---------------- 
 ゼバルト・カール・フォルクラート
     :通称ゼル。バイパー小隊V4パイロット。ドイツ系らしい。
 ヒデオ・フジタ(藤田英雄)
     :国連軍バイパー小隊V1パイロット。日系、熱血さん。
 ルーク・ギルバート
     :国連軍バイパー小隊V2パイロット。アメリカ系、軽い。
 パトリック・マーティン
     :国連軍バイパー小隊V5パイロット。リーダー、南アメリカ系
 ユンロン・リー(李元龍)
     :国連軍バイパー小隊V3パイロット。中国系、我が道タイプ

休まらない日 V4-Sebald
-----------------------

 見上げた空は、血よりも紅く。

 スティックニー基地。
 太陽系第四惑星の真紅の惑星、火星を回る二つの衛星の一つであるフォボス
に作られた国連火星宙域防衛軍拠点。
 衛星フォボス表面に無数に存在する隕石衝突跡を利用して、主要軍用施設に
居住区、さまざまな娯楽施設が立ち並び、軍事基地というよりもちょっとした
小都市といった雰囲気を持っている。
 ひとつ、地球と違う所を言えば。
 見上げた空が澄んだ青ではなく、空の向こうに大迫力で迫る紅い火星の姿が
見えることくらいだった。

 国連火星軍火星宙域防衛軍団所属、スティックニー基地迎撃戦闘宙団特殊電
子戦迎撃部隊第一戦隊、バイパー小隊所属四番機パイロット、ゼルは飲みかけ
のコーヒーカップを手に頭上を仰いだ。特殊電子戦迎撃部隊専用のブリーフィ
ングルーム、ガラス張りの天井の向こうに砂の舞う紅い火星が目前に迫ってい
るのが目に映る。
 特殊電子戦迎撃部隊とはバイパー、フォックス、レイヴンの三つの隊で成り、
それぞれ警戒迎撃・臨時補佐・待機のローテーションを組み各部隊のパイロッ
ト達の能力ごとに戦略を組み立てた独自の戦い方をする。最も部隊の基本とし
て迎撃が主な任務の為、警戒以外の出撃予定はあってないようなものだ。
 飾り気の無い内装にガラス張りの高い天井、各隊員の予定を表示するホワイ
トスクリーンと打ち合わせ用のデスクの他、部屋の隅にはソファセットとコー
ヒーセットが置かれている。ゼルの所属するバイパー隊は現在待機中であり、
居住区の自分の部屋で過ごすでもなく、自分にとって憩いの場でもあるブリー
フィングルームで時間をつぶしていた。もとより、自室に持ち込んだ私物など
は殆ど無く、唯一好んで聞いていたロックバンドのアルバムメモリーがあるき
りだった。
 冷めたコーヒーをすすりながら、天井の向こう、紅く燃える火星を眺める。
 待機中だというのに、ゼルの心は晴れなかった。遠くに望む紅い火星を見つ
めながら、次の出撃がいつかが気になってしかたなかった。ゼル自身、決して
死に急いでいるわけではなかったが、無為な生温い休息に浸って研ぎ澄ました
己の感覚が鈍るのが何より怖かった。

 死と隣り合わせの出撃。
 張り詰める緊張と迫り来る死の恐怖と、恐怖すらねじ伏せる闘争心。

 空になった紙カップを握りつぶし、ゴミ箱に投げ入れる。随分のんびりと過
ごしたつもりでいたが、思ったより時間はつぶれてくれなかった。待機中はや
けに時間の流れが遅く感じる。暇つぶしの為の娯楽施設はあるものの、味気な
い遊びで時間を過ごす気にもなれず、他の隊員達のようにスポーツにのめりこ
む気も起きなかった。ゼル自身、ハイスクール時代にはサッカーチームのメン
バーを勤めていたことがあったが、今となっては全く興味を失っていた。球の
奪い合いも、駆け引きも、点の取り合いも、緊張感の無いままごとのように感
じられてしかたなかった。一時、特殊電子戦迎撃部隊専属のカウンセラーに戦
中時無感動症候群の疑いをかけられたが、喜びや悲しみ、怒りといった感情を
失ってしまったわけではなく、常に緊張と生死の危機感を感じる生活の中で、
喜怒哀楽の中の楽しむということがゼルの心からするりと抜け落ちてしまって
いた。

『ゼル、恋のひとつでもしてみろ』
 日に焼けた浅黒い肌に長い黒髪を無造作に伸ばした、バイパー隊リーダー、
パトリックの言葉を思い出す。荒っぽくゼルの肩を叩きながら胸ポケットから
フォトカードを取り出して何度となく見せられた家族の写真をちらつかせた。
『愛してる女がいる、守りたい家族がいる奴は長生きする。帰りたい場所の為
に死に物狂いで戦える』
 ブロンドの髪にエプロン姿の妻と黒髪にカールのかかった一人娘の写真。
『エイミーとリンディ、毎朝二人にキスしないと俺の一日は始まらない、お前
もきっと巡りあうさ』
『そう願いたいな』


ドックにて 〜V2-Luke
---------------------

 時間をもてあますまま、ゼルは娯楽施設でも居住区でもなく、特殊電子戦迎
撃部隊区へと向かっていた。整備場入り口でカードキーを通してドックの中へ
と足を踏み入れる。
 飾り気のない広いドックの中、調整中の機体がずらりと並び無言でゼルを出
迎える。迷うこと無くパイパー隊四番機――シルバーのボディに二本のブルー
ライン、円をかたどったヘビのマークがついた自らの愛機へと歩を進めた。伸
ばした手の先、機体の表面に手を触れる。ひやりとした感触に慣れ親しんだ懐
かしさと心地よさを感じる。
 ゼルが特殊電子戦迎撃部隊バイパー隊に配属されてからそろそろ二年が経と
うとしている。だがそれ以上の時間を過ごしているかのような感覚を覚えるの
は、それだけ濃密な時間を愛機と共にしているからかもしれない。現在のバイ
パー隊戦闘機パイロット五名の内、ゼルはリーダーのパトリックについで古株
にあたる。もとより特殊電子戦迎撃部隊はその任務から極端に死亡率が高い、
ヘタをすれば配属された最初の出撃で帰らぬ者となる隊員はあとを絶たない。
半年もチームを組んでいれば長い付き合いと言っていいくらいだった。
 特殊電子戦迎撃部隊フォックス、レイヴン、バイパーの三つの隊の中で最も
生還率が高いのがゼルの所属するパイパー隊だった。特殊電子戦迎撃部隊結成
時からの生え抜きである最古参のパトリックは、リーダー機という立場上生還
率の高さは頷けるが、最前線で戦うオフェンスである強襲機パイロットという
立場でゼルの生還率は奇跡に近い。隊の中ではゼルが幸運を引き寄せる特異体
質だというまことしやかな噂が立つほどだった。
 しかしゼル自身、自分の幸運に過度の期待はしていなかった。幾度とあった
出撃で自分が生還できたのは運だけでなく、仲間のフォローと愛機への信頼、
何より死への恐れに他ならなかった。どれもひとつも欠けてはならない。

 機体に触れた手を離し、機体の調整の為に乗り込もうとした時。奥にある別
機体の方から甲高い声が響いた。

「うるせえ!このクソメリケン野郎!」
 まるで少年のような甲高いよく通る声。ゼルには聞きなれた声でもあった。
脳裏に浮かぶ、黒髪とつりあがった太い眉の幼さを感じる日系青年。
「フジタか?」
 顔を向けると、奥の一番機の機体から小柄な体が飛び出した。薄汚れた整備
用の作業服を着て、細い肩を精一杯いからせたフジタがずかずかと歩き去って
いく。まるで邪魔するものがあったらけり倒していかんばかりの迫力だった。
傍らで声をかけたゼルも視界に入らず、頬を怒りで真っ赤に染めたまま握った
拳をふってドックから出て行く。
 フジタが怒り狂った理由、ゼルには何となく見当がついていた。
「……ルーク、いるんだろう」
「ああ、お前も来てたのか、ゼル」
 内心溜息をついて、百眼のあだ名を持つ同僚を見やる。フジタの罵声を全く
気にした風もなく腕組みしたまま平然と立っている男。逆立てたベリーショー
トの金髪に彫りの深い目鼻立ち、頬からこめかみにかけて無数の人工眼を埋め
込み、少し軽薄な印象を与える笑みを浮かべている。ゼルの次に在籍が長いバ
イパー隊二番機パイロット、ルーク・ギルバート。入隊の時期が比較的近かっ
たのでゼルにとっては特に親しい間柄の一人でもある。気さくで陽気、何事に
もオーバーな反応を見せ、一歩間違えると馴れ馴れしい印象を与えることもあ
る良くも悪くも隊のムードメーカーでもある。
「またフジタにちょっかいを出したのか」
「少し緊張をほぐしてやろうと思ったんだが、ジャパニーズは気難しいな」
 予想通りの答えに思わず溜息がでた。
 フジタこと一号機パイロット、ヒデオ・フジタ。バイパー隊に配属されてか
らようやく三ヶ月目という一番の新人。少々頭の固いところがあり、負けん気
が強く、頭に血がのぼりやすいところがある日系青年。決して小さすぎるわけ
ではないのだろうが170にやっと届くかどうかの体と、どこか幼さを感じる
素朴な顔立ちは強面の猛者が揃う特殊電子戦の中では随分と華奢で子供らしい
印象を受けるらしく、ことあるごとに子供呼ばわりされてはすぐムキになって
揉め事を起こすという繰り返しだった。その性格からファイアーボールという
渾名で呼ばれ、さらに面白がってからかわれるという悪循環が続いている。
「ルーク、あまり彼をからかうな」
「わかってるさ」
 ルークに悪気がないことくらいは、ゼルにも無論わかっていた。だが、どう
にも双方から回ってるような気がしてならなかった。
「ジャパニーズがすべて気難しいわけじゃあない。ジャパニーズは小柄だから
一見子供のように見えるかもしれないが、フジタはいい大人だ。子ども扱いし
てからかわれたらそりゃ気を悪くするさ」
「わかっているさ、ゼル。俺だってフジタに嫌がらせをしたいわけじゃない、
ただ俺は皆と良好な関係を築きたいと思っているだけなんだが、どうしてフジ
タは俺を疎ましがる?」
「押し付けがましい態度が疎まれるだけさ、もう少し相手の出方や考えを見る
余裕を持つんだな」
「干渉されるのが嫌なら嫌だと言えばいいじゃないか。俺だって子供じゃない、
相手が嫌だと言えばそれを無視して関わろうとはしないさ、話さなければ始ま
らない」
「その意見には同意だし、言わなければわからない理解しあえないというのは
私もわかる。だが、君は多少なりとも相手の考えや空気を読み取ろうという姿
勢をもっと持ったほうがいい。君が良かれと思って話しかけたりチョッカイを
出したりしていても、チョッカイを出されるほうは快く思わないこともある。
それに人を拒むことは拒まれるほうだけでなく拒むほうだって嫌なものさ、だ
から言わずに余計にお前に反感を持つ」
「ふむ、なるほど。お前の言い分にも一理ある。俺だってあらぬ反感を買いた
くないし、隊員達とは友好でありたい。心しておこう」
「ああ、そう願いたい。フジタには俺から話をしておく、あまり彼にちょっか
いを出さないように頼む」
「オーケイ、ゼル。お前に任せる」
 当てにならないルークの答えに溜息混じりにドックを後にし、フジタの姿を
探した。


助言 〜V3-Yunlong
------------------

 フジタの姿を探しながら。
 ドックから少し歩いた中庭の芝生の上、ゆったりとしたブルーの拳法着を着
込んだ黒髪の青年の姿が見える。両腕を真っ直ぐに伸ばし、上半身を伸ばした
まま膝を曲げて腰を落とした何かにまたがるような奇妙な姿勢で、微動だにせ
ずに立ち尽くしている。はじめてこの姿を見かけたとき本人に聞いた所、中国
で馬歩と呼ばれる武術の鍛錬だと淡々と教えられたのをゼルは覚えていた。
「ユンロン!」
 パイパー隊三番機パイロット、ユンロン・リー。フジタより少し古いがまだ
半年弱程の付き合いの新参といっていい。何かと感情的でしょっちゅう騒動を
起こすフジタと違い、どこかとらえどころのない独特の存在感のある物静かな
男だった。決して非友好的なわけではないが、少々とっついきにくいところが
あるというのがゼルの印象だった。
「ユンロン、フジタを見なかったか?」
 ゼルの問いかけに、姿勢は全く崩さず視線だけをちらりとめぐらせる。
「少々揉め事があってな、どこに行ったか見ていないか?」
 切れ長の瞳がゼルの目を見上げ、少し細める。
「赤は心を落ち着ける」
「何?」
「彼もなかなか隊員らと馴染めないことを気に病んでいる」
「ああ、それはわかっている」
「赤い星を思って頭を冷やしているのだろう」
「火星を?」
「祈りの間だ。彼はいつもそこで火星を見てる」
 中腰の体勢で微動だにしないまま、落ち着いた静かな声がきっぱり断言する。
 祈りの間。
 スティックニー基地の一角に作られた宗教的な意味合いの属さない精神統一
の部屋。しかし大抵の隊員達は、何らかの宗教を信仰し教会などの施設を利用
しているか、そも祈りなどささげない我の強い者ばかりだった。
「ありがとう、ユンロン」
「ああ」
 そっけなく答えるユンロンに軽く礼をいい歩き出そうとすると。
「ゼル」
「なんだ?」
「女難の相が出ている、注意したほうがいい」
「……女難?」
「ああ、ネコに気をつけろ。直にわかる」
「ああ、わかった……ありがとう」
 どこか浮世離れした独特の雰囲気を持つユンロンの言葉に首をひねりつつ、
ゼルは祈りの間へと急いだ。


赤い星を見上げて 〜V1-Fujita
-----------------------------

 スティックニー基地、祈りの間。中はさほどの広さはないが天井が高いせい
で広々とした印象を受ける。証明を落とした、飾りらしいもののほとんどなく
いくつかベンチが並ぶだけの殺風景な部屋だった。だが見上げた頭上、ガラス
張りの天井の先に見える火星が基地において一番よく見える部屋でもあった。

 一歩足を踏み入れると、すぐに。奥のベンチに腰を下ろして天井を見上げて
いるフジタの姿を見つけた。
「フジタ」
 呼びかけに、ふと顔をこちらに向ける。
「ゼルか」
 振り向いたフジタは、先ほどまでの剣幕とはうって変わった、沈んだような
顔だった。フジタの座るベンチまで移動すると少し離れた位置で腰を下ろした。
「またルークがお前をからかったらしいな」
 ぴくりと太い眉が上がる。
「あのくそ忌々しいメリケン野郎か」
 吐き捨てるような口調で毒づく。
「彼も悪気があるわけじゃないんだ、許してやってくれとは言わないがそれだ
けは知っていて欲しい」
「はっ、人のことも考えず、他人の領地にも心にもずかずかと平気で土足で踏
み込んでくる面の皮の厚いメリケンらしい奴だな、一体何様のつもりだ」
「フジタ」
 少し口調を強めたゼルの言葉に、フジタが一旦口をつぐんだ。
「……すまん、大人げなかった。俺もすぐカッとなりすぎるところがあるのは
わかってる」
「いいさ、溜め込まれるよりよほどいい。それに他の隊員らのからかいも少し
度が過ぎてると思っていた」
「ああ……」
 それきり口をつぐんで、天井を見上げる。ふと作業服の胸元から銀色に光る
ものがゼルの目に留まった。
「フジタ、それは?」
「え?……あっ」
 焦ったようにフジタが胸元を押さえる。首から細いチェーンでぶら下がった
銀色のロケット。フジタの焦り様からしてその中身は大方想像がついた。
「これか」
 胸に下げたロケットを握り締めたまま、一瞬フジタの動きが止まる。しばし
の間を置いてゆっくりと手を開き、蓋を開いた。中にしまわれれていたのは一
枚の写真。肩までの長さの艶のある黒髪に、どこか線の細い儚さを感じる顔立
ちの日本人女性。
「……ジュンコだ」
「恋人か?」
「ああ、火星のホスピスで療養している。俺がただ一人……護るべきものだ」
 ロケットのふたを閉じて口をつぐむ、見上げた視線は真っ直ぐに火星へとの
びていた。
 ただ一人護るもの。つまり、彼には。
「それは……」
 ゼルの言葉を察して首を軽く横に振る。
「家族は……両親はいない。俺はガキの頃から姉と二人きりで育った。姉さん
は結婚して子供もいる、今は家族三人で太陽系から脱出して……今はペルセウ
スへと向かっている」
「エクソダス計画か」
「ああ、きっともう二度と会うことはないと思う。でもそれでもいい、姉さん
が助かるなら。どこかで家族三人で平和に生き延びていてくれると思えば救わ
れる」
 でも、と。言葉を続ける。
「ジュンコは逃げ出せないんだ、生まれつき臓器に障害があって火星で治療を
続けている。姉さんは太陽系を出ても生きていけるけれど、ジュンコは他では
生きていけない」
「迎撃部隊に志願したのは彼女の為か?」
「そうだ」
「なるほどな」
「火星にはジュンコがいる。どんな理由があれ、火星を攻めるアトランティス
は俺の敵だ。奴らからジュンコを守る為なら、どんなに気に食わないメリケン
野郎とでもオタク集団の地球防衛軍とでも協力して奴らを撃破する」
「それを聞いて安心した」
「……すまない、ゼル。いらん心配をかけた。あのメリケン野郎に謝る気は無
いが、お前にいらん気遣いをさせたのは申し訳ない」
「いいさ、気にしてない。ルークには俺からも釘を刺しておくさ」
 立ち上がり、軽くフジタの肩を叩く。
「先に戻っている、お前も落ち着いたらドックへ戻れ。まだ調整の途中だった
んだろう?」
「ああ、すまん」
 手にしたロケットを胸にしまうフジタを見て、ふと思いついたようにゼルが
口を開いた。 
「そういえば、ジャパニーズの名前は私もよくわからないのだが、ジュンコと
はどういう意味なんだ?」
 黒い目が瞬く。
「意味……か。そうだな、純子……ピュアといったところか」
「ピュアか、それはいい」
「何がおかしい」
「いや、怒るな。気を悪くしたなら謝る。単にうらやましいのさ」
「お前こそ待ってる女の一人や二人いそうじゃないのか」
「あいにくそこまで本気になる相手にめぐり合えていないのさ」

 恋人の為に戦うと告げる凛としたフジタの言葉。
 愛する者の為に生きて帰ると言い切ったパトリックの言葉。
 その言葉の強さと意志の強さが、ゼルには羨ましかった。

「そういえば、ヒデオとはどういう意味なんだ?」
 曖昧に話題を変えたゼルの言葉に、フジタが一瞬バツが悪そうに天井を見た。
「悪いことを聞いただろうか?」
「いや」
 少し気恥ずかしそうに目を逸らし、口を開いた。
「……ヒーロー、だ」


隊長のねぎらい 〜V5-Patrick
-----------------------------

 ヒデオ、英雄、ヒーロー。
 確かに彼はヒーローなのだろう。愛する恋人にとって、ただ一人の。

 スティックニー基地娯楽施設、薄暗いこじんまりとしたバーのカウンターで
黒ビールを傾けながら、ゼルはフジタの言葉を反芻していた。あの一見少年と
見紛うフジタがあれほど真剣に恋人を想って決意を固めていたのはゼルにとっ
て正直意外だった。

「お疲れだな、ゼル」
 背後から声が聞こえる。同時にカウンターの隣の席に黒レザージャケットを
羽織った黒髪の男が当たり前のように腰掛けた。
「パトリックか」
「またフジタとルークがやらかしたんだろう」
「……ルークに聞いたのか」
「ああ、あいつもあれでフジタのことを心配してるらしい」
「難しいものだな。しかし……カウンセリングは手当てに入らないのか?」
「そうしたてやりたいところだがな、世の中、なかなか世知辛いものだ」
 手にしたグラスを傾けて半分ほど空にし、カウンターに置く。
「だがお前には感謝しているさ、隊員同士の関係の悪化は戦闘時のコンビネー
ションに響く。仲間との連帯も想念のうちさ」
「ああ」
「ところで、どうした?浮かない顔をしているが」
「……いや」

『ゼル、恋のひとつでもしてみろ』 
 いつぞやのパトリックの言葉がやけにゼルの心に響いていた。

 安らぎを感じることを是としない心。
 乾ききった自らの心に嫌悪感を感じながら、手にした黒ビールを一気に飲み
干した。


時系列と舞台 
------------ 
 2070〜75年くらい? 火星宙域にて。
解説
----
 ゼル、軍人時代のお話。バイパー隊の皆さんと
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
な、長かった。

 しかし、フジタ隊員ものすごい勢いで死亡フラグを立ててます。
どの道パイパー隊の皆さんはゼル意外ミナゴロシなんですが(鬼)
ちなみにフジタくんのお姉さんはアコザキさんという人と結婚したそうです。

 ネコに気をつけろは次回の引きです。書ければ……




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